仲居最強はどっちだ!?
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地上生活、百四十六日目。
午前八時一分
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旅館の事務室には俺とペティとファンタ、そしてファンタの連れのハイエルフ五人が集まっていた。
勝負期間は終わり、後は開票して勝者を決定するのみだ。
ファンタは結果発表の前だからか表情が硬い。
緊張しているようだ。
俺はペティも緊張しているかと思い、彼女の様子を伺うとニッコリと微笑み返してくれた。
いつもの可愛いペティだな。
特に緊張もしていないようだ。
それどころか対戦自体に興味がないように見える。
俺は【念話】でペティだけに聞こえるように話す。
『なあペティ。あまりこの勝負に興味がないようだけど?』
『あ、それはですね。孤児院にいたときからファンタちゃんは何かにつけて私に勝負を挑んできてたんです。だからこういうのは慣れてるんです』
『ああ、そういう事か。どうしてファンタはペティに勝負を挑むんだ?』
『どうしてでしょうね?』
ペティはその理由を知らないようだ。
彼女の頭の上には疑問符が浮いている。
その時ファンタが俺を睨みつけて少し苛立った口調で注意してきた。
「ちょっと総支配人さん。ペティと無言で見つめあってないで、さっさと開票してくださる?」
「あ、ああ悪い。じゃあ投票箱を開けるぞ」
「お願いしますわ」
俺は投票箱のふたを開き、中から全ての投票用紙を取り出す。
そして二人の票数を集計し結果を発表した。
「勝者は……」
皆が刮目して発表を待っている。
「勝者は……ファンタだ」
「や、やりましたわっ! わたくしの勝ちですわね!」
「ペティは四十二票、ファンタは六十七票入っていたよ」
「あらら、負けてしまいました」
ペティは微笑みながら負けを認めている。
それを見たファンタが急に怒り出しペティに食って掛かった。
「ペティ! 勝負に負けたというのに悔しくはないのかしら!?」
「え? そ、そんな事はないよファンタちゃん」
「昔からわたくしが何度あなたを負かしても、悔しがるどころか喜んでさえいましたわね! わたくしを馬鹿にしているんですの!?」
「馬鹿になんてしてないよ!?」
「それと、昨日の夕方も勝手に持ち場を離れ、大広間で宴会をしていた団体客を放置して何処で何をしていましたの!?」
「それは女の子が自分の部屋を忘れたっていうから一緒に探してあげてたの」
「他の誰かに任せれば良かったのですわ」
「あの子、私に一緒に探して欲しいって言ったから」
「あなたはこの旅館の仲居頭じゃありませんの!? そんな責任ある立場だというのに勝手な行動をして! 女の子一人の為に大勢の従業員やお客様に迷惑がかかるのですわよ!」
「で、でも、女の子を放っておけないし……」
ファンタは一層怒りを露にしてペティを睨みつけた。
「あなたのそういうところが癇に障るんですの! どうしてあなたはいつも自分の事は二の次にして、他人の事ばかり気にかけるんですの!? 端から見ているとあなたの事が可哀想に思えてきますわよ!」
「え、あの、それって私の事を心配してくれてるの?」
「そ、そうですわ! あなたが自分の事よりも他人を優先しすぎて、そのせいで辛い思いをしているんじゃないかってずっと心配でしたの!」
「ご、ごめんね。そんなに心配されていたなんて思わなかったから」
「だからわたくしはペティにはもっと自分の為に生きて欲しいと思っていましたのに……四年経ってもあなたは変わらぬままですのね」
「私はね、誰かが楽しそうだったり幸せそうだったりするのを見ると嬉しくなるの。だからみんなの為になる事をしたい。それって自分の為じゃないのかな?」
「はぁ……結局は他人の為じゃないの……」
ファンタは心底呆れたように大きなため息をついた。
「まあ、毎度の事ですけれど……」
その時、事務室に急いで向かってくる人の気配があった。
この気配はイチゴだな。
「あっ! ユ、ユラリ、ここにいたのね! で、でで、出たって本当なのっ!?」
「おいイチゴ。まずは落ち着けよ。俺がお茶でも淹れてやろうか?」
「そんな悠長な事を言っている場合じゃないでしょ!? さっきすれ違ったセルフィナさんから聞いたわ。う、うちの旅館に出たって……」
ファンタが怪訝な表情でイチゴに質問する。
「イチゴさんでしたかしら? 何が出たんですの?」
「幽霊、亡霊、お化け、化け物、物の怪、つまり魔物の類いよ!」
俺とペティは顔を見合わせ微笑み合う。
「あ、その件はペティが解決してくれた」
「え? ユラリ。解決したってどういう事?」
「昨日この旅館に出たっていうのは、座敷童だ」
「え、ざ、ざしきわらし?」
「そうだ。その座敷童にペティが対応してくれて特に問題は起きなかったんだ」
ファンタは目を見開き驚いている。
「なんですって!? 座敷童ですって!? あ、あの建物に住み着くっていう魔物!?」
住居に住み着くとその家の者に幸運をもたらし、商店に住み着くと商売繁盛をもたらす。
日本では妖怪と呼ばれていたけど、この異世界では人ならざる者は全て魔物と呼ばれるんだったな。
「ああ。昨日ペティが対応していた迷子の女の子がそうなんだよ」
「わたくしの聞いた限りでは、座敷童が姿を現した際に対応を疎かにして機嫌を損ねると、その場所は数年間不幸が続くとか。そんな商店や旅館が次の年には廃墟になったという話もちらほら……」
「あの子は寂しかっただけのようですよ。だから従業員寮の私の部屋で一緒に暮らす事にしたんです」
イチゴは顔を引きつらせてペティの発言に驚いている。
そういえばバンジーとダイヴを見た時も、イチゴは拒否反応を示してたな。
お化けとか苦手なタイプなんだな。
イチゴの前ではあまりそういう話題に触れないようにしよう。
「ええ!? ペ、ペティ、魔物よ!? 一緒に住むなんて正気なの!? た、食べられちゃったりしないの?」
「平気ですよイチゴさん。あの子自身は優しい子ですから」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよイチゴ。俺も常に気にかけておくし、あの座敷童からは敵意を全く感じないからさ」
ファンタが神妙な顔つきで呟き始めた。
「……ということは、ペティはこの旅館を不運から救った事になりますわね……。仲居として決められた仕事を全うするのも大事な事。ですが、ただひとりの客の為に尽くすもてなしの心が、この旅館を救い、ひいては将来この旅館を利用するお客様の笑顔も守った、と言えなくもないですわね……」
「おいファンタ? どうしたんだブツブツと呟いて」
「い、いえ、何でもありませんわ」
ファンタは俯き何かを思案しているようだ。
また何かぶつぶつと独り言を呟いている。
「……この勝負、わたくしの負けですわね」
「ええ!? ファンタちゃん? どうしてそうなるの?」
「わたくしは大事な事を忘れていましたわ。それをペティが思い出させてくれたからですわ」
「大事な事って?」
「ねえペティ」
「なに?」
「孤児院での生活を覚えていらっしゃいますわよね?」
「もちろん。お腹一杯食べた記憶はないけど、いつも心が満たされていて幸せだった」
「そうですわね。まさにあの時の院長先生の事を思い出しましたの。院長先生は私たち孤児を誰一人としてないがしろにせずに、一人一人に目を向け、どんな悪ガキでさえ平等に愛してくださいました」
「うん。私も覚えてる。私はそういう院長先生のような大人になるのが夢だった」
「わたくしもそうでしたの」
「え? ファンタちゃんも?」




