竹林の中には
「賭場だって?」
この時アサハナが提案してきたのは、この旅館に賭場を作ってはどうかというものだった。
しかしこの日乃光の国では賭博は違法行為だ。
国営の旅館で堂々と違法な賭場を開くわけにはいかないと俺が言うと、違法になるのは金銭を賭けた時だけだと教えてくれた。
つまり金銭を賭けない賭博なら遊びの範疇なので問題ないのだと言う。
「賭場を開いて客寄せするのか。いいアイデアだと思うけど、つまりただの遊びという事か?」
「それじゃあ盛り上がりませんよユラリさん」
「じゃあどうするんだ?」
「金銭の代わりにこの旅館で使える商品券や引換券、割引券なんかを使うんすよ」
「なるほどな。金銭は違法だが商品券などで賭けをする分には法に反しないという事か」
「その通り! どうっすか?」
「みんなはどう思う?」
セルフィナは少し考える素振りを見せてから答えた。
「わたくしは良いアイデアだと思いますよ。この旅館の基本的な営業は問題なくできていますので、これからは付加的なサービスも必要だと思います」
「確かにな。温泉だけが売りだと客層が狭まるからな」
「私もいいと思いますっ! 来館されるお客様の中には日頃のストレス発散を求めていらっしゃる方も多いので」
「そうだったのか。参考になるよペティ。仲居はお客と一番接する機会が多いからこそ分ることか」
「あたしは難しいと思うわ」
イチゴが反対するという事は何かイチゴなりに気になる事があるんだろうか。
「イチゴはどうして難しいと思ったんだ?」
「理由は二つあるわ。一つは法に触れていないとはいえ奉行所から目をつけられるのは免れない。ユラリを犯人にしようとした西町奉行の態度からも分るように、ちょっとした事で文句を言ってきて強引にユラリを捕らえようとする可能性が高いと思うの」
確かに法には触れていないとはいえ賭博には変わりない。
強引に違法だと言いがかりをつけて旅館の営業自体を妨害される恐れもあるか。
「二つ目は治安の問題ね。良くも悪くも賭場っていうのは気性の荒い人間が集まり易いものなの。そういうお客さんを大人しくさせるのは難しいんじゃないかしら」
なるほどな。
イチゴの指摘は最もだ。
「アサハナ。イチゴはそう言っているが、賭博好きのお前から何か対策は思いつくか?」
「そうですね〜。それならなんとかできます。奉行所からのちょっかいに関しては蛙奉行の弱みを握るか、奉行所内部に協力者を置くかすればいいと思います」
「弱みと協力者か……」
「イチゴさんが言うように賭博をする人に気性の荒い人は多いっすね。それについては、おいらから西町の賭場を仕切る親分さんにお願いしてみるっすよ。親分さんとおいらは闇医者関係で知り合いなので話をしてみまっす」
「もしかして白虎会のトラキチ親分の事か?」
「おっ、さっすがユラリさん。そっちの方面にも顔が広いとは」
「まあな、ちょっと前にいろいろあってな。トラキチ親分に頼んでここの賭場を仕切ってもらうなら問題ないだろう」
昔から西町の賭場を仕切ってきた経験もあるだろうし。
賭場を上手く運営することができるだろう。
「あとは蛙奉行の弱みと奉行所内部に協力者か。蛙奉行の弱みについては心当たりがある」
前にアウレナで蛙奉行のステータスを覗いた時に、『堕ち人の宴』という称号を見つけた。
たしかカンザキにも同じ称号があったよな。
つまり二人は同じ組織に属しているという事だ。
その組織が何をしている組織なのかは知らないが、俺がその組織名を知っているという事実だけでいい脅しになるかもしれない。
「奉行所内部の協力者についてはリンドウに頼んでみようと思う。今は屋敷で療養中だろうから、お見舞いついでに話をつけに行ってくるよ」
「そういう事ならあたしに異存はないわ」
「それはよかったっす。おいらもこの旅館のために一肌でも二肌でも脱ぐ覚悟っす!」
「アサハナ。旅館の為と言いつつも、お前が賭博をしたいだけじゃないのか?」
「そんな事はおおありっすよユラリさん」
「やはりか……。まあでも旨くいったら更なる来客が期待できる。当面は賭場の設置を視野に入れて動く事にする。みんなもそれでいいな?」
皆が同意の返事を返してくれた。
イチゴも俺やアサハナが解決策を提示した事で納得してくれたようだ。
さっそく明日から西町奉行所とリンドウのお見舞いに行ってみるか。
***
地上生活九十九日目。
まだ身体は重く感じるけど、俺は一人でリンドウの屋敷があるという西町の外れに来ていた。
おかしいな。
ここにリンドウの屋敷があると聞いていたんだけど、一面の竹林しか見えない。
それと竹林の中に分け入るように小道があるだけだ。
てっきり塀や門があると思っていたけどな。
道を見違えたか?
いや、それはない。
なぜなら小道の手前に立て札があって、『ゲンティアナ邸はこの先』とあるからな。
ん? まだ何か書いてある。
『ご予約の無い者はお帰り下さい。無理に押し入る者にはそれ相応の対応を取らせていただきます』
それ相応の対応か。
予約してないと警備員に攻撃されるとか?
突然の訪問は許されないなんて格式の高い家らしいな。
当然俺は予約なんかしていない。
そもそもどうやって予約をすればいいのかもわからない。
とはいえ俺は諦めて帰るなんて御免だ。
ここまで歩いて来た労力が無駄になるからな。
俺は迷わず竹林の小道に入った。
しばらく進むと竹林の出口が見えてきた。
俺は真っすぐに進むと出た先はなんと、竹林の入り口だった。
これはあれか、幻覚とか結界とかいうやつか。
入ったはずなのに外に出てくるのは不思議な感覚だな。
思わぬ所で蟻スキルの出番のようだ。
俺は意識を集中しスキルを使用する。
「全てを砕け【蟻顎】!」
俺は両手を一本締めのように顔の前でパンッ! と叩き合わせた。
その瞬間目の前の空間がガラスのように砕けた。
透明なガラスにヒビが入るように、空間に亀裂が縦横無尽に走りはじめ最後にはガラガラと崩れて結界が消滅したようだ。
やはり結界の類いだったか。
そのせいで竹林の入り口にもどされたんだろう。
この【蟻顎】という蟻スキルは、指揮官クラスのヘヴンズアントが使うスキルで、結界や幻覚で作られた壁や空間などを破壊する事ができるスキルだ。
俺は再び竹林の小道を進む。
すると古めかしい洋館が見えてきた。
日乃光の国に洋館とは珍しいな。
先祖が大陸出身だから家も洋風なんだろうか。
それにしても結界で護らなくてもいいようなものを。
防犯意識高過ぎじゃないか?
わざわざ結界を破ってまで入ってくる奴なんて……あ、俺がいた。
洋館の玄関前の広場に辿り着いた。
だが不自然なほどに周囲には生物の気配が全くない。
俺の【気配感知】レベル十でも感じられない理由は一つだけだ。
「さらに噛み砕け、【蟻顎】!」
俺は本日二回目の一本締めを行い両手をパンッ! と叩き合わせた。
その瞬間周囲の景色が色あせていき霧になって消えていく。
そして霧が晴れると周囲に七人の男女が武器を構えて立っていた。
今のは結界じゃなくて幻覚だ。
手の込んだ隠蔽工作だな。
それにこいつらは何者だ?
「俺の名はユラリ。リンドウに話があって来た。リンドウに会わせてくれないか?」
七人のうち長身で筋骨隆々の大きな身体をしている犬っぽい獣人の男が答えた。
「ここは俺達の住処だ。お嬢と約束の無い奴は通さねえぞこらっ!」




