オウカからの強引な依頼
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地上生活、百八十八日目。
午前九時三十八分
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今日の朝礼もつつがなく終わり、俺は総支配人室でお茶をすすりながら旅館の増改築費用の集計表を眺めていた。
これはイチゴが持ってきてくれたものだ。
「おお、増改築ってかなりの費用がかかるものなんだな」
イチゴは赤い縁のグルグル眼鏡の位置を直しながら説明してくれた。
「そうね。これでもあたしの考えうる限り節約しているわ。いくらオウカ姫が全ての費用を出してくれるといっても、無駄にお金を使えないでしょ?」
「イチゴの言う通りだ。戦のときの報賞とはいえ民の税金だからな」
「それで、あの反乱軍はどうなったの?」
「招集された一般兵達はお咎め無し。現場指揮官の武将達は処刑は免れたがお家取り潰し。反乱を企てた大名達は打ち首獄門曝し首だってさ。ちなみにその大名に属する家族や家来も処刑されたんだと」
「そ、それってかなり厳しい罰ね」
「今回の反乱は規模が大きかったからな。二度と同じ様な事が起きないように見せしめの意味もあるんだろう」
「そうね。この旅館への影響はないかしら」
「今はまだ休業中だから何とも言えないけど、旅館を増改築してグレードアップしたから、客が減るどころか増えると思うぞ」
「そうね、よかった」
「イチゴにはいつも旅館の経済面の心配をかけてるよな。俺は計算とか得意じゃないから本当に助かってる。ありがとな」
「お、お礼なんていいのよ。だってあたしはユラリの妻なんだから……」
「ああ、これからもお前に頼る事も多いと思うけど、よろしく頼む」
「当然よ。あたしは戦うとかできないけど、ユラリの為に自分のできる事をするから」
そのときセルフィナから【念話】が届いた。
『ユラリ様、今よろしいですか?』
『ああ、どうした?』
『いましがたオウカ姫の従者の方とそのお連れ様が来られました』
『わかった。すぐそっちに行くよ』
俺はすぐにロビーへ向かった。
するとロビーには何度か顔を合わせた事のあるオウカの従者と、綺麗な容姿の娘が一緒に立っていた。
お、あの娘、三味線を持ってる。
それに黒を基調とした蝶柄のきらびやかな着物。
髪型は島田髷という髪型で、髻を折り返して元結で止めるだけのシンプルなもの。
俺の知っている限りでは京都の芸子さんがしている髪型だ。
髪飾りも翡翠や珊瑚で彩られた高級品だな。
この娘は間違いなく舞踊や楽器で宴席に興を添え客をもてなす芸子。
酒の席で各種の芸を披露する娘のことだ。
その芸子の娘がゆっくりとお辞儀をしてから自己紹介をした。
「うちの名前はコチョウどす。よろしゅうお頼み申します」
きょ、京都弁だ……。
もしかして京華の都出身なのかもしれない。
俺はそのコチョウという芸子さんに見とれていると、オウカの従者から書状を手渡された。
この書状はオウカから俺への手紙らしい。
俺は包み紙をとり書状を開き中を読んでみた。
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元気にしておるかユラリ。
妾は元気じゃ!
旅館の増改築は進んでおるかの?
戦の被害を抑えたお主へのお礼じゃから有り難く受け取るがよい。
今回お主に依頼したい事があって、この書状をしたためた。
それは何かというと、最近この国に出回ってきておるアフヨウの流通をなんとか止めるのに協力してはくれまいか。
たぶん大陸から渡って来ておると思うのじゃが、それを手引きしておる犯罪組織が狡猾でのう、なかなか尻尾を掴ませんのじゃ。
その犯罪組織を探し出し頭を捕らえるか、それができなければ始末して欲しいのじゃ。
お主も知っておると思うがアフヨウは人を駄目にする危険なものじゃ。
早いうちに取り締まらねば国そのものが駄目になる。
じゃから奉行所の役人と協力して犯罪組織を潰す必要がある。
なに、ただでとは言わぬ。
妾の従者と共に今回の件が解決した場合の報酬も先払いで届けた。
話に聞くとお主の旅館には芸事のできる従業員はまだおらぬというではないか。
じゃからそのコチョウを今回の報酬として受け取るがよい。
ちなみにコチョウは妾専属の芸子じゃった娘じゃ。
元々は拾った奴隷じゃが、お主の報酬にするためにコチョウの奴隷紋は解除し、身の回りの生活道具一式とともに届けてやったぞ。
親切で気が利く妾に感謝するがよいぞ。
それでは良い報告をまっておる。
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え……つまりそのアフヨウとかいうのを売っている組織を潰せと?
その報酬にこの娘をくれるって?
俺が書状から旅館の玄関先に視線を移すと大八車にコチョウの私物だと思われる家財道具一式が積まれておいてあった。
ちょっとまて。
まずはアフヨウって何だ?
アウレナ先生、教えてくださいなっと。
俺はアフヨウを検索してみた。
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◆アフヨウ:アヘンの別名。アヘンはケシの実から採取される果汁を乾燥させたもので、いわゆる麻薬である。ケシの実から採取される成分から合成される化合物は鎮痛や陶酔といった作用があり、また高用量の摂取では昏睡や呼吸抑制を引き起こす。同時に習慣性や濫用による健康被害など、麻薬としての特性が強く全世界の国々で規制されており、日乃光の国においても例外ではない。
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あ〜麻薬か〜。
そりゃあ早めに潰さないと大変な事になるよな。
オウカのやりたい事は理解した。
そういえば、このコチョウの奴隷紋は解除してあるって書いてあるな。
つまり俺的脳内翻訳機能を介すると、この娘をやるから言う事を聞け、この娘は返却不可能だから妾の依頼を断る事は許さん、という事か。
なんて強引なやり方だ………。
ちょうど旅館は今休業中だから俺は比較的暇だけどさ。
でも犯罪組織を潰すなんて面倒だな。
正直やりたくない。
確かに芸事のできる従業員は喉から手や足が出るほど欲しかった。
だがこの娘の実力を確かめない事にはなんとも言えないな。
ひとまず大広間で何かやってもらおうかな。
「なあコチョウ。これからお前の芸の腕を見てみたいんだけど?」
「よろしゅおすえ」
オウカの従者はそこで城へ帰って行った。
本当にコチョウを置き去りにしやがったな。
城に連れ帰る気はないようだ。
俺はコチョウを大広間に案内して胡座をかいて座った。
コチョウは一段高くなっている舞台へと上がり三味線を構えた。
「ほな一曲させてもらいます」
「ああ、初めてくれ」
彼女は三味線の弦を撥で引っ掛けて離したり、または打ったりして心地よいベンベンというよな音を奏で始めた。
前奏が終わると同時に美しい歌声も広い大広間の空間に染み込んでいく。
彼女が歌い出した途端この場の空気が変わった。
まるで肌寒い秋の夜だ。
澄みきった秋の月が脳裏にイメージとして浮かび上がり、その月は地上をやさしく照らしている。
聞こえてくるのは近くの草むらにいる鈴虫の鳴き声。
俺もその情景に想いを馳せる。
これはカエデの【心の調味料】の効果に少し似ている。
しかし【心の調味料】は食べた人の感情や記憶に訴えかけるものであるのに対して、コチョウの歌は今まで見た事も無い情景が脳裏に浮かんでくる。
いつのまにか俺の周囲には秋の月に照らされた田園風景が広がっていた。
なんだこれは……。
幻覚か?
いいやそういう人を惑わすような類いのものじゃないな。
感覚としてはアウレナで昔遊んでいたVRゲームのような感じだ。
それにだた見えるだけじゃなく心が安らぐ。
なんだか身体の疲れも癒されていくようだ。
どれくらい俺は月夜の風景に浸っていただろう。
ふと気がつくと夜の田園風景が消えており、コチョウの演奏と歌も終わっていたようだ。
コチョウは俺に微笑みかけながら感想を聞いてきた。
「旦那様。どうどすやろ?」
「あ、ああ……なんだかすごいな」
「おおきに、ありがとう」
これはまたすごい芸子もいたものだな。
いままで芸子としてこの旅館の従業員に応募してきた娘は何人かいた。
しかし、何か物足りなさを感じ今まで採用を見送っていたんだ。
その娘達は普通に歌や踊りは上手だったけど、コチョウほど楽器や歌が上手で、さらに情景を見せる事ができるような者は一人もいなかった。
コチョウがうちの旅館に来れば宴会の席は盛り上がるに違いない。
それどころか、露天風呂そっちのけでコチョウの芸だけを目当てに客が来る可能性もある。
現にカエデが【心の調味料】を使えるようになってからは、温泉や観光名所よりも料理目当ての客が増えたからな。
欲しいな。
かなり欲しい。
その為にはオウカの依頼を受けなければいけない。
コチョウを従業員にできるのなら依頼を受けてもいいか。
「ちなみに他にできる事は何かあるのか?」
「踊りとお琴を少しとお茶も点てられます。うちはよーけできひん。かんにんしとぉくれやす」
「それだけできれば十分だよ。よし、わかった。コチョウには今日からこの旅館の従業員として働いて欲しい」
「さよですか? ほんにうれしおす。よろしくお頼み申します、旦那様」
という事でいつもの善は急げだ。
まずは西町奉行所へ出向き、アヘンをこの国で売る犯罪組織についての情報を聞いてみよう。
オウカの手紙では奉行所と一緒に捜索にあたれと書いてあったから、印籠提示で協力してくれるに違いない。
犯罪捜査は情報収集が基本だからな。
俺はコチョウを雇い入れる事を【念話】でセルフィナに伝え、コチョウの世話を任せてからすぐに西町奉行所に向かった。




