世界は夢へと戻る
『まさかここでシュンが現れるとは思わなかったな。今から十七年前といえば、俺がまだ地中で暮らしていた時か』
その若者はトランゼシアの皇帝と名乗っていたが最初は信じられなかった。
まさか隣国の皇帝がレヴィドットの田舎にいるはずはないと思ったのだ。
しかし実際に彼は多くの従者に囲まれ、彼らから皇帝と呼ばれていた。
シュン殿はノズウィルの町の近くに従者と天幕を張っていたらしい。
町は穢れの襲来で壊滅状態だったため、私は彼の天幕の中で生き残った数少ない人々と共に休ませてもらう事になった。
『今見ている記憶は丁度ペティやファンタが産まれたばかりの頃だな。もしかしてあの二人はこの町で生まれたのか? 穢れにこの町が襲われた時に孤児になったとか? それともこの町とは関係ない町だろうか。後で二人に聞いてみよう』
私は天幕で暖かいスープをもらった。
しかし、一口も食べる事ができなかった。
愛する家族が死んだといのに自分だけが食事をしていいのだろうか。
妻と息子を守れず死なせてしまった自分など、生きている価値はないのではと考えていたからだ。
その時の私の顔はひどいものだったろう。
涙と自分の血で汚れひどい顔だっただろう。
そうしているとシュン殿が天幕に入って来て私にこう言った。
「この世界から穢れを無くすのに協力してくれませんか?」
「……穢れを?」
この若者は何を言っているのかと思った。
太古の昔から穢れは死の災厄と呼ばれ恐れられて来た化け物。
伝承や歴史書には穢れの出現で滅ぼされた国ならばいくらでも見られたが、穢れの出現を完全に抑える方法などどこにも書かれていないのだ。
穢れは何の前触れも無く突然現れる。
そして穢れを弱体化できる能力者の協力で倒せたとしても、次から次へと出現し根絶やしにはできないと言われている最悪の化け物。
そんな事できるはずはない。
「……無理だ」
私は俯きながらそう言った。
しかし彼は私の肩をつかんで目を真っすぐに見て言った。
「僕ならそれができるんです」
「……え」
「だけど、今はまだ準備ができていません。その準備ができれば穢れの出現を止められます」
「ほ、本当か?」
「ええ、できます。それにはあなたのような才能のある人が必要なんです」
私に何の才能があるのかは知らないが、死ぬ前に穢れに一矢報いてやると思った時の仄暗い復讐心が再び胸の奥から湧き上がり、私の口を動かした。
「……家族の仇をとれるなら。そして穢れの出現しない世界の礎となれるなら」
私はシュン殿に自らの全てを委ね穢れの無い世界を作ろうと決意した。
「この命。あなたの為に燃やし尽くしましょう」
それから私はシュン殿の従者となり世界各地へ趣き穢れを討伐していった。
なんでもこの世界から穢れを根絶するには、穢れを倒した後に手に入る零石が大量に必要らしい。
それと世界各地にあるという神の身体を探す任務も並行して行われた。
『おお、目まぐるしく風景が変わる。ほとんどが穢れとの戦いの記憶だな』
そして十年が過ぎた頃からシュン殿の様子が少しずつおかしくなっていった。
始めは長い戦いの日々の疲れが出たのかと思ったがそうではない。
彼の言動がまるで別人のようになってきたのだ。
それでも私や従者の皆はシュン殿の言葉を信じ、穢れ根絶の為に世界各地で活動を続けた。
シュン殿の言動が変わってきた頃から私は変な夢を見るようになった。
夢の中で何者かの声がこう言うのだ。
妻と息子に会いたくはないか。
家族で幸せに暮らせる世界が欲しくはないかと。
私はただの夢だと気にしない事にしたが、その声は徐々に私の心の奥底に言葉を焼き付けていく。
いつしか私は妻と息子のいる世界を切望するようになっていた。
そして数年が過ぎ大陸での大戦が終決した時。
シュン殿の口から神の身体とは対をなす、虚無の欠片というものがあると聞かされた。
神の身体の捜索は残すところ頭だけになっていたが、その頭を探す事よりも虚無の欠片を探すのを優先するように言われたのだ。
急な方針転換に彼に従っていた皆が戸惑った。
しかし、シュン殿には何か考えがあるのだと誰も方針転換に異議を唱える者はいなかった。
だから私は今日ここで意図的に戦を引き起こし、その戦死者達の魂を生け贄に虚無の欠片の封印を解除しようとしているのだ。
これが終われば私は妻と息子をとり返せる。
そして家族で仲良く平和に暮らすのだ。
そう夢の中の声は私に教えてくれた。
だから絶対にそうなる。
そうならなければおかしいのだ。
そうだ生きているのだ。
妻と息子は生きている。
二人は死んでなどいなかった。
この封印を解除すれば私の愛するファレナとムルクをもう一度抱きしめる事ができるのだ。
もう他の事などどうでもよい。
妻と息子さえ帰ってくるなら世界が滅ぼうが何人戦で死のうがどうでも良い。
そんな事は些細な事。
私の愛する家族が生きている事に比べたらどうでもよい事なのだ。
もうすぐだ!
もうすぐ私は望む世界を手に入れる!
そして……そして……愛するかぞ、くと、いっしょに……。
……ん? 私に……家族などいただろうか?
まあいい。
これで虚無の欠片の六つのうち一つは私のものだ。
誰にも渡さぬ。
渡してなるものか!!
『なんだこいつ。今まで家族の仇とか言っていたのに、その家族の事を忘れてるぞ。どうしてこうなったんだ?』
『あっ! ご主人様!』
『うおっ! ペティとファンタじゃないか!』
『総支配人! 助けにくるのが遅いですわよ!』
『ああすまない。ところでどうしてフワフワ浮いてるんだ? それにこの変な世界は何なんだ? ディナクの記憶を見ているようだけど』
『えっと、私も何がなにやらなんです』
『わたくし達が知るわけないでしょうに!』
『そうか。参ったな……』
『驚いたんですけど、このディナクって人が住んでいた町は私たちが育った孤児院がある町です』
『やっぱりそうなのか』
『そんな事よりも、どうやったらこの世界から出られるんですの?』
『俺にも分らないな。というかお前達の後ろに浮いてる鍵の刺さった小さな扉って何?』
『私達が移動するとくっついてくるんです』
『ここは何から何まで謎ですわね』
『そういえば、この世界に引きづり込まれる直前、その鍵で扉が開いたんだよな。もしかしてその扉を閉めて鍵をかけ直せば、元の世界へ戻れるんじゃないのか?』
『そ、それは本当ですの!?』
『やってみないと分らないけどさ』
『わかりましたご主人様! そうしてみましょう!』
『ほ、本当に大丈夫ですの?』
『やってみないとわからないでしょ? ほら、ファンタちゃんも手伝って』
『この扉を閉めれば良いのですわよね? ……こう、かしら?』
『そして私が鍵をかける……それっ』
『おおっ!! なんだか世界が真っ白になっていく』
『わわっ! ご主人様!?』
『な、なな、なんですの!? どうなるんですの!?』
『二人とも! 俺に捕まれっ!』
そして世界は夢に、夢は世界に戻っていく。




