控えよろう!
オウカは始めにこの世界について説明してくれた。
この世界には四つの大国が支配する大陸と、その大陸の周囲を一年をかけて一周する浮き島がある。
今俺がいる日之光の国は、その海に浮かぶ広大な浮き島の上にある国らしい。
その浮き島は楕円形で端から端まで馬に乗って二ヶ月はかかる大きさらしい。
そんな大きな島が海の上に浮いているというのは異世界っぽいな。
俺が三十年過ごした地下の蟻の巣は浮き島の中だったということか。
そう言えば女王がある場所を掘り進むのを禁止していたな。
海中につながって海水が巣の中に流れ込むから禁止していたんだな。
日乃光の国は四つの大国の周りを周回しているため、それらの国を相手にした貿易や商売が盛んに行われている。
観光業も盛んだが特に奴隷の売買が有名らしい。
大勢の奴隷が商品として日乃光の国に集められ、毎日高額で売り買いされているという話だ。
奴隷達は全世界共通の奴隷保護法で護られており、酷い扱いを受ける事はないが、中には違法に奴隷を扱い売買する奴隷商人もいて問題になっているらしい。
「この国には奴隷がいるのか」
「大勢おるぞ。この国の労働力として欠かせぬ存在じゃ。じゃから奴隷を酷使するのは禁止されておって、もしも奴隷に酷い扱いをした者は死罪になる者もおる。奴隷は個人の資産ではあるが、同時に国の財産とされておるからの」
「そうなのか。俺のいた国では奴隷制度なんてなかったから少し驚いた」
「お主の国は裕福なのじゃな」
「どうしてそう思ったんだ?」
「この世界で奴隷になる者で一番に多いのは、家が困窮していて仕方なく身売りするような貧しい者達じゃからな。奴隷売買はそういう者達への救済制度にもなっておる」
「は? 奴隷にされるのが救済なのか?」
「この世界は飢饉が数年に一度定期的に起きる。もしも奴隷の売買を禁止すれば飢饉で多くの人々が餓死するじゃろう」
「つまり、飢饉を乗り越える為に家族を奴隷として売って、そのお金で他の家族は命をつなぐという事か」
「飢饉が去り農作物を収穫できるようになったら、奴隷として売った家族を買い戻すことも可能なのじゃ。飢饉を乗り切れず一家もろとも餓死するよりはよほど良い」
「そういうことか」
「妾も一番良いのは奴隷制度を廃止する事なのは分っておるのじゃ。じゃがその道のりは長く険しい。すでに奴隷の労働力はこの世界では無くてなならぬものになっておるし、飢饉への有効な対策も見いだせておらぬからの」
「それは難しいな。でも俺が考えていた虐げられる奴隷じゃなくて安心したよ」
「……それがのう、現実は違うのじゃ。奴隷を酷く扱う者や違法に売買する悪辣な奴隷商人も後を絶たない。情けない話じゃが、取り締まりは強化しておっても摘発は難しい。悪辣な奴隷商人を取り締まる機関である奉行所に内通者がいるらしく、そういった犯罪組織の幹部にはいつも逃げられてしまうのじゃよ」
「身内に裏切り者か……いろいろ複雑なんだな」
「すまぬな。つい愚痴のようになってしもうた」
オウカは暗い表情になっていたが話題を変えた。
「他には城下町に出れば分る事じゃが、ここ百年の男女の性比率が偏り、種の存続を左右するほどの問題となってきておる。原因は分らぬのじゃが現在は男が三割に対して女が七割という状況になってしまっておるのじゃ」
「なんだそれ。つまり女が多いってことか?」
「そうじゃ。今まで男性が担ってきた職業や役割も徐々に女が担うようになってきておるのじゃ」
「それだと少しずつ人口が減ってこないか?」
「そうならぬ為に何十年も前に法を改正し一夫多妻を認めておる。今では男の甲斐性次第で妻をいくら増やしても良い事になっておるのじゃ」
まじか、ハーレムルートが存在する世界なのか。
とはいえ現実に妻が多かったら妻同士の関係が問題になりそうで面倒だ。
まあ、俺なんかを好き好んで夫に選んでくれる物好きが大勢いるとも思えないし、俺には関係のない話だな。
「当然我が国の兵士である侍達にも女性が増えておる」
「そうなんだ」
「ん? あまり驚かぬのう?」
「ああ、俺が前に住んでいた国では戦う女性を描いた娯楽作品なんてよくあったからな。異世界でもそんなもんかと」
「ほう。お主の国では娯楽文化が発達しておったのだな」
「まあな」
それからオウカはこの都について説明してくれた。
日之光の国には多くの都があるが、その中でも特に栄える三つの都がある。
芸術や特殊な技を持つ人が集まってできた日乃光文化の中心地、京華の都。
合理主義の商人と食の都として有名な浪谷の都。
そして、俺が今いる東江の都。
東江の都はこの国の政治の中心地で、オウカの父である将王のミツタケが治める人口三百万の大都だ。
日本の江戸時代のように参勤交代の制度があるため、各地の大名や武士の屋敷も多くあり、それに伴って町人も多くなった。
下町の裏通りには長屋が建て込んで庶民もかなりの人数が住み着いている。
都の東は海に面しており貿易の玄関口としての大規模な港もあるため、頻繁に大陸からの貿易船が行き交い、漁業も盛んで魚介類も豊富に水揚げされている。
「ユラリよ、この世界にはスフィアという物があるのは知っておるか?」
「それは知っている。スキルの習得やレベルを上げる事ができる玉だろ?」
「そうじゃ。そのスフィアでスキルを習得し訓練する事で、個々の能力を効率的に伸ばしていける便利なものじゃ」
確か職業ごとに習得できるスキルが違うんだったよな。
俺は今まで蟻の女王の持つ黒いスフィアで様々な職業? に転職してスキルを習得してきたから大体の事は分るつもりだ。
俺が日本の研究所で親父から見せてもらった光る玉も、今思えばスフィアだったんだよな。
どうしてかは分らないけど、あのスフィアのせいで俺はこの世界に転移させられたんだと思う。
「ここ日之光の国の庶民は口入屋で仕事を紹介してもらい、スフィアでスキルのレベルを上げながら働いて、給金を得て暮らすのが一般的じゃな」
「そこはハローワークみたいなもんか。手軽に稼げる仕事なんてないのか?」
「はろーわーく? それは何かは知らぬが。手っ取り早く稼ぎたいのであれば動物や魔物から採れる食材や素材を売る狩人になるか、賞金首や稀に現れる穢れを討伐し賞金を稼ぐ賞金稼ぎになるかじゃな。お主程の強さがあれば賞金稼ぎが向いているかもしれぬ」
「賞金稼ぎか。なんか大変そうだな」
「穢れを討伐できればかなりの額の報奨金が国から出る事になっておるぞ。優秀な賞金稼ぎなら一代で財を築けると聞いておるし、すぐに賞金稼ぎとして働けるように妾から口利きをしてやってもよいが、どうするかの?」
「それは遠慮しておくよ。自ら一生懸命働くっていうのは性に合わないからな。もっと楽して稼げる仕事ってないか?」
「ら、楽して稼げる仕事などはないと思うがの。仕事のほとんどを奴隷に委ねている者はおるが」
「お? それいいな。仕事は奴隷に任せて俺は毎日楽できそうだ」
「奴隷を買うにもかなりの金が必要になるなのじゃ。それに奴隷達を養う責任も生じる。奴隷を多く従えても楽できるとは限らぬぞ。もっと具体的な望みはないのか?」
「そうだな、俺の夢は旅館の総支配人にでもなって、難しいことは人に任せて楽に暮らす事なんだよ」
「旅館の……? そういえば国営の大旅館が業績不振で何度も総支配人を変えたのじゃが、業績は改善されずに赤字が続いておったな。現在総支配人の席は空席のままだったはず」
「え!? それいいじゃないか! まだ決まっていないなら俺がやるよ。というかやらせて下さい!!」
「い、いや、しかしのう。その旅館はそろそろ取り壊そうかと考えておったんじゃが」
「任せてくれ。俺がその旅館を再建させてみせるからさ」
「いくらお主が武人として優れておっても、旅館を再建するのは無理ではないかのう? ちなみに旅館で働いた経験はあるのか?」
「全くないな」
「では、店の運営の経験はどうなのじゃ?」
「うーん、それも皆無だ。ただ小さい頃から旅館を自分の家のように暮らしてきたから、旅館に大切な事は母親から教わってきているし大丈夫だと思う」
蟻の兵隊達をまとめる為に様々な役立つスキルも身につけたからな。
「何人もの人間が失敗しておるのに今更無駄だと思うのじゃが」
「まあ、ダメもとで任せてくれよ。お願いだ、どうせ潰すつもりだったんだろ? それなら最後に俺に任せてくれてもいいじゃないか、それにやってみなきゃわからないだろ?」
「うーむ。妾の命の恩人であるお主のたっての願いであれば叶えるが」
「よっしゃっ! ゆるゆる人任せ異世界生活に一歩近づいたぜ!」
「当面の人件費と食材や備品等にかかる経費は国で用立てるが、どのように再建するのかは実際その旅館を見てから決めるとよい」
「ああ、そうする。まずはどういう旅館なのか知る為に一泊したいんだけど」
「これからすぐに向かう気か?」
「ああ、そのつもりだったけど?」
「お主は妾の命の恩人じゃ。部屋を用意するのでこの城で数日もてなしを受けるがよいぞ」
「旅館に早いとこ行ってみたいし、気持ちだけは受け取っておくよ」
「わかった。使いを出して旅館にはお主の事は伝えておく」
「いや、今は伝えないでくれないか?」
「どうしてじゃ?」
「俺が次期総支配人だと分ったら日頃の仕事ぶりが見れないだろ?」
「うむ。そうじゃな。わかった。妾の従者に旅館の近くまで送らせよう。試しに泊まってみるがよい」
「おお、ありがとな」
「それと、これはお主のものじゃ」
オウカは動物の皮製の巾着袋を俺の前に置いた。
「この袋は?」
「妾を殺そうとしておった暗殺者の首にかかっておった懸賞金じゃ。第二級の賞金首であったのでそれなりな金額じゃな。お主が湯浴みをしている間に用意させた。この世界で暮らしていくのに金は必要じゃろ?」
「ああ、助かるよ」
「うむ。旅館の総支配人就任などの細かな手続きはこちらでやっておく。お主の住居に関しては総支配人専用の個室が従業員寮の中にあるはずなので心配ないのじゃ」
「それはいいな。そのほうが通う手間が省ける」
「それと妾がお主に旅館を任せたのが分るように、当家の家紋が刻まれたこの印籠を与える。この印籠を見せれば大抵の者はお主に従うはずじゃ」
おお! ここでまさかの印籠が登場したよ。
これってアレだよな。
悪者達に見せるとみんな地面に這いつくばるすごいアイテム。
『控えよろう! この印籠が目に入らぬか!』って一度やってみたかったんだよな。
実際の印籠の用途は確か、薬などをいれて腰に下げる小さな携帯用の入れもので、昔は印章と印肉を入れていたから印籠という名前になったんだよな。
「この印籠には【通信】の術が込められており、離れていても同じ印籠を持つ者と会話ができる貴重な術具じゃ。相手を思い浮かべて印籠に語りかけるだけで良い。ちなみに使用回数は五回までじゃから緊急時以外は使用するでないぞ」
「おお、電話のような物か」
「でんわ? まあよく分らぬが便利な道具じゃ。貴重な物じゃから無くすでないぞ」
「分った。ありがとな」
「それと最後に一つ」
「ん? なんだ?」
「お主の元居た世界がどのような場所かは知らぬが、この世界は性根の腐りきっている者が大勢おる。お主ほどの力があれば問題が起きても何とかできるじゃろうが、そやつらから被害を受けぬよう努々油断はゆるな」
「ああ、悪い奴らは俺の世界にも沢山いたよ。忠告に感謝する」
それから俺はオウカの従者に案内され早速旅館に向かった。




