ドワーフ達の馬鹿騒ぎ
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地上生活、二百十三日目。
午後九時四分
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「酒だっ! もっと酒持って来てくれい!」
「こっちにもおかわりだっ! あと三杯追加!」
「樽で持って来い! 樽でっ!」
現在日ノ光旅館の大広間では百人程のドワーフの団体客が宴会をしている。
彼らは大陸の鉱山で働く鉱夫組合に所属するドワーフ達で、俺のイメージしていたドワーフそのものだった。
身長は低く筋肉質な身体で顔には豊かな髭をたくわえており、浴びるように酒を飲み続けている。
ドワーフ達はみんな大陸の鉱山で働く鉱夫で、年に一度の組合旅行でこの日ノ光の国へ観光に来たらしい。
予想通りというか想像以上というか彼らの酒を飲むペースと量に驚愕した。
グラスに注ぐ酒をまるで水を飲むかのように一気に飲みほす。
カエデの料理も喜んで食べているようだが、ドワーフ達は料理よりも酒が思う存分飲めるほうが嬉しいようだ。
うちの旅館では現在、地下室倉庫のほとんどが酒蔵になっていて、百人のドワーフが一週間飲み続けても大丈夫な量がストックさせている。
それにヒラガはいとも容易く地球の酒の味を再現してくれて、様々な種類の酒が楽しめるようになった。
これはヒラガが発明家であるという事と【高速酒造り】というスキルがあってこそできた事だ。
このスキルによって酒があっという間に完成するんだ。
だからたとえ百人のドワーフが飲み続けても酒蔵が空になることはない。
俺も人手が足りないので大広間へ酒の肴や酒のおかわりを運んだりして手伝いをしている。
ファンタをはじめとする数人の仲居達は、荒っぽい性格のドワーフ達でも難なく対応しお酌してまわっている。
俺のファンタジー知識ではエルフとドワーフは中が悪いというイメージが強かったが、この世界ではそんな事はないようで仲居達は特に問題なく接客をしていた。
そのときドワーフの中から二人の屈強な男が大広間の真ん中に歩み出て来て睨み合う。
「おいドドモスっ! この前の決着をここでつけようぜ!」
「ベベキア! ドワーフで一番の力ある者は俺だという事を証明してやる!」
喧嘩でも始めるのかと思い俺は二人を止めようと近づいたが、彼らは畳の上で肘をつき腕相撲の姿勢をとった。
周囲の酔っぱらい達は二人が腕相撲をしようとすると、大声を上げてはやし立てる。
「ドドモス! やっちまえっ!」
「負けんじゃねえぞベベキアっ!」
「どっちもがんばれっ!」
ただの腕相撲か。
喧嘩じゃないなら放っておこう。
ドドモスというドワーフが俺に声をかけてきた。
「なあそこの総支配人の兄ちゃんよ」
「え、俺か?」
「悪いが審判役をしてくれないか? 開始の合図をたのむ」
「いいけど程々にたのむよ」
ちなみに客であるドワーフ達には敬語は使っていない。
敬語は好きじゃないと言われたからだ。
俺は睨み合って手をぎっちりと握り合う二人に開始の合図をだした。
「よーい。始めっ!」
その直後、二人からものすごい覇気を感じた。
戦場で命がけの戦いをするときに出す気迫のような強い気配だ。
二人の腕を見ると筋肉が膨張し血管が浮かび全力を出しているのが分る。
かれらは顔を真っ赤にし額にも青筋が浮き出ていた。
「ふんぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「なんのぉぉぉぉぉぉぉ!」
少しの間は力の均衡が保たれていたが、そのうち徐々にドドモスがベベキアの力に押されドドモスの手の甲が徐々に畳みに近づいていく。
「ドドモス! ドワーフで一番の力持ちの座は俺のものだっ!」
「ぐうっ! ベベキアになんか負けるかよっ! うおりゃぁぁぁぁ!」
しかしドドモスの気合いも虚しくさらに彼の手の甲が畳に近づきあと三センチ程の距離まで押される。
「これで終わりだドドモス! うりゃぁぁぁぁぁぁ!」
ベベキアは止めをさそうと全力でドドモスの手を畳みに押し付けた。
そのベベキアが力を入れようとした一瞬の隙をつきドドモスが叫ぶ。
「ふんぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
その叫び声とともにベベキアの腕が一気に押し返され、ドンッ! という音とともにベベキアの手の甲が畳に叩き付けられた。
あまりの力にベベキアの身体も同時に回転し畳みを転がる。
「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
ドドモスが勝利の雄叫びをあげると周囲のドワーフ達も一斉に叫ぶ。
「やっぱドドモスはすげー!」
「さすが年間掘削量一位なだけあるな!」
「ベベキアは惜しかったっー!」
仰向けになっていたベベキアが起き上がりドドモスと握手をかわす。
「ドドモス! 俺の負けだ。次は必ず勝つからな!」
「おうよベベキア! いつでも挑戦してこいや!」
そして二人で大笑いしながらお互いを称え合った。
ドドモスは周囲を見回し不敵な笑みを浮べる。
「他に挑戦者はいねーのか? 俺を倒せばドワーフの中で一番の力持ちという称号が手に入るぞ!」
しかし誰もドドモスに挑戦しようとする者はいなかった。
「お前に勝つなんて無理だっつーの」
「お前がスキルを使ったら絶対に勝てねえよ!」
その時ドワーフ達にお酌をしていたファンタが余計な事を言った。
「総支配人さんはお強いですわよ」
「お? それは本当か?」
おいおいファンタさんよ、そういう事は言わなくていいんだよ。
「ええ、あなたなんて子供のようにあしらうほどですわよ」
「なんだとっ!?」
あ〜ドドモスが俺を睨んでるよ。
こういう面倒な事には巻き込まれたくないから今迄空気のように気配を薄くしていたっていうのに。
「見た目には分らんがこの兄ちゃんがそんなに強えーのか?」
「いえいえ、俺は見ての通り左腕は動かせないし、ただのひ弱な人族だよ。あはは」
「そういう奴に限って力を隠していたりするんだよな。兄ちゃんよ、右腕を動かせるなら俺とひと勝負してくれねえか?」
「俺は本当に強くなんてありせんから遠慮させて……「総支配人さんはこの日ノ光の国最強と言われるほどのお方ですわ。だから謙遜していらっしゃるのです。絶対に負ける事はありませんわ!」
お〜い、ファンタさんや〜、頼むからこれ以上余計な事を言わないで!
「ほほう、日ノ光最強か……」
ドドモスの目がギラリと獰猛な獣のように光った。
あの目は獲物は逃がさないと言わんばかりの獣の目だ。
ただでさえ人手が足りずに忙しく働いているのに、腕相撲なんて疲れる事はやりたくないんだが。
いや、でもまてよ。
ここでわざと負けてあげたらこのドワーフ達は気分を良くして帰ってくれるんじゃないだろうか。
そうすれば再びこの旅館に来てくれるかもしれない。
「わかったよ。一回だけなら」
「それは良かったぜ。だがな兄ちゃんよ、一つだけいいか?」
「なんだ?」
「俺が勝ったらもう二度とこの旅館には来ない」
「へ?」
「兄ちゃんが勝ったら来年の旅行もこの旅館に泊まると約束しよう」
「え? そんな事あんたが勝手に決めていいのかよ」
「毎年の組合旅行の行き先はドワーフの中で一番力ある者が決める事になってる。つまり俺に勝てば俺達鉱夫組合の旅行先の決定権は兄ちゃんに移るということだ」
なるほどな、だからこのドワーフ達はここで腕相撲をして来年の旅行先を決める、いわば幹事を選出していたという事か。
それならわざと負けるなんてできないな。
俺には蟻スキルの【超怪力】があるから負ける気はしないけど、見るからに筋骨隆々のドワーフが相手だから油断はできないだろう。
俺は畳に肘をつきドドモスの手を握る。
先ほどのベベキアが審判を務めるようだ。
「準備はいいかドドモス。それに総支配人の兄ちゃん」
「おうよ! 全力でいかせて貰うぜ!」
「ああ。いつでもいいぞ」
「それじゃあいくぜ。よーい、はじめっ!」
ドドモスが開始直後にスキルを使用した。
「強靭なる力を我の身体に宿せ!【怪力】!」




