最終話:転生サッカーライフを満喫する
大阪オリンピックが終わった翌月。
9月の上旬のある日。
この日、世界中が驚く発表が行われた。
大阪オリンピックで日本サッカーに、初の金メダルをもたらした立役者『野呂コータ』『澤村ヒョウマ』。
この2名による入団発表……東北地方の小さな社会人チームへの、入団発表があったのだ。
◇
それから数日が経つ。
「みなさん、はじめまして! 高校二年生の野呂コータと申します! 今日からよろしくお願いします!」
今日は地元チーム初練習へ参加日。
新人であるオレは、チームメイトの前の元気よく自己紹介をする。
オリンピック直後の入団テストには、運よく一発で合格できた。
だが17歳であるオレは、チーム内でも最年少。
新人らしく低姿勢でいくのだ。
「オレ様は澤村ヒョウマだ。ユベトスFCから来た。オリンピック日本代表では10番をつけていた」
そんな低姿勢のオレの隣で、オレ様節を発揮している人がいた。
同じく入団テストに合格したヒョウマ君である。
かなりの上からの口調であるが、内容は全て事実。彼らしい自己紹介である。
「本当に、あの野呂コータと澤村ヒョウマが、うちのチームに……」
「ああ……オリンピックで金メダルを取った英雄の二人が……」
自己紹介を聞いて、新しいチームメイトは呆気にとられていた。
社会人である彼らにとって、新人の高校生の二人は年下の後輩。
だが実力や経歴でいえば、圧倒的に上なスーパールーキーの二人。
そんなオレたち二人にどう接していいか、誰も分からなかったのだ。
「みなさん、ボクたちに、そんなに気を遣わないで下さい! オリンピックに出ましたが、ここではボクたちは新人です。ご指導ご鞭撻をどうぞよろしくお願いします!」
そんな固まっている先輩たちに、オレは自ら歩み寄っていく。
これも前世の社会人で身につけた処世術。
日本の社会では、下から歩み寄った方が、何かと上手くいくのである。
「お、おう……それなら、よろしく頼むな、コータ。それに澤村も」
「今日からチームメイトとして、頼んだぞ、二人とも」
先輩たちも何とか、心を開いてくれた。
向こうはまだ少し緊張しているが、時間が解決してくれるであろう。
「ところで野呂コータ。記者会見で言っていたことは、本気なのか?」
「記者会見のこと……ですか?」
数日前、ヒョウマ君とオレは記者会見を開いた。
あまりに世界各国から問い合わせがあったために、公式に入団会見を開いたのだ。
「あの時の、コータの言っていた、『3年でJ1を目指します!』の宣言のことだが」
「あっ、アレのことですね。はい、もちろん、本気です! ボクの夢なんです! この街にJクラブとスタジアムのあることが! 未熟ながらもボク、頑張らせていただきます!」
記者会で興奮したオレは、思わず言っていた。
入団したクラブを、3年でJ1に昇格させると。
今思うと恥ずかしい宣言だが、その想いに嘘や偽りはない。
死ぬ気でJ1を目指していくつもりだった。
「ああ……そうか。コータの気持ちは分かる。お前の実力もオリンピックで保証付き。だが、オレたちのチームは今季JFLの中位のチームだぞ……」
JFLとは日本フットボールリーグの略。
企業や大学サッカー部などのアマチュア全国リーグである。
あまり表現は良くないが、分かりやすく説明すれば、プロ化を目指すチームにとって『J4リーグ』の位置にあたる。
JFL→J3→J2→J1と条件を満たせば、昇格していけるシステムなのだ。
「はい、このチームの近年の成績は、もちろんボクも勉強しています! 今季は今のところJFLでも8位ですね! 首位との勝ち点差は10ですね!」
このチームのことを、オレはよく知っている。
サッカーの鍛錬を積みながら、幼い頃から情報は集めていた。
「お前たち凄い2人が入団してくれたのは、たしかに嬉しいことだ。だがJFLの上位陣と、オレたちのチームの実力差はかなりある……」
「ああ、そうだな。JFLの上位陣は実質J3レベルだからな……」
「それにオレたちが、お前たち2人の実力についていけるとは思わないだが……」
先輩たちが悲観するのも無理はない。
この時代のJFLの上位2チームは、かなりの強豪チームであった。
会社の都合でJFL優勝しても、あえて昇格せずアマチュアJFLに滞在しているのだ。
「はい、ボクも知っています。そこで、ボクから提案があるのですが、大丈夫ですか?」
「提案だと、野呂コータ? ああ、もちろん、大丈夫だが。なんの提案だ?」
オレからの急な提案を、先輩たちは快く受け入れてくれた。
このチームのモットーで、選手一人一人の意見を尊重してくれるのだ。
「では、この資料をお配りすます! 一人1部ずつです!」
許可を得られたので、オレは用意しておいたファイルを全員に配る。
「おい、コータ……」
「これはいったい……?」
オレが渡したのは、図解入りの100Pに渡る本格的な紙資料。
パラパラめくっていって、先輩たちは内容に絶句していた。
まさかこんな本格的な提案が出されるとは、みんなは思ってもいなかったのであろう。
「これはボクの考えたJ1昇格までのロードマップ……計画書です! これは分かりやすいバージョンで、他にも具体的な1,000Pくらいの実行書もあります!」
オレが渡したのは計画書であった。
このチームがJ1まで突き進んでいくための道しるべ。
それを分かりやすく、具体的に書いてあるのだ。
「オレたちがJ1を目指すロードマップだと⁉」
「だが、具体的な内容だな……」
「ああ、練習方法から、集客方法、スタジアム建設費用まで、現実的だな……」
ロードマップは図解入りで、専門的な知識がなくてもかなり見やすい。
これはオレの前世での社会人経験から、応用したプレゼン資料。
またサッカークラブの経営の方法は、ドイツ時代から勉強していた。
専門的な知識がない人でも分かり易く、ロードマップは事前にオレが用意しておいたのだ。
「たしかにオリンピック金メダルの二人がいたら、この集客方法はありだな……」
「ああ、Jリーグの規格にあったスタジアムの建設費用も、この方法なら集まるな……」
Jリーグに昇格するのに、次の3つの大きな壁がある。
・JFL、J3、J2で最上位の成績を出すこと。
・年間の試合で規定にのっとった平均以上の集客をすること。
・日本サッカー協会の定めたホームスタジアムを用意すること。
その中でも各クラブが苦労しているのが、集客とスタジアム問題。
だがオレの提案書の中では、その解決策も具体的に書いている。
オリンピック代表のオレとヒョウマ君。
この二人のネームバリューを、徹底的に使った作戦である。
「ちなみにスポンサーからは、すでにオレ様のところに申し出が来ている」
「えっ、本当、ヒョウマ君⁉」
「ああ。国内をはじめ、ヨーロッパの大手企業からな」
なんとヒョウマ君はスポンサー探しもしていた。
出てきた企業名は、それも一流企業ばかり。
何しろ元ユベトスFCのレギュラー選手で、オリンピックの金メダリストが入団するクラブ。
世界中の企業が投資したいのであろう。
「たぶんお前のところにも、届いているはずだぞ、コータ」
「えっ、ボクにも? あとで調べてみるね!」
なんとオレのところにも、世界中の企業から支援の申し出があるという。
携帯電話を持っていないので、家に帰ってから確認するしかない。
でも、これは有り難い申し出ある。
この分でいけば資金面で困ることはない。
スタジアムやクラブハウスなどの設備面は、最短でJ1の規格を満たしていけるであろう。
「あとオレ様たちも個人スポンサーとして、このクラブに出資するつもりだ」
ヒョウマ君は自分の資産を書いた、投資書類を出す。
何しろセリエAのユベトスFCのトップチームで、ワンシーズンプレイしていた。
だからヒョウマ君には年棒で4千万近い貯金がある。
それを個人スポンサーとて地元クラブに投資するという。
「凄い太っ腹だね、ヒョウマ君」
「これは投資で、寄付じゃないぞ、コータ。数年後にちゃんと回収させてもらう」
「なるほど、そういうことか!」
世界のサッカー界では、強いサッカークラブは投資先にも選ばれている。
ヒョウマ君は日本でもそれを行って、地域を活性化させるのであろう。
さすがは、ヒョウマ君。
お父さんと同じでビジネスの才能もあるのだ。
「それに貯金額なら、コータ、お前の方があるんだろう?」
「うん……実は、そうだったみたいだね……」
つい最近判明したことである。
オレには巨額の貯金があったのだ。
その額日本円にして3億円ちょっと。
全てはF.S.Vから入金されたお金である。
(まさかオレにこんなにお金があったなんて……)
ちなみに内訳は次のようになっていた。
・F.S.V2軍でリーグ優勝ボーナスおよび個人タイトルボーナス。年棒
・F.S.V1軍で3部リーグ優勝ボーナスおよび個人タイトルボーナス。年棒。
・F.S.V1軍で2部リーグ優勝ボーナスおよび個人タイトルボーナス。年棒。
・UCLヤングリーグ優勝ボーナスおよび個人タイトルボーナス。
・F.S.Vノーロ・コータ背番号14番グッツ売上(本人分配分)
この5個が主な金額の内容になる。
その中でも特に増えていたのが、最後のグッツ売上分配金。
オレがF.S.Vを離れた後も、ファンに売れていたという。
更にオリンピック効果もあり、ここ数ヶ月は世界中で爆発的に売れているという。
だから貯金額は、これからどんどん増えていく計算である。
ちなみに中学時代は学生留学をしていたから、当時の給料はゼロユーロだった。
それが今となり当時の全額が入金されていたのだ。
「相変わらず大した男だな、コータ」
「でも、ヒョウマ君。ボクはいまいち実感がなくて……あっははは……」
何しろ今まで月4,000円のお小遣いで暮らしてきた。
それなのに、いきなり数億円も手にして、実感がないのだ。
だから、このお金は使わない予定である。
しばらくは代理人(仮)であるエレナに、一任して預けておくことにした。
彼女なら上手く運用してくれるであろう。
「高校2年で……数億円の貯金だと……」
「それに、超大手企業からの支援だと……」
「お前たち、本当に規格外だな……」
オレとヒョウマ君の会話を聞いていた、先輩たちは絶句していた。
昨日までは地方の小さな社会人チームが、いきなりワールドクラスの大企業と提携。
夢物語のような話に、誰もがまだ信じられずにいるのであろう。
「では、みなさん、そろそろ練習をしませんか?」
絶句している先輩たちに、オレは練習を提案する。
Jリーグを目指すのにお金は大事だが、もっと大事なものがある。
それは選手がサッカーを蹴ること。
「実はボク、ボールを蹴りたくて、うずうずしているんです!」
何よりオレ自身の身体が熱くなってきたのだ。
サッカーボールを蹴りたくて仕方がない。
ついに念願の地元チームでの初練習。
気合が入りすぎて、燃え上っていたのだ。
「オレ様から、お前たちに警告しておく。こいつ……野呂コータとの練習に付き合うのは、半端ない。地獄の毎日だぞ。覚悟しておけ」
「地獄の毎日だと、澤村?」
「ああ、そうだ。こいつの伝染病は、お前たちにその内に感染する。こっちは諦めておけ」
「しかも感染を……」
ヒョウマ君の言葉に、先輩たちはごくりと唾を飲み込む。
そ、そんな脅さないでよ、ヒョウマ君。
オレは普通に楽しくサッカーをしてきただけなのに。
「くそっ! こうなったら、つきやってやるぞ!」
「ああ、そうだな! 野呂コータの野望にな!」
「さあ、練習を始めるぞ!」
先輩たちは苦笑いしながら、賛同してくれた。
伝染病かは分からないけど、今までオレと一緒にプレイしてきた人は、全員がサッカーに夢中だった。
これぞサッカーの一番の魅力。
「じゃあ、最初はボクからいきます!」
そして今日から新しい仲間たちとの物語が幕を開ける。
「みんなでJ1を目指して、頑張っていきましょう!」
こうしてオレの新しいサッカーライフが始まるのであった。
◇
あと2話、エピローグがあります。
それで本当の完結となります。
最後までよろしくお願いします。