第70話:打開策
ユリアンさんに勝負を宣誓してから1ヶ月が経つ。
暦は11月となっていた。
今日もドイツ三部リーグの試合が開催されていた。
「よし、きた!」
後半三〇分。オレは決定的な場面でボール持つ。
現在は2対2で同点。恰好のカウンターの状況である。
『いくよ、ユリアンさん!』
絶好のポジションにいた前線のユリアンさんにパスを出す。
ユリアンさんは敵に囲まれた状況ながらも、個人技で突破してそのままゴールを決める。
これでゲームは3対2でF.S.Vが逆転となった。
(さすがユリアンさん。でもさっきの状況だと、オレが直接シュートした方が良かったのかな? いや、悔やんでも仕方がない)
自分でゴール出来なかったのは残念だった。だがこのままでいけばチームは勝利するであろう。
オレは再度のゴールチャンスを狙いながら、後半の残り時間に集中するのであった。
◇
それから10数分が経つ。
そのままゲームは3対2でF.S.Vが勝利した。
オレたちは自軍のロッカールームに凱旋する。
『ナイスゲームだった! これで三連勝だ!』
ロッカールームで監督は上機嫌だった。
開幕七連続で引き分け最悪のスタートだった。だがその後は、三連勝とチームは好調になっていたのだ。
『次戦も頼むぞ!』
今季のドイツ3部リーグでは、まだ下位ではある。だが幸運なことに負けが一度も無い。
このまま勝ち越していけば、F.S.Vは昨年を上回る順位を狙える。
『よし、ミーティングは終わりだ。私は先に行っておる』
監督は上機嫌のままでロッカールームを立ち去っていく。
残されたオレたち選手もシャワーを浴びて着替えて、今日は解散となる。
『あのー、ちょっといいですか? 今日の試合のことで6つほど気になる点があるのですが?』
そんな中でオレは提案をする。
ロッカールームで選手だけのミーティングをしないかと?
勝ったとはいえ、今日の試合でも明らかに改善しなければいけない連携があったのだ。
『また、コータか。お前は難しく考えすぎなんだよ。勝ったんだから、お気軽にいこうぜ』
『だがコータの指摘も一理ある』
『そうだな、オレもそう思う』
チームメイトは試合でクタクタである。
だが愚痴を言いながらも、選手ミーティングに付き合ってくれた。
この辺はさすがプロフェッショナルな集団である。
『今期、ユリアンは得点能力が高い。だからユリアンにパスした』
『いや、だがあの場面ではコータの方がポジションは良かったぞ』
オレの指摘に対して、チームメイトが意見をぶつけてくる。
その言葉はかなり強いもものが多く、感情的な人もいた。
『それを言うなら、前半のあの場面だが……』
『ちょっと待て? あれはベストな選択だろう?』
『今回は上手くいったが、だが……』
そのミーティングの議論はロッカールームに広がっていく。
互いに本気になって互いのプレイに意見している。
聞いているこっちが心配になるほどの、喧嘩口調の人たちもいた。
外国の人は日本人に比べて、はっきり意見を口に出す人が多い。
『クラブハウスに向かうバスが到着しました。移動お願いいたします!』
そんな激しいミーティングは、スタジアムのスタッフの言葉でも終わらない。
後はスタジアムからクラブハウスまでのバスの中で、ミーティングの二次会が続いていく。
オレがユリアンさんに宣戦をした後から、F.S.Vは少し変化していた。
最近の試合後はこんな感じで、一触即発で激しく意見を言い合う雰囲気になっていたのだ。
◇
試合の次の日になる。
今日はチームの練習は全休。
また日曜日なので中等部の授業もなく、オレは自由な一日となっていた。
「あっ、エレナ。おはよう!」
「おはよう、コータ」
日曜日の練習場でエレナと挨拶をする。
最近の日曜日は、毎週のようにエレナと待ち合わせしていた。チームの存続に対する秘密会議を行うためである。
「エレナの方はどう?」
「私の方はぼちぼちね。監督は今まで通りに協力を約束してくれたわ。クラブのオーナーのお爺様の方は……もう少しね」
F.S.Vは今期で好成績を出さないと、メインスポンサーに見放されてしまう危険性があった。
だからオーナーの孫娘のエレナと、選手であるオレは存続のために頑張っていたのだ。
「コータの方はどう? 最近はチームの三連勝で調子が上がってみたいだけど?」
「ボクの方はまだまだかな……チームの皆も喧嘩みたいな雰囲気が増えてきたらか……」
1ヶ月前、チームの改革のためにオレは、ユリアンさんと得点勝負を宣言した。
その噂はいつの間にかチームメイト全員に広がっていた。
「“ユリアン派”と“コータ派”か……面白い構図ね」
F.S.Vの選手は現在二つの大きな派閥に割れていた。
一つはユリアンさんを得点王に押す“ユリアン派”。
もう一つはオレを得点王に押す“コータ派”の二つであった。
「みんな最初は面白がって言い出したんだけど……」
二人ともチームの年少の部類に入る。
だから年上のチームメイトは面白がって賭けを始めたのだ。
それが段々とエスカレートしていった。試合後はあんな感じで激しいミーティングが開催されるようになったのだ。
「でも“ぬるま湯症候群”だった選手には、いい刺激かもよ?」
「そうかな……? でも、そう言われてみれば」
F.S.Vはドイツ三部リーグでも、トップクラスに年棒が高いクラブである。負け越していけも年棒が大きく減ることが少なかった。
だから、ここ数年、選手たちは気が緩む“ぬるま湯症候群”浸っていたのだ。
だが、ここ三試合は選手たちの目の色が違う。
オレとユリアンさんを中心にして、本音をぶつけ合うようにしていた。
もしかしたら喧嘩口調なのは、本音を言い合っているからなのかもしれない。
「そういえば、コータ。あなたユリアンお兄様に勝機はあるの?」
「うーん、どうかな……このままでは難しいよね。なんとかなるかな?」
今のところオレは6点差で負けていた。
期限まで2ヶ月くらい残っているが、微妙な状況である。
「負けたらF.S.Vを退団して帰国するって言ってけど……冗談よね、コータ?」
エレナは悲しそうな顔で確認してきた。
オレがユリアンさんに約束したのは本気なのかと。
「ボクは本気だよ、エレナ。ユリアンさんにポジションチェンジをしてもらうのも、もちろん本気だよ!」
今のところユリアンさんは断トツで、ドイツ3部リーグの得点王である。
このままでいけば数ヶ月後にはイングランドのトップクラブから、移籍のオファーが来てしまう。
つまりユリアンさんはタクシー事故に巻き込まれて、命を失ってしまうのである。
それを防ぐためにも、オレは本気で勝負を挑んでいるのだ。
「事情は分からないけど、やっぱりコータは本気なのね……だったら絶対に負けないでちょうだい。コータにはもっとドイツに……このF.S.Vにいて欲しいから……」
「うん、分かったよ、エレナ。何とかして勝つよ、ボクは! ユリアンさんとエレナのために!」
「ユリアンお兄さまを倒して、お兄様と私のためとか……本当に不思議な人ね、コータ」
たしかにオレが言っていることは滅茶苦茶である。
でも、さっきまで沈んでいたエレナは、苦笑して笑顔になってくれた。
ユリアンさんが事故に遭う未来は、彼女にも言えない。けど、ユリアンさんの事故は絶対に回避してあげたい。
「じゃあ、私もお爺様とスポンサーのところに掛け合ってくるわ」
「じゃあね、エレナ」
週一の秘密会議はこれにて終了となる。
今後は各自でクラブ存続のために動いていくのだ。
「さて、エレナには大丈夫と言ったものの……どうしたものかな……」
練習場に一人残り、リフティングしながら考える。
どうすればユリアンさんとの勝負に勝てるか?
まずは状況を整理していこう。
勝負の内容はチーム内での得点王対決。
期間は今年の最後の試合の十二月二十日まで。
今のところは
・ユリアン:11試合で20得点
・コータ:11試合で14得点
でオレが負けていた。
「残り七試合で6点差を挽回か……」
ここ3試合でオレは得点を重ねてきていた。だがユリアンさんも調子がかなりいい。
また決定的なハンデはある。13歳でスタミナの少ないオレは、後半しか試合に出られないのだ。
このままのペースでいけば、十二月二十の試合の時点ではオレが二点差で負ける計算となる。
なんとか打開策を考えないといけない状況なのだ。
「ユリアンさんへのパスを意図的に減らすか……?」
F.S.Vの中でオレのポジションは、パスを主体とするMF。
一方でユリアンさんは攻撃を担当するFWである。
今季ではオレのラストパスで、ユリアンさんは得点を決めていた。
「いや、サッカー人として、それだけ絶対にできない……」
サッカーに対しては、オレは卑怯なことはしたくなかった。
またユリアンさんも試合中は、全身全霊でプレイしている。
だからこそ正攻法で、あの人に勝つ方法を考えないといけないのだ。
「自分のプレイスタイルを変える……しかないのか?」
無駄を省きパスを主体にしたプレイを、オレは信条としていた。
小学生時代はヒョウマ君と葵という頼もしいストライカーが、チーム内にいた。だから二人のためにゲームをコントロールして、影役に徹していたのだ。
「得点を取るやめに、ボクがFWに移動を? いや、この体格だと難しいな……」
中学一年生であるオレは、まだ身長が伸びきっていない。骨や筋肉も十分ではない。
この時代のドイツリーグで、敵の屈強なDF陣の中に飛び込むのは自殺行為。
簡単に言うとプロレスラーの中に、ひょろい中学生が飛び込むようなものなのだ。
「じゃあ……どうすれば……?」
リフティングしながら頭を抱える。
エレナに大見えをきったにも関わらず、具体的な打開策が出せないのだ。
「そもそも自分には、点を取る才能があるのかな?」
段々と不安になってきた。
サッカーのポジションの中で、FWは最も才能が必要とされていた。
技術が上手いだけではなく、ゴールに対する嗅覚や独自の精神力が必要とされている。
「天性のストライカーの才能か……」
これまでオレが出会ってきた選手の中で、天性のストライカーは二人いた。
一人はチームメイトだった澤村ヒョウマ君であり、もう一人はスペインのセルビオ・ガルシアである。
「あの二人は本当に凄い点取り屋だったよな……」
現時点でのパスやトラップなどの基礎技術は、たぶん二人よりもオレの方が上かもしれない。
だが、あの二人は技術を超えた得点能力を持っていた。
「特に“U-12ワールドカップ”の二人の対決は、凄かったよな……」
あの時のプレイを思い出しただけでも、胸がいっぱいになる。
彼らは生まれ持った天性のストライカーなのであろう。二人とも常にゴールを狙って目を輝かせていた。
「二人とも元気かな……」
ヒョウマ君はオレと同じように、このヨーロッパにサッカー留学に来ている。たしかイタリアのジュニアユースのチームに入団したはずだった。
こっちでの連絡先を知らないので、ここ数ヶ月は彼の状況を知らない。
またセルビオ君は歴史通り、スペインの名門チームにいるはずだ。
「セルビオ君といえば……」
彼のプレイの記憶を探りながら、あることを思い出す。
「『コータ。キミは攻撃の才能が、もっとあるはずだ。なぜ本気を出さない?』……か」
それは“U-12ワールドカップ”の表彰式の後に、セルビオ君に言われた言葉ある。
パス主体のオレに向かって、彼が不思議そうに尋ねてきたのだ。
あの時は突然の質問で、なんの意味か理解できなかった。
「このボクの攻撃の才能か……」
でも何故か、セルビオ君のその言葉が引っかかっていた。
自分の中で何かを引き起こしそうな感覚なのだ。
将来ヨーロッパリーグで最高峰の選手になるセルビオ・ガルシアの言葉は、それほど大きく激しい。
「よし。考えるのは止めよう!」
オレは考えるのを止めた。難しく考えるのは苦手ある。
だから単純に答えにたどり着く。
「今まで通りにパスを出しながらも……本気で得点を狙う!」
これがオレの出した答えであった。
次の試合からは、今まで以上に本気で得点を狙うことを決めた。
具体的にどうするかは上手く説明できない。
とにかく全力で本気でバンバン得点を狙っていくのだ。
「なんかドキドキしてきたな……こんな感覚は久しぶりだな」
ドキドキする感覚は小学生の時に似ていた。
あれは小学2年生の時、初めてヒョウマ君と出会って勝負をした時。
パスやゲームメイクも関係なく、ひたすら互いの得点を競い合い戦い。
オレはがむしゃらにボールを追いかけて、ゴールを狙っていた日々だった。
「よし、期限までの残り七試合、ガンガンいくか!」
オレの作戦は決まった。
こうしてプレイスタイルを変更して、ドイツ3部リーグの戦いに挑むのであった。




