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嵐の前




=====

 地上生活、百七十日目。

 午前十時五十二分

=====


 俺は総支配人室で執務机に向かい旅館の経費を決済していると、ロビーに大勢の人が入って来た気配を感じ取る。


 おかしいな。

 今日は団体客の予約は無かったはずだ。

 それにこの気配。

 みんな武装してる!?


 俺は何か嫌な予感を感じてロビーまで走った。

 するとロビーには武者鎧をつけた侍の集団がいて、その侍達の代表者だと思われる男とセルフィナが口論をしていた。


 口論といっても感情的に喚き散らしてるのは侍だけで、セルフィナはいつも通りの落ち着いた対応をしていた。

 セルフィナは武装した男達を前にしても物怖じしていない。

 さすが元王女だな。

 


「ですから、そのような事を急に言われても困ります」


「女! これは国の一大事だ。つべこべ言わずに徴発に応じろ!」


「申し訳ありませんが、お引き取りください。ご宿泊していただいているお客様のご迷惑になりますので」


「なんだとっ! 下手に出ていればつけあがりおって!」


 俺はセルフィナと武装した男との間に割って入り、その男を睨みつけた。

 よく見るとこの男、バンジーの空船でイナンナを人質にした出っ歯か!?


「セルフィナ。何があった?」


「ユラリ様。この方々がこの旅館を兵士の陣営として徴発すると」


 陣営?

 徴発?

 この旅館をこいつらが使いたいって?

 一体何が起こっているんだ?


「お、お前はっ!!」


「おい、出っ歯。あの時は世話になったな」


「ど、どうしてお前がここに!?」


「ここは俺の旅館だからな」


「そ、そうか、お前が最近この旅館の総支配人になったという小僧か」


「それで、これは何の騒ぎだ?」


「む、謀反だ」


「むほん?」


「東江の都の西の領地を収める大名達が結託し、軍勢を引きつれてこちらに向かってきている。だからこの旅館を使わせろというんだ!」


 セルフィナの【預言】が当たってしまったな。

 オウカから国の中枢に裏切り者がいるという話を聞いていたけど、そいつが国の実権を握ろうとして謀反を先導しているのかもしれない。


 よりによってここから西の領地の奴らがこっちに向かって来てるのか。

 このままだとこの旅館周辺が戦場になるじゃないか。


 まずいな。

 これは非常にまずい。


 この旅館の周辺にまで戦火が及べば旅館の再建どころか、旅館の建物が焼き払われかねないし、従業員達にまで危害が及ぶ可能性もある。

 せっかくここまで復興してきたというのに。

 この旅館を捨てろというのか。


 おれが思案していると侍達をかきわけイナンナがロビーに入って来た。


「ユラリ」


「イナンナか」


「外に兵士が沢山いる」


「ああ、分ってる」


「皆殺しは、しないほうがいいよね?」


 おお、やっぱり地球での年月はイナンナを常識人に育ててくれたようだ。

 なんだか胸の奥から嬉しさが込み上げてくるな。

 娘の成長を見守る父親ってこんな気持ちなんだろうか。


 出っ歯はイナンナを見て驚いて後ずさる。


「なっ!? あ、あのときスフィアを持ち逃げした小娘っ!? スフィアを返せ!」


「無くなった」


「は?」


「どこかに消えてなくなった」


「なんだとっ!? あのスフィアの価値を知っているのか!? それを無くしただと!? 私の出世をどうしてくれるっ!」


 出っ歯は腰の刀に手を添えた。


「おい、出っ歯っ!!」


 俺はイナンナを斬ろうと構えた出っ歯に声を荒げ全力の殺気を向けた。


「ひっ……!?」


 出っ歯は俺の殺気に当てられ床に尻をつく。

 俺は溢れる怒りの感情をできるだけ殺し冷徹に言い放つ。


「この旅館内で俺の家族に手を上げてみろ。相手が軍隊だろうが国だろうがぶっつぶすぞ……」


 出っ歯の後ろに控えていた侍達も無意識に腰が引けている。

 その時、旅館の外から一人の侍がやって来て出っ歯に報告した。


「デバガメ大将!」


 デバガメってこの出っ歯の名前だよな。

 俺の知識では出歯亀っていうのは、大昔に風呂帰りの女性を殺害した女湯のぞきの常習者が、出っ歯の男だったのが由来だったはず。


 のぞきをする男や痴漢するような変質者を意味する言葉だ。

 なんだか可哀想な名前をつけられたものだ。


「報告しますっ! 妖精の森を超えた先にある荒野を調べたところ、陣を設けるのに適した地形であると判明しました。一先ずそこに陣を敷くのがいいかと」


「そ、そそ、そうか! 仕方が無い! そこに陣地を設けるから皆に伝えろ!」


「はっ!」


「そ、総支配人! 覚えていろ! 私をコケにした事をいつか後悔させてやる!」


 デバガメと侍達はゾロゾロと旅館から出て行った。

 ひとまずは追い返せたか。

 でも戦火がここまで及ぶ可能性は無くなったわけじゃない。

 まずは状況確認のためにオウカに印籠で連絡してみるか。


 俺は懐から印籠を取り出した。


「通信先はオウカで」


 すると印籠から五という光る数字が浮き出し、すぐに四に変化した。

 これって使用回数が減ったということだろう。

 その後すぐにオウカへ繋がり彼女の声がした。


『おおっ! ユラリか! 今丁度妾もお主に連絡を入れようとしていたところじゃ。謀反の件じゃな?』


「ああそうだ。さっき出っ歯が旅館に来てこの旅館を徴発するとか言ってきたぞ。どうなってるんだ?」


『妾の知る限りはそんな事を許可した覚えはないのじゃ。たぶんそやつの独断であろう』


「反乱軍との戦争になるのか?」


『恐らくはのう』


「なんとか回避することはできないのか? もしも戦がはじまったらこの旅館もただじゃ済まないだろ」


『それがのう。戦の気配は察知していたんじゃがその準備が巧妙でのう。妾達が気付いた時にはすでに大軍を東江の都へ差し向けて来ておった。それに使者を何度か送ったが誰一人として帰ってこんのじゃ』


「向こうは完全に戦うつもりか」


 光りの数字が三になり印籠の使用回数がまた減った。


『そのようじゃの。その旅館周辺は戦場になるじゃろう、妾が避難先を手配してやるから都に避難するのじゃ』


「……それはできないな」


『は? 何を言うておるのじゃ? 旅館が大事なのはわかるが、その場所にいたらお主とてただじゃすまんぞ』


「お前は分ってないなオウカ。ここは俺の縄張りだ。それに皆の居場所なんだ。俺はそれは命を賭けて守らなければならない」


『お主が強いのはよく知っておる。しかし戦場ではお主でも生き残るのは無理じゃぞ。術や矢だけでなく最近では砲術も戦争に導入され、凄まじい威力の攻撃を放つのじゃ。そのような数万の軍勢からの攻撃ではさすがのお主でも……』


「それでも俺はここを動かないよ」


『もしかしてとは思っておったが、お主、頭がおかしいのではないかの?』


「ははは、そうかもな」


 光りの数字が二になった。


『すまんがお主達を守る為に兵士は貸してやれん。防衛のために全ての兵士は出払っておるからの』


「ああ、分ってる」


『妾にできることなら協力したいがのう』


「それなら俺をその戦に参加させてくれないか?」


『お主が? 戦に?』


「ああ。でも、誰の下にもつかないという条件でだ」


『それくらいならできるが、本当に戦に参加するのか? 死ぬかもしれぬのだぞ?』


「この旅館から動かないと決めた時点で死ぬ可能性はあるんだ。それなら旅館に被害が及ぶ前になんとかしたい」


『確かに妖精の森を超えた先は広大な荒野になっておる。おそらくその場所で最も激しい戦いが行われるじゃろう』


「そういうことだ」


『承知した。妾のほうから前線の将に命令を出しておく』


「済まないなオウカ」


 光りの数字が一になり点滅している。


『謝るのは妾じゃ。妾に力がないばかりに、お主の大事な旅館を守ってやれぬ』


「そんな事は気にするな。俺が三十年生活した地下では自分の命は自分で守る。自分の大事な物も自分で守る。これが当たり前だったんだ。お前が悔やむことじゃない」


『お主……死ぬでないぞ』


「絶対に死なないさ。生きて幸せにしてあげなきゃいけない奴らがいるからな」


『そうか。もうこの印籠の効果ももうすぐ切れる。お主が生きて戻る事をいのっておるぞ!』


「ああ」


 光りの数字が零になり通話は途切れた。


 これからこの旅館はさらに発展していくんだ。

 それをくだらない戦なんかで潰されてたまるものか!

 まずはこの事を従業員に知らせて客を都まで避難させないと。


「ユラリ様。各部門の代表者への集合は伝えておきました。それ以外の従業員にはお客様の避難誘導を行うように指示を出しています」


 さすがはセルフィナだ。

 俺のしたい事を先読みして行動してくれる。

 


 次から次へと問題が起きる。

 俺に隠されていたシークレットスキル【トラブル体質】は効果絶大だな。

 だけどこうなってしまった以上は愚痴ってても仕方が無い。

 気持ちを切り替えて困難を乗り越えてみせる!


 俺はセルフィナと事務室に入る。

 すでに各部門の代表者達が集まっていた。

 皆はセルフィナから簡単に今の状況を聞いているのだろう。

 皆の表情には笑顔はなく緊張した面持ちだ。


 どんな手段を使ってでも俺がこの旅館と皆を守ってみせる!




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