鯉の恩返し
湖の水面から飛び出したのは錦鯉だ。
それも体長十メートルはある巨大な錦鯉。
「で、でかいっ!」
それだけでも驚いたのに、その錦鯉の背中には裸の天使、ではなくイナンナがまたがっていた。
「ええっ!? イナンナっ!?」
巨大錦鯉はイナンナを乗せたまま水面を滑るように進み、俺のいる岸辺までやってきた。
イナンナは錦鯉の上から岸にジャンプして着地し、近くに脱ぎ捨ててあった自分の服を着始めた。
錦鯉は水面から顔だけを出して俺達を見つめている、ような気がする。
「お、おい、イナンナ。そのやけに大きい鯉はどうしたんだ?」
「岸に打ち上げられて死にそうだったのを助けたら、仲良くなった」
「打ち上げられてた? 魚なのに?」
「飛び跳ねるの好きみたい」
「え、さっきのように高く飛び跳ねて誤って岸に着地してしまったと」
「うん」
その時ツクモが錦鯉の周囲を周回しながら感心して唸る。
「うむむ〜、見事な日乃光錦でふね〜」
「ツクモはこの魚の事を知っているのか?」
「知っているもなにも、この魚はこの国にしか生息していない日乃光錦という珍しい魔物でふ。こんなに大きくなった日乃光錦は見た事ないでふけど」
「ま、魔物なのか? イナンナ、大丈夫なのかよそんなのに跨がったりして」
「水浴びしにきた時はいつも乗せてくれる」
「いや、でも、魔物なんだろ?」
「大丈夫でふよ。日乃光錦は温厚な魔物で、こっちから攻撃しない限りは襲ってこないでふ。その育て易さと外見の美しさから観賞用として池で飼う人も多いでふ。お金持ちの間では人気があるペットでふよ」
「へぇ、そうなんだ。確かに赤と白と黒で彩られた姿は雅で美しいよな。でもさ、案外間抜けな鯉なんだな。飛び跳ねて岸に打ち上げられて死にそうになるなんて」
錦鯉が岸辺でひれをばたつかせている。
何となくだけど苛立っている、ように見えた。
俺の言葉を理解しているんだろうか。
異世界の魔物ならありえる。
俺は試しに錦鯉に話しかけてみた。
「悪かったよ。間抜けなんて言って」
錦鯉はヒレのばたつきを止めた。
こ、こいつ、言葉は話せないようだけど俺達の言葉を理解しているようだな。
イナンナが服を着替え終わり、いつものように俺に抱きつきクンカクンカしている。
俺はそんなイナンナの頭を撫でると、イナンナは微笑みながら顔をすりつけた。
「ユラリの臭い好き〜」
イナンナを抱きつかせたまま、俺は財宝の地図を広げツクモと宝探しを再会だ。
「ところでツクモ。この地図に描かれている財宝の在処の入り口ってどこなんだ?」
ツクモが地図を覗き込む。
「そうでふね〜。ちょうどこの湖の真ん中でふね」
「真ん中? 水の中ってことかよ。まじか……。泳ぎは得意じゃないんだけどやるしかないか。なあ、この地図に書いてある文字も読めるんだよな?」
「島文字と呼ばれる古い言葉ででふ。その地図にはこう書いてあるでふ」
ツクモは地図に殴り書きされた文字を読み上げる。
『世界一の大空賊キャプテンバンジーとは俺様の事だ! 俺様の財宝を狙う強者共に書き残してやる。有り難く思え! 財宝を隠した洞窟の入り口に辿り着き数々の試練を突破してみせろ。その先に俺が生涯をかけて集めた財宝が眠っている。欲しいか? 欲しいだろ? でもそう簡単にあ〜げないっ! ふははははは! 一度踏み入ったら最後、財宝を見つけた先にある出口か、死んで黄泉の国へ行くしか道はない。富か死かの二つに一つ。財宝に辿りつけるのは愚かで命知らずな奴だけだ。お前らが俺の元までやってくるのを待っているぞ! うははははははっ!』
「ゔ…………。おいツクモ……」
「なんでふか?」
「ほんとうに、そう書いてあるのか?」
「書いてあるでふよ」
「『うははははははっ!』とか笑い声まで?」
「そうでふ」
こ、こういうふざけた奴とは極力関わりたくない。
しかし、大零石の為には仕方が無い。
すごく嫌な予感がするけど、虎穴にいらずんば虎児を得ずだよな。
俺は振り向かずに意識を背後に向ける。
俺達が旅館から出たあたりから後を付けてくる奴らがいるな。
距離は百メートルちょいか。
人数は三十人程。
さっき【聴覚強化】を使ってみたら、全員じゃないけど武者鎧や兜の擦れる音がする。
つまり盗賊のような奴らじゃなく、訓練された兵士である可能性がある。
向こうは俺が尾行に気付いていないと思っているみたいだけど丸分りだぜ。
俺の【気配感知】レベル十を舐めるなよ。
武装して尾行してくる奴らの目的は何だ?
このタイミングという事は、キャプテンバンジーの財宝を狙っている奴らかもしれない。
俺達が財宝を見つけ出してから横取りしようとしてるのかもな。
今のところは俺達に危害を加えるつもりはないようだから放置するしかない。
「さてと。その入り口にどうやって行くかだけど、できれば泳ぎたくないな……」
俺の呟きを聞いていたのか、錦鯉が水面をヒレで四回パシャパシャと叩き、水面を飛び跳ねた。
ん? 何か俺に伝えようとしている?
錦鯉の動きを見ていたイナンナが俺に教えてくれた。
「ま、か、せ、ろ、って言ってる」
「え? お前この錦鯉の言う事わかるのか?」
「わからない」
「どっちらねんっ!」
「そう言ってる気がした」
「なんだよ気がしただけか」
しかし、錦鯉はどうやっているのかは知らないが大きく何度も頷いている。
「まじか……。お前がなんとかしてくれるのか?」
錦鯉はもう一度だけ大きく頷く。
そして次の瞬間、錦鯉の口の中が光り出した。
もしかして何かのスキルを使おうとしてるのか?
すると、まるで風船ガムを膨らませたときのように、錦鯉の口の中から徐々に泡が出てきて徐々に膨らんでいく。
そしてその泡は俺達をすっぽりと包み込み身体の表面を覆った。
「おおっ!? なんだこの泡。触れても破れないし中で息も吸えるようだな」
俺はアウレナで錦鯉が使ったスキルを調べてみた。
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◆水泡球
対象を特殊な泡で包み込む事で水中で呼吸可能になり、濡れる事もなくなる水術。水棲種族や魚類の固有スキル。
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なるほどな。
身体に纏う酸素ボンベってところか。
これで湖の中にあるという洞窟の入り口まで濡れずに行けるな。
「ありがとな。助かったよ」
錦鯉は水面をヒレで六回パシャパシャと叩き、口をパクパクさせた。
「お、た、が、い、さ、ま、って言ってる」
「というかすごいなイナンナ。やっぱりこの錦鯉の言う事わかるんだな」
「わかんない」
「もうええわっ!」
俺がイナンナにツッコミを入れた直後、アウレナの管理AIの声とともに視界にメッセージが表示された。
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◆パッシブスキル【漫才】を獲得しました。
◆アクティブスキル【ツッコミ】を獲得しました。
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こんなスキルもあるのかよっ!
つ、つい心の中でもツッコミを入れてしまった。
まあ、確かに日本の江戸時代でも漫才の原形となる二人組による話芸はあったらしいから、この世界でもあるとしてもおかしくないか。
というか、俺が【ツッコミ】を獲得したって事は……?
「なあイナンナ。さっき何かスキル獲得しなかったか?」
「【漫才】と【ボケ】っていうのを獲得した。これ何?」
「やはりかっ!?」
そうして俺達は楽しく会話しながら、湖の中へ入っていくのであった。




