第29話:トレセン1日目
小学生5年生の春の、とある連休の初日。
「いやー、ここがトレセン会場かー」
トレセン会場に到着したオレは、興奮のあまり声をあげる。
会場は本当に凄く立派だった。
見渡すかぎり、キレイな芝の練習場が何個も広がっているのだ
「おお、あれは日本代表のマーク! それにあっちにも!」
トレーニングセンターの至る所に、サッカー日本代表の公式マークがあった。
ここはまさに日本サッカー界の中心であり、公式な練習場所なのだ。
「あれは室内練習場かな? うちのチームとは規模が違うな……それに、あれは宿泊場かな? カッコイイ!」
このトレセン会場を前世で、TVでは見たことはある。
その実際の規模を直に見て、オレは感動のあまり立ちすくんでしまう。
トレセン会場は、日本中のサッカー少年の憧れの聖地。まさか自分がこの場所に立てるとは、今世でも想像もしていなかったのだ。
「いやー、本当に凄い場所だな!」
「……あまりハシャグな、コータ。オレ様まで子供に見られる」
「あっ、ヒョウマ君。ごめん、ごめん」
たしかにハシャギ過ぎていた。
一緒に来たヒョウマ君の言葉に、オレは気を引き締める。
「それにしても、コータ。お前はもう緊張してないのか?」
「そうかもね、ヒョウマ君。何しろボクたちは“特別招集枠”だからね」
最初コーチからU-15のトレセンのことを言われた、あの時は本当に驚いた。
でも数日してから、オレは冷静になったのだ。
何故なら普通に考えたら、小学生5年生はU-15のトレセンに招集されない。
つまりオレとヒョウマ君は特別招集……“お客さん”みたいな感じで呼ばれたのであろう。
『全国少年大会で優勝したチームの何人かを、褒美でU-15のトレセンを体験させてあげましょう!』
『なるほど。賛成です』
きっと、そんな感じのイベントが、サッカー協会の中にあったのであろう。そのメンバーにオレは選ばれたに違いない。
だからオレは観光気分で、このトレセン会場に来ていた。もちろんサッカー練習の準備もバッチリにしてきたけど。
「……相変わらず能天気だな。だが、お前らしいな、コータ」
「えっ? 違うのかな、ヒョウマ君?」
「始まったら、嫌でも分かる。早く行くぞ」
「あっ、待ってよ。ヒョウマ君!」
いよいよU-15のトレセン初日が開始となる。
オレたちは準備をして、芝の競技場へ向かうのであった。
◇
いよいよトレセンが始まる。
100人位の中学生たちが芝生の上に整列していた。
全国から招集された精鋭たち。ユニフォームは各々のチームであり、バラバラで統一感はない。
オレとヒョウマ君は、その中に紛れ込んでいた。
「えー、それでは、これよりU-15のトレセンの特別セレクションを始める。まずはミニゲームで、君たちの実力を見せてもらう」
オレたち選手に向かって、U-15の責任者のヘッドコーチから挨拶がある。
いきなりミニゲームだという。
ランダムでグループ分けをして、試合形式でセレクションが行われるのだ。
「えー、勝ち負けはセレクションに関係ない。個人のプレイを評価する」
ミニゲームは何回もチームメンバーを入れ替えて、ミニゲームを繰り返していく形式らしい。
チームの勝ち負けは、あまり関係ないらしい。でも、わざと負ける様な人たちは、このトレセンには一人もいないであろう。
こうしてミニゲーム形式のセレクションがスタートなる。
「まずはミニゲームか。いやー、緊張するね、ヒョウマ君。それにしても人数が、思っていたより少ないね?」
ミニゲーム会場に移動しながら、ヒョウマ君と雑談する。
たしかナショナルトレセンは全国から、数百人の中学生が招集されるはず。
でも、この会場には100人くらいしかいないのだ。
「たぶん今回のこのトレセンは、特別なセレクションだな、コータ」
「えっ? 特別?」
「審査する大人たちの目の色が、少し変だ」
ヒョウマ君は何かを感じ取っていた。
セレクションを審査するコーチ陣に、何か違和感があるらしい。
かなり真剣な表情で、選手たちを観察しているというのだ。
なるほど。
オレは気が付かなかったけど、そうなのかな?
父親がプロサッカー選手だったヒョウマ君だから、何か感じ取っていたのかもしれない。
そうか、今回のトレセンは何かの選抜試験かのか。
「でもボクたちは特別枠だから、気楽だね」
大人たちの事情は知らない。
オレに出来ることは、一生懸命にプレイすることだけ。
そしてサッカーを楽しみながら、他の人のプレイを勉強していくことだけだ。
「じゃあ、コータも頑張れ」
「うん、ヒョウマ君もね!」
ミニゲームのチーム分けはランダムである。
ヒョウマ君と別れて、オレは指定された競技場に向かう。
◇
「では、これから試合形式のミニゲームを始める」
いよいよトレセンでの、オレの初試合が始まる。
審判役のコーチから挨拶がある。手には液晶タブレットを持っていた。
なるほど、アレで選手たちの動きをチェックして、評価していくのであろう。さすがはサッカーの聖地は近代的である。
「……あの、コーチ、ちょっといいですか?」
「どうした?」
「彼は小学生ですよね?」
オレの対戦相手の人が不思議そうな顔で、コーチに尋ねる。
“彼”と指を刺した先にいるのは、オレだ。
やはり速攻で小学生だと、バレてしまったか。でも仕方がないか。
何しろ小学生5年生のオレと、中学生3年の人とは、身体の大きさがまるで違う。
身長では30cmくらいは違っている。ほとんど大人と子供の体格差だ。
「ああ、彼は小学生5年生だ。だがここはU-15。規定により15歳以下であれば問題ない」
審判の人は冷静に返答していた。
その答えはどこかマニュアル的な口調である
たぶん、この質問があることを、事前に想定していたのであろう。
「小学生5年生だと……」
「オレの弟より下だと……」
「なんで、あんな奴が……」
コーチの説明に、周囲の中学生たちがざわつく。
他の人たちが驚くのも無理はない。
何しろここにいる選手の、ほとんどは中学生3年生。中学生2年生でも珍しいのだ。
「相手が小学生だからといって、遠慮はするな。さあ、ゲームを始めるぞ」
審判の合図でミニゲームが始まる。
それにしても『遠慮はするな』は、厳しい言い方だ。
もしかしたら、このコーチも、オレたちの参加をよく思っていないのかな?
でも、そんなことを気にしている暇はない。
今は、試合に集中しないと。
◇
ミニゲーム形式のセレクションは始まっていた。まずは一試合目が終了する。
(ふう、疲れたな。でも次の練習場に行かないと!)
一回目のミニゲームを終えて、オレはクタクタになっていた。
だが、のんびりしている暇は無かった。
この後もチームをシャッフルして、何回もミニゲームを行うのだ。
今回はミニゲームなので全員が、攻撃と守備に参加しないといけない。
これは自分のチームでも、毎日行っている練習なので問題はない。
でも相手が全員中学生なので、体力の消費が半端ないのだ。
(本当に疲れるな……でも、やっぱり中学生の人たちは凄い!)
そんな激しいミニゲームだが、オレは楽しんでいた。
たしかに中学生の人たちの身体の差に、最初はかなり苦労した。
でも、それ以上に得るモノが大きいのだ。
(やっぱりスピードとパワーと足のリーチが、オレたち小学生と全然違う……だからこそ収穫が多くて楽しい!)
ミニゲームの最初の方では、中学生たちにオレは吹き飛ばされていた。
これは違反のファールではなく、普通にぶつかっただけでも力負けしたのだ。
(力では敵わない……だから、もっとスピード上げて、もっと技を鋭くして、もっと反応速度を高めて……)
オレはミニゲームを2回、3回と続けていく。
その中で考えならが、プレイしていく。
自分のこれまでのプレイを改変。更に上の段階への道を模索していたのだ。
(そういえば、アノ選手も……14歳でプロデビューして、最初は大変だったよな……)
そんな模索の中で、オレは一人のサッカー選手を思い出す。
前世ではヨーロッパの“ミスター小さな巨人”と言われた偉大な選手。
小さな身体のハンデを逆手に取り、次々と個人タイトルを獲得していった凄い選手だ。
(なるほど、そうか! オレも彼と同じように、もっと反応速度を上げて、キレを増していかないといけないのか!)
脳内に浮かんでいた“ミスター小さな巨人”のプレイを思い出す。
あの動きなら、今の自分の体格差でも応用はできる。
まったく同じプレイは出来ないが、近い部分までなら真似はできる。幼稚園の頃から積んできたイメージトレーニングの成果を発揮する時だ。
オレは更にミニゲームを続けていく。
(よし、予想通りだ。かなり、いい感じだ)
プレイを改変することで一気に、いい感じにプレイ出来るようになってきた。
中学生たち相手にも、互角にプレイできるようになったのだ。
(よし。もっと反射速度早くして、最初の一歩を素早く……そして、キレを増していくんだ!)
パワーと高さ、リーチ差では中学生たちに、絶対に勝てない。
だからオレは他の部分で、相手に挑んでいく。そう考えたら、凄く気分が楽になった。
相手は歳上の人たちだけど、同じ人間だ。足は同じ二本足だし、重心を崩されたら、動きは遅くなる。
つまり技術で圧倒すれば、何とでもやり様があるのだ。
(おっ。また得点を決められたぞ。やったー! 次はもっと得点を狙おう。あとパスや守備も慣れてきたらか、どんどんいかないと)
ミニゲームの回数をこなしていきながら、自分の動きを修正していく。
これまでは対小学生用だった思考を、全て対中学生様に誤差修正するのだ。
仲間へのパスや守備の位置。ドリブルで抜くタイミングなど、中学生仕様にアップグレードしていく。
(よし、上手くいった! やっぱりサッカーは面白いな!)
プレイしながらオレは感動していた。
ミニゲームの回数をこなしていくうちに、どんどん楽しくなっていくのだ。
自分が成長して感じが実感できる。
ここまで充実した実感があるのは、最近では全国大会での戦い。あとはヒョウマ君との1対1くらいかもしれない。
あっ。
むしろ対戦相手の中学生よりも、ヒョウマ君の方が凄いような気がしてきた。
“対峙した時のワクワク感”が彼の方が上なのだ。
(とにかく楽しいな……ずっとプレイしたいくらいだ)
オレはドンドン得点を決められようになってきた。
それにパスも確実に決まるようになってきた。
こうなってくるとサッカーはヤバイ。いつまでも時間を忘れて楽しめる。
自分の残り体力のHPも気にしない。
オレは最後の一滴まで力を振り絞り、楽しんでいくのであった。
◇
ピピー
「よし、今日のトレセンは終了だ!」
責任者のヘッドコーチの合図があった。
時間があっとう間に経っていた。いつの間にかトレセンの初日が終わっていたのだ。
最初と同じように、全員が集合する。
「次に番号を呼ばれる者は、明日は別メニューになる……」
ヘッドコーチは液晶タブレットを確認しながら、11名の番号を呼んでいく。
その中にオレとヒョウマ君の番号もあった。
もしかしたらオレは下手だったから、明日は別メニューになっちゃうのかな?
落選メンバーの発表なのかもしれない。
でも中学生たちが発表にザワザワしている。オレとヒョウマ君のことを見ながらビックリしていた。
一体どうしたんだろうか?
「知っている者が多いが、この11名は明日、日本U-15代表と練習相手になってもらう」
おお! なんと⁉
ビックリした。
明日から合流してくる日本U-15代表。なんとオレは彼らと練習が出来るのだ。
まさかの事態にオレは驚く。本当にビックリした。
でも、なんで落選したみたいなオレが、日本U-15代表の凄い人たちと練習試合をするのであろう?
「この11名の中で更に活躍した者から、日本U-15代表のサブメンバーを決める」
えっ?
それって……もしかして。
「では、また明日。解散!」
何故から分からない。
こうしてオレは日本U-15代表のサブメンバー候補。その精鋭の11名に残ってしまったのだ。




