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最後の航海は突然に

 



「俺もイナンナの笑顔が大好きだ!」



 俺はイナンナの笑顔を見て思わず抱きしめる。

 幻でもなんでもないイナンナが俺の腕の中にいるんだ。

 イナンナと離ればなれになったと思っていたから本当に良かった。


 感動の再会に水を注すように、巨大化したツクモが爆音のようなゲップをした。


「ウゲップッ!! あ〜今日は食べ過ぎたでふ。金も霊体も当分は食べたくないでふよ〜」


 するとツクモは見る見るうちに小さくなり、あっという間にいつもの手乗りサイズに戻ってしまった。


「おいツクモ。せっかくの感動の再会が台無しなゲップをありがとうよ」


「礼には及ばないでふよ。ぶーは空気を読める高位の魔物でふからね。大事なことなのでもう一度言うでふよ」


「高位の魔物なんだろ? 分ってるよ」


 ツクモは気分を良くしたのかドヤ顔になって鼻息を荒くした。

 実際、最後の最後でツクモが現れなければ爆発は抑えきれなかっただろう。

 お前が本当に高位の魔物だって認めてやるよ。

 俺はイナンナに肩を貸してもらい一緒に立ち上がる。


「そういえばイナンナ?」


「なに?」


「どうして高校の入学式の時に、この世界の事やお前の正体を教えてくれなかったんだ?」


「イナンナが余計な行動をすると、ユラリが異世界に転移する未来が変わって、永遠にイナンナの知ってるユラリに遭えなくなる。だから言えなかった」


「ああ、確かにな。その時の俺なら異世界に転移する事を前もって知ってたら、親父の実験室になんて行かなかったな」


「うん。そういう事」


「と、というかイナンナ?」


「なに?」


「ふ、服を着てくれないか?」


 俺を支えてくれているイナンナは何も身に着けていなかった。

 少し成長したイナンナの身体は出るところが出ていて目のやり場に困る。


「大丈夫。寒くない」


「俺が色々と大丈夫じゃないんだよ!」


「ふふふ。わかってる。わざと言った」


「わざとかよっ!」


 イナンナは微笑んだ。

 七百年の月日はイナンナを感情豊かに、そして俺をからかう事ができるまでに成長させたらしい。


 ただ変わらないものもある。

 何年経過していようとイナンナが俺に向けてくれる微笑みは可愛いままだった。


 俺は以前『盗賊団キバツメ』を壊滅させた時に回収した女性用の服を、【食料庫】から全て出した。

 この世界の服の素材は綿や動物の毛、皮やウロコ等の有機物が一般的だ。

 だから当然衣類も【食料庫】に収納できるんだ。


 この中から気に入った服を選んで着てもらおう。

 イナンナは数十着ある洋服や和服の中から迷わず一つを選び頭を通した。


「結局それか……」


「昔から私服はいつもこのタイプ。楽でいい」


 イナンナが選んだのはこの世界で売られる前の奴隷が着る服。

 一枚の布に頭を通すだけの貫頭着だった。

 そういえば、妖精の森で初めてイナンナに出逢った時もこれだったな。

 着るものに頓着しないイナンナらしいといえばらしいけど。


 俺達は大零石を持ち帰ろうとして船長室に入った。

 しかし、そこにあるはずの大零石が無くなっていて俺は唖然としてしまう。


「えっ!? 無くなってる!?」


「本当にここにあったんでふか? 寝ぼけて夢でも見たんじゃないでふか?」


「いや、本当にここにあったんだ」


 俺が頭を抱えているとイナンナがおかしな事を言った。


「イナンナが食べた」


「は? 今なんて?」


「お腹空いてたからイナンナが食べた。まるっと全部」


「え、あんなでかい玉を食べるとかツクモじゃあるまいし。そうか、また俺をからかってるんだな?」


「今度はからかってない」


「え……まじで?」


「まじで」


 あの大零石硬かったよな?

 あんなのガリガリしたのかよ。

 神族だからできるのか?

 死神だからできたのか?

 どちらにしても無くなったものは仕方が無いな。


 そうなるとオウカから報酬でもらう予定の大型空船が動かせない。

 数えきれない程の罠と仕掛けをかいくぐり、自分の偽物から下手な漫才を見せられたあげくの果てに、全MPを費やして都の危機も救ったというのに。

 お目当ての大零石はイナンナにガリガリされて無くなっていたと……。


 はぁ。

 俺はがっくりと肩を落とした。


「ユラリ。大丈夫?」


「あ、ああ。ちょっと今までの疲れが一気に出ただけだ。心配ない」


「ユラリはだらしないでふね〜。そんなんじゃこれから先が思いやられるでふ。まあ、ユラリがダメダメでもぶー程高位の、高〜位の魔物がいれば旅館を繁盛させるのも簡単でふよ! 全てぶーに後は任せるでふよ!」


 ツクモのやつ調子に乗ってるな。

 しかし、今は精神的に疲れているから無視だ無視。


 大零石が無いならいつまでもこの洞窟にいても仕方が無い。

 あ、そういえば財宝が残ってるんだった。

 必要になったら後で取りにこよう。

 俺達は旅館に帰る事にして甲板に戻った。


「あの出っ歯が逃げてった奥の通路から外に出られるだろうけど、これから旅館に戻る事を考えると怠いな。精も魂も尽き果ててヘトヘトだよ……。こういう時にこそ空船があればいいのに」


「じゃあ空船で帰る?」


「それができないからガックリしてるんだよ」


「できる」


「え……?」


 突然イナンナが先ほどと同じエメラルドグリーンの光りを放つ。


「イ、イナンナ!? 何を!?」


「ユラリはイナンナの幸せだから。ユラリの為に何でもする」


 全身を輝かせたイナンナは床から少しだけ浮上した。

 その動きに連動したかのように、空船が軋みながらもその巨体をゆっくりと浮き上がらせていく。


「うおっ!? 空船が浮きだした!?」


 ギシギシと唸る船底が完全に地面から離れた時、何かの仕掛けが起動する大きな金属音が鳴り、空船の格納庫上部にある天井が左右に別れて開いていく。

 その開いた天井の隙間から太陽光が差し込んできた。


「イナンナが浮かせているのか?」


「うん。緑の玉食べたら、【空船浮遊】とか【空船操舵】のスキルを使えるようになった」


「なんだそりゃ!?」


「なんだろう」


 まるで理由は分らないけど、今のイナンナは大零石の代わりを務めてくれるということか。


 俺は落下防止用の手摺まで走って下の様子を伺う。

 すでに船体は地面から三十メートルほど浮き上がり、なおも高度を上げていた。

 しかし、空船の船体を構成する木材が腐り脆くなっていて、少しずつ崩れ落ちているのが見える。


「お、おい!? 船底の方から崩れてきてるけど、この船大丈夫なのか?」


「わからない」


「ええっ!? このままじゃ地上に出るまでに空中分解するんじゃ!?」


「なるかも」


「まじかよっ!! あっ! そういえばツクモって【修復】使えたよな? この船が崩れる前になんとかしてくれ!」


「へ? できないでふよ」


「ど、どうしてだよ、いつもは壊れた物を簡単に直してくれるじゃないか!」


「こんなに大きな物を【修復】できるわけないでふよ〜。それに経年劣化がひどい物は必要MPも膨れ上がるでふ。そんなに万能なスキルじゃないでふよ」


「こ、高位の魔物ならできるだろ!?」


「無理を言うなでふ。高位の魔物でもできる事とできない事があるでふよ。それに今日はお腹いっぱいで眠いから先に旅館に帰ってるでふ。あとはよろしく〜でふ」


 ツクモはそう言うと開いた天井からフワフワと旅館の方角へ飛んでいった。

 なんとも自由気ままな奴だ。

 羨ましいぞ!


 というかこの船どうするんだよ!

 このままだと地面に落ちるじゃないか!?


 すでに空船の高度は五十メートルを超えていた。

 もう少しで地上に出る。

 ここからイナンナを抱えてジャンプしてしまうか?

 それとも一端空船の高度を下げてもらったほうがいいか?


 そんな事を考えていると急に甲板が大きく揺れて傾いていく。

 大型空船の船体が限界を向かえ、ちょうど真ん中から二つに割れてしまったようだ。


 俺は急いでイナンナをお姫様だっこして抱え込み、近くの手摺を足場にして全力で地上へジャンプした。

 しかし、足場にした手摺も脆くなっていたらしく跳躍は不完全。

 地上にあと一メートルという距離まで飛んだけど、そこから重力に引き戻される。


「あと少し足りないかっ!!」


 俺とイナンナは落下を始めてしまう。

 船体が崩れて落ちたのが原因かは分らないが、格納庫の天井も徐々に閉じ始めていた。


 俺は着地の事を考えて眼下を見下ろす。

 その時ふいに着物の襟首を掴まれ、強引に地上に引き上げられた。


 俺はイナンナを抱き抱えたまま空中でバランスをとり、近くの草むらに着地する事ができた。

 なんとか空船の格納庫への落下は免れたようだ。

 俺達を引き上げてくれたのは誰だ?



「ふははははははっ!! よくぞ俺様の元に辿り着いたな少年よっ!!」



 それは暑苦しさ全開の横柄な骸骨、キャプテンバンジーだったんだ。




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