料理とは愛である
その言葉を発した直後、カエデの背中から蛹を破り出るように紅い肌の鬼が現れた。
黒く長い髪と恐ろしさを感じる程の眼光。
身長は五メートル程で、岩のように頑強な肉体。
なによりも目を引いたのが赤鬼の背後から伸びる幾百もの腕。
赤鬼はその無数の腕で俺達に降ってくる【豪炎槍】の雨を尽く叩き落としていく。
あっという間に全ての【豪炎槍】が赤鬼によってかき消されてしまった。
空に火術が無くなると赤鬼はカエデの身体の中に戻っていく。
会場はその壮絶な光景に静まり返っていた。
俺はカエデの背中に声をかける。
「カエデ。お前のおかげで命拾いしたよ」
カエデは俺に振り向き首を左右に振る。
「あたいが受けた恩に比べればたいした事はしてません」
カエデは清々しい笑顔を浮べた。
静まりかえっていた会場に司会者の試合終了を告げる声が響く。
「りょ、両者とも料理完了! なんという壮絶な戦いでしょうか! いままでこんな戦いは見た事がないっ! の、残るは審査員による料理の審査だけですっ!!」
観客達は俺達の戦いへの称賛を叫んでいる。
残すは料理の審査のみ。
いつの間にか二匹の狛犬は消えていた。
ここからが本当の勝負だ。
イチョウとモミジの作ったドネルケバブの審査はすでに終わっている。
審査員の合計点数はなんと満点の五十点。
カエデが満点を取ったとしても同点になる。
同点になった場合はどうやって勝敗を決するんだったかな。
確か審査員の多数決で決まるんだったか。
カエデは審査員達の前に料理を並べ、俺にはなじみ深いその料理名を告げた。
「あたいが作ったのは『肉じゃが』という料理です!」
審査員の一人が怪訝な表情で声をもらす。
「なんだね『肉じゃが』とは。そんな料理名は聞いた事が無い。それに見た目は普通の煮物に見えるが……」
「『肉じゃが』は異世界の料理です。どうぞ食べてみてください」
審査員達がおのおの箸をとり肉じゃがを口にした。
「な、なんと!」
「えっ!?」
「くあっ!!」
「お、おか、おかわりっ!」
四人の審査員達は料理の評価を下すよりも『肉じゃが』を食べる事に夢中だ。
五人目の老齢の審査員が空になった皿を机に置き箸も置いた。
「う、旨い。今はこの料理のうまさゆえに言葉も出ない。なんという旨さだ。それに脳裏に私の生まれ育ったふるさとの情景が浮かんでくる。とうの昔に戦争で失われた故郷の記憶が鮮やかに甦るっ!」
「あたいが目指したのは心に届く料理です。料理の隠し味として『ふるさとの思い出』を使いました」
「そ、そんな事ができるのか!? もしや、この世界に料理の基礎を伝えた伝説の料理人、シンリン様が使ったとされる幻のスキル【心の調味料】では!?」
「はい。そのスキルを使いました」
審査員達全ての目から涙があふれていた。
カエデの料理は食べた人の心に作用するんだろうか。
審査員の一人一人が点数をつけていく。
「なんという旨さ。そして懐かしいふるさとの思い出! 間違いなく十点!」
「美味しいだけではなく、この料理から故郷を感じるなんて! 素晴らしい、素晴らしすぎます! 十点ですわ!」
「すごいっ! 旨すぎて涙が溢れて止まらない! ああ、今は亡き母がよく作ってくれた料理と似た優しさを感じる。心に染み入る料理だ! 十点満点!」
「十点以外ありえない! お、おかわりっ! は、早く! 早くおかわりを下さいっ!! ええっ!? これしかないの!? そ、そんな〜!!」
老齢の審査員も涙を流している。
「口の中でとろけるような牛肉。その牛肉の旨味を吸い込んだほくほくとした芋。使われている他の野菜も絶妙な火加減で煮込まれ歯ごたえを失っておらん。この香りは醤油じゃな。醤油の風味が全体に行き渡っているが、素材それぞれの味を消さずにさらに引き立たせ、全ての食材が完璧に調和している。素朴じゃが深く重厚な味わい。迷い無く旨いと言える逸品じゃ! わしも十点をつけよう。 ……これで両者同点となり勝敗は審査員達の多数決で決められるのじゃが、勝敗は明らかじゃな」
他の審査員は皆同時に頷く。
「カエデ、ユラリ組みの圧倒的勝利じゃ!」
俺とカエデは抱き合って喜ぶ。
「やったよユラリさんっ!!」
「ああ!やったな!」
司会者の男がスキルでも使っているのか、会場全体に響く大きな声で叫ぶ。
「カエデ、ユラリ組みの優勝ですっ!!」
会場内が大歓声の大音量に包まれている中、カエデは俺に近づき、俺の目を真っすぐに見つめた。
「ユラリさん。さっきこの大会にユラリさんをどうして誘ったのか聞きましたよね?」
「ああ。なんでだ?」
「鬼人族が上位入賞すると結婚する権利が与えられます。ですからこの大会は鬼人族にとってすごく特別なものなんです。家族ではない鬼人族の男女がこの大会に出場するのは、その男女が将来結婚の約束をしているという事なんです」
「ああ、それを聞いてイチョウやモミジがどうしてあんな事を言ったのか理解できたよ。この大会は結婚しようとする鬼人族達が自分達の料理人としての腕を公に認めさせ、所帯を持つのに相応しい一人前の料理人になった事を示す意味合いがあったのか」
「そうです。だから今、あの時のお返事をしたいと思います」
カエデは頬を赤くし、今にも泣きそうな顔をしている。
「……あたいの作った料理を、一生食べてくれますか?」
カエデの美しい赤い瞳から、ほろりと一筋の涙が頬を伝って落ちていく。
俺は彼女の涙の後を優しく拭い笑顔で返事をした。
「ああ、いただきます!」
俺の返事を聞いたカエデは堰を切ったように目から涙を溢れさせ、泣いている顔を見られたくないのか俺の胸に顔を埋めて声を出して泣いた。
俺は人の感情の機微に敏感じゃないけど、今のカエデの涙が嬉し涙だという事はよくわかる。
なんせ俺もエデを妻にできて嬉しくて泣きそうだ。
会場の観衆は俺達に大歓声と溢れんばかりの拍手をくれた。
カエデがようやく泣き止んだのを見計らい、イチョウとモミジが俺達に近づいて来た。
「カエデ。お前がまさか伝説のスキル、【心の調味料】を習得していたとはな」
「……イチョウ兄様。このスキルを使えるようになったのはユラリさんのおかげなんです。それにユラリさんがあたいを絶望の縁から救ってくれなければ、この大会にも出場できずに一生納得のいかない料理を作り続けていました」
「そうか。二人の強い絆が優勝へと導いたというのは伝わってきた。お前達の勝ちだ。私はお前達の結婚を認めよう」
「イチョウ兄様……ありがとうございます」
「あたしは認めないっ!」
モミジがイチョウに食って掛かる。
「カ、カエデ姉はあたしの姉様なんだからっ!!」
「モミジ。聞き分けのない事を言うものではない。彼らは自分たちの力でこの大会の優勝者になったのだ。鬼人族はこの大会で優勝した者に最大限の敬意を払わないといけない。それに優勝者には好きな相手と結婚する権利が与えられるのはお前も知っていることだろう?」
「そ、そんなの知らないっ! あたしは絶対に認めない! 認めないんだからねっ!!」
モミジは半泣きになりながら走り去ってしまう。
「妹の事は許してくれ。昔からカエデの事が大好きだったのだ」
「気にしてないよ。というかお前は納得してるのか? 俺の事をカエデから遠ざけようとしていたのに」
「まだ私はお前を認めた訳ではない。もしもこの先、お前がカエデに辛い思いをさせて泣かすようなら、力づくで取り戻してやるまでだ」
「イチョウ兄様!? ユラリさんはそんな人じゃ」
「大丈夫だよカエデ。俺はお前を幸せにできるように全力を尽くす。もしイチョウに見限られても、お前の事を死んでも渡さないからな」
「ユラリさん……」
カエデは目に涙を浮かべ顔を赤くしている。
これから先はカエデの涙を全て嬉し涙に変えてやるよ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
各登場人物の性格や能力、過去の出来事などを知る事ができる番外編を、少しずつですが割り込み投稿していきます。
興味のある方は◉を探して読んでくださると嬉しいです。
まだいろいろと至らない文章ではありますが、これからもよろしくお願いします。




