予断を許さない状態
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午後一時四十分
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「ユ、ユラリ殿……ここはもしや?」
「ああ、そうだ。西町の裏社会を牛耳る白虎会の本部だ」
「やはりそうでござるか……某達役人でも近づかぬようにしている危険な場所でござるよ。本当に入っても大丈夫でござろうか」
「大丈夫だよ」
そうして俺が屋敷の紋をくぐり中に入るとなにやら騒がしい。
百人以上の子分達が武装して今にも戦争にでも行きそうな勢いだ。
俺が敷地に入ると子分達が俺に気付き、俺が歩く道の左右に急いで列を作り、腰を九十度折り曲げてお辞儀をした。
それを見たリンドウが驚いているようだ。
「ユラリ殿!? これは一体どういう事でござるか?」
「今まで言わなかったけど、実は俺、この都のヤクザ者達の大親分なんだ」
「え!? それは真でござるか?」
「そうなんだ。実際はこいつらを仕切っているのは各町の親分達だから、俺はただの飾りだけどな」
「そ、そうでござるか……。これもこの都の平和を守るために?」
「まあな。始めは俺の旅館の従業員を守るためだったんだけど、俺が大親分になってからは物騒な事はやらせていない」
「しかし、荒くれ者達を抑えておくのはいささか難しくはござらぬか?」
「リンドウの言う通りだ。だからこいつらに相応しい仕事をさせてる」
腕っ節の強い奴らが多いから、遊郭や賭場や荷物を運搬する商隊の用心棒、たまに都に迷い込む魔物の討伐、盗賊が悪さをしないように深夜の都の見回りなんてのをやらせているとリンドウに説明した。
「なんとそれを無償で? どうりで最近、都の犯罪発生件数が激減したという報告が入っていたでござる。しかし、無償では子分達の生活が成り立たないのではござらぬか?」
「背後には商人組合の全面的な資金援助があるんだ」
「そんな事ができるでござるか? いつもユラリ殿には驚かされるでござるよ。ユラリ殿は清濁併せ持ち都の平和の為に影で活躍していたのでござるな。それに比べて某は小さな正義に固執していて恥ずかしいでござる」
「お前は何も恥じる事はないだろ。正義なんて色々な形がある。お前だけの正義を貫き通せよ。俺はお前を応援するぜ」
今の仕組みになったのは成り行きだけど、それは言わぬが花だな。
俺は近くの子分の一人に武装している理由を尋ねた。
するとつい昨日、玄武会と朱雀会の親分が何者かに暗殺され、トラキチ親分も襲われて重傷を負い意識不明の重体になっているらしい。
その際にカジが親分の身代わりとなり死んだそうだ。
あのカジが死んだ?
あいつは俺が戦った人族の中でもかなり強い部類だったのに、それが殺されただって!?
だから子分達はこんなに殺気立っていたのかよ。
「カジを殺した相手の正体は?」
「へい。現場に元青龍会の紋様が刻まれた短刀が落ちてたんです」
「は? 青龍会は俺が皆殺しにしたはずだけど?」
「その生き残りがいたのかと思いまして、今から青龍会のあった元屋敷を中心に犯人を捜し出し、切り刻んでやろうかと思って準備してやした」
それは変だな。
裏社会を牛耳る親分クラスを暗殺できる奴が証拠を落とすだろうか。
「まずは落ち着け。俺が来たからには犯人には必ず落とし前をつけさせる。だから一度武器は収めろ」
「は、はい。大親分がそうおっしゃるなら従いやす」
そこへ別の子分が屋敷の奥から駆け出して来た。
「親分の意識が戻ったぞ!」
「トラキチ親分のところまで案内しろ」
「へい! そこをどけい! 大親分のお帰りだっ!」
俺は子分に案内されトラキチ親分の寝ている座敷に通された。
そこには血の滲んだ包帯に全身を巻かれたトラキチ親分が横になっていて、そのすぐ隣にはアサハナが座って看病していた。
「アサハナも来てたのか」
「あ、ユラリさん。そうなんす。さっき子分さんに呼ばれて来てみたんですけど、トラキチ親分がこんな状態で……」
親分の身体を良く見ると右腕と左足が切断され失われていた。
腕や脚の切断面に巻かれている包帯からは赤い血が色濃く滲んでいる。
俺はトラキチ親分の側に胡座で座った。
リンドウも所在なさげに俺の後ろに正座する。
「親分さんよ。酷くやられたようだな」
「おぅ……ユラリじゃねぇか。ようやく俺と、酒を飲み交わしに、きてくれたのか? うぐっ……」
親分の声はいつもの爆音のような音量ではなく、弱々しく声を出すのも辛そうに息を荒くしている。
「誰にやられた?」
「わからねえ。姿は忍者のようだった……気付いた時には、斬られてこのざまさ……」
「カジはそいつと戦って逝ったのか?」
「おうよ……あいつは俺を守る為に、最後まで男を、貫いた……。悔いはねえだろうよ……ぐっ……」
「そうか……その忍者を差し向けた奴に心あたりはないのか?」
「たぶん、大陸の奴らだ」
「大陸の?」
「ユラリが前に、青龍会を壊滅させただろう……その後がまを狙って、大陸の奴らが入って、きたようだ……。アフヨウなんて厄介なものまで持って来てな」
「そうか……」
青龍会が無くなってそのポジションを狙い、大陸のヤクザ者が勢力拡大の為に上陸してきたってことか。
進出の第一段階としてアフヨウを広めようとしていたんだろう。
俺は少し前からこの座敷に近づくマコトの気配を感じ取っていた。
「あ……親分さん!」
「マコトがどうしてここに?」
「親分さんが大けがをしたと、通りで会った子分さんに聞いたんです。それで急いでお見舞いに」
「そうだったのか」
「ぼくは親分さんにいろいろ世話になっているので」
「マコト、じゃねえか……すまねえな、こんな格好で……」
「いえ……何と言っていいのか……」
「おれは大丈夫だ、まだ死ねねえ理由が、あるからな」
そういえば前にマコトとトラキチ親分は親しげに話していたな。
俺が地上に出てくる前からの知り合いなんだろう。
「なあトラキチ親分。そいつらの根城は知っているのか?」
「わから、ねえな。そいつを調べている最中に、襲われたんでな……。だが、手がかりは、掴んでるぜ」
トラキチ親分は左の拳を俺の顔の前に出した。
そして手の平をゆっくりと開く。
その手の平から落ちてきたのは根付だ。
「これが手がかりなのか?」
「ああ、その根付は特注品の一点ものでな……あまり見ない上等なものだ……。奴らのアジトとおぼしき場所へ、カジと二人で殴り込みに行った際、落ちてるのを見つけたんだ」
二人だけでかよ。
無茶するからこうなるんだ。
自分の歳を考えろよ、まったく。
「だが、先に気付かれて、俺達が入った時には、もぬけの殻だったけどよ」
俺は改めて渡された根付を見た。
その飾りには花の紋様が掘られている。
根付とは、お金や食べ物や筆記用具、薬や煙草などの小間物を入れた小型の革製鞄や印籠などを、紐で帯から吊るし持ち歩くときに用いた留め具の事だ。
「たぶん、その根付を作った、職人を探し出して、依頼人が誰なのか、聞き出せれば……そいつが大陸のヤクザ者と、手を組んで、アフヨウをバラまいてる張本人だろう……うぐっ……」
そこまで言ったトラキチ親分は再び意識を失った。
この傷では眠っていた方が楽だろう。
「………アサハナ。トラキチ親分の容態は?」
「そうっすね……応急処置はしておいたっすけど、まだ予断を許さない状態っすよ。見ての通り腕と足を斬られているので出血が酷いっす。これで生きているのが不思議なくらいっすよ」
「お、親分さん……」
「そんな顔するなマコト。トラキチ親分は元気になって、またばかでかい声で笑うようになるはずだ」
「そ、そうです、よね……」
まだマコトの表情は暗いな。
仕方が無いか、世話になった恩人が死にそうなんだから。
親分は独自に調査していてこの手がかりを掴んだ矢先に暗殺されかけた。
つまりこの手がかりは犯人のものである可能性が高い。
この根付を辿って行けば犯人に辿り着けるかもしれないという事だ。
俺は立ち上がり座敷を出た。
俺の後にリンドウが急いで追いついて来た。
「ユラリ殿……これからどうするでござるか?」
「まずはこの根付を製作した職人を捜す。それから依頼者の情報を聞き出し、アフヨウの組織もろともぶっつぶす」
「ユラリ殿? かなり怒っているようでござるな」
「当然だ。旅館ではないとはいえ、都の裏社会は俺の縄張りの一つだ。それを荒らされて黙っていられる程俺は大人じゃない」
俺達が白虎会の屋敷の門を出た所でマコトも追いかけて来た。
「お兄さん! ちょっと待ってください!」
「どうした?」
「ぼくも連れていってくれませんか?」
マコトの目は真剣そのものだ。
「悪いが駄目だ」
「職人を捜し出すんですよね? ならぼくの情報網が必要ですよね?」
「危険だ。この根付の事を探っていると暗殺者に襲われかねない」
「わかってます。でも親分さんがあんなにされて黙っていられません!」
「しかしだな」
「なんと言われても付いて行きますから! それにこの件は早めに解決したほうがいいんでしょ? アフヨウが関わっているんだし」
「お前にはお見通しか」
「当然ですよ。さっきの親分さんの話と最近の都の噂を総合して考えると、自ずとユラリさんとリンドウさんが一緒にいる理由がわかります。この都にアフヨウを広げようとしている悪い奴らを捕まえるためですよね?」
さすがは元瓦版屋でうちの宣伝係だよ。
断片的な情報から的確に真実を導き出している。
「わかったよ、じゃあ職人探しを手伝ってくれ」
「もちろんやらせてもらいすよ!」
「だけど、犯罪組織の根城を見つけたら、それ以上はついて来るな」
「わかってます。ぼくは死にたくはありませんからね」
「よし。じゃあ調査の方法は任せる。まずは何から始める?」
「まずは北町にある職人組合に行きましょう」
俺達三人は急ぎ北町の職人組合の屋敷へ向かった。




