第74話:クリスマスパーティー(後編)
ドイツのクリスマスの時季、ヴァスマイヤー家のパーティーに招待された。
まるで映画のように豪華なパーティー。
そんな中、いつもと違いパーティードレスのエレナが現れたのであった。
「そ、そんなにジロジロ見ないでよ、コータ……恥ずかしいから」
「あっ、ごめん。エレナ」
今日のエレナは凄く装っていた。
いつもと違う雰囲気だったので、思わずガン見してしまった。慌ててオレは視線を外す。
「もしかして私、似合ってないかしら?」
オレの態度がまずかったのであろうか。エレナは少しだけ悲しい顔で訪ねてきた。
これはマズイ。
「うんうん。凄く似合っているよ! エレナにぴったり似合っているよ!」
その言葉は嘘ではない。
あまり女性のファッションには詳しくないが、今日のエレナの雰囲気はいい感じだった。
服はちょっと胸元が空いているけど、下品さはなく大人っぽく素敵だ。
スカートもいつものフリフリを更に強化した感じで、本物のお姫様みたいだった。
また髪の毛もアップにして、大人っぽい雰囲気を醸し出している。
本当にエレナの良さを引き出す、似合った格好であった。
「本当⁉ 嬉しい……よかった……」
どうやらオレの褒め言葉の選択は、大丈夫だったらしい。エレナは満面の笑みで喜んでくれた。
(ふう……良かった……)
前世でのプライベートでも、女性とまともに話した機会は少ない。だから年頃の女の子に、なんと言えばいいのか分からなかった。
今回は思ったことは素直に言ったことが、吉と出たのであろう。
もしかしたら女性に対しては上辺の言葉より、正直に気持ちを伝えた方がいいのかもしれない。
「それにしてもドレスを着ると、エレナも一変するんだね。中身はガチのサッカーオタクなのに……“馬子にも衣裳”っていうやつかな?」
「これでもヴァスマイヤー家の一員だからね。恥ずかしいけどドレスも着こなさなきゃいけないのよ……って! ガチのサッカーオタクって、酷い言いようね、コータ⁉」
「そうかな? ボクの中では最高の褒め言葉なんだけど」
エレナは十二歳でありながら、プロの指導者や監督も顔負けの知識を有している。
常に難しい専門書を読みあさり、世界中のサッカーの情報で勉強をしていた。
そんな彼女は心から尊敬でき、好感がもてる存在。オレにとって、かけがえのないサッカーオタク同志なのだ。
「好感がもてるとか、そんな、急に言われても……」
「ん? どうしたの、エレナ? 顔が赤いけど?」
「ド、ドレスが暑苦しくて、暑いのよ!」
「そうなんだ? でも、いつものエレナに戻ってよかった!」
今日のエレナはどこか変な感じだった。
でも、ようやくいつもの元気な彼女が戻ってきた。もしかしたら最初はヴァスマイヤー家の一員として、気が張っていたのかもしれない。
いつも感じに、何ともホッとした雰囲気になる。
「そういえば、コータ。話は変わるけど、ユリアンお兄様のこと……ありがとね」
「えっ? もしかしたら、ユリアンさんと何かあったの?」
「うん、そう。昨日、お兄様と話をしたわ……二年ぶりに、ゆっくりと話をしたわ……」
二年前のサッカーの練習中、ユリアンさんはエレナと接触して、大けがをさせてしまった。
それ以来、彼は心の中に罪の十字架を背負ってしまう。サッカーに人生をかけていた妹からから、サッカーを奪ってしまったと罪悪感に陥っていたのだ。
「この二年間、お兄様は見ているのも辛かったわ……」
十字架を背負ったユリアンさんは、エレナと距離をとってしまった。
その一方で罪に意識からサッカーを続けていく。
だが、その姿はエレナさえ目を塞ぎたくなる光景。まるで深い闇の底に沈み、ユリアンさんは命を削りながらプレイをしていたのだ。
「でも、昨日のお兄様は言っていたわ。コータとの真剣勝負のお蔭で、思い出したって……」
「えっ? 思い出した?」
「うん。サッカーの楽しさと、本当喜びを思い出したって……」
「そうか。そうだったんだ……」
いつの間にかそんな嬉しいことがあったのであろう。
オレがしたことといえば、ユリアンさんとサッカーの勝負をしたことである。
とにかくエレナと仲良くなって欲しい!
とにかくユリアンさんの死亡フラグを回避して欲しい!
それだけの想いで、オレは必死で勝負を挑んでいたのだ。
まあ、最後の方は勝負のことすらも忘れて、とにかく点を取ってサッカーを楽しんでいたんだけど……。
でも結果オーライでよかった。
そうか、ユリアンさんサッカーを楽しめて、エレナと仲直りしてくれたのか。
よし。
これであとはユリアンさんの移籍。それから発生する死亡フラグを、なんとしても阻止しないと。
「あと、ここだけの話。ユリアンお兄様にイングランドのビッグクラブから、移籍の打診が来ていたらしいのよ」
「えっ⁉ 本当に?」
それは初めて聞く、水面下での情報だった。
まさかこんな早い時期に、ユリアンさんに打診が来ていたとは。前世を知るオレも予想もしていなかった。
もしかしたら得点王勝負をしたことによって、打診がくるタイミングが早まってしまったのであろうか?
もし、そうだとしたら大変だ。とにかく何か打開策を早急に立てないと。
このままユリアンさんがイングランドに移籍してしまったら、せっかくの得点王勝負が無意味になってしまう。
「大丈夫よ、コータ。昨日、お兄様は移籍を正式に断ったわ。F.S.Vと五年間の専属の契約をするって言っていたわ」
「えっ、断った? それに専属の? そっか……それは良かった……」
エレナの言葉に安堵の息を吐き出す。
ユリアンさんは自分の意志で移籍を断った。そればかりではなくF.S.Vと長期間の契約を結んだのだ。
これでユリアンさんが海外に移籍する未来は修正された。死亡フラグも完璧に消滅したことになる。
この事実を知るのはオレだけ。そして今後も誰にも語ることもなく生きていく。
「コータ……今回のこと、本当ありがとう」
「うん、エレナ。ボクはたいしたことしていないけど……」
「うんうん……本当に、本当にありがとう……」
「って、エレナ、どうしたの⁉」
ふと視線を上げて驚いた。
エレナは笑顔のまま、大粒の涙を流していたのだ。
さっきまでは笑っていたのに、どうしたのであろう。
「エレナ、大丈夫? これで涙を拭いて」
「うん、ありがとう、コータ。目にゴミが入っただけ」
「なんだ、ゴミか。それなら良かった!」
タキシードの胸に入っていたハンカチを渡して、エレナの涙はなんとか止まった。
ふう。それにしても、びっくりした。
女の子の涙なんて見慣れていないから、本当に心臓が止まるかと思ったよ。
特に今日のエレナは本当に表情がコロコロ変わるから、心臓に悪い。
ふう。平常心、平常心。
サッカーのことでも考えて、心を落ち着かせよう。
「サッカーのことか……あっ、そうだ!」
そんな時、オレはあることを思いついた。
思い立ったが吉日。
そのままクロークに自分のバッグを取りにいく。
「えーと、ユリアンさんはどこかな? あっ、いた!」
そして目的の人物であるユリアンさんの元に、駆け寄っていく。
今日の主役のユリアンさんは、パーティー会場で挨拶周りをしている最中だった。
よし。タイミング的にもバッチリだな。
「あのー、ユリアンさん。ちょっとお時間いいですか?」
「やあ、コータ君。大丈夫だけど、どうしたのかな?」
いきなり突撃していったにも関わらず、ユリアンさんは紳士的に対応してくれた。
まだ十七歳だというのに、この辺は落ち着いて大人っぽい。さすがだ。
「いきなりで申し訳ないんですが、ボクとサッカーをしませんか?」
オレがバックからサッカーボールを取り出す。今日もヴァスマイヤー家までドリブルしてきたから、持ってきたのだ。
(全てを吹っ切ったユリアンさんと……サッカーがしたい!)
さっきユリアンさんの話をしていたら、どうしてもこの人とボールを蹴りたくなったのだ。
一昨日までは罪の十字架を背負いながら、この人はプレイをしていた。
でも、今は全てを取り払い、今までとは違う別次元のプレイヤーになっているはず。
そう考えただけで、オレは居ても立っても居られなくなったのだ。
「今からサッカーをかい、コータ君?」
「はい、そうです! 上手く説明できませんが、ユリアンさんと無性にサッカーをしたいんです! 少しでいいでの、出来れば今すぐなんですが……」
「ちょ、ちょっとコータ! パーティーの最中に何を言っているのよ、あなた⁉」
まさかのお願いに、エレナが口を挟んでくる。
今は格式あるヴァスマイヤー家のパーティーの最中であると。しかもユリアンお兄様は、今日のパーティーの主役なのだと。
「そうか、この私と……不思議なことに実は私もちょうど、コータ君とボールを蹴りたい衝動に駆られていたところさ」
「えっ、本当ですか⁉」
これぞ以心伝心とでもいうのであろうか?
なんとユリアンさんもサッカーがしたくて、堪らなかったのだ。
もしかしたら一昨日のリーグ戦での得点勝負の興奮が、両者とも冷めていなかったのかもしれない。あの試合の勝負は本当に熱かった。
冷めやらぬ自分たちの両足と全身が、サッカーボールを欲していたのだ。
『お爺様。という訳で、少し席を外して中庭に行ってきます。よろしいでしょうか?』
ユリアンさんは隣にいた初老の男性に声をかける。なんとその人はユリアンさんの祖父だったのだ。
『行ってこい、我が孫息子ユリアンよ。ヴァスマイヤー家とF.S.Vと名誉に賭けて、勝つんだぞ!』
ユリアンさんのお爺さん……つまりF.S.Vのオーナーは満面の笑みで、孫を送り出す。
元々ヴァスマイヤー家はサッカーが好きすぎて、クラブを創設した一族。
サッカーのこととなると一家全員がサッカーバカの、凄い一族なのかもしれない。
よし、これで家長の許しは得られた。
オレとユリアンさんは裸足になり、芝の広い中庭に出ていく。
芝生の中庭はゴールにちょうどいい樹木もあり、これなら楽しめそうだ。
『おっ、コータとユリアンの勝負が始まるのか?』
『面白そうだな? オレたちも加勢しようぜ!』
『そうだな。ご婦人たちにオレたちのいいところを、アピールするチャンスだな!』
F.S.Vのチームメイトも裸足になり、中庭に出てきた。お祭り好きで、ほろ酔い気分の彼らはアップ運動を始める。
『ほほう? 面白そうだな。それなら昔のとった杵柄でワシも……』
『お前が行くなら、30年前のライバルのワシもいくぞ!』
『どれ、私たちも行くとするか……』
いつのまにか他のパーティーの参加者まで、中庭に出てきた。
若い人から初老の人まで、幅広い年代の人が裸足になっていた。
さすがサッカーが盛んなドイツはノリがいい。
それにサッカークラブのF.S.Vのパーティーに招待される人たちは、生粋のサッカー狂が多いのかもしれない。
「ちょっと、コータ……あなたたち、本当にパーティーの最中にサッカーをするの……?」
まさかの事態にエレナは唖然としていた。
その気持ちも分からなくない。
何しろタキシードを着た大人たちが、真冬の中庭で裸足になってサッカーをしようとしているのだ。
どう見ても普通の光景ではない。
「うん、本気だよ、エレナ! あっ。ちょうどいいから開始の号令をかけてよ」
「開始の号令って、コータ、あなた……まあ、いいわ。こうなったら全力でやって、ちょうだい。いくわよ!」
エレナは破れかぶれで試合開始の合図をする。
あまりのバカらしさに苦笑いしていた。
『じゃあ、いきますよ、みなさん!』
『『『オー!!』』』
こうしてオレのキックオフで、即席のサッカー大会がスタートする。
会場はヴァスマイヤー家の中庭。
参加者はプロアマと問わない、年齢や地位もバラバラの男たち。
全員がタキシードに裸足という、異様な光景であった。
『パス、いくぞ!』
『おい、止めろ!』
『よし、そのままシュートだ!』
だが彼らは本当に楽しそうにサッカーをしていた。
ボールを追いかけて、ゴールに向かって蹴る……そんなサッカーの原点の楽しさに熱中していた。
「やっぱりサッカーは最高だな……」
一緒にプレイしながら、そんな光景に感慨にふける。
この場で出会ったばかり人たちと、こうして楽しめる素晴らしさに感動していた。
『いくぞ、日本の少年!』
『はい!』
同じチームのお爺ちゃんから、パスがきた。やばいくらいに凄い精度のパスである。
もしかしたらドイツの昔の有名な選手だったのかな? あとで聞いて、サインを貰わないと。
『よーし、いくよ!』
こうしてヴァスマイヤー家の不思議なパーティーは、笑い声に包まれて続いていくのであった。
◇
『ドイツ留学1年目編』はこれで終わりとなります。
次からは2年目となります。
たくさん方に読んでいただき、本当にありがとうございます。
ここまでの評価や感想などありましたら、すごく嬉しいです。お気軽にどうぞです。
今後も頑張っていきます!




