Private eyes watching you 探偵はキミを見てる
つかれた。仕事からようやく解放され、自宅であるマンションに重い足取りで家路についた。
郵便受けのカギを開け、中を見ると見慣れない封筒があった。
「…?」
最初はどうでもいいダイレクトメールかと思ったが、封筒を裏返し送り元を見てみると、すぐにそれが何かわかった。
依頼していた「例の物」だ。
とにかく封筒を早く開けたいという衝動に駆られ、自分の住むエレベーターの最上階のボタンを押した。
待っている時間がとてももどかしく感じられた。重かった足取りも嘘のように軽くなった。
やっとエレベーターが到着し、素早く乗りこむ。自分しかいない空間でエレベーターが動き出しスオォ…と体が浮く感覚。
マンションで他の階の誰よりも長くこの体感ができる事が悦に思えるほど気分が高揚しているのを自覚する。
エレベーターが止まりその悦から覚め、足早に自分の部屋へ入る。
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部屋へ入り、電気をつけながらカバンを下ろした。そして、早速イスに座り封筒を開けてみる。
それには若い女性の写真が数枚入っていた。思わず息を飲み、動悸と呼吸が激しくなる。
「うわっスゴイ…本当にやってくれるんだ…」
「この写真、いい顔してるなぁ。」
「後ろ姿はこんな感じなんだなぁ…意外だ…」
「あ、でもこっちの写真はスゴクいい!飾ろうかな…」
思わず独り言が沢山こぼれる。
どの写真もカメラを見ていない。遠くからズームで撮った写真が多い。
だがそれはある意味当然の事だ。この写真は探偵に撮らせた写真なのだから。
中でもオープンカフェで食事をしている写真がお気に入りだ。
少しうつむき、美しい黒髪を耳にかき上げながら、
つんとした上唇に自然な色のグロスが光っていて妖艶だ。
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しばらく写真を眺めてウットリしていたが、ふと我に返った。
そうだ探偵に御礼を書かなくては。パソコンの電源を入れる。
起動までの間も写真を眺めてウットリする。
パソコンのスタンバイがとっくに完了したころにまた我に返り、探偵へメールを書く。
「依頼の写真が届きました。ありがとうございます。
また新たに依頼をしたいのですが よろしいでしょうか。
依頼の内容は前回と同じです。でも今度は
写真の枚数を増やして、顔をしっかり撮ってください。よろしくお願いします。」
送信ボタンを押し
「あぁ…次が楽しみだなぁ」と
誰もいない部屋で一人写真に囲まれ再び悦に浸る。
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それから、例の写真が送られてくるのが楽しみで、毎日郵便受けを見ていた。
興味の無いチラシが4つと、水道局からの料金明細が1回来た後、ようやく例の封筒は届いた。
今回は、実に素晴らしい注文通りの写真が以前の倍の枚数入っており、
時間を忘れるくらいに写真を楽しんだ。
封筒を捨てようとしたとき、中に何か写真とは別な紙切れが入っていることに気がついた。
取り出してみるとそれは探偵からのメッセージであった
「ご依頼ありがとうございました。
お世話になっております。
次回以降、依頼がある場合、
依頼は相談しながらのほうがやりやすいので
一度事務所にいらしてははいかがでしょうか。
スケジュールの都合が合わなければ
チャットでの相談も可能です。」
住所、電話番号連絡先とチャットIDが添えられていた。
普通こんなことってするか?とも思ったが、メールでしか依頼したことがなく、実際に会っての相談も、電話もしたことがないので もっと円滑な話し合いの場を用意することは最低限必要なことなのだろうと自己解決し、探偵のアドレスを登録して、早速 新しい依頼をすることにした。
「こんにちは。」
「こんにちわ。いつもご利用ありがとうございます。早速ご連絡ありがとうごさいます。」
「また新たな依頼をお願いしてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。今度は何か変更点はありますか?」
「枚数は前回と同じで、内容は自然な胸から上の写真と、後ろ姿の写真がほしいです」
「そうですか、おそらく枚数的に後ろからの
写真のほうが多くなりますがよろしいですか?」
「ええ。大丈夫です」
「了解しました。ではいつもと同じように送りますので。」
「はい。ありがとうございます。それでは」
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それからまた、毎日郵便受けをチェックしていたが、今度はガスの請求書が1回と、興味のない婚活パーティーのチラシが入っていた。ちょうどその頃から、お隣さんの新聞が取り込まれず、たまり出した。
何かあったのだろうかと思ったが、それが郵便受けに入らなくなったころ、封筒がやっと届いた。
お隣さんの事など、どうでも良くなり、早速その写真を楽しんだ。
写真の内容は素晴らしい出来だった。顔がはっきり見える良いアングルで、良くバレなかったなと思えるほどギリギリのショットだ。やはりこの探偵は凄腕のプロなのだろう。
また大切なコレクションが増えたのでとてもウキウキしていたが。またすぐ新しいのが欲しくなり、早速パソコンをつけた。
いつもと同じように、依頼のやりとりを交わしたが
今回は厄介なことを尋ねられた。
「貴方とこの写真の方とのご関係は?」
嫌なことを聞いてくる奴だ。。お前は黙って写真を送り続けてくれればいいんだよ。
「それはちょっと…」
「そうですか、まぁ私は依頼されれば何でもしますし
お客様が聞かれたくない内容であれば 深くはお聞きしません
そういうスタンスでやっていますから。」
「そうですか、助かります。では又の機会に。」
「はい、いつもありがとうございます。それではまた。」
「ふぅ…」
パソコンの電源を落とし、ため息をつく。
「関係を聞かれたのにはすこし驚いたけど 深くは聞いてこなかった。
やはり、この依頼するには都合の良い探偵だ。」
部屋にある全身鏡を見て、再びため息をつく
「なんでかなぁ…」
自分に良い恋人ができた試しが無い事を思い出しながら 、全身鏡を下から上までじっくりと見た
「はぁ…」
「ほんとになんでだろう…」
・・・・・・・・・・・・
「私はこんなにも美しいのに」
勘違いで言っているのではない。実際に私は美しいからだ。
街を歩けばスカウトによく声を掛けられ、いつも迷惑している。
美人であるということは得も多いが、面倒なことも多いのだ。
長い黒髪を撫で下ろし、鏡に映る自分のつんとした上唇にキスをした。
私は、誰でも持っているようなブランド物にお金をかけるより、世界に一人しかいない自分というものを もっと知りたいし高めたい。だから探偵を雇ったのだ。自分でも気がつかない盗撮というのは100%他人からの目線で客観的にワタシを見ることができる。自分でカメラを持ち、自分で撮るのとはワケが違うのだ。鏡で自分を見たところでそれも参考にならない。電車でメイクをする女子高生を見ても、メイクが終わった後とびきりカワイイ顔を鏡で確認しても、鏡をしまった瞬間からもう顔が崩れている子が居る。あれではダメだ。意識が足りないのだ。他人はカワイイ時の自分を見ているワケじゃない。常に美しくあろうという意識が必要なのだ。(まぁ電車の中でメイクしている時点で論外なのだけれど。カレシに会いに行くなら せいぜいカレシの前では化けの皮がはがれないようにね。)私のように常にどこから見ても美しく見えるよう努めなくてはいけないのに。
しかしこの探偵は優秀だ。要求通りしっかり仕事をこなしてくれる。もし頼む時があれば浮気調査はココに頼もう。まぁカレシ居ないんだけど。なんでかなぁ~。他人からみても私はスゴく魅力的なハズなのに…自分盗撮によってどの角度からの自分も知り尽くした私は、欠点なんて無いはずなのに。
そういえば、今日は封筒が届いてたせいでうれしくてカギを閉めるのを忘れてた…。
最近 ニュースでも嫌な事件が多発してると聞くし、やっぱ戸締りはしっかりしておかないと…
ドアへ駆け寄り、薄暗い廊下でカギをしめようとしたその時、
突然ドアが空き、何者かに腕を思いっきりつかまれた…!
「ひっ…ッ!!」
あまりにいきなりのことだったので絞ったような声しか出なかった。
ゆっくりとドアが空き、腕を握る力を弱めることなく静かに男が入ってきた。
「はじめまして…。面と向って会話するのは初めてですね」
「誰なんですか!勝手に上がりこんできて…」
「……」
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男は私をつかんでいない方の手でポケットから何かを取り出し
私の目の前につきたてた。
その何かは バチッ っという音と共に目に眩むような光を放った。
───スタンガンだ
「ひっ・・・人を呼びますよ」
「叫んでも無駄ですよ、このマンションは完全防音だ。
住人はあなただというのに、忘れたんですか」
「だ、誰か・・・!」
ドンドンドン!
「壁なんか叩いても無駄です。
隣人は旅行へ出かけていますよ。
ちゃんと調べました。貴方は
探偵を舐めすぎましたね。
おまけに逆側には住人がいない。
角部屋ですからねぇここは」
「来ないで!!」
「そんな事を言われても、
今日 実行するしかないんですよ
次、いつ、良いチャンスが来るか分からないですからねぇ」
「嫌ッ!…な、何で…」
「来る日も来る日も同じ人間、それも結構な美人の写真を撮り続けて。気に入ってしまいましたよあなたのこと。
しかも何故かあなたは日に日に魅力的になっていく。完璧になっていく・・・」
「……!!
(いつも依頼をしていた探偵…!?)」
「完璧も完璧。私も完璧なんだよ。
今日ならば今からここで起こることは
絶対に騒ぎにはならない。」
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【探偵の視点】
完全に下調べはしてきている。今日なら襲っても足はつかない。
隣人が居ないうえに 完全防音のこのマンション。何が起こっても
バレはしない。ここまで来るのを誰にも見られてもいない!
「完璧も完璧。私も完璧なんだよ。
今日ならば今からここで起こることは
絶対に騒ぎにはならない。」
私は女にスタンガンを向けながら奥の部屋へ押しやり、壁に押し付けた。
「さぁ力を抜いて、もう抵抗しないほうがいい」
「…いやっ!」
「痛くしてもいいのかい?完璧な君の肌にキズはつけたくないんだが」
「…いや完璧ではないわ。今でも大勢の人が見てるんだから」
「…。
(何をわけのわからないことを言ってるんだ。
しかも嘘をつくならもっとマシな嘘をつけばいいものを)」
しかし彼女は怯えもせず妙に自信のある表情をしていた
何か嫌な予感がする。彼女の視線が一点を見つめているのに気がついた
ハッと気がついて後ろを見てみると天井にはビデオカメラが赤い小さな目と黒い大きな目でこちらを監視していた
「な、何でこんなものが…」
「そこだけじゃないわよ」
「!?」
部屋を見回すと小型のカメラのようなものがいくつもこちらを向いていた
「な、なんなんだこれは・・・」
意味がわからなかった。なぜカメラが・・・!たたき壊すか?
完璧だったハズの計画を思わぬところで崩されて思わず手が止まり唖然としてしまった。
この隙をついてか、視界の端で彼女はすでに電話を手にしていた。おそらく警察にだろう
「クソッ!・・・あと一歩のところで・・・!!」
今押し倒すか!?ダメだ!カメラが確実にこの光景を見ているし、もし警察に繋がったらマズイ・・・
どうする!?今なら未遂だが、ヤってしまってはいいわけできない・・・
電話を阻止しなくては・・・もう遅いか!?・・・どうする・・・
「クソ!クソ!!なんでカメラが!!!」
もはや何を考えても無駄だ・・・!とにかく逃げるしかない・・・。
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自分の事をもっと知りたくて始めた自己盗撮だったけど、
思い切って探偵に依頼したあたりからエスカレートしてしまった。
自分を24時間監視するカメラは13個にまで増えたし、
動画配信して大勢の人に見られているのがやめられなくなってしまった。
優秀な探偵が私の通報によって逮捕されてしまったのは少々残念だ。
依頼で私を撮る分には合法だけど、私を襲おうとしたのだから犯罪だ。しかたないよね。
最終的に、自己盗撮は自分磨きに良い手段だったし、身を助けてくれた。
癖になってしまったし、きっとこれからも続けていくだろう。やめる理由も特にはない。
THE END
2009年頃に書いた小説です。最初はネタを思いつき漫画を書こうと思っていたのですが。
挫折して小説になりました。秋の芸術大会と称して友達と作品を書き合ったときの懐かしい思い出の作品です。