智星の章 (1)
黒く重たい雲が空を覆う。
風は強いが、雪には降られずにすんでいた。
網代笠を被り、背中には荷箱を担いだ雲水の一団が、越前木ノ芽峠に差し掛かる。
六人二列になって進む一団の中に青眼寺の僧、智龍がいた。
歩を進める智龍には、気になることがあった。
武士の一団が朝、敦賀を出発してから、着かず離れず付いてくる。
「ここで半刻ほど休もう」
智龍は、峠に入る前に休憩を取り、武士の一団をやり過ごそうと考えた。
智龍の掛け声で雲水たちは道端に避け、それぞれに休憩を取る。
竹筒に入った水に口を付ける者、地べたに座る者もいた。
侍烏帽子に直垂姿の帯刀をした七人が、近づいてくる。
智龍は、座ったまま視線を上げ、横を通り過ぎる武士の顔を見た。
どの顔も浅黒く、全員が無精髭を生やしているが、武士というには違和感を感じる。
七人が通り過ぎたが、何も起きない。
智龍が深く息を吐き、顔に安堵が広がった。
武士の一団が、五間ほど進んだところで足を止め、一斉に刀を抜く。
振り返った顔は皆、口元をひん曲げ、不気味な笑いを浮かべていた。
「おい坊主、背中の荷物を置いて立ち去れ。去らねば、ここで切り捨てるぞ」
頬に刀傷の跡が残る大男が、抜いた刀を肩に担いで一歩前に踏み出す。
刹那。智龍の耳元に風切り音が聞こえた。
刀を肩に担いだ大男は、「うっ」と短い声を発して前のめりに倒れる。
また、風切り音がした。今度は、大男の両脇にいた男が二人倒れる。
倒れた男の胸には、矢が突き刺さっていた。
智龍が、矢の放たれた方を見ると、同じ身なりをした長身で細身の雲水が、四尺ほどの小ぶりの弓矢を構えている。
七人いた男たちは、瞬く間に四人に減ってしまった。
男たちは、お互いの浅黒い髭面を見合わせて目で合図を送る。
その顔は、先ほどまで見せていた人を舐めたような不気味な笑い顔は消え、恐怖に引き吊っていた。
男がひとり、刀を投げ出して逃げ出したが、二歩踏み出したところで背中に矢が刺さった。
「た、助けてくれ」
残った三人の男は、刀を放り投げてうずくまる。
知龍の耳にまた、風切り音が聞こえた。
うずくまった三人の男に続けざまに矢が刺さる。
四尺弓を持った雲水は、無抵抗な男たちにも容赦はしない。
智龍が、ゆっくりと弓矢を放った雲水に歩み寄る。
近づいて網代笠に隠れた顔を覗き込むと、あどけなさが残るのっぺりとした顔と目が合った。十代かも知れない。
「私は、青眼寺の智龍と申します。ここは礼を申しておきますが、無抵抗の者まで手に掛ける必要があったのでしょうか? 」
のっぺり顔の雲水は、四尺弓を細長い袋にしまい込んでいる。
「こいつらは武士じゃねえ、敦賀の船乗り崩れだ。敦賀からあんたらを着けていた。ここで逃がしても、また、いつ襲って来るか分からね」
「船乗り崩れが、この荷を狙って敦賀から着けてきたというのか? 」
智龍は、峠で船乗り崩れに襲われたことに驚いていた。
「ところで何故、私たちを助けた? 」
「仁兵衛様からの指示だ。智龍様を守れと」
「霞仁兵衛の手の者か? 名はなんと申す? 」
「霧氷」
のっぺり顔の雲水は、霧氷と名乗り、四尺弓を入れた袋を背負った。
「ここから越後まで同行する」
霧氷の言葉は短い。
智龍は、霧氷を迎え入れることにした。
木ノ芽峠から振り下ろす冬の風が、頬に突き刺さった。