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ドワーフは酒さえあれば満足する

 



 ドドモスの力が強化され俺の手の甲を畳に押し付けようとする。

 ものすごい力だ!

 ドワーフ族は元々筋肉量が多く素の力が強い種族だと聞いている。

 それに【怪力】スキルを使用した事でさらに力が増し加わった。


 俺だって地下で三十年もの長い間鍛え続けて来たんだ。

 この位の力ならスキルを使うまでもない。

 俺はドドモスの腕を開始位置まで押し返した。


「んおっ! 日ノ光最強というのは本当のようだな。今迄俺が【怪力】スキルを使って倒せなかった人族は初めてだ」


「これくらいならまだまだ平気だ」


「はっはっは! 余裕があるようだな。ならこれでどうだ!」


 ドドモスはさらに別のスキルを使用した。


「【筋力強化】!【握力強化】!【腕力強化】!さらに【強怪力】だっ!」


 途端に力の均衡が失われ俺の手の甲が再び畳へと接触しそうになる。

 ま、まずい!

 俺は慌ててスキルを使う。


「【超怪力】!」


「ぐおっ! つ、強えっ!」


 今度は俺の力がドドモスを上回り、徐々に押し返しドドモスの手の甲が畳に近づいていく。


「な、なんだとっ! 俺が押し負けるだとっ! こうなったらドワーフ族の固有スキルを使うしかねえなっ!」


 今ドワーフの固有スキルって言ったか?

 どんなスキルを使うっていうんだ?


「酒は友、友は力、力は酒で増加する!【酔狂増力よえば肉体強化さいきょう】!」


 ドドモスの全身から湯気が立ち上り、ただでさえムキムキな身体がさらに強化され膨張し、まるで筋肉の鎧を装着したかのように瞬時に巨大化した。

 ドドモスの身体は元の大きさの二倍ほどになっている。

 巨大化したドドモスの目は血走り髪や髭が逆立ち血管が浮き出ている。


「ふんぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 なんとドドモスの膂力りょりょくが俺の【超怪力】を上回り、再び俺の手の甲が畳に引き寄せられて行く。

 なんて力だっ! このままでは負けるっ!


 俺がこの勝負に負けてしまうと百人もの団体客を失う事になる。

 それはかなりの痛手だ。

 だから負けるわけにはいかない!

 絶対に勝たなければ!


「これが俺の全力だっ! 【重唱超怪力】!」


 次の瞬間俺はドドモスの力を容易く凌駕し、巨大化したドドモスの肉体ごと畳に叩き付けてしまった。


 ドドモスの身体は畳みと床板を粉砕し床下まで突き抜け、轟音とともに半径二十メートルに衝撃が拡散し床が円形に陥没。

 その衝撃波は大広間全体に及び食事を乗せた足付きのお盆や酒瓶、騒いでいたドワーフ達も巻き込んで吹き飛ばす。


 後に残ったのは大きく穴の空いた床と静寂。

 それに吹き飛ばされて気絶しているドワーフ達。


「あ、やっちまった……」


 彼らにお酌をしていたファンタや他の仲居達は前もって逃げていたようで、彼女達の姿は見えない。


 もしかしてファンタはこうなる事を予測していたのか?

 でなければ前もって逃げ出すなんて事はできないだろう。


 それにしても、つい本気を出してしまって客を吹き飛ばしたあげく気絶させてしまった……。

 これは俺の失態だな。

 平謝りして許してもらえたとしても来年はこの旅館に来ないだろう。


 俺はそう考えて肩を落としているとドドモスが瓦礫の中から起き上がった。


「す、すげえ力だな兄ちゃん!」


「すまない。本気を出してしまった。他のドワーフ達まで巻き込んでしまったのは俺の責任だ。この償いはなんでもする」


「償い? 何言ってんだ? そんなもん必要ねえよ」


「え?」


「ドワーフはそんなに柔じゃねー。ほら見てみろ」


 俺はドドモスに促されて周囲の瓦礫に埋もれるドワーフ達に目をむけた。


「いてててて、まさかあのドドモスがスキルを使っても勝てないとは!」

「いい勝負だったよ総支配人の兄ちゃん!」

「がははははははっ! こんなに笑ったのは久しぶりだぞい!」


 次々に立ち上がるドワーフ達は吹き飛ばされた事を気にした様子はなく、俺とドドモスの勝負を口々に称賛してくれた。


「という事だ。俺達ドワーフにとってはこんなのは日常茶飯だ。兄ちゃんが気にする事は何もねえぜ」


「それならよかった」


「にしても兄ちゃんすげえな。俺が本気を出して勝てなかったのはここ百年で初めてだぜ。俺の完敗だ! 約束通り来年も俺達はこの旅館に泊まる」


「でも本当にいいのか? 他の国の観光地を見て回りたくはないのか?」


「観光地? そんなのはたらふく酒を飲める場所ならどこでもいいんだよ。それに今迄いろんな旅館に泊まってきたが、文字通り浴びるまで酒を用意してくれた旅館はここが初めてだ。もしも俺が腕相撲で勝っていたとしてもまたここに来るつもりだったんだよ」


「それなら腕相撲をする意味がないじゃないか」


「まあそう言うなよ兄ちゃん。俺達ドワーフはな酒を呑みながら力比べをするのが最高の楽しみなんだ。だから俺は兄ちゃんと勝負がしたかった。ああでも言わないと俺と本気で勝負なんてしなかったろ?」


「うっ、お見通しだったか」


「まさか俺が負けるとは思わなかったぜ。楽しい勝負をありがとうよ」


「楽しんでくれたならなによりだ」


 俺とドドモスはどちらからともなく握手を交わす。

 彼のゴツゴツした手はものすごい握力で俺の手を握ってくる。

 普通の人族だったら指の骨が何本か折れるほどの力だ。


「それにしても兄ちゃんよ……」


 ドドモスは周囲を見回し苦笑いを浮べる。


「すごい有様だなこりゃ」


「あ、ああ。すまないなせっかくの宴会を」


 周囲のドワーフ達が一斉に笑った。


「だっーはっはっ! 酒を飲めればどんな場所でもかまわねえさ!」

「追加の酒を頼むよ兄ちゃん!」

「俺にもビールとウイスキーとウォッカを五杯ずつおかわりだ!」


 周囲がこんな惨状でもかまわず酒を飲むらしい。


 俺は念話でファンタに酒を持って来るように指示を出そうとしたが、すでにファンタ達仲居は酒と肴をお盆に乗せて大広間へと運んできていた。


「ファンタ。もしかしてこうなる事が分っていたのか?」


「もちろんですわ。わたくしが前に働いていた『六花の峰』でも、ドワーフ達が宿泊するときには要注意でした。ドワーフ達が酔って暴れ出しそうになったら仲居は席を外し、馬鹿騒ぎに巻き込まれないようにと教わりましたわ」


「ドワーフってどこでもこんな感じなのか……」


「いえ、さすがに床に穴を空けることはありませんでしたけれど」


「あ、それは俺だ」


「ええっ!? そうでしたの?」


「つい腕相撲で本気を出してしまって……」


「単純な筋力では世界最強と言われるドワーフ族に勝つだなんて、ペティがいつも言うように総支配人さんはすごい方なのですね。この床の修復はどうされるおつもりかしら?」


「それならツクモを呼んで修復してもらえば大丈夫さ」


 俺は【念話】でツクモを呼び出し大広間の修復を頼んだ。

 ツクモが床を修復している横でドドモスが酒を飲みながら俺に言った。


「来年も兄ちゃんに挑戦しにくるからよ! またよろしく頼むぜ!」


「また来るなら次回はもっと大人しくしてくれると助かるんだけど」


「そりゃあ無理な話だな!」


 ドドモスはそう言うと他のドワーフ達と楽しげに笑い合う。


「もしアル・アトラーンに来る事があったら俺達の町に寄れよ。酒しか出せないが歓迎するぜ!」


「アル・アトラーン? お前達は大陸の南部出身だったのか」


「おうよ。俺達はアル・アトラーン王国の山岳地帯にある鉱山都市バジリスク出身だ。バジリスクは田舎町だが活気あるいい町なんだぜ」


 ドドモスがアル・アトラーン出身という事は、オウカに奴隷紋を刻んだ宰相について何か知っているかもしれないな。


「そうだったのか。なあ、あんたの国の宰相ってどんな奴なんだ?」


「んあ? 宰相様? そんな事聞いてどうすんだ?」


「ちょっと知り合いが世話になったんだ。一度会いに行きたいと思ってる」


「おおそうか。宰相様は素晴らしいお人だ。俺も一度はお目にかかりてえ」


「素晴らしい?」


「おうよ。前の大戦中には戦場から逃げて来た避難民達の天幕や食料を私財を投げうって提供したり、戦後は戦の被害にあった学校や孤児院にも多くの寄付をしたって聞いてるぜ」


 オウカをアフヨウ中毒にしてから奴隷紋を刻んで操り、日ノ光の国を乗っ取ろうとしていた腐れ野郎とは真逆の印象だな。


「国王が病死してからは王子を補佐して多くの反乱分子を粛清し、王政を安定させた功労者だっていう話だ」


 やはり俺のイメージしていた人物像とは違う。


「ひと目見たいと言っても、俺達鉱夫は王都アサールディにある王宮へ行く機会なんて一生無いだろうがな」


 それからドワーフ達は一睡もせずに夜が開ける迄飲み続け、ろくに観光もせずにアル・アトラーンへと帰った。


 ドドモス達は観光に来たというより酒を飲みにきたんだな。

 そんな事を思いながら上機嫌で帰って行くドワーフ達の後ろ姿を見送った。




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