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第92話:まさかのお願い

 月日が経ち12月になっていた。

 ドイツ2部リーグが開幕してから、4ケ月が経つ。


 我らがF.S.Vは15試合で10勝2敗3分けと、絶好調をキープしていた。

 今もちょうど勝ち試合を終えていたところだ。


『いやー、怖いくらいに好調だな、今季は!』

『ああ。そうだな!』


 試合後の選手たちは、ロッカールームで興奮していた。

 今のところF.S.Vは2部リーグで首位をキープしている。


 このままのペースでいけば5月の閉幕の時には、2位以内に残っている計算だった。


『もしかして、オレたち1部にいけちゃうか?』

『そうだな、いっちゃおうぜ!』

 

 選手たちが興奮しているのも無理はない。

 ドイツ2部リーグでは最終的に2位内に入れば、昇格が確定する。

 つまりはこのままのペースでいけば来年の8月の来季は、F.S.Vは1部リーグになっているのだ。


『いやー、オレたちも、ついに1部プレイヤーか……』

『お前、早すぎるだろう?』

『そういうお前も、水面下で動いているんだろう? 来期にむけて? はっはっは……』


 まだ昇格が決まった訳ではないが、選手たちは浮かれていた。

 本来なら油断大敵のために、締めないといけないロッカールームである。


 だが昇格できる可能性は、ここにいる誰もが見えている。

 そのため他の誰も止めずにいる。

 これは良い意味での雰囲気なのだ。


(これが、いい感じの空気感……か)


 着替えながらオレも、そんなチームメイトを眺めていた。

 まだ中学生なので謙虚に見守っておく。


『これも“コータ様”のお蔭だな!』

『……えっ? ボクですか?』


 そんなオレに突然、話がふられてきた。

 ちょうどパンツを履き替えていた時だったので、思わず椅子から落ちそうになる。


『ボ、ボクはたいしたことはしてないけど……』

『何のジャパニーズジョークを言っているんだ、コータ?』

『ああ、そうだぜ。今のF.S.Vの中心は、間違いなくお前だぜ、コータ!』


 転んでいたオレを起こして、チームメイトたちは強く肩を叩いてくる。

 この様子だと相手は本気で言ってくれているのだろう。


 でもオレはいつも自分のことで精一杯で、たいしてチームには貢献していない。

 それなのに“中心”とは何故なんだろう?


『気づいていないのか、コータ? お前のあの特訓に付き合ったお蔭で、オレは昨シーズンの2部得点王になれたんだぜ!』


 彼はF.S.VのFWフォワード三人衆の一人。

 去年のボールトラップの特訓に付き合ってもらったドイツの選手だ。


 あの特訓のお蔭で彼は、新たなるシュートの極意を見出したという。それがオレのお蔭だと感謝してきた


『それを言うならオレもだぜ。何しろコータの特訓に付き合ったお蔭で、祖国の代表に選出されたからな!』


 彼もFW三人衆の一人。

 先月、母国のA代表に初めて選出されと、歓喜していた。それもオレとの特訓のお蔭だという。


『それを言うなら、オレたち中盤陣も同じだぜ。今年の7月の夏季キャンプで、コータとの特訓のお蔭で、力をつけたからな!』

『そうだな。今では“F.S.V黄金の中盤“って言われているらしいぜ!』


 彼らは中盤のMFミッドフィールダー組。

 オレは自分のパスの精度を上げるために、7月のキャンプで彼らに協力を仰いだ。


 超高速のパスを瞬時に出し続ける特訓……それを1ヶ月間、付き合ってもらった。例のよって早朝の毎日続けていたのだ。


『最初は地獄かと思ったが、慣れてきたら凄かったよな、あのコータの特訓は?』

『ああ、そうだな。お蔭で昨年は手こずった敵チームも、今季は楽に感じたからな!』


 オレとの特訓のお蔭か分からない。

 だがたしかに今季のF.S.Vの中盤は盤石になっている。

 昨年以上に個々の力が成長して、また連携も更に強化さていたのだ。


『だから、これも全部お前のお蔭なんだぜ、“小さなサムライ”様!』

『おい、コータもけっこう大きくなってきたぜ。そろそろ、その呼び名は終わりだな?』

『そういえば、そうだな! 最初のころは、こんなに小さくて可愛いかったのにな! はっはっは……』


 チームメイトたちに髪の毛をグシャグシャにされる。たぶんスキンシップしながら、褒めてくれているのであろう。


(身長か……)


 そういえば中学3年生になったオレの身長は、けっこう伸びていた。

 今はちょうど170cm。

 これは日本の15歳の平均値を少しだけ越えている。


 2年前の入団当初の中学1年の時は、155cmしかなかった。それを考えたらかなりの成長である。


(まだまだ伸びそうな気がするかな?)


 前世では身長は、170cmで止まってしまった。

 だが健康的な生活をしている今世では、もう少し伸びていきそう。最終的には父親の175cmを越えるような気がする。


『だがオレたちに比べたら、まだまだガリガリだからな。“小さなサムライ”様でいいんじゃないか?』

『そうだな。サポート団も今でもそう呼んでいるからな! はっはっは……』


 オレは170cmまで伸びていたが、チーム内では一番小さい。

 何しろドイツ人の体格は、日本人よりも凄い。


 まだ筋トレを本格的にしていないオレが、彼らの隣に立ったら電柱と壁くらいの差がある。もちろんオレがひょろひょろの電柱の方だ。


 でも、こればかりは生まれ持った身体なので仕方がない。他の技術でカバーしていくしかないのだ。


『だが、そんなガリガリのコータに「1対1で勝てるヤツ」はこの中にいるか?』

『おいおい……その質問は勘弁してくれ』

『ああ、そうだよな。大人のプライドは大事にしておこうぜ』


 ロッカールームは急に気まずい空気になる。


 それは1ヶ月前の練習のこと

 チーム内の遊びの“1対1のトーナメント”が開催された。

 そこではオレは優勝していた。きっと皆はそのことを言っているのであろう。


(1対1の勝負か……)


 思い出してみるが、あの時の大会はかなり大変だった。

 相手はチームメイトである大人たち。全員がフィジカルで圧倒的に上回る猛者揃いだった。


 だからオレは必死で勝負した。

 スポーツビジョンを全開にして、相手の動きの全てを先読みして戦った。

 とにかく相手に触らせないようにして、なんとか優勝することができたのだ。


『はっはっは……そう考えたら、コータは本当にたいしたヤツだな!』

『ああ、そうだな。だから今季は狙うしかないな!』

『だな! 12月の残りの試合も勝って、来年の5月まで突っ走ろうぜ!』


 笑い声と共に、またロッカールームに明るい雰囲気が戻ってきた

 これが絶好調で快進撃を続けている、チーム内の雰囲気なのであろう。


(みんな元気だな……でも、いい感じだな)


 とにかく誰もが、前を見て信じていた。

 自分の力と仲間たちの力を。

 絶対に1部リーグに昇格する!……という明確なビジョンを信じていたのだ。


「コータ君、大丈夫かい?」

「あっ、ユリアンさん」


 ユリアンさんは日本語で声をかけてきた。


「熱い連中ばかりで、困っただろう?」


 興奮しているチームメイトの玩具になってないか、心配してくれていたのだ。


「いえ、大丈夫です。ボクもここにいる皆のことが好きなので、話をしているだけで楽しいです」


 これは本音である。


 今のF.S.Vは素晴らしいチームになっていた。

 年齢や国籍も関係なく、誰もがサッカーを愛してプレイしている。

 全員の想いが一致して前進していたのだ。


「そうだね、コータ君。最初の頃はこんなになるとは思いもしなかったね」

「ですね、ユリアンさん」


 オレが入団した時のF.S.V1軍は、酷い雰囲気であった。


 当時は3部リーグで連敗を続けていた、4部降格の危機にひんしていた。


 それに加えて“ぬるま湯症候群”で、1軍は最悪のモチベーションだった。


「ここまで来られたのは、本当にコータ君のお蔭だ。そして私を闇の底から救ってくれたのも、キミのお蔭だ。改めて感謝したい」

「ユ、ユリアンさん、そんな……」


 天才であるユリアン・ヴァスマイヤーに、頭を下げられた。

 オレは思わず挙動不審になる。


(でもユリアンもこんなに明るくなって、本当に良かった……)


 たしかユリアンさんを死亡フラグから救うために、2年前のオレは必死で動いていた。

 当時イングランドのビッグクラブから、スカウトの話はユリアンさんに来ていた。


 だが、それを断ったのは間違いなくユリアンさん本人。オレがしたことは少ないような気がしていた。


「あとコータ君。個人的な話をしてもいいかい?」

「えっ、はい?」


 オレと個人的な話? 

 いったい何のことだろう?


「コータ君は来年の6月に、日本に帰国するんだよね?」

「あっ、はい。その予定です」


 来年の5月で、ドイツ2部リーグは閉幕する。

 だからオレはその最終試合を終えてから、日本に帰国するスケジュールを組んでいた。


 父親のドイツ転勤は3年間。

 だからオレも中等部3年間だけ、特別選手としてF.S.Vと契約を結んでいた。

 来年の5月は家族と共に帰国する、ちょうどいいタイミングだった。


「これが私の個人的な感情だ。出来ればコータ君には、来年の6月以降もドイツに残っていて欲しい」

「えっ、ドイツにですか……?」

「ああ。このF.S.Vにずっと残って欲しい。コータ君が16歳の誕生を迎えてから、正式なプロの選手として残って欲しい」


 ユリアンさんからの、まさかお願いだった。

 あの天才ユリアン・ヴァスマイヤーが、こんなオレのことを、必要だと言ってきたのだ。


「あ、あの……ユリアンさん、お気持ちは嬉しいんですが……」

「これは私だけの意思ではない。口には出さないがエレナも、同じ想いだ。コータ君にずっとF.S.Vに残って欲しいと思っている」

「えっ……あのエレナが……?」


 まさかの人物の名前が出てきた。


(エレナがオレにドイツに残って欲しい……だって?)


 彼女はそんなそぶりを今まで見せたことはない。

 何故ならエレナには、オレの日本での夢のことを伝えていた。


 オレは日本に戻って、地元のクラブを助ける……その夢を知っていたはずなのに。


「実はコータ君の日本での夢の話は、エレナから聞いて私も知っている。だから妹は言いだせないでいるんだ。コータ君に残って欲しいという感情と、コータ君の夢を妨げたくない……その二つの感情の板挟みになってね」

「そんな……あのエレナが……」


 まさかの事実であった。


 何しろエレナは賢い少女である。

 14歳の今では、大学の専門的な勉強をしているほど頭脳明晰だ。


 そんな彼女が感情の板挟みになっていたのか……。

 今までずっと一緒にいて気がつかなかった。


「妹は強気に見えて、実は繊細だ。だから大変になる今後も、コータ君には支えになって欲しい……これは兄としてのお願いだが」

「たしかに今後のエレナは、大変になってきますよね……」


 今のF.S.Vは大きな転換期に突入していた。

 1部リーグに昇格が射程圏内に入ってきて、超大手スポンサーからの動きが来ている。

 それに併せて5万人規模の新スタジアムの建設も、既に大きく動きだしているという。


 その中心にいるのは特別アドバイザーのエレナであった。

 大人のF.S.V幹部と共にミーティングを繰り返して、連日のように徹夜で頑張っていたのだ。


(たしかに最近のエレナは頑張りすぎだよな……)


 彼女は賢すぎるために、一人だけで動き過ぎていた。

 このままで新スタジアムが完成する前に、倒れてしまう危険が大きい。

 それはオレの目から見ても明らかであった。


 今後も誰かが、彼女のサポートをする必要がある。それも大人ではなく、年代が近い者が。


「ユリアンさん、その話……もう少し考えさせてください」

「いいとも、コータ君。私は来年の6月まで、答えを待っているから」


 オレは返事の猶予を貰うことにした。

 何しろ今回の提案は、悩むことが多すぎるのだ。


(F.S.Vとプロ契約か……)


 一番の問題点は、F.S.Vと正式なプロ契約をしてしまうことだった。


(嬉しい提案だけど、夢から遠ざかってしまう……)


 今世のオレの目的は、地元のサッカークラブを16年後の消滅の運命から救うこと。

 今はまだ地元の地域リーグで奮戦している、あのクラブを助けてJ1に一緒に行きたいのだ。


(でもブンデスリーガーのF.S.Vから、日本の小さなクラブには移籍は難しい……)


 プロ契約をした選手は、簡単には他のクラブにはできない。

 何故なら移籍金の問題があるのだ。


 もしもオレがF.S.Vのプロ選手になってしまった時。

 この場合だと日本の地元のクラブが、F.S.Vに移籍金を支払う必要がある。


 ブンデスリーガー1部の相場では、億単位の移籍金が必要になる。


(億単位か……無理だよな……)


 ここが問題点だった。

 日本の地方の小さなクラブに、そんな大金を支払うことはできない。


 つまりF.S.Vにプロと残ってしまったら、オレは自分の夢を叶えることが出来なくなるかもしれないのだ。


(どうしよう……)


 でも、ユリアンさんの気持ちも分かる。

 ここまでオレが成長できたのは、全てF.S.Vに入団できたお蔭である。


(夢を取るか……恩を取るか……ちゃんと考えないとな)


 とにかく来年の6月まで時間ある。

 ゆっくりと考えて答えを出していこう。


 焦るのはオレの悪いクセだ。

 今度の答えは、じっくりと考えていこう。


 よし! 方針は決まったぞ。

 気持ちは今後の試合に向けて、切り替えていこう


「その分だと、気持ちは切り替えたみたいだね、コータ君?」

「はい、ユリアンさん! 今はとにかく2部リーグ戦を、5月まで走りきろうと思います!」

「うん、そうだね。まずは、そのことが第一優先だね、コータ君」


 優しいユリアンさんは、それ以上は何も言ってこなかった。

 お蔭でオレはサッカーの試合の方に集中できる。


(今シーズンはやることが沢山あるけど……)


 今年のオレは2部リーグの試合以外でも、UCLヤングリーグと国内カップにも出場していた。

 かなりハードなスケジュールである。


(でも、5月まで全部の試合を、全力でいこう!)


 こうしてオレは気持ちを新たにして、再スタートを決意するのであった。


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