第27話:5年生になった
4月になりオレは小学5年生になった。
5年生になったからといって、特に変わったことはない。
相変わらずサッカー漬けの毎日である。
「朝練に行ってきます!」
「葵も行ってきます」
妹の葵と早朝6時に家を出て、チームの練習場に向かう。学校に行く前に日課の朝練をするためだ。
「コータ、遅いぞ」
「ヒョウマ君、おはよう! それに他のみんなも!」
グラウンドには澤村ヒョウマ君と、選手コースのチームメイトたちがいた。
昨年からオレの自主練習に、チームメイトたちも参加していたのだ。
「コータ先輩、おはようございます!」
「コータ先輩、ヨロシクお願いします!」
選手コースの4年生たちが、オレが深々と頭を下げて挨拶をしてきた。
そういえば5年生になって、変わったことがある。
ついにオレに後輩ができたのだ。
選手コースは基本的には、4年生から6年生までしかいない。
オレは2年生の時から飛び級で選手コースにいた。だから今までずと一番年下で、後輩がいなかったのだ。
「みんな、ボクに先輩は付けなくてもいいよ。このチームは部活じゃないから」
「それなら……コータさん、よろしくお願いいたします!」
“コータさん”か……とても良い響きだ。
初めて耳にする新鮮な呼ばれ方に、オレは思わずジーンとする。
今では『コータ!』とか『野呂コータ!』とか『生意気な後輩!』とか、さんざんキツク呼ばれてきた。
だが5年生になった今月から、オレにも可愛い後輩たちができたのだ。
「よーし♪ それじゃ、今朝はこの技に挑戦してみよう! ボクが手本を見せるから」
可愛い後輩たちの前で技を披露する。実戦で使える技の一つである。
「コータさん、この技は……」
「すみません……どう練習すればいいのですか?」
後輩たちは新技に手こずっていた。
何しろコレは未来の知識で持ってきた、秘密の技の一つ。この時代には存在してなかった技である。
「この技は……足をこうして……アレ? こうやれば……あれ?」
自分では出来るのだが、上手く言葉で説明できない。
理論上は分かるのだが、後輩たちに簡潔に説明できないのだ。
「おい、お前ら。この技は、ヒザの角度がポイントだ」
「本当だ……さすがは澤村先輩です!」
「“皇帝”先輩は、本当に凄いです!」
オレのつたない説明を、ヒョウマ君が上手く補足してくれた。後輩たちはさっそく試して喜んでいた。
流石はヒョウマ君。相変わらず、教え方のポイントが、本当に分かりやすい。
ちなみに“皇帝”はヒョウマ君の二つ名である。
『史上初の小学生4年生で、得点王でチームのエース。日本ジュニア世代の“皇帝”澤村ヒョウマ!』
昨年の全国大会の優勝記事で、とあるサッカー雑誌にそう書かれていたのだ。
それ以来、チーム内でのヒョウマ君の通称は皇帝になっていた。
かなり中二病全開な呼び名だが、本人もまんざらはない顔で、ちゃんと反応してくれる。
流石ヒョウマ君はプロとして、鋼の精神を持っていた。後輩たちにも大人気である。
(でも、このままじゃ……オレの先輩のとしての威厳が……)
可愛い後輩たちは、ヒョウマ君に違う技を習っている。
いつの間にかオレの周りには誰もいない。以前の一人自主練に近い状況に戻っていたのだ。
「ほ、ほら、みんな。だったら、この技はどうかな? 一気に二人の相手を抜く特別な技だよ!」
あの一人状況には、もう二度と戻りたくない。
オレは未来の更なる難易度の技を披露する。これならばオレの先輩としての人気も回復していくであろう。
「おい、コータ! しっかりしろ!」
「あっ、キャプテン?」
新6六年生の新キャプテンが、オレの頭をポカリと叩きてきた。どうやらオレは暴走寸前だったらしい。
「そんな高難易度の技はお前か、澤村しかできない。4年生には基本技から教えていけ。焦る必要はない」
「キャプテン……そうでね!」
オレは新キャプテンに諭される。
確かに4年生たちは、選手コースに昇格したばかり。いきなりの難易度は、逆効果になるであろう。
暴走しかけたオレを止めてくれて、本当にありがとうございます。
昨年のキャプテンに続き、今年の新キャプテンにもオレは頭が上がらない。
オレは焦らないように後輩たちと朝練を続けていく。
「よーし。そろそろ時間だ。学校が遠い奴らやら上がれ」
「「「はい、キャプテン!」」」
朝練の時間もそろそろ終わりである。
このチームは色んな小学校から、みんな通っている。だから通学時間もバラバラなのだ。
「じゃあ、ヒョウマ君。みんな、また夕方の練習でね!」
「待って、お兄ちゃん。葵も一緒に行く」
楽しい朝練の時間は、あっとう間に過ぎていく。
オレは妹とランドセルを背負って、学校に行く。夕方になれば、またチーム練習がある。
それまでの辛抱である。
◇
朝練からの、学校の授業が始まる。
オレは小学校では昨年と同じく、真面目に授業を受けている。
小学生5年生の4月まで、今のところ無欠席で無遅刻を更に継続中。風邪やインフルエンザで休んだこともない。
ざ・健康優良児である。
授業中も昨年と同じ様に、秘密のサッカートレーニングは欠かしていない。オレには前世の勉強の記憶があるため、小学校の授業は楽勝である。
その分の精神的な余裕を、サッカーのイメージトレーニングに使えるのだ。
たぶん世界中の小学生で、毎日こんなことをしているのはオレだけであろう。
余計な義務教育に時間を取られないことが、転生したオレのアドバンテージの一つなのだ。
あと、やり直しの小学校生活も結構楽しい。前世では小学生4年生の夏に不幸な大事故に巻き込まれていた。
だが今回は事故を回避していた。平和で明るい小学生は毎日が楽しいのだ。
「ねえ、コータ君ってサッカーの全国大会で優勝したんだよね?」
「いつも、どんな練習しているの?」
「将来はJリーガーになるの?」
今年になり学校では、また変わったことがある。
昨年以上に、休み時間や放課後に、クラスメイトによく話かけられるのだ。
これも全国大会で優勝した効果であろう。
地元の新聞とTVに取材されたことで、活躍が以前よりも広く知られていたのだ。
それに比例するように、今年の2月14日のバレンタインデー。クラスの女の子から昨年以上の数のチョコを貰った。
昨年が3個だったのに対して、今年は6個もチョコを貰ったのだ。
前年度比200%UPということで、オレはかなり舞い上がっていた。
「コータ君、あの澤村ヒョウマ君と仲はいいの?」
「誕生日とか知っていたら、私たちに教えてよね」
そういえばオレの学校の女子の間で、ヒョウマ君人気が凄くなっていた。
全国大会の特集のTVや新聞記事を見て、女子たちが一気にファンになっていたのだ。
「うん、今度、ヒョウマ君に聞いてみるね」
そういえばバレンタインデーの時、ヒョウマ君は総計30個以上のチョコレートを貰っていた。色んな小学校の女の子から、貰っていたらしい。
流石はヒョウマ君である。
今でもクールでカッコイイし、将来はイケメンサッカー選手になるのが確定しているだの。これは前世を知るオレだけの秘密の情報である。
ちなみに本人は甘いものを食べないので、選手コースの皆に分けてくれたのだ。
30個以上か……オレの6倍以上である。しかもヒョウマ君は本命っぽいのも、たくさんあったな。
それに比べてオレのは全部、義理チョコだったような気がする。
全国大会の人気で舞い上がっていたけど、オレの人気は前世とあまり変わらないように思えてきた。
学校でもクラスメイトとは友達だけど、親友と呼べる仲間はいない。クラスの女子もオレとは、若干距離を取っているようにな気がする。
つまりオレが人気あると思っていたのは。
①全国大会で活躍したリベリーロ弘前が人気がある。
↓
②チョコを貰えたのは、オレはそのチームの選手だから。
という方程式になってしまう。
つまりオレのクラス内ので人気は前世と変化が無い。
むしろサッカーばかり打ち込んでいるから、前世よりもマイナスになっている可能性が高いのだ。
「うう……」
そう思ってきたら、段々と泣けてきた。
もしかしたらクラスで秘密の誕生日会とがあって、オレだけ呼ばれていないパターンも有り得る。
小学校の卒業式では孤独な最後を迎えてしまう、そんな可能性も有り得るのだ。
「お兄ちゃん、早く練習に行こうよ!」
5年生の教室に、4年生の妹の葵が迎えにきた。
学校の授業が終わったから、チームの練習に行く時間なのだ。
想像しただけで、本当に辛くなってきた。
「葵? ……そうか……!」
そうだ、オレにはサッカーがあった。
リベリーロ弘前の仲間たちがいたのだ。
たとえバレンタインのチョコがヒョウマ君の6分の1以下でも、オレにはチームメイトたちがいたのだ。
「よし、今日も放課後の練習を頑張ろう!」
自分で削った精神エネルギーが、一気に全回復した。
自動自傷&自動回復の術。地産地消みたいだ。
オレはランドセルを背負って、練習に向かうことにした。
『コータ君、ガンバ……』
『コータ君、いつもカッコイイよね……』
ん?
何やら教室からオレの名前が聞こえたような気がする。クラスの女の子たちのヒソヒソ話かな?
でも、今のオレには練習場に向かうことしか頭にない。
5年生になっても平常運転。今日も我が青春の場所に向かうのであった。




