夢の中で
『あ〜怠い! 第七十八区のアシッドアント達の殲滅完了したぞ!』
俺は昔の夢を見ている。
まだ地中で蟻達にこき使われていた時の夢だ。
『ご苦労であったユラリ。次の標的はロックアントである。心せよ』
『はぁ。毎度の事ながら人使いの荒い奴だな。さっき帰って来たばかりだというのに、もう次の仕事を振るのかよ』
俺の目の前には巨大なヘヴンズアントの女王蟻。
高さは十メートル程。
頭と胸は他の働き蟻と同じ大きさなのに腹が異様にでかい。
女王蟻の隣には黒いスフィアが浮いている。
この場所は薄暗い蟻の巣の最深部にある女王蟻の産卵部屋だ。
周囲には産み落とされたばかりの卵が山と積まれており、それを育成部屋へと運ぶために働き蟻達が忙しなく動き回っていた。
『お前に預けた我の娘達は息災か?』
『ああ、飛び跳ねたり突っ込んだりしてピンピンしてるよ。というか、俺の心配よりあいつらの心配が先かよ』
蟻の女王は魔物なので人間の言葉は話せない。
だから俺達はいつも【念話】で会話している。
『お前を気遣う必要はない。殺しても死なぬのだから』
『いや、俺だって死ぬっつーの。というか一日くらい休ませてくれないか? もう二十年以上休み無しで働き続けてるんだけど』
『我らは休まぬ。死ぬまで働き、死ぬまで戦い続ける』
『そりゃあお前ら魔物だからな。俺はこう見えて人間だ。休息が必要なんだよ』
『休む事は許されぬ』
『社畜かよ! 一日二十一時間労働で睡眠時間三時間。賞与や残業手当どころか給料も出ない。さらに休憩休日無しで問答無用に働かされる。そんな地獄のような環境で死ぬまで働けって、どんだけブラックなんだよお前らは』
『働く事は生きる事。生きる為に働くのは自然の摂理』
『だから、度が過ぎるって言ってんだよ』
『休みは許可できぬ。代わりに報賞としてスキルを授ける』
『スキル? お前の持っているスフィアから習得できるスキルは、粗方習得できてるぞ』
『我の許可無しには習得できぬスキル。お前の働きを評価して許可する』
『そんな妖しいスキルよりも休みをください女王様』
『このスキルは【守護者任命】という』
『無視かよ! まあ俺の話を聞かないのはいつもの事だけどさ』
『スキルを習得した後、二十四人の守護者を集めお前の力とするがよい。守護者を八人集める度にお前自身も強化される。だが、その強化された力は諸刃の剣。使い過ぎると魂をすり減らすもの。使いどころに注意せよ』
『おいおい。そんな危ないスキルはいらないって。なあ、一日の休みが駄目なら数時間だけでも休憩させてくれ。頼むよこのとおり!』
俺は両手の平を顔の前で合わせ頭を下げた。
『このスキルは魔物のスキル。お前が取得するとどうなるか分らぬ』
『俺の話を聞けよ! え、何? 今、不吉な発言あったよね? ね!?』
女王蟻の側に浮いていた黒いスフィアが周囲の光りを飲み込んでいく。
薄暗い洞窟内が一層暗くなった。
『ちょ、ま、まて! 待ってくれ! まだそのスキルを習得するなんて一言もっ!!』
『【守護者任命】スキル継承の儀を開始する』
***
俺の近くで数人が話しているようだ。
近くから少しくぐもった声がする。
あ、そうか。
俺は今繭の中にいるのか。
「それでアサハナさん。ユラリ様の容態はどうなのですか?」
「う〜ん、色々調べたんすけど何も分らないっすね」
「えっ!? ご主人様は新種の病気にかかっているんですか!?」
「ペティさん、そうじゃないっす。おいらは【応病与薬】っていう怪我や病気の対処法がすぐに分るスキルをもってるんすけど、それをユラリさんに使っても何の反応もなかったんすよ」
「じゃあユラリは病気じゃないかもしれないわね」
「イチゴさんの言う通りこれは病気じゃないっすね。この繭めちゃくちゃ硬いっすから、どちらかというと黒い繭に守られているという感じっす。今のおいらにはどうする事もできないっすよ」
「それでは我がこの黒い繭を砕き、師匠を助け出してみせましょう!」
「うわっ! ギンコさんがいきなり天井から顔を出すからびっくりしたっす。強引に壊すのもやめたほうがいいっすよ。下手に繭を壊すと中のユラリさんに悪影響が及ぶかもしれないっすから」
「それなら、あたいの料理を繭の側に置けば、料理の香りにつられて出てくるかもしれません」
「カエデさん。ユラリさんは、犬や猫じゃないんすから……」
「ふんっ! いい気味ね。このまま出てこなければいいのよ」
「モミジ、あんたはなんて事言うの!」
「だ、だって、その方がカエデ姉を独り占めできるから……」
「じゃあぼくが一日中大声でお兄さんに呼びかけますよ! そしたら目が覚めて繭の中から出てくるかもしれないですよね?」
「マコトさんの言うやり方を試してもいいっすけど、そもそもユラリさんがこの繭の中でどうゆう状態なのか分らないっす。寝ているのか起きているのかさえ何も分らないっすよ。セルフィナさん。さっき【鑑定】してみた結果はどうっすか?」
「それが何も知る事ができませんでした。まるでこの黒い繭が全てを拒絶しているかのようです」
「ねえ、アサハナ。……ユラリは、その……生きてるのよね?」
「さすがのイチゴさんでも心配っすか?」
「え、そ、それは心配に決まってるじゃない。ユラリがいなくなったら、こ、この旅館の従業員達が路頭に迷うかもしれないでしょ? ユラリの事が心配っていうより、この旅館や従業員達が心配なのよ」
「イチゴさんも素直じゃないですね〜。お兄さんが大好きで心配でしょうがないって顔に描いてますよ〜」
「マコトは何を言ってるの。ユラリの事はそんなに心配してないわ」
「そうですか〜?……あっ! 繭の中から苦しそうな呻き声がっ!」
「えっ! うそっ! そんな! ユラリしっかりして! ユラリィィィっ!」
「あ、気のせいでした。テへペロ」
「……だっ、騙したわね、マコトっ!」
「二人ともじゃれ合うのは外でしてもらえないっすか?」
「ユラリ様が生きているのかさえ分らないなんて……」
「イナンナには【死臭感知】や【死期察知】があるから分る。この繭の中のユラリは死んでない」
「じゃあご主人様は無事なんですね? イナンナちゃん!」
「うん。でもそれ以上は何もわからない」
「そうですか。ユラリ様が生きている事だけでも分って良かったです。ユラリ様ならきっとわたくし達の為にお戻りになられますよ」
「そ、そうよ。戻ってくれないと困るわ。あたし達を残して先に死ぬなんて絶対に許さないんだから……」
「それにはぼくも同感です。お兄さんにはまだお世話になった恩の半分も返せてないですからね。あ、あそこの壁をすり抜けてきたのはツクモさんじゃないですか?」
「ユラリが殻に閉じこもって出てこないっていうのは本当でふか?」
「はい。ご覧の通り黒い繭に包まれて、かれこれ三時間経ちました。皆でユラリ様を元に戻すにはどうすれば良いのか話し合っていたところです」
「ほ〜、これは魔物の繭でふね。珍しいものでふよ」
「魔物の繭? ツクモさんはこの繭の事を知っているのですか?」
「この黒繭は一部の魔物が成長するときに作るものでふ。わかりやすく言えば昆虫の蛹のようなものでふよ」
「蛹、ですか……」
「ブーの知る限りだと一週間はこの状態のままでふ。でも死ぬわけじゃないでふから心配はいらないでふ」
「そう、なのね……よかった……」
「イチゴさん。ここ最近で一番安らいだ笑顔ですね」
「う、うるさいわよマコト。あんたの尻尾をギューってするわよ」
「そ、そそ、それだけはご勘弁を! ぼくの尻尾はすごく敏感なんですからっ!」
「ツクモさんの言う通りなら、一週間待てばユラリさんに会えるっすね」
「ユラリさんが目覚めたらお腹が空いているはず。あたいが腕に寄りをかけて栄養たっぷりの暖かい料理をだすよ。もちろんモミジも手伝ってくれるわよね?」
「あんな奴の為に料理を作るのは本当は嫌。だけど、私情でお腹を空かせている人に料理を出さないのは料理人として恥ずべき行為よ。仕方が無いから手伝うわ」
「我も師匠がお休みの間、この旅館の衛生管理を完璧に行おう」
「それではみなさん、後の事はアサハナさんに任せて、わたくし達は旅館の仕事に戻りましょう。ユラリ様の事は心配だとは思いますが、こういう時にこそ仕事を疎かにしてはいけません。そうしたらユラリ様も目覚めた時に喜んでくれるに違いありませんから」
ヘヴンズアントの女王は守護者が八人になった時、こんな繭に包まれるなんて一言も教えてくれなかったな。
こうなる事が分っていたら、彼女達に心配をかけないように前もって説明できたのに。
いまさら愚痴っても仕方が無いか。
眠い。
すごく眠い。
繭から出たらみんなに謝らないとな。
俺の意識は深くて暗い闇の底に落ちていく。
もう周囲の人の声も聞こえない。




