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繁盛するのも考えものだ

 



=====

 地上生活、二百十二日目。

 午前十時四十二分

=====


 今日から日ノ光旅館の営業を再開した。

 戦の影響で客の数が減るんじゃないかと心配していたが杞憂だったようだ。

 なぜなら開店と同時に客が雪崩のように押し寄せてきたからな。


 この日に宿泊を希望した客数は二百二十人。

 四ヶ月前と比べて三倍に増加している。

 これは旅館で提供される新たなサービスが魅力的だからなのはいうまでもないが、その魅力を都全体に宣伝してくれたマコトの活躍が大きい。


 まさかこれほど客が集まるとは思っていなかった。

 当然だけど様々な客がいる。


 大型旅客空舟で観光したい客やカエデの料理だけを食べにきた客。

 賭場で遊びたい客やモミジの作る大陸の甘味目当て、さらにはコチョウの歌を聞きに来ただけの者や、エウロピスが管理する広い庭園を見に来た客など目的は様々だ。


 だがここで一つ重大な問題が発生した。

 あまりの客の多さに現在八十人の従業員では手が足りなかったんだ。



 だから俺も休む暇無く様々な部門の手伝いをして走り回っている。

 客が予想以上に多い事で俺の『ゆるゆる人任せ異世界生活』が「死ぬ程忙しい異世界生活』になっているのだ。

 

 これは由々しき事態だ。

 俺がこの旅館の総支配人になったのは楽をして暮す為なのに、繁盛し過ぎてお茶を飲む暇さえない。


 俺の妻達や他の従業員達は皆文句も言わず額に汗して働いているが、俺としてはこんなに忙しいのは勘弁してもらいたい。


 いつもならば午前中にエウロピスの整備した美しい庭園を散歩してから湖に行き巨大錦鯉に餌をあげ、それから座敷童の女の子と手毬てまりやお手玉等で遊ぶ。


 昼になるとヒラガの造った酒を飲みながらカエデの昼食に舌鼓を打ち、午後は賭場で少し遊んでモミジの喫茶店でおやつを食べ、受け付けのカウンターに置いてあるパンダ出目金に魔力を喰わせてから昼寝をしているはずなのに。


 どうしてこんなに忙しくなったんだ……。

 そんなのは考えなくても分る事だ。

 俺はこの旅館を改善しすぎたんだ。


 今更やってしまった事を後悔しても始まらない。

 このままでは本当に忙し過ぎて死んでしまう。

 この忙しさを打開する方法はただ一つ。

 従業員の増員だ。


 しかし口入屋には継続的に人材募集依頼を出してあるから、これ以上やる事はないし全くの新人を雇い入れても一人前になるには時間がかかる。

 新人の従業員が戦力になる頃には俺は疲労で死んでいるかもしれない。

 だからすぐに即戦力で働ける者じゃないといけない。


 とはいえそんなに簡単に即戦力になる人材は集まらない。

 都で営業している旅館の従業員を引き抜くというのも考えたが、そんな事をすれば新商人組合に加盟している商人達に恨まれることになる。

 どこも使える人材は必要だからだ。


 俺は受付で客の対応をしながら打開策を考えていると、ちょっと変わった五人の女性客が来館した。


「いらっしゃいませ。日ノ光旅館へようこそおいで下さいました」


「五人だ」


 その五人の客のうち四人は見た目が十代後半の娘達で、全身真っ黒のロングドレスにコルセットをつけレースやフリルも多用してある豪華な服装だ。

 俺の知る限りではゴシック調の服装というやつだろう。


 残りの一人は身長百四十センチ位でペティやオウカくらいの年齢に見える。

 その小柄の少女は四人の娘と同じような黒を基調としたレースやフリルやリボンで飾られた華美なドレスを着ており、スカートはパニエで脹らませ靴は編み上げの厚底ブーツ。

 髪は雪のように白く長く縦ロールで、リボンやヘッドドレスで飾られている。


 服装が洋服という事は大陸からの客だろう。

 身なりの良さから相当な金持ちだと予想できた。


「ありがとうございます。お部屋の種類はどうされますか? 当旅館では十人まで宿泊できる大部屋、二人部屋や四人部屋、最上級の六人部屋がございます」


「六人部屋を」


「畏まりました。それでは一泊金貨二十枚いただきます。ご宿泊期間のご予定は?」


 俺がそう言うと黒づくめの少女は受付のカウンターに親指の爪くらいの大きさの赤い宝石を無造作に転がした。

 形はいびつで表面は曇っているが、もし本物の宝石だとしたらかなりの値段になるに違いない。


「これが代金だ」


「これは?」


「ん、足りなかったか」


 すると少女は様々な色の宝石をさらに数十個取り出し、カウンターにじゃらじゃらと転がした。


「しょ、少々お待ちくださいませ」


 俺は宝石を数粒だけ手に取り事務室で仕事をしていたイチゴの元へ急ぐ。


「イチゴ。ちょっとこの宝石の価値をお前の観察眼で調べてくれないか?」


「え? いいけど、どうしたのこの宝石」


「お客が代金の代わりに渡してきたんだ」


「わかったわ。……その物の真の価値をここに示せ、【観察眼】!」


 イチゴの両目が淡く光り宝石の価値を見抜く。


「終わったわ」


「どうだった? 本物か?」


「本物よ。この一粒が金貨に換算して二百十三枚ってところね」


「まじか」


「ええ、まだ原石に近いものだけど綺麗に加工したらもっと高く売れるはずよ。こんな加工前の宝石を代金として支払う客なんて珍しいわね」


 本物なら代金として受け取れるよな。

 俺は受付に戻り黒づくめの少女に笑顔で話す。


「確認させて頂きました。この宝石一つで金貨二百十三枚相当の価値になるようですので他の宝石は必要ございません。何泊されるご予定ですか?」


「決めていない」


「でしたらこの宝石は当旅館でお預かりして、お帰りの際にこの宝石から宿泊代金をまとめて清算させていただくという事でよろしいでしょうか?」


「それで良い」


「畏まりました。それではお部屋迄ご案内させていただきます」


 俺は念話でペティに知らせた。

 すると彼女はすぐに数人の仲居を連れてロビーに現れ、黒づくめの五人を客室へ案内した。


 いろんな客がいるもんだな。

 服装も独特だったし加工前の宝石を代金にした客というのも初めてだ。

 問題を起こす客じゃなければいいけど。


 そうして黒づくめの五人の後ろ姿を見送っていたが、少女だけこっちを振り向いて俺の事を少しの間だけ見つめてから客室へと向かった。

 なんか俺無作法でもしただろうか。

 セルフィナに礼儀作法についてある程度教わったんだけどな。


 この日は特に何も苦情はなかった。

 俺の考え過ぎだったかな。


 しかし次の日は異世界らしい客が次々に来館し、より忙しくなるのだった。




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