かなり敏感になりました
俺は真っ暗闇の繭の中で目覚めた。
そして外に出たいと心の中で思う。
すると繭はひび割れ外から光りが差し込み、次の瞬間にはガラスが割れるように粉々に砕け散る。
俺は足を床に付けると畳の上だった。
砕けた繭の欠片は徐々に空気と同化するように消えていく。
「ここは俺の部屋か」
周囲を見回すと住み慣れた俺の寝室だった。
俺は近くに誰かいないかと気配を探ってみる。
するとおかしな事に気付いた。
「え、なんだこの感覚……感知範囲が広くなってるな」
本来【気配感知】スキルの効果範囲は自分を中心に最大半径百メートル程だ。
だけど今の俺は半径三百メートルは感知できている。
今までは俺の部屋から旅館内の人の気配を探ることはできなかったけど、今なら旅館内の気配を隈無く感じる事ができている。
「ペティは廊下。セルフィナは受付。イチゴは事務室。アサハナとマコトの気配は感じないから外出中かもしれない。カエデは当然だけど調理場で料理をしている」
間違いない。
俺の感知範囲が大幅に広がっている。
「ギンコは……七人の分身が旅館全体に散っているから客室の掃除中だろう。イナンナは……旅館内にはいないけど薄らと湖の方角から気配を感じる。ツクモの気配はよくわからないか」
ヘヴンズアントの女王は守護者を八人集めるごとに俺が強化されるって言ってたな。
だから【気配感知】の効果範囲も広くなったんだろう。
そういえば俺ってどのくらい繭に入ってたんだ?
完全に意識が無くなる前にツクモが一週間は繭の中とか言ってたな。
アウレナで地上に出て何日目になるのか日付を確認してみるか。
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地上生活、百四十四日目。
午前八時三十三分。
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俺が繭に包まれてから丁度一週間か。
ツクモの言う通りだったな。
さすがに三百歳を超えているツクモガミだけあって物知りだな。
オウカから貰った古文書の解読にも貢献してくれた。
そういえばアサハナに治療してもらった後も一週間寝たっきりだった。
繭の中に閉じこもる期間も一週間。
アサハナの治療の後の昏睡状態も一週間。
この世界のスキルの効果にはある程度の法則性があるのかもしれない。
効果の大きなスキルを使用した後には一週間休まなければいけないとか。
どちらにしても身体に異変がないか調べたほうがいいだろう。
俺の【守護者任命】スキルは魔物のスキルだ。
本来は人が使用できるものじゃない。
だから副作用として羽が生えたり触角がついたりするかと思ったけど、俺の身体を調べた結果は大きな変化はなかった。
ただ、右の肩に黒い象形文字が刻印されてあったんだ。
この象形文字には見覚えがある。
どこだったかな……。
そうだ、スフィアに刻まれていたのとそっくりだ。
どうして俺の肩に文字があるのか謎だけど、別段体調が悪いとか身体の一部が麻痺しているとかはない。
一先ず化け物みたいな身体にならなくて良かったよ。
俺は【念話】をセルフィナに繋いだ。
『あ〜、セルフィナ。俺だ、ユラリだ』
『ユ、ユラリ様! お目覚めになられたんですね! よかった……』
『ああ。心配かけて済まない。俺が寝ている間に何か問題はなかったか?』
『いいえ。従業員の皆さんがそれぞれの役目を一生懸命果たしてくれていますので、特に問題はありませんでした。ユラリ様の体調はいかがですか?』
『俺は大丈夫だ。俺の事をみんなに心配は無いと【複数同時念話】で伝えてくれないか?』
『畏まりました。すぐに連絡しますね。あと一つお知らせしたい事があります』
『もしかして、賭場と喫茶コーナーが完成した?』
『ええ。当初の予定通りに完成しました。三日後から賭場や喫茶店を始められます。その際の諸々の手続き関連もわたくしの方で処理しておきました』
『そうか。何から何まで任せてすまない。本当にセルフィナがいてくれると助かるよ。今度何かお礼をしたいな』
『それでしたら、ぜひ二人っきりで都にお出かけしたいのですけれど、よろしいでしょうか?』
『そんな事なら俺から頼みたいぐらいだよ。じゃあ賭場と喫茶店が開店してから出かけるか』
『はい! すごく楽しみです!』
セルフィナの喜びが【念話】ごしにでも伝わってくる。
彼女のような超美人と二人きりでデートができるなんて、俺って幸せ者だ。
そういえば今まで忙しくて二人だけで出かけた事はなかったな。
これは間違いなく俺へのご褒美になるだろう。
俺は風呂に入る支度をして露天風呂に向かった。
外気に触れていなかったとはいえ、さすがに一週間も身体を洗っていないというのは問題があるからな。
俺は男湯の暖簾をくぐり脱衣所に入った。
服を脱いでから手ぬぐいを持ち洗い場へ入る。
湯船に浸かる前に身体を洗い世界樹の木の根に背中を預けて、肩までゆっくりと沈み込んだ。
「ぶふ〜、天にも登る夢心地だな〜」
おっと、またおやじ臭い事を言ってしまった。
それに少しツクモテイストが混じってたな。
気持ちいいとついつい言っちゃうんだよ。
若者的に言い直したらいいかもしれない。
「ヒャッハー! ハイでハッピーなマインドだぜ!」
……えっと、なんかバカっぽい。
じゃあこういうのはどうだ?
「ふふふっ! この温泉に含まれる暗黒竜の血潮が、我に新たな能力を目覚めさせた! その名も永久に湧く温泉水!」
……自分で言ってて恥ずかしくなってきた。
もっとこう、素朴なやつを考えてみよう。
「あ〜ぬぐだまる〜!」
どこの方言だよ!
自分で自分に突っ込んでしまったよ。
こういう変な事をやってるとアレが来るんだよな。
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◆パッシブスキル【一人ボケツッコミ】を獲得しました。
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ほら、言わんこっちゃない。
俺が独り言を連発していると湯気が集まり人の形を成していく。
これは精霊エウロピスが現れるときの現象だ。
その湯気の集まりは薄布を纏った美しい容姿の女性に変化した。
『お久しぶりですね』
「お、エウロピスか。久しぶりだな。俺の前に姿を現したという事は、世界樹の再生が終わったんだな」
『おかげさまで無事に持ち直しました。これも貴方が温泉水の汲み上げを止めてくれたおかげです』
「俺は自分の為にした事だ。気にするなよ」
『本当にありがとうございます』
エウロピスはゆっくりと目蓋を閉じる。
『……私が世界樹の再生に専念している間に、この旅館の雰囲気が変わりましたね。前より活気に満ち、人々の命が輝き揺れる音が聞こえてきます』
なんか詩的な表現をするんだな。
精霊だから人とは物事の感じ方が違うんだろう。
要するに旅館の中に人が沢山いて賑やかになった事に気付いたんだ。
「まあな。俺がこの旅館の総支配人になってからいろいろ変わったよ。従業員も増員したし、客も前よりも増えてるんだ」
エウロピスが目蓋を開け俺を真っすぐに見つめる。
『旅館も変わりましたが、貴方自身も雰囲気が変わりましたね。前よりも命の輝く音色が我らのそれに近づいたのを感じます』
「あ、それはたぶん魔物のスキルの影響で俺が強化されたからだ。そんな事も分るんだな」
『我らは精霊。自然に満ちる力そのものであり、世界に満ちる命そのものです。陰と陽は全ての力の源であり命が奏でる音色の源です』
う〜ん、精霊がよく分からない存在だというのは、よく分ったよ。
『世界樹を救ってくれたご恩に報いるため、私にできる事でしたらなんでも願いを叶えましょう』
「え、俺の頼みを聞いてくれるのか。気持ちは有り難いんだけど、お前がどんな事をできるか分らないんだよな」
『私は水と植物を司る精霊エウロピス。水を操る事もできますし、植物の成長を制御したりもできます』
「植物の成長を制御か……。それって植物の成長を現状で止めておくなんてのもできるか?」
『ええ、可能です』
「それじゃあこの旅館の周囲の樹々や館内の観葉植物、庭の草木や池の水を最高の状態で保つなんてできそうか?」
『そんな事でよろしいのですか? 私の力を使えば国の一つを大津波で滅ぼす事もできますのに』
お、恐ろしい事をさらっと言うんだな精霊ってやつは。
人間の価値基準じゃ計れない考え方を持っているという事か。
なんかちょっと成長する前のイナンナに似てる。
「そ、そんな怖い事は望んでないよ。今この旅館に庭師がいないんだ。その代わりを務めて欲しいんだよ」
『貴方は欲の無い方なのですね。数千年前に私に願い事をした男は、この楕円の島を浮き島として大陸を周回させてくれと願いました。その時の労力に比べたら簡単すぎる願いです』
え、それってこの浮き島ができた時の話じゃないか。
数千年前っていう事は日乃光の国ができるずっと前の事だよな。
あまりにもスケールが大きすぎてついていけない。
『それでは貴方がこの世界で命の音色を奏で続ける限り、私は貴方の望みを叶えましょう。それでは命の共鳴、【守護者任命】の儀式をお願いします』
「え!? お前もかよ!?」




