銀糸の暗殺者
「妾に散々操られ、お主の大事なものを壊そうとしておった妾の身を案じてくれるのか? ユラリはほんにいいやつじゃの。妾がこの国の姫じゃなければ惚れるところじゃぞ」
「はぐらかすんじゃねーよ。俺はこれでも怒りを抑えるのに必至なんだ」
俺は手刀に【空刃】を纏わせオウカの首に刃をつき付ける。
彼女の首が少し斬れて一筋の赤い血液がゆっくりと首を伝う。
俺の脅しにオウカは何も反応を示さなかった。
アフヨウの影響だろう。
まともな状況判断ができないのかもしれない。
オウカは虚ろな瞳でアフヨウを吸いながら答える。
「……笑顔がのう」
「笑顔?」
「妾はもうアフヨウ無しでは笑顔になれんのじゃ」
「お前……」
「じゃから妾は笑顔になる為にアフヨウを吸わねばならぬ。あの時母上と約束したのじゃ。いつまでも笑顔のままでいるとな……」
「俺の母さんも俺が若い頃に死んだ」
「……そうかお主の母もか」
「だから死んだ母の信頼に応えたいという気持ちもわかる」
オウカは力無く笑う。
「クククッ………お主に分るものか。妾に課せられたのは国を守るという事じゃぞ。この東江の都だけではなく日ノ光国の民一千万の将来が妾の肩に乗っておるのじゃ! 妾の気持ちがお主に分ってたまるものか」
「お前は今まで母親の信頼に応えようと一人でがんばりすぎたんだよ。全て一人で悩み、一人で抱え込んで、一人で解決しようとしてきた。そんな事ばかりしてきたから心がすり減ってしまったんだ」
「心がすり減ったじゃと!? そのような生易しいものではないわっ! 国を守る為に今まで何人罪の無い者を殺してきたのか分るか? その数は先の戦を含めると三万三千二百五十九人にもなるんじゃ!」
オウカは子供が癇癪を起こしたかのように突然声を荒げる。
それに自分が殺した人数を全て把握しているようだ。
「妾はそれだけの者達を殺してきたっ! まさにこれは悪魔の所業じゃ。もう妾には人らしい心など残ってはおらぬわっ!」
オウカのパイプを持つ右手が今迄よりも震えが大きくなった。
「俺はここに来るまでお前を殺そうと思っていた。俺の大事な者達に手を出したお前を絶対に苦しめてから殺してやると、そう思っていた」
「……当然じゃな」
「だけど考えが変わった。お前を殺すのは止めだ」
「な、なぜじゃ!? 妾はお主を何度も殺そうとしておったのじゃぞ? ほれ、その右腕を少し動かすだけで復讐が果たせるのじゃ! どうした? やらんのか!?」
「なぜならお前は今、死を望んでいるからだ」
「え……妾が? そ、そんなはずはない。妾はこの国を今よりもっと発展させ民を導き幸せにしなければならぬのじゃ! し、死ぬなど許されぬ……」
「オウカ。どうしてそんなにいい笑顔になっている」
「……へ?」
命を奪う凶器がオウカの首に突きつけられているというのに、こいつの表情は喜びに満ちて笑みが浮かんでいた。
「俺が今まで見たお前の笑顔で一番良い笑顔じゃないか。そんなに死にたかったのかよ」
「そ、そんな、はずは……妾は……妾は笑ってなど、おらぬ、のじゃ……」
「死にたい奴に死を与えたら、それは罰じゃなくて褒美になるじゃねーか。まさかお前。今まで俺に何度もちょっかいを出してきたのは、今この時に俺から殺されるのが目的だったんじゃないだろうな?」
「………あ……え?」
その時オウカの目から大粒の涙が止めどなく零れ落ちてきた。
「……は? わ、妾はどうして泣いておる? 悲しくはない。嬉しいわけでもない。ただただ涙が流れるのじゃ。なんじゃこれは……なんじゃ、なんなのじゃ」
たぶんもうオウカの心は壊れている。
国を守らなければいけないという重責が彼女の精神を病ませたんだ。
病に伏せる父には頼れず周囲は裏切り者の敵だらけ。
それに加えて母親からの信頼に応えなければという重い枷のような焦り。
その全てがオウカの心を徐々に蝕んでいたんだろう。
だからこいつはアフヨウに縋るしかなかった。
薬による快楽で現実逃避しなければ自分を保てなかったんだ。
オウカの過去の記憶を見たから同情はする。
しかし、恵まれない環境で育った奴が必ず悪人になるとは限らない。
いくら辛い状況にあったとしてもそれを乗り越え正しい道を進むか、自ら間違った道を歩むかは本人の意思次第だ。
オウカが今までしてきた事は決して許されない事だ。
俺も許すつもりは毛頭ない。
だから俺がこいつにする事はただ一つだ。
「なあオウカ。アフヨウを吸うよりも気持ちが楽になって、国を今より発展させる事ができるかもしれない方法を知っているんだが、それを試してみないか?」
「な、んじゃと!? そ、そんな方法があるのか!?」
「ああ、それにはお前の身体や心や魂さえも全て俺に差し出す必要がある」
「お、お主の言うような方法が本当にあるのなら、妾の全てをくれてやる! 金か!? 土地か!? 妾の身体か!? その全てか!? 何でもくれてやるぞっ!」
「そうか……もう取り消せないからな」
その時、周囲で控えていた忍者の一人が突然オウカに襲い掛かってきた。
その忍者は金属製の糸を操っている。
俺が使う【影鞭】にそっくりで厄介な武器。
イワクラの身体を一瞬にしてバラバラした忍者の武器も銀色に光る糸だ。
手の塞がっている俺に代わってその糸を受けたのはギンコ。
ギンコは刀で銀の糸を弾いている。
そして襲って来た忍者へと声をかけた。
「やはり。お主はコチョウ!」
「あんさんは……ギンコ?」
え、コチョウ!?
この忍者は芸子のコチョウなのか?
もしかしてカジを殺しトラキチ親分を瀕死に追い込んだ忍者って……。
コチョウは後ろに飛び退く。
「なんでギンコがここにおるん?」
「師匠から糸を武器にする忍者がいると聞いたので、もしやと思ったのだ」
「旅館ではギンコに気づかれんよう気を付けとったのに見つかってしもた」
「ここで何をしているのだコチョウ」
「言えまへんなぁ」
その時コチョウ以外の四人の忍者達の首がゴロリと畳に落ち畳に血が滲む。
コチョウがさっきの一瞬で殺したようだ。
「ほぅ。妾の口封じに来おったか」
こいつはオウカの護衛じゃなかったのか?
仲間を殺すなんておかしい。
オウカから情報が漏れないように口封じ役の忍者だったのか。
「ギンコ。【守護者任命】が終わるまでコチョウを抑えておいてくれ」
「御意!」
ギンコは分身を八人作り出し、コチョウに向かって苦内を投げつつ刀を抜き斬り掛かる。
コチョウも苦内を銀糸で全て打ち落として応戦する。
「あんさん、いつの間にそんなに強くならはったん?」
「師匠のおかげだ!」
「師匠?」
二人の忍者は戦いながらオウカの寝所から外の庭へと飛び出して行った。
ギンコがコチョウの相手をしてくれているうちに契約を済ませよう。
俺はスキルを使用するために意識を集中した。
そしてオウカに【守護者任命】という名の復讐をする。
「この者達の名はオウカ・ヒノミツ。我が敵を刺し貫く剣となり、我を護り支える盾となれ! 我の元に集いし二十四守護者として、ここに守護者契約を結ぶ! スキル【守護者任命】発動っ!!」
オウカの体はまばゆい光を発し宙に浮く。
俺の中の力が彼女に流れ込み、首にあった死の奴隷紋が消えていく。
オウカの額の位置に光が集束し輝くカードを形成した。




