005 精霊術-講義
「青き精霊よ、我が意に応えよ」
昨夜の雨はすっかりあがり、太陽が燦々と照りだしている。
レインは路上の水溜まりに遊環を向けると、静かに唱えた。
応じるように幾つかの波紋が広がりをみせると、やがてそれは不規則な波を打ち始めると、中空まで球体へと形を成してみせた。
再度錫杖を振るうと、傍に用意していた桶に、局地的な大雨を降らせた。
◇ ◇◇◇◇ ◇
「まず初めに確認させていただきますが、魔力というものに関して、あなた的にどの様に分類するか、率直にお答えください」
宿を発ち、道中で講義開始早々に質問されたそれを、どう捉えていいのか、バティンは少々悩んだ。
てっきり呪文やら属性やら適正やら、そういった話をするのかと思っていたのだが。だがレインが率直と言ったのを念頭に置いて、自身の答えを口にした。
「“ある”か“ない”か?」
「一般的な見解としては、それで違いはありません」
取り敢えずは及第点らしく、バティンは胸を撫で下ろした。
魔力を練り上げ、森羅万象の事象を具現化させる外部放出魔術。
体内に魔力を廻らせ、一点に集約させて強化する内部循環魔術。
“魔力がある”と認識されるのがこの二つである。
「人それぞれにもなりますが、私の師の見解としては、魔力を“扱えるか”“扱えないか”です。
暴論のひとつに過ぎませんが、在り来たりな創作話で主人公若しくはその仲間が魔力が尽きて危機に瀕した際、生命力を魔力に変換して大技を放つことが多々あると思いますが。万人に可能かどうかはさておき、その様なことが出来るのなら、魔力の有無という縛りは関係なくなります。
実際、東の大陸ではこの様な生命力を用いた魔力を“氣”と呼んでいるそうです」
自らの体内で力を練り込み、集約させ放出させるそれは、森羅万象の属性を持たず、自身の生命力そのものだという。
「“火事場の馬鹿力”というものがあります。あれは切迫した状況下において、無意識で瞬間的に自身の能力値をあげるものです。“氣”を遣うにはその状況を持続させるのが必要だといいます。
魔術同様、自在に“氣”も扱えるか否かになりますが、訓練次第では魔術以上に遣い馴染みのいいものになるそうです。
生命力は有機体であれば具わっているものですから、魔力の代替に充分なり得ますので、“魔力がない=魔術が使えない”という点は気にしなくていいでしょう」
そうあっさりとこれまでの認識を覆すような発言を言い放つ。
「もう一つ、召喚術も絡めてお話しておきます」
召喚術とは契約にした対象を魔力を以てその場に呼びつける術である。
対象は様々だが、大抵は使役する魔獣が多い。上位存在と契約も稀にあるが、力量が伴わなければ、反故されることも多々ある。
そうした面から降した魔獣が多いが、上位種の幼体を浚ってくるケースもある。
「私が使用する精霊術では特に契約を必要としません。その土地に住まう助力を請うものになります。」
ただ環境によって助力が請えない場合もある。召喚する力量が足りないのなら、それをカバーするのなら、やはり契約は必要となる。しかしそれでも応じて貰えるとは限らない。
「精霊を召喚するのではなく、力そのものを顕現させる思ってください」
道中進みながら、状況に応じた精霊術の有効な使い方をこんこんと説いていく。時折突拍子もない方向に話が進む。
「一部の研究者からは『高位の魔族や精霊は人間に近い姿をしている』とあたかも人間が優れた存在であるという物言いをしていますが、それは誤りです。
知力では龍族、魔力では耳長族、膂力では獣人に、技術面で岩小人族に、あらゆる面で劣るのが人間です。
そして同種や自ら劣ると判じた相手に対して警戒心が最も薄いのも人間の一面です。
そこにつけ込んでいるのが魔族です。ある程度経験を積んだ者ならともかく、人間の姿さえしていれば、混雑した食堂で隣に座っていたとしても気付かれもしません」
2020.09.09. 初稿