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深窓の令嬢がいた

 



 お嬢って誰の事だ?

 もしかしなくてもリンドウの事か。

 リンドウってお嬢様ってイメージじゃないけどな。


 その男の隣にいた背が小さくとんがり鼻の男がナイフを片手に身構える。


「おいっ! 侵入者! 結界や幻覚を強引に破壊し、よくもぬけぬけと言えるものだ!」


 さらに露出の多い水着のような服装をして背中に小さな蝙蝠の羽を生やしている妖艶な女性が舌なめずりをしながら、まさに舐めるような視線を俺に向ける。


「あ〜ら〜、この坊やわたしのドストライク〜。ねぇ君〜わたしとイイコトしない?」


 是非! と言いたい気持ちと本能君を抑えて俺は再び質問する。


「俺はリンドウの知り合いだ。お前達を害する意志はない」


 あ、むか〜しに同じ様な台詞言ったっけな。

 こういう時って、なぜだか丁寧に言っても攻撃されるんだよな。

 今回も俺が先に結界や幻覚を破って不法侵入したのが悪いんだけど。


 執事服の白髪の老人が歩み出て来た。


「おお、そうでしたか。それは失礼致しました。私はお嬢様に仕える執事のガルグユと申します。以後お見知り置きを」


 この人は意外に真摯な対応だ。

 と思った瞬間ガルグユが俺の背後にいてフォークを俺の喉に押し当てた。

 この人達の客に対する対応は過激だな。


「ユラリ様と申されましたかな?」


「ああ、そうだ」


「貴方がリンドウお嬢様のお知り合いである証拠はございますか?」


「証拠か……」


 無いな。

 少しの間一緒に行動していただけだからな。


「証拠は無いが俺はあいつに助けられたんだ。リンドウは公正な裁きが行われる為に自分の命を賭けて俺に無実を証明する機会をくれた。つまり俺の命の恩人にあたる人だ」


 俺がそう言うと周囲にいた六人は呆れたように溜息をついたり、首を横にふったり、にやけたりしている。


「ははは。これは本当にお嬢様のお知り合いのようだ。リンドウお嬢様の正義感の強さは折り紙付きなのですよ。……もしや、お嬢様のお命を救ったというお方でしたか?」


 ガルグユも笑い、俺の首に当てていたフォークを懐にしまった。


「それは言い過ぎだな。俺の力というより優秀な医者のおかげだ」


「お話はお嬢様から伺っております。なんでもお嬢様の命を救う為に自らの命の危険を顧みず生命力を譲渡して下さった方がいると。それはユラリ様なのですね?」


「まあな」


 その話を聞いていた七人は一斉にその場に片膝をつき頭を下げた。


「我が主たるお嬢様の命をお救い下さり心から感謝を申し上げます」


「い、いや、そんなにすごい事はしてないからさ、頭を上げてくれよ」


「これは主を救っていただいた方への当然の礼節でございます。どうぞお気になさらずに」


「あ〜、俺さ、そういう畏まった態度を取られるのはあんまり慣れてないから、普通でいいよ普通で」


「そう言われるのでしたら」


 七人は立ち上がった。


「これまでの対応、大変失礼致しました。何ぶん二重の結界を強引に破られた事などここ百年ございませんでしたので、てっきり敵襲かと勘違いしてしまいました」


「いや、分ってくれたならそれでいいよ。それでリンドウはまだ体調が悪いのか?」


「はい。お嬢様は今しばらく療養が必要でございます。自室にてお休み頂いておりますので御案内いたします。どうぞこちらへ」


「ああ、頼む」


 俺はガルグユの後について洋館の中に入った。

 洋館の内部はアンティークな美術品や家具が並べられていた。


 全てが洋風な雰囲気だな。

 この世界に来てここまで洋風の建物は見た事が無かった。


 正面玄関から中に入ってすぐ目の前には二階へ続く階段があり、俺はその階段を上って二階へ上がる。

 そして幾つもの部屋を通り過ぎ、洋館の奥にある一際大きな扉の前に到着した。

 そこでガルグユはその扉の向こうに声をかけた。


「お嬢様。ご友人のユラリ様がお見えです」


「……入ってくれ」


 執事のガルグユは扉を開けてくれただけで部屋には入らず、俺だけがリンドウの私室へと入った。


「久しいなユラリ殿」


 そこには四人は余裕で横になれる大きさの豪華なベッドに、上体だけ起こして座っているリンドウがいた。

 長い髪のポニーテールは解かれており、俺の知っている凛々しいリンドウの印象とは違ってみえる。


 今の彼女からは深窓の令嬢のようにお淑やかで弱々しい印象を受ける。

 実際に肌の色は青白く瞳に力も感じられない。

 まだ具合が悪いようだ。


「久しぶりだなリンドウ。その様子だと体調が戻るまで、しばらくかかりそうだな」


「ユラリ殿が来ると思わなかったので、こんな姿で申し訳ないでござる」


「俺の方こそ急に押し掛けてすまない、お前こんな館に住んでたんだな」


「これは曾祖父が建てた館で大陸の様式なのだそうだ。某は大陸に行った事がないので本当かどうかは知らぬでござるが」


 リンドウの声に覇気が感じられない。

 精神的にも弱っているんだろうか。

 今回は奉行所内部の協力者になって欲しいと頼みにきたけど、また今度にするか。


「俺が想像していたのより具合が悪そうだな、話があったんだがまた今度にするよ」


「某は大丈夫でござるよ」


「いや、でもさ」


「ずっとベッドに横になっていて退屈していたのでござる。構わず話をしてくれぬか?」


 俺はアサハナから提案された事をリンドウに話し、奉行所内部の協力者になって欲しいと頼んでみた。


「そうか。某でよければ力になろう」


「お、いいのか?」


「ああ。前々から奉行の横暴は目に余るものでござった。法を外れぬ限りは某のできる限りユラリ殿に協力するでござる」


「それは助かるよ、お礼といっちゃあ何だが、外に出られるようになったら俺の旅館に泊まりに来いよ。お題はただでいいからさ」


「それは楽しみでござるな。それに、お主のしてくれた事をアサハナ殿より聞き及んでいる。ユラリ殿に命を救われた恩は一生をかけて返す所存でござる」


「恩は感じなくていいよ。俺はお前に無実を晴らす機会をもらった。その借りを返しただけだからな」


「そうはいかぬでござる。『施して報いを求めず、受けた恩を忘れず』。某の祖父が教えてくれた言葉でござるよ」


「お前の爺さんは立派な人物だったようだな」


「常に正義を成し人を助け悪を許さぬ人でござった。某の目標とする人物でござる」


「そうか。リンドウならなれるよ。俺が無実を証明できたのも、お前がお前の爺さんのように正義を成そうとしてくれたおかげだからな」


「……正義でござるか。今は正義とは何かを問う毎日でござる」


 もしかしてリンドウはカンザキに敗北して自信を無くしているのか?

 無理も無いか。

 奉行所で働く同僚が殺人鬼だったんだ。


「某の信じてきた正義は本物だったのでござろうか。もしかして偽物だったのではござらぬか?」


「今までお前が信じてきた正義を疑っているのか?」


「某はカンザキに敵わなかったのでござる。強さの伴わない正義など弱者の戯言でござろう」


「俺はそうは思わないけどな」


 リンドウは俯き黙ってしまった。

 表情が暗い。

 強くなければ正義とは言えないと思っているんだろう。


「俺が前に住んでいた国には正義のヒーローって奴がいたんだ」


「正義のひーろー?」


「簡単に言うと人々の為に悪と戦う奴だな」


「そうでござったか。某も一度会ってみたいものでござる」


 空想上の存在だから会えないけどな。


「その正義のヒーローは悪をぶちのめす他に大事な役目があるんだ。何だか分るか?」


「某には検討もつかぬ」


「それは子供達の希望になる事だ」




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