母からの信頼
※オウカ視点。
妾は日ノ光国の将王タケミツと、そのただ一人の正妻であるユキの間に産まれた娘じゃ。
公式には妾は一人娘という事になっておるが、じつは妹がおった。
いや、おったというのは少し違うかの。
なぜなら妾の妹は産まれる前に母上と共に死んだからじゃ。
妾がまだ七歳の頃じゃ。
母上が妹を身ごもったまま死んだ原因は暗殺じゃった。
その方法は毒殺。
犯人は未だに見つかっておらぬ。
当然毒味をした後の料理を食べておったのだが、毒は食事にではなく空中に漂わせて使う種類のもので無色無臭だったらしいのじゃ。
妾は毒物には詳しくはないが、大陸のある国で作られたものらしい。
あれは、母上が息を引き取る直前の事じゃ。
布団に横になっておる母上の回りには、妾と父上、医者や母上の身の回りの世話をしていた従者達が数人座っておった。
母上は妾の目を真っすぐに優しく見つめ、妾の小さな手を弱々しくも包み込むように握ってくれた。
今にも消えそうなかすれ声で、母上はいつものように褒めてくれたのじゃ。
「……オウカは……偉い子ね……そして良い子……」
「母上。妾は偉くも良い子でもないのじゃ。今日だって姫になる為の勉強が嫌で庭で遊んでいたのじゃ……」
「……ふふふ……わたしにはわかります……オウカは将来……この国を今よりもさらに良い国にしてくれて……沢山の人々を幸せにすると……」
「そんなの妾には絶対に無理じゃ! 算術だって踊りの稽古だって難しいからやりたくないのじゃ。そんな駄目姫の妾が民を幸せになんてできないのじゃ!」
「……大丈夫……オウカはきっと大丈夫……だって、わたしとタケミツ様の娘ですもの……わたしはあなたの事を……信じていますよ……」
「しかし母上」
「……わたしはもうすぐ……死ぬでしょう」
「っ!!」
「……ですから……わたしが死んだ後の分まで……今のうちにオウカを褒めてあげますね……あなたは偉い子……そして良い子よ……この国の為によく今まで……がんばりましたね……」
「な、何を言うておるのじゃ! わ、妾は何もしてないっ! まだ何もしていないじゃっ! じゃから褒めてくれなくても良い! 母上が元気になってくれるだけでよいのじゃっ!」
母上の視線が妾の目から外れてしもうた。
もう目が見えなくなっているようじゃ。
その代わりに妾の手を握る力が強くなったのじゃ。
「……ひとつ心残りなのは……あなたの笑顔が……見れなくなること……」
「そうじゃ母上! 妾はこれから絶対に泣かないのじゃ! いつも笑顔でいるのじゃ! じゃから妾の笑顔をこれからもずっと見続けるのじゃ!」
妾はこれから訪れるであろう母上との永遠の別れを、あらん限りの笑顔で否定しようと試みたが、ぼろぼろと零れ落ちる涙で上手く笑えなかった。
もう母上には見えていないであろうが妾は笑顔を浮べ続けた。
「……オウカの笑顔は……本当に可愛い……わたしの為に笑顔になってくれて……ありがとう……」
「……じゃからっ! いかないで、ほしい……のじゃ……妾は……」
妾の手を強く握っていた母上の手から徐々に力が失われて行く。
「母上っ!?」
「……あなたは偉い子……そして良い子……」
「駄目じゃ……駄目じゃ駄目じゃ駄目じゃっ!!」
「……これから……その可愛い笑顔は……わたしではなく……あなたが将来、心から好きになる人へ……向けるのですよ……」
母上の手の力はもうほとんど無くなっておった。
「母上っ!! 駄目じゃ! 妾を置いていくでないっ!」
妾は回りの大人達に助けを求めた。
「父上! 母上がっ!」
父上は目をつむり黙っておる。
「医者っ! なんとかできんのかっ!?」
医者の男も妾の問いに何も答えてはくれんかった。
そのとき、母上が本当に消えそうなささやき声で妾に人生最後の言葉を遺す。
「……あなたは……偉い子……そして……良い子……幸せに…………なりなさ……い……わたしの……愛する娘…………オウ……カ……………………」
母上は最後に妾の名を呼び息を引き取った。
妾は薄く目を開けたまま動かなくなった母上に縋り付き、その身体を何度も何度も揺さぶった。
何の反応も返ってはこぬ。
人が死ぬとどうなるのかは学んではおった。
じゃが妾は母上が死んだという目の前の現実を理解したくなかったのじゃ。
その時妾は城中に響かんばかりにむせび泣いた。
叫び、母上を揺らし、そしてまた叫んだ。
じゃが大声で泣きじゃくる妾を咎める者は誰一人としていなかった。
その時の父や従者達も泣いておったのじゃ。
後から聞いた話じゃが母上の身体は猛毒に蝕まれ激痛に苛まれておった。
終止母上は穏やかな微笑みを浮べておったので、激痛を感じていたなど微塵も感じられなかった。
母上は死ぬ間際まで妾を信じておった。
じゃからあんなに安らかで優しい微笑みでいられたのじゃ。
妾はそんな母上からの信頼を裏切れぬ。
絶対に裏切ってはならぬ。
どんな非道な手段を使おうが地獄の魔神に魂を売り渡そうが、妾には母上の信頼を裏切る事など決して許されぬっ!
してはならぬのじゃ!
妾の寝所には今ユラリが来ておる。
処刑されるはずのユラリがここにおる理由はただ一つじゃな。
ユラリは妾を睨みつけ低く怒りのこもった声音で言うた。
「よう。よくも今までさんざん俺を玩具にしてくれたな……。俺を陥れようとした黒幕、そして日乃光国将王の一人娘、オウカ・ヒノミツっ!」




