料理とは絆である
「【超高速作業】!」
まず一番先に落ちてきたのは牛肉だった。
ドスンとまな板に落ちた牛肉を、目にもとまらぬ早さで薄切りにして五センチ程の長さにする。
続いて落ちてくる野菜も次々に切られていった。
玉ねぎはくし形、人参は一口大の乱切りにされ、じゃが芋は大きめの乱切りにし水でさっと洗い、絹さやは筋をとった。
ここまでたったの三秒しか経っていない。
なんて早い手の動きだ。
俺でも凝視してやっと捉えられる程の超高速作業。
俺との【守護者契約】で得られたスキルの影響だろう。
カエデは中華鍋に油大さじ一杯を熱し始めた頃、料理の審査員達がイチョウ達のドネルケバブを食べ始め絶賛している。
その時、イチョウとモミジが再び合成術を発動してきた。
「【乾燥地帯】!」
また食材を狙っての攻撃か。
シロコマが俺に話しかけてきた。
「ユラリ殿。先ほどの【蟻繭】はもう一度使えるか?」
「できるけど、【蟻繭】では乾燥を防げないぞ」
「我らに考えがある」
「……分った。任せたぞ狛犬。【蟻繭】!」
俺はカエデと調理場をドーム状の繭で包み込んだ。
続いてシロコマとクロコマは声を揃えて合成術を使用する。
「「今宵の月夜、霞みたるらん。【霞夜】」
その瞬間、【蟻繭】の中に濃い霧が発生した。
俺はカエデが切った食材を見たが一向に乾燥しない。
狛犬達は【蟻繭】の中を濃い霧で満たす事により乾燥を防いでくれたようだ。
しかし、徐々に霧が濃くなり【蟻繭】の中が一面真っ白になってしまう。
これはホワイトアウトという現象じゃないか?
一般的にホワイトアウトとは、雪や雲などによって視界が白一色となり、方向、高度、地形の起伏が識別不能となる現象だ。
今まさに【蟻繭】の中はそういう状況になっている。
こんな状態でカエデは料理を作れるのか?
俺は繭に近づき姿は見えないがカエデの気配がする方向に声をかけた。
「カエデ」
「大丈夫です。今まで培ってきた料理の経験があれば、多少視界が悪くなってもいつも通りに作業できます」
この霧の濃さは多少なんてもんじゃないぞ。
視界ゼロ。
中の様子は真っ白でまったく見えない。
目隠ししたような状況で本当に料理できるんだろうか。
俺はカエデが作ろうとしている料理を知ってるから、気配と音でカエデの動きを察知してみよう。
カエデは鍋に、さっき切った野菜を順番に入れているようだ。
そのつどよく炒め、最後に肉を加えてさらに炒めている。
今、水を加えたな。
この後は煮立ったらアクを除き強火で煮込むはずだ。
作業に迷いが無い。
手先が見えなくても完璧に料理を続けている。
「くっ! 私たちの【乾燥地帯】を濃霧で中和しているのか」
「イチョウ兄。あの壁には外からの術は効かないよ。妨害するなら物理攻撃しかない」
「分っている。お前はここに残って審査員からの評価を聞いておけ。私があいつらの料理を止めてくる」
イチョウは試合会場の真ん中に移動しスキルを発動した。
「料理と戦いの鬼神阿修羅よ私に力を! 【阿修羅六手】!」
イチョウの頭に生えていた二本の角が倍くらいの長さになり、肩口から四本の腕が生えてきて合計六本の腕になった。
そして、その腕全てに【火炎剣】を握り向かってくる。
「ユラリ殿。我らは合成術である【霞夜】の維持で動けない」
「あやつへの対処はお任せする」
「了解っ!」
俺はカエデを包み込む繭の前に立ちはだかる。
全身に【硬甲殻】を纏って迎え撃つ準備は完了した。
イチョウは狛犬達には目もくれず俺に向かって六手による怒涛の斬撃を繰り出す。
最初の四連撃はなんとか躱す。
残り二撃は躱す事ができず左腕と右脇腹に受けた。
俺の着物が焼けこげ穴が開き、当然火傷も負ってしまう。
俺は【縮地】でイチョウに接近する。
俺の動きをよんでいたのか、イチョウは【鬼神旋風斬】で瞬時に回転した。
まるで燃え盛る竜巻のような斬撃の嵐。
俺はやむなく飛び退き繭を背にして構え直した。
腕が六本もあると隙が少ない。
それにこいつにも【器用】スキルがあるためか、微妙に手先で斬撃の軌道を変えてきて、剣の軌道が読みづらい。
躱すのも紙一重だ。
こいつ、本当に料理人か?
歴戦の兵士並みに戦い慣れしてるぞ。
あの腕を増やすスキルも鬼人族の固有スキルだったな。
鬼人族って戦闘が得意な種族なのか。
イチョウが次々に術を放つ。
「【火柱】、【豪炎槍】、【火弾】!」
俺の足元から【火柱】が舞い上がり、その場所から離れようとすると移動先に三本の【豪炎槍】が突き刺さる。
足を止めてしまった俺に五つの【火弾】が迫る。
俺は手刀で全ての【火弾】を【賽の目】で切り刻み、かき消した。
しかし、火の子が大量に降り注ぐ。
「あちちっ!!」
イチョウは六本の火炎剣の一本の切っ先を俺に向け問いかけてきた。
「お前はどうしてカエデを求める? 料理人が欲しければ私が紹介する事もできるぞ」
「悪いがカエデの料理の腕前だけが欲しいわけじゃない」
「それでは女か? 女を抱きたければ遊郭にでも行けばいいではないか」
「お前はカエデの事を何も分ってないな。十年以上も会わないと自分の妹の魅力も忘れちまうのか」
「何だと……鬼人族の事を何も分らないお前のような男には言われたくないな」
「確かに俺は鬼人族の事は何もしらないな。だけど、少なくともカエデの事はよく知っているつもりだ」
「カエデは将来、鬼人族を背負って立つ天才料理人なのだ。お前もカエデの能力を【鑑定】したのならば称号にある『天才』という称号を見たはずだ」
「そういえばそんなのあったな」
「カエデには優秀な子孫を残すために鬼人族の料理人と結婚させる。料理もできないお前の様な人族に渡すわけにはいかないのだよ」
「カエデの事をまるで子供を産ませる為の道具扱いだな」
「何とでも言うがいい。事は一族の将来を左右する事なのだ。部外者に口出し無用」
「一族の将来がそんなに重要か? お前はそんな事を気にしながら料理をしていて楽しいのか?」
「楽しいかどうかが重要なのではない。旨い料理を作ることこそが重要なのだ」
「それじゃあカエデの魅力には気付けないな。カエデは楽しいから料理を作っている、多くの人々が笑顔になる為に料理を作っていると言っていた。本人は気付いていないようだけど、カエデはたまに料理をしながら微笑むんだぜ」
「それがどうしたというんだ」
「俺はカエデの微笑む姿を見た時にすごく綺麗だと思った。カエデは他の人の為に料理を作る事に喜びを感じるやつなんだよ。俺はそんなカエデに一生料理を作ってもらいたいと思ったんだ」
「カエデはそんなくだらない理由で一生を終えていい女ではない。一族の繁栄という重要な責任を担っているのだ」
「カエデは一族の将来の為に料理を作っているんじゃない。お前が言うような一部族の為に道具扱いされていいようなやつじゃない。カエデは自分の幸せの為に料理を作り続けるべきだ!」
「もういい。やはり人族には私たちの事は理解できないようだ。話すだけ無駄だったな。この大会は料理と力を競う場。最後まで勝ち残る者こそ欲しい物を勝ち取れる」
「それには俺も同意する。要は勝てばいいんだよな」
「次で最後だ。私の全力を出し切ろう。【豪炎槍】!」
イチョウは【豪炎槍】を空を埋め尽くす程に作り出していく。
そのせいで周囲の気温が上昇していった。
ざっと見た感じだと五百ってところか。
【硬甲殻】で衝撃は何とかできるけど、炎の熱はどうにもできない。
このままだと骨も残らないくらいに燃やされるな。
「この大会に出場を決めた時点で死ぬのは覚悟していると思うが、今、負けを認めてカエデに今後一切関わらないと誓うならば命だけは」
「断る! 俺は諦めが悪いんだ」
「……ならば塵も残らぬように燃やし尽くしてやろう!」
一斉に【豪炎槍】が俺に向かって動き出す。
全てを受けたら確実に死ぬな。
だけど俺は恐怖も絶望も感じない。
なぜならカエデを信じているからだ。
俺の信頼に応えるようにカエデの声が響いた。
「料理ができたよっ!」
料理の完成を宣言するカエデの声が会場に響いたが。
炎の雨はすでに俺に向かっていた。
カエデを包み込んでいた【蟻繭】と【霧夜】は解除された。
俺の左右に狛犬達がやってくる。
「我らの【月壁】では主を護る事はできるが、ユラリ殿を護る事は叶わぬ」
「ああ。そうだろうと思ったよ」
さてどうするかな。
カエデが料理を完成する前に放たれた攻撃はルール違反にならない。
この数の術にはさすがの【蟻繭】でも数分ともたないだろう。
その時、カエデが俺の前に立った。
「カエデ!?」
「ユラリさんはあたいが護ります」
「いや、でも、この数の炎じゃあ」
「平気です。あたいにはユラリさんとの絆がありますから。シロコマ! クロコマ! あたいに力を貸してくれ!」
「「御意!」」
狛犬達はカエデの左右に歩み出た。
カエデは二匹の狛犬達の背に自分の両手を添える。
カエデの頭から二本の長い角が伸びてきた。
その角は赤い光を発しており力に満ちあふれているのを感じる。
「これがあたいとユラリさんの絆の力だよ!」
カエデと狛犬達は声を揃えて合成術を発動した。
「「「【千手の鬼神】」」」




