魚人族の種族特性
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地上生活、二百十四日目。
午後一時三十二分
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俺は昼食を食べた後にストレッドに頼まれて彼女が担当する髪結い所へと手伝いに向かっていた。
どうして髪結い所なのに手伝いが必要なのかというと、現場に到着してその理由がわかった。
並んでいた。
それも女性ばかり数十人が一列に並んでいた。
並んでいるのは人族を始めとして様々な種族の女性達だ。
耳の長いエルフに角のある鬼人族、獣人や背の低い小人族など他にも様々な種族がいる。
ストレッドの髪結いが都の女性達に好評で、宿泊客だけでなく都からわざわざ髪結いをしに女性達が来ているという話は聞いていた。
それにしても、まさかここまで繁盛しているとは思わなかったよ。
俺は順番待ちをしている女性達の横を通り過ぎ、髪結い所として改装した部屋の扉に近づく。
その扉には『開店』という文字の書かれた木札が紐で吊るされていた。
ガラスの窓もついてるので中の様子が見える。
俺はカランカランという軽い鐘の音とともに中へと入った。
そこは椅子が一脚とその向かいの壁に姿見の大きな鏡が備え付けられ、部屋の所々には観葉植物や花が飾られていて、女性うけしそうな可愛らしい内装になっていた。
実はこの内装を手がけたのは水と植物を司る精霊エウロピスだ。
彼女は『女性らしい柔らかな音色が聞こえる環境なら沢山のお客様がいらっしゃるでしょう』と言いながら室内を花や植物で飾り付けてくれた。
エウロピスにこんな特技があるとは思わなかった。
彼女が管理する旅館の中庭では圧倒される程の植物達の生命力を感じるのに対し、髪結い所の内装は花や観葉植物達が見事に調和していて居心地の良さを重視しているように感じる。
俺は仕事中のストレッドに声をかけた。
「ストレッド。ご要望通り手伝いにきてやったぞ」
ストレッドは俺に振り向かず女性の髪を整えながら返事をした。
彼女の右手はハサミに、左手は櫛に形を変えている。
「総支配人か。早速だが応援を要請する」
「何をすればいい?」
「客数が私の想定を大幅に越えてしまっている。このままでは終業時間までに並んでいる全ての客の髪結いを完遂することができない」
確かにざっと五十人は並んでいたからな。
一人では捌ききれないだろう。
「並んでいる客達の要望を前もって聞き取り調査し、この部屋の掃除も適時お願いしたい」
「そういう雑用なら俺にもできる。任せてくれ」
俺は並んでいる客の名前と要望を紙にメモしてから部屋の掃除をした。
その間にも次々にストレッドは女性達の髪を整えていく。
そうして最後の客を見送った時には髪結い所の終業時間である午後五時を五分ほど過ぎていた。
「お疲れ、ストレッド」
「総支配人のおかげで無事に任務を完遂できた。感謝する」
「お前が頑張ったからだよ。それにしても凄い人気だな。午前の客も合わせて百人以上の客がきたんじゃないか?」
「肯定する。合計で百十二名の来客を確認した」
「それはすごいな」
「私の行うミッション髪結いがこの旅館にとって有益だと示せたのは嬉しい。しかしこの結果には総支配人の貢献も大きい」
「俺の?」
「この国の若い娘の中には昔の型にとらわれない髪型、つまり総支配人が以前暮らしていた世界の髪型を求める客が多い」
言われてみるとその通りだった。
この日ノ光国は江戸時代の文化と似ている。
だから未婚女性の島田髷、既婚者は丸髷といった昔ながらの髪型をしている女性が一定数存在する。
だけど髷を結わない若い女性達もかなり多い。
コチョウなんかは仕事柄芸子の島田髷をしているが、イチゴやマコトのような若い娘は俺が元いた世界のような現代的な髪型をしている。
これは女性が七割を超えるこの異世界で、女性達の美意識が急速に発達したからだろう。
よりお洒落により美しくなろうとして他国の文化を取り込んだ結果、若い世代の娘達は伝統的な髪型をしなくなったのかもしれない。
それで俺が教えた髪型が彼女の役に立っているという事か。
教えたのは俺だとしても、その全ての髪型を覚えて完璧に再現できるストレッドの技術もすごいと思うけどな。
「お前の能力が優れているからこそ客が来るんだよ」
「私の能力を高く評価してくれるのは嬉しい」
「これからもよろしく頼むよストレッド」
その時コンコンと髪結い所の扉を叩く音がした。
すると少しだけ扉が開いて、その隙間から女性の声がした。
「あの〜もう閉店しました?」
扉の隙間から中を覗いていたのは髪が濡れている女性だった。
その女性は金色の長い髪で肌の所々に鱗があり、体型はかなり太っていて玉のようだった。
彼女は魚人族という種族だろう。
「すまないストレッド。扉の木札を裏返すのを忘れていた。もう一人だけ頼めるか?」
「問題ない」
俺はその魚人族の女性を部屋の中の椅子に案内した。
彼女は窮屈そうに太った身体を椅子に無理矢理ねじ込む。
それから一度部屋の外に出た俺は、店の扉に吊るされていた『開店』の木札を裏返して『閉店』の文字を見えるようにした。
俺が部屋に戻って来るとストレッドが接客を始めていた。
「お客様。ご希望はありますか?」
「えっと、さっき湖で泳いできたので髪が濡れてしまいました。できれば乾かしてから髪を綺麗に整えて欲しいです」
「畏まりました。よろしければ髪型も変えましょうか?」
「え? いいんですか?」
「はい。どのような髪型にするかは、こちらのカタログからお選びください」
ストレッドは五ミリ程の厚さの帳面を魚人の女性に見せた。
「えっ!? こんなにいろんな髪型にできるんですか?」
「はい。全て可能です」
ストレッドの接客態度は少し硬いが問題の無い対応をしている。
これから先もこの髪結い所を彼女に任せても大丈夫だろう。
「お客様の長い髪ですとクラシカルストレート、ゆるリッチウェーブ、ニュアンスロング、ランダムレイヤー、脱力ウェーブ、ドリーミーウェーブ、ラフゆるロング、ラフカールロング、フェミニンウェーブ、くせ毛風ロング、ワンレンロングなどが可能です」
「わぁ! 素敵っ! こんなに沢山の髪型から選べるなんてっ!」
魚人の女性は笑顔になり喜んでいる。
「どれにしようかしら。どれも可愛いわ!」
「お客様の女性らしさをさらに引き立てるフェミニンウェーブなどはいかがでしょうか。お身体の乾燥後のお姿にもぴったりかと」
ん? お身体の乾燥後の姿?
ストレッドは何を言っているんだ?
「そうね、じゃあそれでお願いします」
「畏まりました」
ストレッドは術を使用した。
「夏の乾いた風を巻き起こせ。【夏風】」
術によって作り出された暖かい風が魚人族の女性を包み込む。
すると濡れた髪が舞い上がりあっという間に乾いていく。
そうか、術で濡れた髪を乾かしているのか。
こういう術も口入屋で学んできたんだろう。
俺の中では術と言えば戦いの手段としか考えていなかったけど、ちゃんと仕事に役立つ術もあるんだな。
魚人族の女性の髪を一瞬で乾したストレッドは、自分の両手をハサミと櫛に変化させた。
そして目で追うのがやっとの早さで髪を整え、毛先を切り揃え、全体のバランスも完璧に整えながら毛先にウェーブを作り出していく。
見事なものだ。
ものすごい早さでただの金色の長い髪だったのが、フワリと軽快に揺れるフェミニンウェーブになっていく。
ストレッドは自分の両手を元に戻し、今度は右手を手鏡に変化させて彼女の後頭部にかざした。
「完了しました。後頭部はこのようになっています。いかかでしょうかお客様」
「す、すばらしいわっ! それに早いのね!」
ストレッドの手際の良さには毎度驚かされるが、それよりも俺が驚かされたのは女性客の姿だった。
太っていて玉のような体型がいつの間にか細くなっていて、スタイル抜群の美女に変身していたんだ。
そしてスタイルが良くなるのを見越したかのように、ストレッドおすすめのフェミニンウェーブが彼女にものすごく似合っている。
何度もお礼を言いつつ髪結い所を出て行く女性客を見送ってから、俺はどうして彼女の体型が細くなったのかストレッドに聞いてみた。
「なあストレッド。最後の女性客の体型が変わったのはどうしてなんだ?」
「総支配人はこの世界の魚人族に関する情報を得ていないのか?」
「ああ。あまり詳しくない。水辺に住む種族という位しか知らない」
「彼女達魚人族は長い間水中にいると身体が水分を吸収して膨らむ体質だ」
「え、つまり身体がふやけてしまうのか?」
「正確には吸水体質と言い生まれながらに【水術耐性】が非常に高い魚人族の種族特性なのだ」
「そんな特性があるのか」
「ちなみに人族には種族特性はない。エルフ族は術が得意でドワーフ族は力が強いという種族特性を持っている」
あのドドモスの凄まじい怪力は種族特性だったんだな。
「なので私は【夏風】を使用し彼女の髪だけではなく身体全体を乾かした。身体に水分が蓄積した状態だと陸上での移動が困難になるからだ」
「そういえば全身に風を当てていたな。その知識も口入屋で学んだのか?」
「否定する。以前マスターヒラガと二人で釣に出かけた際に出逢った魚人族の女性から聞いた話だ」
「そうか。何にせよお前の仕事ぶりは完璧だった。これからもこの旅館の為にがんばってくれ」
「了解した。マスターヒラガの居場所を守る為にも私はミッション髪結いを全力で続けよう」
「おう、頼んだぞ」
そして俺は髪結い所を出て総支配人室に向かった。




