発展する旅館と興奮する兎
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地上生活、百八十二日目。
午前七時八分
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ディナクとの戦いから十日が過ぎた。
まだ旅館の営業は見合わせている。
戦の被害はできるだけ抑えたけどかなりの戦死者が出ているので、東江の都の人達も観光したりゆったりと温泉に入ったりする気分じゃないだろう。
俺としてはあと一ヶ月は休館にするつもりだ。
その間に旅館の大掛かりな改装や増設を終わらせようと思っている。
かかる費用の全てはオウカが出してくれる事になった。
俺が反乱軍の大将を倒し戦の被害を最小限に抑えた事に対する報賞というから、遠慮なく思う存分金を使わせてもらう事にした。
その一つは空船の発着場の建設だ。
すでに口入屋に人材募集の依頼を出していて、大工や土木作業などのスキルを持つ人達を大勢短期で雇っている。
全長二百メートルの大型旅客空船の発着場建設予定地は、旅館の玄関から出てから右側の敷地で、そこでは既に基礎工事が終わっていた。
基礎工事にかかった日数は約一週間。
かなり広い土地の基礎工事をこんなに早く終える事ができたのは、この世界に浸透しているスキルシステムがあってこそだ。
土地を重機も使わずに掘ったり埋めたりできる土術の使い手や、重い物を軽々と持ち運べる【腕力強化】や【脚力強化】を持つ作業員、中には【高速作業】や希少な歌系のスキルを持っている人もいた。
歌系のスキルとはその名の通り歌うスキルだが、ただの歌ではなくその歌を聴いている人達の能力をある程度上昇させることができるスキルだ。
例えば【力の歌】や【癒しの歌】なんてものがあった。
空船発着場が完成したら空船を利用したサービスを開始する。
その一つが東江の都周辺の観光名所を空から巡る遊覧ツアーだ。
今からマコトに宣伝をしてもらっているが既に都では話題になっている。
それは当然だろう。
空船はお偉いさんが移動に使う乗り物で普通は庶民は乗れないし、全長二百メートルを超える旅客空船なんて大名でも乗る機会はない。
日乃光旅館に宿泊した客にだけ提供されるサービスだから、宿泊客の激増間違い無しだな。
空船発着場はあと二十日ほどで完成する予定だ。
完成と同時に遊覧ツアーが始められるように、船内の改装も同時進行で進めているので抜かりは無い。
他に作業が進んでいるのは湖周辺の整備だ。
周囲の自然環境や透明度の高い湖を汚さないよう、環境への配慮は徹底しながら湖岸を整備させている。
それが終われば旅館に宿泊した客が湖で泳ぐことができるだろう
イチゴに聞いたら日乃光の国の海辺に海水浴場は無いらしい。
だから俺が東江の都の人々の為に泳げる場所を提供することにした。
ぶっちゃけ俺が妻達の水着姿を見たいからだけどな。
忘れてはならないのが伸縮性が高く撥水性のある布の開発だ。
この布は湖で泳ぐ為に不可欠な水着の布として使われる。
当然泳ぐ文化のないこの国には水着というものは無かった。
だからヒラガに頼んで急ピッチで開発してもらっているんだ。
旅館が営業再開する頃には間に合わせてみせると、自信満々に目を輝かせていたから信じて任せている。
布地ができたら可愛いデザインの水着に仕立てて、都の若い女性達をターゲットに宣伝開始だ。
この日乃光の国に泳ぎと水着文化を広めたとして、後世に伝えられるこの国の歴史書には俺の名が記されるだろう。
その為にはマコトに頑張ってもらわなければならないが、彼女はちょっとだけ禁断好きな所を除けば、とても真面目で働き者な従業員だから任せておいて大丈夫だろう。
……言い直そう。
かなり、とても、すごく、めちゃくちゃ禁断好きなところを除けば、真面目で働き者な従業員だ。
……本当に大丈夫か不安になってきた。
他には卓球台と賭場しかなかった遊戯場に、他の遊戯を増設する予定だ。
輪投げや射的、バスケットボールのような遊びやビリヤード台なんかも計画しているので、子供連れの家族にも楽しめる場所になるだろう。
この遊具の製作には従業員達も協力してくれている。
彼らは宿泊客がいなくても旅館の為に働きたいと言って、遊具のアイデアを出し合ったり製作作業を手伝ってくれた。
自主的に働いてくれて俺としても凄く嬉しく思う。
その遊技場のすぐ近くにはアサハナの常駐する医務室も増設する。
本人たっての願いで遊技場の近くに医務室を作る事になった。
アサハナは「賭場ですぐに遊びたいからっすよ」なんて当前のように言っていたけど、医者としての仕事はちゃんとしてくれるだろう。
あいつは賭け事は大好きだが、そのために怪我や病気で苦しんでいる人を疎かにするような奴じゃないからな。
最後に髪結い所を完成させれば日乃光旅館パワーアップ計画の完了だ。
ストレッドの職業訓練の成果を確かめる為に俺の髪を散髪してもらった。
始めはどんな髪型になるか心配していたが、終わってみると上手だった。
反乱軍の本陣で捕まえたニゲレナの頭を、野球少年のように丸刈りにしていたのを見たときには、こいつ使えないかもと不安になったが、実際にストレッドに髪を切らせてみると俺の要望通りに髪を手早く切り揃えてくれた。
ストレッド本人が言うには、【散髪】と【髪結い】のスキルレベルは七に達していて非常に高レベルだ。
彼女が職業訓練を初めて三週間しかたっていないのに、この習得スピードは驚異的だ。
消費せずに溜めておいたスキルポイントを使って、スキルレベルを上げたのかと彼女に聞いてみたが、そうではないらしい。
なんでも職業訓練以外でも眠らず休まず延々と練習し続けたようだ。
ストレッドは、ある時はお金がない貧しい人々の髪を無償で散髪し、ある時は夜な夜な暗い路地に現れて通りかかった人の髪型を無断で変えたりと、俺の知らないところで腕を磨いていたようだ。
そのせいか都では夜になると妖怪髪結い女が出ると噂になっていた。
そりゃあ怖がられるよな。
夜に道を歩いていて気がつくと髪型が変わっているなんて……怖すぎる。
ストレッドのステータスはバグっていて見れないけど、やっぱり彼女ってイナンナ系の存在なのかもしれない。
少なくとも人間じゃないのは間違いないな。
だって流線型の銃に姿が変わるなんて絶対に人じゃない。
俺は今、増改築の作業現場を見て回り進捗状況を確認しているところだ。
「よしよし、順調だな」
「あの〜」
「どうした?」
「いつ解放してくれるんです〜?」
「え? 死ぬまで解放するつもりはないけど」
「そ、そんな〜、ピョン子本当に反省してるってば〜」
俺の横にはストレッドが捕獲した兎女獣人のニゲレナがいた。
ストレッドがニゲレナの髪の毛を丸刈りにしてしまったので、今はそれを隠す為に兎耳が通る穴を開けた赤い頭巾を被っている。
気絶していたニゲレナを旅館に連れて来てから、俺の縄張り内でしか使えない支配者スキルの【強制隷属契約】を彼女に使ってあるので、こいつは今のところは大人しくしている。
このスキルで隷属させた相手は俺の命令には絶対服従になる。
いまニゲレナに命令している事は『他人に危害を加えるな』と『この旅館から出るな』だ。
丁度館内の工事を見て回るのに便利だから側に置いている。
だってこいつの転移術を使えば歩かずに一瞬で移動できるんだよ。
そんな楽な術があるなら使わない手は無い。
「ねえ〜、ユラ子ちゃんの家族を連れ出したのは〜ごめんって〜。だからそろそろ研究所に返してよ〜」
「だからそれは駄目だと言っただろ。お前達のせいで俺の家族や旅館が失われるところだったんだ。俺は絶対に許さん。殺されないだけでもありがたいと思え」
「ええ〜、でもピョン子ってさ〜ホムンクルスだから、あるものを定期的に飲まないと死んじゃうんだよ〜」
「え、そうなの? ちなみに何を飲む必要があるんだ?」
「人参」
「へ?」
「キャロットジュースだぴょん」
「なんだそんなものか」
「え!? もしかしてこの旅館にあるの〜?」
「確かモミジの喫茶店の新メニューにキャロットジュースがあったぞ」
「本当に!? ピョン子を作った研究所の人は〜、キャロットジュースは研究所でしか飲めないから〜、必ず研究所に戻ってこないとピョン子は死んじゃうって言ってたのにな〜」
なんだよそれ。
キャロットジュースは作ろうと思えばこの旅館でも、東江の都でも簡単に作れる一般的なものなんだけどな。
ニゲレナを作った奴らがその事実を隠して嘘をつく理由はなんだ?
ニゲレナは一定距離を転移する能力をもっている。
そんな何処にでも行ける奴を引き止めるには、その研究所とやらに帰らなければいけない理由が必要ということか。
それともその研究所でニゲレナが飲んでいたというキャロットジュースの中に、ホムンクルスの身体を維持する為に必要な成分を入れていたとか?
もしもそうなら、ニゲレナがこのまま旅館にいると死んでしまうかもな。
ジュースを飲ませるだけなら旅館の経費に負担にもならないだろうから、しばらく好きなだけ飲ませて様子を見てみるか。
「もし飲みたいなら、この旅館の喫茶店で好きなだけ飲んでいいぞ」
「ピョピョピョッ!? ほ、本当にっ!?」
「あ、ああ。俺からモミジに頼んでやるよ」
「あんなデリシャスフローラルで〜ミラクルスーパーなキャロットジュースが飲み放題だなんて〜っ! ピョン子は今夢を見てるのかも〜、はぁ、はぁ」
なんだかすごく喜んでるな。
それに興奮しているのか目が爛々として息も荒くなってる。
なんだかこいつ、金貨を前にした時のツクモみたいだな。




