攫われた二人
こいつらふざけてんのか?
まるで戦う素振りを見せない。
構えも隙だらけだし殺気を放つどころか俺を見てさえいない。
猿男が俺の後方を眺めながら呟く。
「あいつ、まだかよ。早くしろってんだ。だんだんウザくなってきた」
「あ? お前、何を気にして……!?」
え、この気配ってまさか!
「おまたせ〜! ピョピョンと連れてきたよ〜」
その時俺の背後に三つの気配が一瞬で現れた。
俺は後ろを振り向かずとも三つの気配のうちの二つは知っているものだ。
俺は周囲の獣人達に警戒しなからゆっくりと後ろを振りかえる。
そこには……。
「ペティ!? ファンタ!?」
俺は一瞬自分の目を疑った。
間違いなく俺の知っている二人だ。
意識を失っているのか、力無くウサギ耳の女の両肩に抱えられていた。
ど、どういう事だ!?
どうしてここにペティとファンタがいる!?
このウサギ女が俺の旅館に侵入して連れ去ってきたのか?
イナンナの警備は鉄壁なはず。
どうやって侵入した!?
というか他の皆は無事なのか!?
俺は二人を抱えているウサギの女獣人を睨みつける。
「……おい、お前。俺の大事な家族に何をした」
「え? 誰この人。ピョン子知らな〜い」
猿男が苛立った様子で顔をしかめた。
「てめー。ちゃんと大将の話を聞いてたのか? そいつは日乃光旅館の総支配人だ。作戦会議で聞いただろうに」
「へぇ〜、この子がね〜。あたちの名前はピョン子。よろしくねっ!」
「ピョン子。自己紹介はいいから、そいつらを連れて帰るぞ。もう本当にウザくなってきたから」
「は〜い。サル子ちゃんは気が短いよね〜」
「誰がサル子だ。ウゼー事言っていると叩き潰すぞ」
「やれるもんならやってみろピョ〜ン!」
そのウサギ女は猿男を馬鹿にするように尻を向けペンペンと叩いた。
そして小さく何かを呟いた。
「その瞬きは脱兎の如し……【兎飛び】」
すると完全に視界に捕らえていたはずの兎女が消えて、次の瞬間には猿男のすぐ側に立っていた。
いつ移動したんだ?
見えなかった。
まるで転移でもしかたのように目の前から消えた。
「もうウザい。ほんとにウザイわお前。だからもう帰るわ」
「サル子ちゃん。この二人は連れ帰ってからどうなるの?」
「ああ? 大将の考えてることはわかんね。お前は転移で先に大将のとこまでその二人をとどけろや」
「そうだね。じゃあピョピョンっと先に本陣まで行ってるね〜」
今あの猿男は確かに転移って言ったよな。
俺はペティとファンタを取り返そうとして兎女に接近しようと足に力を込めた。
「【兎飛び】っと」
しかしすでにその場に兎女の姿はなくなっていた。
気配も感知できなくなっていた。
また消えた!
やはり転移スキルか。
それなら気配もなくいきなり背後に現れたことにも説明がつく。
まずいな。
理由は知らないけど、ペティとファンタが連れ去られてしまった。
五人の獣人達は敵の本陣へ向けて歩き出す。
猿男だけ振り返った。
「あ〜ペテとテペはそいつを始末してこいや。そいつウザイから」
え、何をいってるんだこいつは。
あのペテとテペは俺がさっき殺したんだぞ。
それより、あのウサギ女は本陣に行くって言ってたな。
すぐに追いかけないと。
しかし俺はその場から一歩も動けなかった。
なぜなら俺の前にはさっき殺したはずのペテとテペが立っていたからだ。
「ふ〜、痛かった、痛たっかね〜」
「うん、痛かった、痛かったよ〜」
「お、お前らどうして!? さっき死んだはずじゃ!?」
俺は先ほどこいつらの首を刎ねた場所を見た。
そこには死体ではなく薄い鱗の外皮があるだけだった。
外皮?
どういう事だ?
「あ、こいつ、不思議がってるね〜」
「あ、こいつ、不思議がってるよ〜」
目の前の二人以外の獣人達は反乱軍の本陣へ向かって歩き出していた。
「ぼくちん達はね〜、脱皮するの〜」
「ぼくちん達はね〜、蛇獣人なの〜」
蛇?
だから脱皮をして身体が修復されたのか?
それにしても首を斬ったのに戻るって再生力すごすぎだろ!
こんな所で時間をとられている場合じゃない。
早くペティとファンタを取り返さなければ。
その時俺の後方から十数個の光弾がペテとテペに降り注ぐ。
奴らは持ち前の敏捷力で難なく躱していたけど、光弾が地面に衝突し荒野を抉って土煙が立ちこめる。
「遅くなりました。ユラリ様」
「お前達……」
振り向くとそこにはセルフィナとイナンナ、そしてストレッドが立っていた。
「申し訳ございません。旅館へ敵の侵入を許したばかりか、ペティさんとファンタさんを攫われてしまいました」
「ごめんユラリ。イナンナのミス。気がつかなかった」
「総支配人ユラリ。ミッション『カミユイ』の準備は整っている。ミッションを開始する許可をくれ」
ストレッドだけよくわからない理由でここにきたのは放っておこう。
「どうしてお前達までここにいるんだ?」
「ペティさんとファンタさんを取り返す為です」
「攫われたのはイナンナの責任だから、取り返すのはイナンナの仕事」
「いや、でもさ、こいつらはお前達が敵うような相手じゃないぞ。だからペティとファンタの事は俺に任せて、客の避難を優先してくれないか?」
「それはもう他の従業員の皆さんにお願いしてあります」
「それでもだ。イナンナは【不死】だからまだいいけど、セルフィナは元王女だから実戦経験もないだろ? 前にも言ったけど俺はそんなお前達を守りながらだと全力を出せない」
「……ならば守らなければいいのです」
「は?」
「わたくしはユラリ様の守護者です。なのにいつまでもユラリ様から守られてばかり。戦いに向かうユラリ様の背中を見送るだけなのは、もううんざりです」
「セ、セルフィナ!?」
「ユラリ様はわたくしがまだ遊女だった頃におっしゃってくださいましたよね? 『俺達は死ぬも生きるも一蓮托生になった』それは『死ぬまで運命を共にする事』だと」
「確かに言った」
「ならばわたくしはこの命を刃とし、傷つき砕かれるその時までユラリ様の剣となりましょう。たとえ非力ゆえに死ぬとしても最後はユラリ様の側で死にたい」
「お前……」
気圧されて何も言えない。
彼女の覚悟と絶対に譲らないという意思の強さを感じる。
セルフィナってこんなに強気な娘だったっけ?
確かに俺が任命した守護者の役目は、俺を守る事だ。
だとしても俺の大事な人達には痛い思いをしてほしくなかったんだ。
それをセルフィナは俺の為に傷つきたい、俺の為に死んでもいいと言う。
「それでも俺はお前達に傷ついて欲しくないんだ」
「ユラリ様はお優しい方です。けれど大きな勘違いをしていらっしゃいます」
「俺が勘違いを?」
「しばらく前の事です。わたくしはどうにかユラリ様のお力になれないかと考え、長い年月を生きてきたツクモさんに相談した事がありました」
セルフィナがツクモに相談?
そんな事、ツクモは一言も言ってなかったけど。
「その際ツクモさんは【守護者任命】のスキルについて教えて下さいました」
あいつそんな事も知っているのか。
「【守護者任命】は潜在能力を発揮させるスキルではない。その名の通り対象者を【守護者】に変えるスキルだと」




