カタマリをパックンチョ
何百もの様々な種族の亡者達は彼女に導かれ『衝波爆弾』に群がった。
そして爆弾を中心に塊まり巨大な死者の塊を形作っていく。
俺はその現実離れした光景に驚きながらも、俺の目の前まで近づいてきた彼女に声をかけた。
「お、お前……ウトだよな?」
「イナンナはウトじゃない。イナンナはイナンナだよ」
「え? ど、どういう事だ?」
「ユラリ。今はイナンナを信じて力を貸して欲しい」
「力を? え? イナンナを信じて?」
ウトだと思っていた彼女は自分をイナンナだと名乗った。
イナンナはさっき消えたはず。
なのに大零石の中にいたウトが現れて、それがイナンナで? え? どういう事だ? こ、混乱してきたぞ!
「この亡者の塊の強度を上げてほしい」
そ、そうか!
つまり彼女は亡者達で爆弾を包み込んで、爆発の衝撃を抑えようというんだな。
そういう事なら俺にもできることがある!
今は彼女がウトでもイナンナでもどっちでも構わない。
それよりも都の人々の命が最優先だ!
「分った! 俺に任せろ!!」
俺は頭痛覚悟で術の発動に全魔力をつぎ込む。
頭上では亡者の塊が直径三十メートルまでに膨れ上がっていた。
まだまだ大きくなるようだ。
「まずは塊に張り付いている数体の馬鹿でっかい骸骨に【硬甲殻】だ!」
巨人の骸骨の身体が淡く光を帯びる。
「次は【影牢】で亡者の塊を何重にも囲み、内部からの圧力を押さえ込む。そうすれば爆発の衝撃を少し減らす事ができるはず!」
巨大な塊を幾つもの真っ黒な【影牢】が覆っていく。
すると一見黒い球体に見えようになった。
この時点で亡者の塊は直径四十メートルを超えている。
「最後に【蟻繭】を五回重ねがけして全体を包み込む。衝撃波に対してさらに強度が増すはず」
これで俺にできることは無くなった。
次の瞬間、『衝波爆弾』が臨海に達したのか内在するエネルギーを解放した。
亡者の塊が中心部からの圧力によって膨張し破裂しそうだ。
今のところ俺の【硬甲殻】で強化された巨人の骸骨は爆発を押さえ込んでいるようだ。
と思いきや、少ししてからその膨大なエネルギー量に耐えられなくなり、巨人の骸骨の身体は徐々に黒い霧となって霧散していった。
亡者のさらに塊が膨らんできた。
俺が幾重にも展開した【影牢】が辛うじて押さえ込んでいる。
「このまま抑え込めるか!?」
しかし、俺の想像を超える内部からの圧力により【影牢】が幾つか消滅し、【蟻繭】にもひびが入り始める。
「まずい! このままでは爆発を抑えきれない!!」
焦る俺の足元にこの場に相応しくない呑気なブタが現れた。
「ぶふ〜お腹一杯でふ〜」
「ツ、ツクモ!? 今まで何処に!? いやそんな事よりこれを抑えるのを手伝え!!」
「うわっ!! な、なな、なんでふかこの塊! それに中心部にはすごいエネルギーが渦巻いてるでふ!? え!? これどうやって抑えるんでふ?」
「それはこっちが聞きたいわっ!!」
「わ、わかったでふ。やれるだけやってみるでふよ! イナンナは確か死者の召喚できるでふよね? 死者の霊体も召喚できるでふか?」
「ええ。今ならできる」
「じゃあ沢山召喚して欲しいでふよ!」
「わかった!」
彼女は術の詠唱を始める。
『闇に住まう形無き亡者の魂達よ、我の言霊に応え門をくぐり現世にて屍人夜行に参列せよ! 【死霊門】開門!!』
イナンナが両手を前にかざすと、蜃気楼のように揺らめく漆黒の門が姿を現し、その門が徐々に開いていく。
その門が開ききらないうちに、隙間を抜けて肉体無き死霊の群れが我先にと飛び出してきた。
「それをぶーに向けて誘導するでふ!」
彼女はその死霊達に指示を与えツクモ目がけて放つ。
「金貨でパワーアップしたぶーは、どんな霊体でもパックンチョでふ! 【霊体吸収】でふっ!」
ツクモは鉄砲水のごとく迫る死霊の群れを鼻から吸い込んでいく。
スキル【霊体吸収】で死霊の霊力を吸い込んだツクモの身体は、すごい勢いで大きくなり、俺とイナンナが防壁として作り上げた亡者の塊と同じ大きさまでに膨れ上がった。
「上位の魔物であるぶーの力を見るで〜ふっ!!」
ツクモは大口を開けてパクリと亡者の塊を口の中に入れた。
その瞬間ツクモの口の中で鈍い轟音とともに大爆発が起きる。
そして爆発が収まったのかツクモの鼻からモクモクと煙が出て来ていた。
「ふぅ〜。なんとか爆風を押さえ込む事に成功したでふ。ぶーが耐えられる衝撃のギリギリでふよ。ユラリとイナンナがエネルギーを削ってくれなければ、ぶーは破裂していたでふ」
なんとか爆発させずに済んだようだな。
俺は術の使い過ぎで頭痛が酷く目眩がしていたので、その場に大の字になって倒れた。
さっきのは本当に危なかった。
彼女やツクモのどちらかがいなかったとしら、【衝波爆弾】は爆発していただろう。
そうなると都で大勢死傷者が出ていたかもしれない。
俺の側に彼女がやって来てしゃがむ込み、俺の顔を心配そうに覗き込む。
先ほどまで全身から放たれていた青緑色の輝きは無くなっている。
「ユラリ。大丈夫?」
俺は横になったまま彼女の顔を見る。
「……結局お前はどっちなんだ? ウトなのか? イナンナなのか?」
「さっきここでスフィアと一緒に転移したのは昔のイナンナ。今ユラリの前にいるのは地球ではウトと呼ばれていたイナンナ。つまりどっちもイナンナだよ」
「どちらもイナンナなのか。でもお前は成長してる、よな?」
「七百年の間に身体が少しだけ成長した」
「な、七百年? 何がなんだか……」
それからイナンナは俺にどういう事かを説明してくれた。
スフィアと共に甲板の上から消えたイナンナが転移した先は、西暦千三百年頃のドイツだったらしい。
それから七百年以上もドイツの貴族として、イナンナはずっと待っていたようだ。
何を待っていたかって?
それは俺が地球に生を受けて高校に通うまでの間だ。
そして二千七十六年の日本。
俺は高校の入学式でイナンナと出会ったんだ。
あの時はほんとに大変だった。
イナンナとは初対面なのに抱きつかれて体中の臭いを嗅がれたんだ。
その結果同級生達からは距離を置かれて、華々しい高校デビューは敢え無く終了した。
確かにウトとはじめて出逢った時から俺はクンカクンカされていたな。
あのときのウトはイナンナだったんだな。
「つまりスフィアって空間と時間を超えられる代物なのか?」
「普通は時間を超えられない。稀に転送時の事故で時間転移が起きるのかもしれない。何度か実験したけど時間転移はできなかった」
「その口ぶりからすると、スフィアを使って?」
「うん。ユラリと早く出逢うために未来に行きたかったから、イナンナと一緒に転移してきたスフィアを使って実験してた。けど、ある日の実験中に事故が起きてスフィアだけ何処かに消えた」
「まあ、そうだよな。時間転移なんて簡単にできるわけないよな」
「イナンナが実験していたスフィアは、たぶんだけど五億年前の地球に転移したんだと思う」
「五億年前? それってまさか親父の実験室にあったスフィアか? それを俺の親父が起動させた時、俺達がこの世界に飛ばされたという事か」
俺なりにイナンナの話をまとめてみよう。
一、俺は西暦二千七十六年の高校の入学式でウトと出逢う。
二、俺は五億年前の地層から発見されたスフィアで、友人達と共に異世界へ転移した。その際ウトだけは三百年前の大零石の中へ転移してしまった。
三、旅館の総支配人になった俺は妖精の森で小さなイナンナと出逢う。
四、小さなイナンナはキャプテンバンジーのスフィアと共に、地球の西暦千三百年頃のドイツへ転移してしまう。
五、その後小さなイナンナは時間転移の実験中にスフィアを失った。そのスフィアは地球の五億年前へ転移したと思われる。
六、七百年以上ドイツで過ごした小さなイナンナはウトとして、日本の高校の入学式で俺と出会う。
つまり、この一から六を繰り返しているという事か。
「う〜ん、なんとかく、わかったような、わからないような?」
「つまりでふ。ここでユラリとイナンナが再会できたから、めでたし、めでたしでふ」
「それでいいのか?」
「それでいい」
そういえばツクモは単純な奴だった。
少し大人びた雰囲気になったイナンナは瞳に涙を溜め、床に横になっている俺に抱きついてきた。
「ずっと、ずっと。ずっとずうっと、長い間ユラリに再会するのを待ってた!」
ああ、そうか。
お前は俺を助ける為に長い年月を待ち続けてきたんだったな。
俺にとってはイナンナと別れたのはついさっきの出来事だけど、イナンナにとっては途方も無い時間待っていた事になる。
地球で七百年を過ごした後に、この世界の大零石の中で三百年。
あわせて約千年も待っていたんだもんな。
俺は泣きつくイナンナの頭を優しく撫でて彼女の耳元で囁いた。
「イナンナ。俺を助けてくれてありがとな。それに、俺もずっと遭いたかった」
するとイナンナは俺の胸に顔を埋めたまま、いつものようにクンカクンカを始めた。
彼女はそれから俺の唇に優しくキスをする。
そして、いままで見た事も無い満面の笑顔が花開いた。
「ユラリの臭い、大好き〜!!」




