第76話:ドイツ修行2年目のスタート
五月になる。ドイツ留学は二年目。
二年目になったからといって、特に変わったことはない。
相変わらずサッカー漬けの毎日である。
「お父さん、行ってきます!」
「気を付けていくんだぞ、コータ」
「うん、分かった!」
父親と住んでいるドイツでの借家を、元気よく出発する。
五月のドイツの朝は涼しく、今日も過ごしやすい一日になりそうだ。
いつものようにドリブルしながら、F.S.Vのクラブハウスに向かう。
『あら、おはよう、コータ。今朝も元気だね』
『あっ、おはようございます! いい天気ですね!』
近所のパン屋のおばちゃんに挨拶される。
ドイツ生活も二年目なので、顔見知りの近所の人も出来てきた。またドイツ語も自然と出てくるようになっていた。
『あっ、コータだ!』
『あっ、本当だ!』
『よし、コータからボールを奪え!』
近所の小学生の軍団に絡まれる。数人がかりで、オレのボールを奪いに襲ってきた。
『あははは……じゃあ、急いでいるから、またね、みんな。また今度、公園でゆっくり遊ぼうね!』
サッカー少年たちを、ドリブルで一気に置き去りにしていく。
あの子たちは近所の公園で遊んでいるうちに、仲良くなったサッカー仲間である。
元気な子どもに朝から元気をもらう。
(やっぱりここは素敵な街だな……)
ドリブルしながら感慨にふける。
住んでいるこの街は、ドイツの地方都市。そんなに大都市ではないがいい場所だ。
歴史は古く、街の至る所に歴史的な建造物が残っている。
(日本の下町みたいな感じかな?)
住んでいつ地区は都市開発が進んでいない分だけ、昔から住んでいる住民が多く人情が厚い。
こうして日本から来た中学生に対しても、誰もが気軽に挨拶をしてくれるのだ。
「それにしても、もう五月か。ドイツの冬は寒かったけど、楽しかったな……」
ドリブル通勤しながら、この数ヶ月のことを思い出す。
オレが日本に帰ったのは、正月の十日間だけである。その後はドイツにすぐに戻って、相変わらずの練習と、週末のリーグ戦の日々であった。
「リーグ戦といえば、ユリアンさんは凄かったな……」
3部リーグの後半戦は一月下旬から再スタートしていた。
チームメイトのユリアン・ヴァスマイヤーは、そこで絶好調であった。
それにオレとの約束をちゃんと守ってくれた。ポジションを攻撃のFWから、守備のDFに変更したのだ。
「予想以上にユリアンさんのポジションは正解だったな……世代別のドイツ代表に選ばれるくらいだし」
新しいポジションで彼は覚醒した。
その新しいプレイスタイルが評価され、ユリアンさんは今年のドイツU-20の代表に選出されたのだ。
「でも、ちょっと歴史が変わった感じになったのかな?」
前世ではたしかユリアンさんは、ドイツU-18の代表に選ばれた。だが今回は前世よりも上のカテゴリーのU-20になっている。
もしかしたら死亡フラグを回避したことで、彼の運命が上向きに変更さえているかもしれない。
「まいっかな? だって最近のユリアンさんは、本当に楽しそうにプレイしているからな……本当によかった」
死亡フラグを回避した後のユリアンさんは、本当に生き生きとしていた。
以前の辛そうにしている面影は消えて、別人のようにプレイしている。
またプライベートでも妹のエレナと、笑顔で会話するようになっていた。本当によかった。
ちなみに3部リーグの得点王争いから、DFに転向したらユリアンさんは退いていた。チームの総合力アップのために、縁の下の力持ちになってくれたのだ。
「3部リーグの得点王争いから脱落か……まあ、ボクもそうだったけどね」
そのユリアンさんに勝ったオレは、最近は無理な得点を控えていた。
「やっぱり、まだ13歳の無理できなかったからな……」
ユリアンさんとの得点王争いで、オレは自分の限界を越えていた。
その影響で、身体に無理が祟ったのである。状況としては試合後には、全身に違和感があったのだ。
だからもう少し大人に成長するまで、あのような無理なプレイは封印することにした。
その代わりにオレはパスとチームプレイの精度を磨いていた。結果としてチームメイトのFW陣が、得点する機会が増える。
これに結果的にF.S.Vの総得点は増えたことになる。結果オーライといったところかな。
「チームメイトといえば、ユリアンさん以外の人たちも、最近は調子がいいよな?」
F.S.Vは二月以降の成績も、ずっと好調であった。そのお陰もありチームメイトの調子は、軒並み上昇していた。
「各国の代表に復帰した人が、なんか増えたよな?」
F.S.Vには元スウェーデン代表や元スイスなど、各国の代表経験者が在籍している。だがここ数年、彼らは代表からも遠ざかっていた。
そんな落ち目だった外国人枠の選手たちが復活して、また各国の代表に招集されるようになったのだ。
「これもチームが好調な、相乗効果かな?」
一昨年までのF.S.Vは“ぬるま湯効果”で、選手のモチベーションが低かった。
だが昨年の秋の連勝を境目にして、チームは一変している。
“新風迅雷”を掛け声にして、超攻撃的なチームに進化していた。
その影響を受けてチームメイトも、本来の力を取り戻したのかもしれない。
「最近のF.S.Vはクラブが一体化して、いい感じになってきたよな」
昨年まではチームは4部降格の危機にあった。
チーム内は“ぬるま湯効果”の悪影響で、モチベーションが低下。メインスポンサーも影では撤退の用意もしていた。
だが今では好調なクラブに、スポンサーの申し出が急増しているという。
エレナの話では、クリスマスパーティーの裸足のサッカー大会……あれが密かに取引先の経営者の心を掴んだという。
『F.S.Vは面白いクラブだ!』……そんな感じで熱く投資してくれるスポンサーが増えてきたのだ。
「信じられない話だな……でも、あの時のサッカー大会は本当に楽しかったな……」
思い出しながら、思わず笑ってしまう。
まさかのクリスマスパーティーの結果に、言い出したオレが一番驚いた。
「でも、最後にはボールでガラスを割っちゃって、エレナのお婆ちゃんに大目玉を食らっちゃったよな」
ヴァスマイヤー家の陰のドンであるエレナの祖母は、怒ると本当に怖かった。
サッカーに参加した全員が、怒られてしまった。いい大人や年配の人も、全員が怒られてしまったのだ。
もしかしたらエレナも大人になった、あんな感じなるのかな? 何となくイメージが出来てしまう。
まあ、その後は、また楽しくパーティーを再開したんだけど。あの時は本当に思い出に残るパーティーだったな。
「とにかくF.S.Vは今のところは好調と幸運続きで、なんか嬉しいな!」
ユリアンさんは死亡フラグを回避して、妹エレナとの仲直りもできた。
チームは4部降格の危機を乗り越えて、スポンサーの撤退も回避できた。
チームメイトたちも個人としての成績も、軒並み上昇している。
本当にいいことずくめで、お世話になっているオレも楽しい日々であった。最高な日々である。
◇
「あっ、クラブハウスが見えてきたぞ。んっ、凄い人数のサポート団がいるな、やけに今日は?」
ドリブル通勤していたら、いつの間にかF.S.Vの敷地内に到着していた。
遠目のクラブハウスの前には、F.S.Vのサポーターが集合していた。かなりの人数である。
いったいどうしたのかな?
とにかくいつも通りに選手通用口から、静かにクラブハウスの中に入っていこう。
『おい、あれは?』
『ああ、“小さなサムライ”……コータ・ノーロのお出ましだぞ!』
『本当にドリブルしながら来るんだな。ミラクルボーイだな』
サポーターの人たちは、オレの存在に気がついた。
“小さなサムライ”とは、F.S.Vでのオレの愛称の一つ。まだ13歳だから、チーム内では断トツに小さいのである。
あと“野呂”はなぜか“ノーロ”と間違って選手登録されていた。
まっ、それは別に気にしていないけど。
『コータ・ノーロ、今日も頼んだぞ!』
『最終戦に勝利を!』
そうか、彼らが集合している理由が分かった。
何故なら今日はドイツ3部リーグの“最終戦の日”なのだ。
『オレたちF.S.Vの悲願の達成を頼んだぞ!』
『今日の最終試合で、優勝と昇格を決めてくれ!』
そして今日は大事な試合であった。
今日の試合の相手は1位の強豪チーム。それに勝つことで、F.S.Vは逆転優勝。そして自動的に上の2部リーグに昇格が確定する。
だからサポート団はいつになくハイテンションで、クラブハウスに集合していたのだ。
それならオレも彼らに何か応えてあげないと……よし!
『みなさん、いつも応援ありがとうございます。そして、今日の試合は任せてください!』
『『『おおー⁉』』
クラブハウスに入る前、オレはサポーターに向かって宣言する。
今日の試合でF.S.Vは絶対に勝つことが出来ると。
『みんなで一緒に勝利を勝ち取りましょう……優勝と昇格の栄誉を!』
これはオレのリップサービスでも慢心でもない。
今のF.S.Vは本当に強い。
今日の試合に勝てるビジョンは、既に頭の中に浮かんでいた。絶対に勝てる自信がオレにあったのだ。
『じゃあ、行ってきます! またスタジアムで!』
そう言い残し、オレはクラブハウスの中に入っていく。
『『『F.S.V! F.S.V! F.S.V!!』』』
後ろでサポーターがチーム名を叫び絶叫していた。
彼らも大事なクラブの一員。13番目の選手である。
その力強い声援は、オレたち選手の背中をいつも押してくれるのだ。
よし……今日の試合も彼らの声援に負けないように、頑張らないとな!
◇
それから数時間後、ドイツ3部リーグの最終戦が始まる。
強豪クラブを相手に、激しい戦いが繰り広げられていく。
だがオレたちは最後まで諦めずに、懸命にプレイをする。
そして更に時間が進む。
『今節の3部リーグの優勝はF.S.V!』
会場のアナウンスと共に、満員のF.S.Vスタジアムは大きく揺れる。
オレたちは念願の3部リーグで優勝できたのだ。
「ふう、優勝か……本当によかったな」
そして、これは新しい幕開けでもあった。
更にハイレベルな2部リーグに、F.S.Vが挑戦していく時代へ。
こうしてオレのドイツ修行の二年目が、本当の意味でスタートするのであった。




