第66話:【閑話】:元2軍の監督の話
《F.S.Vの元2軍の監督の話》
コータ・ノロが入団した時の話を聞きたいって?
ああ、いいですとも。
今日の私は機嫌がいいので、何でも話しましょう。
彼が入団テストをして来たのは4月の初めでした。
私の指揮していた2軍の、入団テストを受けに来た時に初めて会いました。
彼はテストを受ける前から、クラブ内でも話題でした。
何しろあのゲルハルト氏から事前に紹介されていた、特別な選手なのです。
ゲルハルト氏といえばドイツが誇るスーパースターです。
今はかなりの歳ですが、若い頃は“ゲード”の愛称でヨーロッパ中を熱狂させたプレイです。
ゲルハルト氏が当オーナーに電話して、直に紹介してくれた選手。
どんな選手がテストを受けに来るのか、私たちのスタッフも楽しみにしていました。
『コータ・ノロといいます。これが申し込み用紙と、ビザと紹介状です』
だが紹介状をもって来たのは、12歳の日本の少年だった。
私とスタッフは唖然とした。
いや、たしかに16歳でプロデビューした有名選手もいる。
また近年の日本の選手の中にも、ヨーロッパやドイツでも活躍している。
だが、12歳の日本の少年ということに、誰もが驚かない訳にいかなった。
その様子を受付の後ろでこっそり見ていた私も、椅子から落ちそうになったよ。
『大丈夫だ、コータ・ノロ。そこのロッカールームで着替えて、練習場に行け。すぐに入団テストが始まる』
しかし紹介状は本物であった。
受付は彼に入団テストを受けさせないといけない。
大人の事情というものだ。
万が一の時は『ゲルハルト氏にはテストの結果、コータ・ノロは不合格でした』ということにしたのだ。
何だったF.S.Vのスクールコースをオススメしておく作戦もいいであろう。
残念ながら私たちはプロのクラブである。
いくらゲルハルト氏の推薦とはいえ、使えない選手を入団させる訳にはいかないのだ。
◇
『合格……番号14!』
だがテストが終わってから、我々が下したのは“合格”の判断だった。
全スタッフが満場一致で、彼を合格とみなしたのだ。
コータ・ノロを合格にしたポイントだと?
難しい質問をしてくるな。
テストのミニゲーム中でも、彼は決して目立つ選手ではなかった。
まだ12歳ということもあり、足の速さは普通であり、パワーやスピードが優れていた訳ではない。
特に成長期前ということもあり、スタミナと筋力は大人に劣っていた。プロとしては不合格点である。
だが不思議なことにミニゲーム中で、彼のことを止めたテスト生は一人もいなかったのである。
プロ志望の大人たちが、少年に触れることさえ出来なかったのだ。
おそらくコータ・ノロは判断力と反射神経が、尋常ではなく優れているのであろう。
敵や仲間が動き出す前に、既に先読みして動いていた。だから誰も彼に触れることが出来なかったのだ。
更にミニゲームの結果を確認して、驚いたことがあった。
彼の所属していたチームが、全勝していたのだ。
これはコータ・ノロが勝因だと見ていた。
毎回別々のチームの中で、瞬間的に自分が足りない部分をサポーターしていたのであろう。
まだ12歳にして歴戦の勇者のように、一瞬で戦況を見抜く目をもってしたのかもしれない。
どうすれば、あれほどまでの戦術眼を身につけることが出来るのか? 不思議でたまらない。
とにかくコータ・ノロは2軍に合格させた。
だがまだ12歳である彼を、公式戦で使う予定はない。
当チームの大事な未来の選手として、ベンチ入りさせて育成させていく予定だ。
2軍の練習にもついてきていたのだ、今後が楽しみな選手であった。
身体が成長した16歳くらいになったら、1軍でも通用する選手になるであろう。
◇
『監督、ちょっと提案があるわ!』
だが私の思惑は、エレナお嬢様のひと言で覆る。
彼女の提案した新プランで、コータ・ノロを試合で使う必要性が出たのだ。
『は、はい⁉ エレナお嬢さま……いえ、エレナ・ヴァスマイヤー特別アドバイザー。どうしましたか?』
エレナお嬢様は当クラブにとって特別な存在である。
一介の雇われの監督である私も、逆らえない特別な存在。
また幼い頃から女子ジュニア選手であった彼女は、クラブ全体のマスコットであった。
私もコーチ時代から、彼女の成長を孫娘のように見守ってきた。
2軍の古参の選手たちも、彼女を娘のように接していた。
まさにF.S.Vにとって愛された象徴ともいえよう。
だが足の大怪我の後は塞ぎこんでしまい、暗い表情の日々が多かった。
あれは本当に不幸な事故であった。
ドイツサッカー界は未来の女子代表選手を失った瞬間でもあった。
でも最近……コータ・ノロが入団した頃から、エレナお嬢様の明るさ顔が戻ったような気がする。
彼のサッカーに対する情熱が、お嬢様の何かを動かしたのかもしれない。
おっと、話がそれてしまったな。
コータ・ノロの話に戻そう。
そう、エレナお嬢様の新プランで、彼を公式戦にデビューさせることにした。
結果、2得点1アシストという、鮮烈なデビューを果たすのであった。
12歳の少年が、2軍とはいえプロの試合で結果を出したのだ。
投入前は多少は、彼には期待していた。
だが練習よりも実戦に強い彼の活躍に、スタッフは驚愕した。
その後はコータ・ノロの扱いについて、スタッフで協議することになった。
・14歳くらいまではスタミナに怪我に不安がある。公式戦では後半だけの出場にする。
・他の選手と同じように扱う。特別扱いはしない。
・まだ学生なのでプロ契約は、特別選手扱いにする。その辺は彼の父親とも確認済み。
この3点が決定されて、彼をその後も2軍の公式戦で使うことにした。
◇
その結果は『8試合で12得点22アシスト』という驚愕の結果に終わる。
シーズン後半にしか出ていないにもかかわらず、7部リーグの新人賞まで受賞していた。
はっはっは……。
この結果には私も笑うしかなったよ。
まさか日本の12歳の……いや、この言葉はもう使う者は2軍チーム内にはいなかった。
全ての選手が、彼を一人前のチームメイトとして認めていた。
“コータ・ノロはF.S.V―Ⅱの新エースである”と。
もちろん私も同意見だ。
7部リーグで優勝できたのは久しぶりであった。
来季からは6部リーグに昇格するので、優勝した後の私は上機嫌であった。
今宵は上手い酒でも飲むとするかと思っていた。
『監督。来週の日曜日に、1軍との“交流戦”が決まったわ!』
そんな上機嫌だった私に、更なるサプライズが訪れる。
エレナお嬢様がオーナーに掛け合って、交流戦を持ってきたのである。
交流戦は選手に年に2度ある昇格テスト。
あと2軍監督である私の評価査定に関わる、大事な試合である。
当たり前のことだが、1軍相手に勝てたことはない。
健闘さえすればいいのだ。
『監督、交流戦は勝ちにいきまわすよ!』
だがエレナお嬢様は勝ちを望んでいた。
少し勝気に焦る部分もあったが、彼女の勢いはたしかにある。
『今日の交流戦は気合を入れていけ!』
その影響も受けて、試合当日の私は気合いが入っていた。
何故なら今年の2軍はすこぶる調子がいい。
7部リーグを優勝して、6部への昇格も確定していた。
それに比べて1軍は3部リーグの最下位ギリギリで、4部降格の危機もあった。
勢いに関しては当軍が勝っているのだ。
◇
(0対2か……)
だが前半が終わって、当2軍は負けていた。
2軍の選手たちは昇格を意識するあまり、いつもの調子が出ていなかったのだ。
(ここまでは私の監督評価が……くそっ!)
だが具体的な改善策が見つからなかった。
1軍も調子は悪いが、個々の能力は高い。
特にエレナお嬢様の兄上であるユリアン・ヴァスマイヤー……彼は調子がよかった。
ユリアンお坊ちゃんを止めないと、後半は更に引き離されてしまうであろう。
だが今の2軍の中で、お坊ちゃまを止められる選手はいない。
さて、こんな時はどうしたものか。
神にでも祈るしかないのか?
いや……我が2軍には神よりも頼りになる“勝利の女神さま”がいた。
今日は勝気がはやり調子が悪い女神さまの復活を待とうとする。
『監督、ちょっといいかしら?』
ちょうどその時。
勝利の女神……エレナお嬢様が覚醒してくれた。
見事なカリスマ性で、2軍の新たなる戦術変更を提案していく。
なるほど、ユリアンお坊ちゃまに、コータ・ノロを対抗させる作戦か?
たしかに、それも悪くない。
だがコータ・ノロの体力が果たして持つであろうか……。
『本当の全力の全力なら……あと、二十分はいけるよ!』
えっ?
コータ・ノロよ、今なんと言ったのだ?
キミは今まで“本当の全力”を出していかなったのか?
仮にもドイツの社会人リーグを、セーブした力で新人賞を獲得したのか?
これには私も心の中で笑うしかなった。
何という大物新人が入団したのだろうと。
『このコータの本気か……面白れえな、みんな!』
『ああ、1軍の連中をぎゃふんと言わせられそうだな!』
『それにエレナお嬢様の面目のために勝たないな!』
『あと、監督のためにもな』
そのコータ・ノロの発言のお陰で、2軍の選手は気合が充填されていた。
戦う意志が再び漲っていたのだ。
監督である私のために、勝ちを宣言もしてくれた。
最後なのは少し気になるが、仕方がない。
自分の監督の才能は、自分が一番よく知っている。
だが勝負の時は、大きな時代の流れに乗る大切さも知っていた。
今の2軍の流れの中心にいるのは、間違いなくコータ・ノロである。
この日本の少年が入団してから、大きな流れが向かってきた。
彼の存在が低迷していた2軍を、ここまで変えていたのだ。
『そろそろ後半いくぞ!』
私は選手たちに最後の言葉をかける。
後の後半戦、私は信じて、黙って見守るしかない。
◇
そして選手たちは応えてくれた。
3対2で2軍は勝利することができた。
コータ・ノロの圧倒的な活躍によって……
さて、彼の話は、今日はここまでだ。
私はこれから忙しくなるので、失礼するよ。
何しろ1軍の監督の持病が、急に再発して入院してしまった。
その代役として、私が1軍の監督に昇格したのだ。
はっはっは……驚いたかね?
この万年コーチと2軍監督だった私が、1軍のトップチームの監督だよ。
交流戦での勝利が評価されたのだ。
人生は何があるか分からないものだね。
さて、これからエレナお嬢様と相談して、2軍から昇格させる選手も考えないといけない。
何しろ前1軍は3部リーグでも、壊滅的な成績を収めている。
ここで再生させないと、次期の私の首も危ういからね。
えっ? 1軍の監督なんて出来るのかって?
安心したまえ。それは大丈夫だ。
何しろ自分の監督の才能は、自分が一番よく知っている。
そして大きな時代の流れに乗る大切さも知っていた。
次期の1軍には勝利の女神であるエレナお嬢様も、同行してくれることになった。
そして、もう一人、大事なキーマンも一緒にね……。
えっ、コータ・ノロの話をもっと聞きたい?
それなら次節のF.S.Vの1軍の試合を観に来てくれたまえ。
そこで1軍に昇格した彼のプレイが観られるはずだ。
成長したコータ・ノロの姿を、楽しみにしてくれたまえ。




