第68話:一軍の危機
ドイツ三部リーグの開幕戦から一ヶ月が経つ。
オレの所属するF.S.Vは開幕から、四戦勝ち無しで進んでいた。
『ここままでは前シーズンの二の前になるぞ! しっかりしろお前たち!』
今は四試合後のロッカールームの反省会中。
監督が真っ赤な顔で激を飛ばしてくる。
(監督が怒るのも無理はない……四試合連続で引き分けだからな……)
反省会に参加中のオレは、今までの四試合を思い返す。
①開幕戦:三対三の引き分け。(前半は二対三で負けていたが、後半出場のオレが何とか同点ゴールを決めた)
②二試合目:四対四の引き分け。(前半は三対四で負けていたが、後半出場のオレが何とか一得点を決めた)
③四試合目:三対三の引き分け。(内容は前と同じ感じ)
④今日の四試合目:四対四の引き分け。(内容は前と同じ感じ)
こんな感じで、四試合連続で四引き分けであった。
試合の流れとしては《前半に押されている→後半にオレが投入されてギリギリ同点に追いつく》といった展開だった。
(うーん。このF.S.Vの一軍は、たしかに上手い選手が揃っているんだけど、バランスが悪いんだよね……)
F.S.Vは二十年程前、ドイツ一部で優勝もしていた歴史あるクラブ。今は三部で調子が悪いけど、戦力的は整っていた。
現に一軍には各国の元代表や、世代別の若手の代表もいる。戦力からいったらドイツ一部リーグに引けを取らない。
だが個々が強くても、サッカーは上手くいないスポーツなのだ。
(特に守備と中盤の連携がバラバラだよな……)
四試合に参加してみて分かったことがある。
それはF.S.Vの守備力の脆さ。
ここ四試合で十四失点は、今のところ三部リーグでも断トツに悪いのだ。
(今のところは引き分けで済んでいるけど、得点は運や流れの要素も多いからな……)
どんな強いチームでも運に見放されて、得点が出来ない時ある。
今のところは対戦相手も三部でも弱いチームと当たっていた。
だが今後は三部でも強いチームと戦うことも増えてくる。
その前に何とか対抗手段を取らないと危険だった。
昨年と同じ様にズルズル失点を重ねて、四部降格の危機さえあるのだ。
(失点が多いのは、F.S.Vの伝統みたいだから、どうしたものか……)
F.S.Vは伝統的に攻撃を重視スタイルであった。
点を失っても、取り返すのをチームスタイルとしているという。
型にはまればかなり強いのであろうが、最近では不調が続いていた。
かなりの悪循環といっても過言ではないであろう。
(まあ、この辺は監督やフロントに頑張ってもらうしかないな)
今のオレは一介の選手でしかない。
しかも特別選手ということもあり、セミプロに近い契約だった。
伝統あるクラブの方針に、軽々しく口は出せないのだ。
『来週の試合こそは勝ち点を! 頼んだぞ!』
いつの間にか反省会が終わっていた。
監督の激ともに解散となる。
一軍の選手たちは気持ちを切り替えて、帰路につく準備を始めていく。
『なあ。今日はこの後、どうする?』
『ああ、そうだな。また気分転換に飲みに行くか?』
チームメイトの一部は今宵の話をしていた。
三部リーグの試合は週に一回しかない。
明日はチーム練習も全休なので、気が緩んでいるのであろう。試合後の食事会の話をしていた。
(プロだから気持ちの切り替えも、必要なんだろうな……)
そんな光景を見ながら、胸がチクチクした。
前世ではオレも仕事終わりに、酒を飲みに行く時もあった。
仕事終わりのビールは何ともいえない味わいがある。
(でも……何か、アレだな)
だがロッカールームの選手の雰囲気は、明らかに緊張感がなかった。
四戦して勝ち星ゼロのチームとは思えない、のんびりした雰囲気なのだ。
(もしかしたら、これはオレ一人では手に負えない問題かもしれないな……)
チームメイトたちは試合や練習で、手を抜いている訳ではない。
たしかに全力でプレイをしているであろう。
だがチーム全体の空気が、何かおかしいのである。
危機感はあるけど、ぬるま湯に浸かって危うさがあったのだ。
(とりあえず明日、誰かに相談してみよう……)
ドイツ三部リーグのクラブとなれば、巨大な組織である。
一介の選手であるオレが叫んだところで、どうこう改善できない。
誰か同志に相談するしかないのだ。
「とりあえず、ボクも今日は帰るとするか」
こうして不安を抱えながら帰宅するのであった。
◇
次の日の日曜日になる。
「あっ、エレナ。おはよう!」
「お待たせ。コータから呼び出しなんて、珍しいわね?」
練習場でエレナと待ち合わせをしていた。
昨日の悩みのことを相談するため。
一軍の何ともいえない危機感について、彼女に相談することにしたのだ。
「その危機感は私も感じていたわ、コータ」
相談したらエレナも同じこと心配していたという。
一軍に漂っている危機感の無さを、彼女も見抜いていたのだ。
「たしかにコータの心配する通りね……このままじゃ、一軍は四部に降格してしまうわ」
この時代のドイツ三部には、二十チームが属している。
F.S.Vは昨シーズン十七位で最下位争いをしていた。
一年間のシーズンが終わって、下位数チームは降格してしまうのだ。
「やっぱり降格はまずいのかな?」
「もちろんよ、コータ! 三部と四部では天と地ほどの差があるわ!」
ドイツリーグに関して、エレナは簡単に説明してくれる。
この時代では一度でも、降格してしまうと這い上がるのには難しいという。
「ここだけの話、今年のうちのクラブの経常状態は良くないわ……」
F.S.Vは有名な選手も所属している。
だからその分だけ選手年棒も多く、クラブの出費はかなり多い。
今はまだ三部リーグなので、辛うじてギリギリで経営している。
だが四部に降格してしまうと、クラブの収入が激減してしまう。
「特に今年はスポンサーの反応が悪いのよ……」
クラブの大きな収入源の一つに、スポンサー収入がある。
F.S.Vメインスポンサーであるスポーツメーカーが、契約の解除をちらつかせいるという。
“F.S.Vが四部に降格したら、スポンサーを辞める”という警告だという。
「ここだけの話、降格したら大赤字になってしまったら、サッカー連盟から処罰があるかもしれないわ……」
ドイツのサッカー連盟は各クラブに、厳しい条件を課していた。
特にクラブ運営について健全性の要求が強い。
簡単に説明すると黒字でないとダメなのだ。
高額な借金を負うことで、クラブがライセンスをはく奪されることもあるという。
「クラブのライセンスのはく奪か。それは厳しいね、エレナ」
ドイツサッカー連盟が厳しいという話は、前世でも聞いたことがある。
降格が続いてクラブ経営が破産。他国の企業が買収されて、伝統が消滅という事件もあった。
「ということはF.S.Vは勝ち進んでいくしかないのか……」
せっかく入団したチームが消えてしまうのは心が痛い。
前世で地元のチームが消滅した経験から、オレもその辛さは嫌というほど知っていた。
それにエレナは大事な仲間である。
出来れば彼女の家のクラブを助けてあげたい。
「あれ? でも、こんな重要な経営の話をボクに話していいの?」
ふとした疑問が浮かんできた。
今のエレナの話は、かなりトップシークレット。
何しろ名門チームの危機に関する大問題。
こんな一介の選手であるオレに、話してもよかったのであろうか?
「私はコータを……信じているわ。それに自分の悩みを、ちょうどあなたに相談しかったの」
この一ヶ月、エレナも苦しんでいたという。
生まれ育ったF.S.Vが、勝ち星に恵まれずに泥沼にはまっていくことに。
経営者側である彼女は、オレよりも頭を悩ませていたのであろう。
「それにコータはF.S.Vを改革するキーマンだと、私は信じているわ」
「えっ? こんなボクが?」
改革のキーマン?
まさかの重要人物としての指名に、声が裏がってしまう。
他にも有名選手が沢山いるのに、なんで普通のオレが?
「コータ、あなたは自分の凄さを自覚していないの? 世界のトップ選手が集まるドイツリーグで、あなたは十三歳ながら四試合連続ゴールを決めているのよ!」
「あっ……そう言われてみれば、そうだったね、エレナ」
今のところオレは四試合連続ゴールを決めていた。
この時代のドイツリーグは、技術面やコンビネーションに重点が置かれている。
だから体格差で負けるオレでも、何とか結果を出せていた。
幸運が続いたとはいえ、エレナに褒められるのは嬉しい。
「四戦連続ゴール……開幕戦はあんなに緊張していたのに、不思議な人ね、コータ」
「最初はボクもちょっとびっくりしたけど、身体が動いてくれたからね……はっはっは……」
開幕戦の後半出場のあの時は、本当にびっくりした。
突然、ピッチに立たされた気分で、目の前が真っ白になっていた。
でも何とか身体が動いてくれて、いつも通りにプレイができたのである。
これまで培ってきた基礎と練習に、感謝である。
「とにかくF.S.Vを救うためには、改革をしないといけないわ。とりあえず私は監督やオーナー……お父さまに掛け合ってくるわ!」
エレナは覚悟を決めていた。
愛すべきF.S.Vを守るべき、改革を進めようとしている。
特別アドバイザーとしての特権をフルに活用しようしていた。
一歩間違えば解任もありえる、危険な賭けに彼女は出るのだ。
「凄いね、エレナは……」
彼女はクラブのオーナーの孫娘とはいえ、まだ幼い十二歳の少女である。
だが自分の信念に従って、本気で動こうとしていた。
選手以上にサッカーのことを愛しているのだ。
「じゃあ、ボクも負けないように……もう一人の選手のキーマンを動かしてみるよ」
一介の選手であるオレには、経営のことまでは口を出せない。
でも同じチームメイトなら、何とかできそうな気がする。
「もう一人の? 誰のこと?」
「それはユリアン・ヴァスマイヤー……エレナのお兄さんだよ!」
ユリアンさんはF.S.Vのレギュラー選手である。
まだ十七歳と若いが、その才能はチームの中でも群を抜いている。
ここ四試合でも七得点と、一人で気を吐いていた。
あの人の心を動かすことが出来たら、一軍は進化すると思う。
「ユリアンお兄さまを、コータが……」
エレナとお兄さんは、最近はすれ違っていた。
彼女の右足の怪我の事故以来、互いに気道がずれていたのだ。
「こっちは任せておいて、エレナ。必ずエレナとユリアンさんを幸せにするから!」
オレだけが知る未来の事実。
ユリアン・ヴァスマイヤーは十八歳の誕生日に、不幸な事故で亡くなってしまう。
その悲しい未来のフラグを回避するためにも、オレは動くことにしたのだ。
「よし! そうと決まったら行動開始だね。F.S.Vを降格と消滅の危機から救うために、頑張ろう、エレナ!」
「そうね、頑張りましょう、コータ」
こうしてオレは誓う。
ドイツにいる間に所属するF.S.Vを、三部リーグの勝利に導くことを。
悲運の天才ユリアンの命を助けることを。
(オレも世界有数の選手になるために……頑張ろう!)
こうして自分の将来の夢と目標に向けて、改めて誓うのであった。




