力の代償
「なんとか、なったのか? セルフィナ。近くに敵の姿がないか【天眼】を使って確認してくれないか?」
「はい、お任せ下さい。【重唱天眼】」
セルフィナが【天眼】を使い周囲を俯瞰している。
今彼女は【重唱】と言っていたから本来の【天眼】の効果範囲の数倍は見えているだろう。
「確認が終わりました。前線で戦っている大部分の兵士達に影響はなかったようです。ですが、先ほどの黒塊を生成するために周囲百メートル程の範囲で多くの命が失われたようです。兵士に限らず小動物や虫までも命を絶たれています」
「虫までかよ……でも、俺達は平気だったよな?」
「そのようですね。理由はわたくしにも分りません」
「あっ、そういえばイナンナは大丈夫だったか?」
「イナンナさんは健在ですよ」
「そうか、イナンナにはちょっと難しい頼み事をしていたから、それが上手くできていたらご褒美をあげないとだな。あ、当然今回ディナクを倒すのに活躍したお前達にもだ」
「ふふふっ。ありがとうございますユラリ様」
「まあ、俺にできる事に限られるけど」
「ご、ご褒美だなんて、私なんてご主人様を守るのに必至なだけで、活躍なんて……」
「ペティ。こういう時は黙って頂くものですわよ。総支配人さんの好意を無駄にするつもりですの?」
「えっ、そ、そういうわけじゃ……」
『私にもご褒美とやらをくれるのか?』
銃の姿のままのストレッドが俺にだけ伝わる声で言った。
というか、いつまでこいつはこの姿なんだろうか。
『あ、ああ。ストレッドも活躍したからな』
『それではマスターヒラガと相談して決めても?』
『俺にできることなら』
『了解した』
その件は旅館に帰ってからだな。
「それにしても変な気分ですわ」
「どうしたの? ファンタちゃん」
「総支配人さんと守護者契約をすると、今まで習得したこともないスキルが使えるばかりでなく、その効果や使用法も理解できるなんて……」
「そんなの当然だよ」
「え? ペティはどうしてなのか説明できるのかしら?」
「だってご主人様はすごいですから」
「そ、それ説明になっていませんわよ……」
「そうかな?」
「そうですわよっ! それにどうしてわたくしとペティの二人でないとシャンバレアの扉が開けないのか謎ですわ」
ファンタは金色の扉を人差し指の先に乗せクルクルと回している。
そういえばペティとファンタの称号にシャンバレアの鍵や扉っていうのがあったよな。
「なあファンタ。そのシャンバレアの扉っていうのは何なんだ?」
「わたくしもハイエルフ族に伝わる伝承でしか知りませんけれど」
「構わないから教えてくれないか?」
「簡単に申しますと異世界と繋がる扉ですわ」
「異世界と繋がる?」
「ええ。わたくし達ハイエルフ族とペティのダークエルフ族は、元々同じ異世界からこの世界に移住してきた種族らしいのです」
「異者だったって言うのか?」
「そうですわ。わたくし達のご先祖様達はこのシャンバレアの扉を開き、荒廃してしまった自分たちの世界を捨て、この世界へ逃げて来たという伝承が残っていますの。ですから正確には移住者かしら」
「つまりお前らの先祖は意図的に異世界を渡ってきたというのか?」
「そうなりますわね」
「という事はその扉を使えば俺が昔暮らしていた世界に帰る事ができるのか?」
「残念ですけれど、それはできませんわ。シャンバレアの扉が繋げられる異世界はわたくし達のご先祖様達が元々暮らしていた異世界だけなのです。先ほど総支配人さんの力が流れ込んできた時にこの扉の効果と使用法を理解でたので間違いありませんわ」
「そうか」
やはり俺が暮らしていた世界に行くのは無理か。
それができたら地球に戻って年老いた親父に俺の無事を伝える事ができたかもしれないのにな。
さっきペティとファンタが扉を開いて繋げたのは、その荒廃した異世界の太陽か何かなんだろう。
スキル名が太陽フレアだったからな。
ん? 待てよ。
ディナクが強制的に扉を開いてそこから虚無の欠片を手に入れたんだとしたら、ペティ達の先祖が暮らしていた異世界が荒廃した原因って……。
いや、まだ決めつけるのは速いか。
情報が少なすぎるのに決めつけは良くない。
その件はひとまず置いておいてイナンナを迎えにいかないとな。
その時銃に姿を変えていたストレッドが、液体のようにドロリと地面に垂れ落ちて徐々に人の姿に戻っていった。
なんだかさっき倒したゼジベルと似てる。
それとほぼ同時にセルフィナやペティやファンタの姿も光り輝き、いつもの姿に戻っていった。
ということはそろそろか……。
俺が予想した通りに突然左腕が重く感じられ、徐々に浅黒くなり肩から指先まで全く動かせなくなった。
右手で左腕に触れてみたが何も感じない。
痛覚や触覚や熱も感じなくなってしまったようだ。
「ユラリ様? その左腕は?」
「ああ、これは【守護者激成】を使った代償だな」
「代償?」
「俺の左腕はもう使い物にならない」
「そ、それは本当なんですの!?」
「え! そんなっ!」
「……ユラリ様」
「大丈夫だ。痛みがある訳じゃないし、右腕はまだ使えるから」
「「「…………」」」
「おいおい、そんなに暗い顔すんなって。ディナクが放ったあの攻撃からお前達や旅館を守れたんだ。このくらいの代償ですんだのは安いもんさ」
「先ほどユラリ様がおっしゃっていたのはこの事だったのですね……。わたくしは今までと変わらずユラリ様をお支えいたします」
「わ、私もご主人様のためなら何でもします!」
「総支配人さん。わたくしにも協力できる事があるなら遠慮なくおっしゃってくださいまし」
「ああ。ありがとうみんな」
こうなる事は分っていたんだ。
こうするしか他に道はなかった。
俺は何も後悔はしていない。
ただあの時俺にできる最善を選択しただけだ。
まあ、左腕を動かせなくなると不自由するけど、代償がこれくらいで済んだのは喜ぶべきだろう。
後でアサハナに診てもらおう。
彼女ならもしかしたら俺の左腕を治せるかもしれない。
沈んだ空気を紛らわそうと、俺は普段通りに皆に指示を出す。
「よし。じゃあイナンナを迎えにいくか」
それから俺達は近くで死んでいる兵士達の装備を外してから、それを装着して反乱軍の兵士に変装した。
それと反乱軍の軍旗も一緒に持つようみんなに指示を出した。
ストレッドには気絶しているニゲレナを担いでもらう。
準備ができてから俺達は戦の最前線に向かった。
そこでは想像以上にすごい事になっていた。
なんと反乱軍と国軍の両陣営を隔てるように屍の壁ができていたんだ。
バンジーの洞窟で見たときのように様々な種族の骸骨や屍人達が壁を形成し、両軍の衝突を防いでいたんだ。
その壁の高さは約五メートル。
全長はおおよそ一キロメートルにも及んでいた。
壁のちょうど真ん中辺にイナンナの姿を見つけた俺達は、壁の側までいきイナンナに声をかけた。
「イナンナご苦労さん!」
「あ、ユラリ? お帰り」
「これまた凄い事になってるな」
「ユラリが言ったように戦を止めてた」
「おう、凄いじゃないか」
「うん」
「それにこっちから攻撃はしていないようだな」
「ユラリは殺さずに戦を止めろって言ったから」
「そうだったな。偉いぞイナンナ」
俺はイナンナの頭を撫でるといつものようい彼女は微笑んだ。
微笑むイナンナは本当に可愛いな。
周囲が屍人や骸骨達に囲まれてなければもっと笑顔がよく映えるのに。
俺達の近くでは屍の壁を破ろうと兵士達が剣を一生懸命振っている。
しかし、どういうわけか骸骨達が攻撃を受けてもまるでダメージは受けていないようだ。
「ん? なんかお前の召喚した骸骨達、攻撃を受けてもびくともしてないな。元々そんなに防御力高くなかっただろ?」
「うん。いつのまにか【硬甲殻】っていうスキルが使えるようになってた。だからそれを【百獄千界屍人夜行】と重ねて使ったら、みんな丈夫な身体になって出て来てくれた」
うっわ〜、俺のスキルと合成した結果、えげつないスキルになったな。
元々屍人や骸骨は攻撃力は高いが防御力は高くなかったんだ。
その弱点を俺の【硬甲殻】が補強したってところか。
だとしたら並の兵士には傷を付ける事もできないだろう。
もしかしたらこの死の軍団で国取りができるレベルかもしれない。
そんな面倒な事はしないけどな。
後はディナクが倒された事を反乱軍に知らせれば、反乱軍は兵を引きこの戦はひとまず終わる。
だからわざわざ反乱軍の兵士に変装して旗まで持って来たんだ。
「セルフィナ達もディナクが死んだ事を反乱軍の兵士達にふれ告げてくれ」
「わかりました」
俺達は手分けして反乱軍の兵士達の間を駆け巡りディナクの死を伝えた。
「大将が打ち取られたぞー!」
「ディナク様が敵に殺されました!」
「大将が死んじゃったよ!」
「全軍撤退ですわ! みなさん撤退ですわよー!」
すると俺達の報告を聞いた現場指揮官の武将達は撤退の指示を出す。
その武将達の撤退命令に従い、兵士達は西に向かって退却を開始した。
これで無駄に戦死者を増やさずに済むだろう。
撤退する兵士達の後ろ姿を眺めていると、国軍の大将であるデバガメの叫ぶ声が聞こえてきた。




