003 少女の在り方
それは、ふと漏らした言葉からだっただろうか。
「そういえばお嬢さんてさ、俺の初恋の人に似てる」
「………はぁ?」
かなりドン引きされた。
◇ ◇◇◇◇ ◇
「あー、しくった……」
油断、余裕、慢心。
そういうものが自身にあったのかもしれない、バティンは心底自身を蔑んだ。
それはレインに対して行った、【主従宣誓の契約の儀】に起因している。
儀自体には後悔の欠片も存在していない。
美人とは云わぬが、初恋の人に似ていて油断している点もあるが、まさかガッツリ“真名を握られる”とは思ってもいなかった。
別に今まで握られたことがなかった訳ではない。握られたとしても抜け道は把握している。
出来た雇い主なら何人も居た。そういう雇い主ならこのまま仕えてもいいかなと思ったりもするのだが、そういうところに限って定員オーバーだったりする。
皆、同じ考えってことだ。元から雇われてる面々も領民もイキイキしている。
――と、まあ以前の話は置いといて。
「なぁ、…れ、…お嬢さん」
「レイン、です」
「あー…レイン?」
「何でしょう」
「やっばりさ、雇い主に対して、呼び捨てはないのではないでしょうか?」
気に入らない相手なら呼び捨てだろうが何だろうが気にしない。
相手はお嬢さんだ。
おまけに自分より強いかも知れない。否、八割の確率で強いだろう。
道中出会した野良魔獣を、手にした錫杖一振りで数体簡単に屠るうえに、魔術とは少々違うものを感じるが、それに近いものも使う。
傭兵として立つ瀬がない。
先立って、“賊に絡まれていた少女”から、賊を追い払ったのは正解だったかも知れないと結論付ける。
居合わせる者がなければ、グロテスクどころか、消し炭さえ残していないだろう――と。
本来であれば自身が魔獣を蹴散らして、護衛としての株を細やかに上げたいのが筋だというのに。
「俺、これでも雇われの身ですし、雇い主を呼び捨てにするのは如何なものではないでしょうか?」
「先に“兄妹設定”を持ち出したのは貴方です。“妹”を“お嬢さん”呼ばわりすることこそおかしいことではないですか? あと、敬語も必要ありません」
バティンは最初、いまいちレインという少女を捉えきれなかった。
利用してきた宿やら食堂やら店の者に対しては、“旅の兄妹”としての愛想を振りまいているものの、自分と二人きりになると途端に表情は冷め、寡黙に徹している。
しかし、こちらが話し掛ければそれなりに返事はする。話し掛けなければ只管沈黙が続く。
愛想が良いのか悪いのか。バティンを警戒している素振りでもない。
(いや、この状態が“素”なんだろうな)
それが分かれば、寧ろ、“彼女自身”を晒してくれていることに安堵を感じたりもした。
何しろ警戒心が薄い。
知り合ったばかりの男と二人旅を容認するだけならまだしも。
会って数時間後の野宿で熟睡されるのは如何なものかと。夜中の火の番に、試しに小石を茂みに投げつけて音を立ててみたものの、起きる気配はなかった。
尤も彼女自身がバティンよりも強いとしても、警戒されていないのも理不尽を感じた。
事実、立ち寄った食事処でレインが席を外した際、置きっ放しで倒れ掛けた錫杖を支えた時には、無駄な手出しをしてはいけないのだと悟ったぐらいだった。 立て掛け直してから自身の掌を確かめた程の重さ。
それは生半端ではなかったのだ。
レインの腕は見た目、至って普通の少女並の細腕なのだ。
そしてバティンはひとつの結論に辿り着いた。
(あー…俺、警戒されるどころか、警戒すら“されていない”?)
寧ろ、男としてすら見られていないのかもしれない。
更に云えば護衛なんて必要なく、本当に露払いだけの存在なのだろうかと、意義を問いたくなる。
とは云え、護衛報酬代代わりに飯代宿泊代は少女持ち……
(あー…俺、端から見たら完全にヒモ?)
若しくはお荷物。
考えればそれだけ自身を貶しかねないので、バティンは考えることを止めた。そんなことに必要以上無駄に精神を削りたくはなかった。