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第149話:オリンピック決勝戦

 8月22日の夜6時。

 世界中のサッカーファンは、TVの前に釘付けになっていた。


 七時にキックオフする、オリンピックサッカーの決勝戦。

 日本 対 スペインという、誰もが予想もしていなかったカード。


 だが両国ともここまでエキサイティングな試合で、勝ち進んできた。

 スペイン代表は圧倒的な攻撃力で、ブラジルをはじめとした優勝国を退けてきた。


 一方の日本も負けていなかった。

 イタリアやドイツといった強豪国を、熱戦の試合で退けてきたのだ。


 日本とスペイン。

 どちらが勝っても世界のサッカー界に、新しい時代の波が訪れるのは確実であった。


 決勝戦ではどんなスーパープレイが観られるのか?

 世界中のサッカーファンはTVの前で、今かと待ちわびていたのだ。



「泣いても笑っても今日が最後の試合だ。お前たちの全てを出してこい!」

「「「はい!」」」


 そんな世界中が待ちわびている中。

 日本代表のロッカールームに、澤村監督と選手たちの声が響き渡る。

 選手とスタッフのモチベーションは、最高潮に高まっていた。


 あとは時間までロッカールームで待機。

 選手たちは各自で集中。

 オレも数十分後のキックオフに備えて、集中力を更に高めていく。


「野呂コータ、ちょっといいか?」

「えっ、監督? はい、もちろん大丈夫です」


 そんな中、オレは澤村監督に声をかけられる。

 監督に試合前に声をかけてくるのは、初めてのことだった。


 いったい何の話があるのかな?

 防音性の高い奥の監督室に、オレたちは移動する。


 二人きりの個室で、澤村監督が静かに口を開く。


「スペイン代表に勝つためには、お前の動きが重要になる。特にあのセルビオ・ガルシアを封じ込めるために……」


 澤村ナオトはいつもクールで、どこか人を食ったマイペースな性格である。

 そんな監督が今日は、やけに真剣な表情であった。


 セルビオ・ガルシアを封じ込めるための、いくつかの策をオレに進言してくる。


「なるほどです、澤村監督。でも、このプランを実行するためには、ヒョウマ君の力が必要です!」


 今日の日本代表の最初の作戦は、次のような守備的なものであった。


 オレとヒョウマ君が、セルビオ・ガルシアにマークにつく。

 それでスペインの攻撃力を封じ込める。


 作戦的には悪くはない。

 だがヒョウマ君を守備的なポジションに置くのは、オレは反対だった。


「出来ればヒョウマ君のポジションをFWに戻してください、監督!」

「だが、野呂コータ。それではスペインとの点の取り合い勝負になるぞ? 今の段階の澤村ヒョウマが、あのセルビオ・ガルシアに点の取り合いで、勝てる可能性は低いぞ」


 澤村監督は自分の息子のことを、冷静に評価していた。


 息子の澤村ヒョウマは日本人の中では、かなり優れて才能をもったストライカーだと。

 世界の中でも稀代の存在に、成長していうと評価していた。


 だが相手のセルビオ・ガルシアは、それを遥かに超える逸材。

 20年に一度のワールドクラスの怪物。


 だから点の取り合いを諦めていた。

 息子ヒョウマとセルビオ・ガルシアをぶつけるのは、明らかに無謀であると考えていたのだ。


「たしかに現時点ではヒョウマ君は、セルビオ君には点の取り合いでは勝てないかもしれません。でも45分後にはヒョウマ君は、もっと成長しています! そして90分後にはヒョウマ君は、ワールドクラスのスーパーストライカーに、必ず成長しています!」


 だがこの件に関してだけは、オレも退くわけにいかなった。


 自分の分析によると、チームの総合力は圧倒的にスペイン代表が格上。

 オレとヒョウマ君が守備に入って、負ける可能性が多きであろう。


 だから日本代表が勝つには、大きな賭けが必要なのだ。


 “澤村ヒョウマ”という日本の大器を、爆発的な進化をさせるしかない。

 そのためにはヒョウマ君のポジションは、FWでしかあり絶対に得ないのだ。


 オレはそのために足が折れるまで、パスを出すつもりだった。


「うちのヒョウマが、あのセルビオ・ガルシアと同じワールドクラスになるだと? 信じられない話だな、野呂コータ?」

「監督たしかに、セルビオ君は凄すぎる選手です……」


 セルビオ・ガルシアは前世では、信じられない位の功績を残している。

 ヨーロッパチャンピオンズリーグを6度制覇。

 スペインリーグと他のリーグでも、自分のチームを5度の優勝に導く。


 国のリーグの通算最多得点記録を塗り替え、得点王も何度も獲得していく。

 更に世界最高峰の選手に贈られるバロンドールを、6度も受賞して時代の頂点に立っていくのである。


「でも、ヒョウマ君も負けてはいません! ボクが保証します! 小学2年の時から、ずっと見ていたボクが確証しています!」


 澤村ヒョウマは前世では、J2止まりの選手であった。

 才能がありすぎたために自己管理をせず、怪我に泣かされていたのだ。


 だが今世の澤村ヒョウマは違う。

 小学生の時から、すでにプロとしての意識をもっていた。

 常に自分の身体を大事にして、トレーニングも人の何倍もこなしていた。


 更には中学1年にして、単独でイタリアにサッカー留学に挑戦。

 留学先でも努力を続けて、結果を出していく。


 そしてついには若干16歳で、セリエAのトッププロデビュー。

 間違いなく前世を大幅に超える成長を、今もなお遂げていたのだ。


「うちのヒョウマをそこまで認めていてくれていたのか、野呂コータ……」

「はい! ボクが世界で一番尊敬するサッカー選手です! ヒョウマ君は!」


 クールな澤村監督といえども、実の息子だからこそ、ヒョウマ君のことを冷静に見られなかったのであろう。

 過大評価もできず、かといって過小評価もしたくはない。


 だからこそオレは忌憚きたんのない言葉で、監督に進言した。


 いや、これは息子ヒョウマ君の友として、彼のパパに言ったのだ。

 あなたの息子は、世界でも最高のストライカーの才能があると!


「ああ、そうか。それなら野呂コータの言葉を……オレの息子の親友の言葉を信じて、今回は賭けにでよう。澤村ヒョウマはFWでいく! スペイン代表と点の取り合いで勝つぞ!」


 澤村監督は覚悟を決めた表情になった。

 オレたち選手を信じて、攻撃的作戦でいくのだ。


「監督……はい、分かりました! さっそくヒョウマ君に伝えてきます!」


 キックオフまであと数十分しかない。

 監督室を出て、オレはダッシュでヒョウマ君の元に向かう。


 きっとヒョウマ君も喜んでくれるであろう。

 同時にオレも嬉しい。

 攻撃的なサッカーで、世界のスペイン代表に挑めることに。


(点の取り合いか……本当にワクワクしてきたな……)


 日本代表の最終的な作戦は決まった。

 キックオフの時間まで、あと少しとなったのだ。



 午後6時50分。

 キックオフ直前となる。

 日本代表とスペイン代表の選手は、ピッチの上に整列していた。


『それではオリンピックサッカーの公式ソングを、MAYAマーヤさん本人に歌っていただきます!』


 キックオフ前に特別ライブが行われた。

 世界ランキングでヒットと飛ばす歌姫のMAYAマーヤの初の生ライブ。


 初めて目にするMAYAマーヤの幻想的な美しさと、心を揺さぶる天使の歌声に、世界中が聞き惚れていた。


(マヤ……元気になって、よかったね……)


 セイレーン病の特効薬は効果を発揮していた。

 一晩で症状が完治。

 マヤは元気になり、前のように美しい声を取り戻していたのだ。


『『『MAYAマーヤ! MAYAマーヤ! MAYAマーヤ!!』』』


 生ライブが終わり、スタジアムの観客のボルテージが上がっていた。


『みなさん、聞いてください。実は私、セイレーン病という……』


 歌の後、マヤは自分の病気のことを告白した。


 難病であるセイレーン病にかかっていたことを。

 未だに世界中で苦しんでいる人がいることを。


 でもドイツにある特効薬さえ飲めば、こうして完治することを。

 だから苦しんでいる人も、生きることを諦めないでと。


 大好きなことを、絶対に諦めないで……そう語った。


(マヤ……勇気を出して、頑張ったんだね)


 それはオリンピックのシナリオにない告白だった。

 全スタッフが固まった告白。


 だが世界中から反響があった。

 これならセイレーン病の特効薬が、広がることも時間の問題であろう。


 マヤの勇気をもった告白のおかげで、世界中で苦しんいる人たちが救われるのだ。



 その直後、午後6時57分。

 キックオフ3分前。

 両軍の選手は自分のポジションについていく。


 オレはパスを出す中盤のMFのポジション。

 そしてヒョウマ君は攻撃の要である前線のFW。


 小学生の時からの、オレとヒョウマ君の黄金のポジションである。


「いよいよ決勝戦が始まるね、ヒョウマ君」

「ああ、そうだな。ここまで、ずいぶんと時間がかかったな」


 キックオフ前、ヒョウマ君と最後の会話をする。

 超満員のオリンピックスタジアムを眺めながら、二人で感慨にふける。


 満員の観客の興奮は最高潮。

 だがオレたちの間だけには、静かに空気が流れていた。


「ねえ、ヒョウマ君。小学4年の12月の夜のことを覚えている? 」

「何だ、コータ? 急に、昔のことを。全国大会のことか?」


 オレたちの所属リベリーロ弘前は、全国大会の常連チームだった。

 そんな大会中の空いた時間は、ヒョウマ君と色んな話をしていた。


「そう、全国大会のことだよ、ヒョウマ君。あの年の決勝戦の前日、ボクと旅館の深夜のロビーでの夢の話をしたことを覚えている?」

「ああ、そうだな。あの夜のことは、オレ様は今でもはっきりと覚えているぞ」


 その中でも一番思い出深いのが、小学4年の時。

 初めて全国制覇する前の日の、二人きりの夜の話であった。


「ねえ、聞いてよ、ヒョウマ君。ボクの夢は、あの時と変わっていないよ……『将来、日本と世界中の人たちに、自分のサッカーで元気を感じてもらえる選手になりたい』……っていう夢は、今でも変わっていないよ」


 前世のオレは不幸な人生を歩んで終えた。

 そんな中でもサッカーだけは、明るい希望をオレに与えてくれた。


 本当にたくさんの生きる元気をもらっていた。

 サッカーと出会えなければ、前世のオレは31歳まで長生きできなかったであろう。


 だから逆行転生した今世では、その恩返しをしたかった。

 自分以外の人に、サッカーで元気になって欲しかった。

 だから幼稚園時代から一日も休まず、ずっとサッカーに人生をかけてきたのだ。


「オレ様も変わっていないぞ、コータ……『世界中の子どもたちに、サッカーという太陽で夢を与える』……という夢は」


 ヒョウマ君はクールでありながら、内なる熱い想いを秘めていた。

 彼の夢は世界中の子どもたちに夢を与えること。


 そのため魅せる意識をもって、常にプレイしていた。

 まさに生まれ持ってのスタープレイヤーなのかもしれない。


「あと、コータ。お前の夢を、一つだけ訂正してやる」

「えっ、ボクの夢を?」


 いきなりヒョウマ君が訂正をしてきた。

 いったい何のことであろう? 


「ああ、そうだ。『将来』じゃなくて、お前はすでに『日本と世界中の人たちに、野呂コータのサッカーで元気を感じてもらって』いるぞ」

「えっ、ボクがすでに?」


 その意味が変わらず、オレは思わず聞き返してします。


「相変わらず、そういうことには鈍いな、コータ。疑うなら、ほら、周りをよく見てみろ」


 ヒョウマ君の言葉に従って、超満員のスタジアムに意識を向ける。

 そこには沢山のサポータがいた。


 地元の日本はもちろん、対戦相手のスペイン応援団

 ドイツやイタリア、ブラジルなど世界各国の人たちが大興奮している。


「あっ……あれは……」


 そして、中でもひと際、目立つ存在の集団に目がいく。


『『『コータ! コータ! はるか東方から来た、小さな戦士……』』』


 彼らはドイツ語で叫ぶ、F.S.Vのサポート団。

 はるばるドイツから駆けつけてくれたのであろう。


 彼らの熱唱する歌には覚えがある。

 これはF.S.V時代のオレ専用の応援歌チャント

 皆は日の丸を振りながら、応援歌を大熱唱していたのだ。


「みんな……」


 F.S.Vのサポータの人たちの顔は、遠目でも確認できた。

 オレはサッカーに関してだけは、記憶力がいい。

 だから彼らの顔は全員覚えている。


 皆はドイツ3部リーグに落ちていた時から、いつも応援に来てくれた人たち。

 中にはオレが2軍時代から、熱烈に応援してくれている人たちもいた。


「それに……あれは、ドイツ代表のみんな……」


 視線を移すと観客席には、他にも多くの人たちがいた。

 今日の3位決定戦で見事にブラジル代表を破った、ドイツ代表のみんな。


「ユリアンさんとエレナも……」


 その中にはヴァスマイヤー兄妹もいる。

 二人とも満面の笑みで日の丸をふって、応援歌を歌っていえる。


 ユリアンさんは守りの要として、ブラジル代表を無失点に抑えて活躍していた。 


 またブラジルの猛攻を封じ込めたのは、エレナの策の陰で活躍していたのであろう。

 特別アドバイザーとしての彼女の力を、オレはよく知っていた。


「それにレオナルドさんまで……」


 少し離れたVIP席には、イタリア代表のエースがいた。

 約束通りVIP席から日の丸をふって、こちらにウィンクしている。


『『『コータ! コータ! はるか東方から来た、小さな戦士……』』』


 応援歌チャントの熱唱の輪は、更に広がっていく。

 ヨーロッパ中から駆けつけた各国の観客が、熱唱し始めたのだ。


「この応援歌チャントのバージョンはUCLヤングリーグ時代のボクの……」


 応援歌を歌っていたのは、ドイツの人たちだけはなかった。


 オレはUCLヤングリーグの試合で、ヨーロッパ中を遠征していた。

 その時の当時の各国の観客も、オリンピックスタジアムに来ていたのであろう。


 1年以上も前にヨーロッパを離れたオレのことを、今でもこうして応援してくれていたのだ。

 ヨーロッパ各国の言葉で、オレの応援歌が歌われていく。


「「「コータ! コータ! はるか東方から来た、小さな戦士………」」」


 そんな応援歌チャントに日本語の歌詞も加わっていく。

 視線を向けると、そこには知っている日本の人たちの顔があった。


「リベリーロ組のみんな……」


 彼らは小学生の時からの仲間たち。

 リベリーロ弘前時代に、一緒に汗を流した仲間たち。


 今は山多やまた高校や各地のチームで活躍している、全国のサッカー仲間であった。


「それにサッカー部のみんなも……」


 今在籍しているタマ高校のサッカー部のみんなも、合唱してくれていた。

 その中には卒業した去年の3年の先輩たちもいる。

 みんな顔を真っ赤にしながら、オレの応援歌チャントを大合唱してくれていたのだ。


 なぜドイツ語の応援歌を、日本のみんなが?


 オレは後から知った。

 ノーロ・コータの応援歌がオリンピック開催中に、ネット動画サイトで話題になっていたことを。


 日本代表が躍進をするほど、その応援歌が広がっていったことを。

 だから世界中の人たちが、こうして歌ってくれていたのだ。


「オレ様の言った通りだろ、コータ? お前はこうして多くの世界中の人たちに、野呂コータのプレイで元気を与えてきた」

「ヒョウマ君……うん、そうだったね。本当に嬉しいや……」


 オレの夢は前進していたのだ。


 キックオフ直前だというのに、涙が出てきそうだった。

 感動のあまり胸の奥底がジンジンと熱くなってきたのだ。


「でも、ヒョウマ君……この決勝戦でも、もっとたくさんの人に元気を感じて欲しいよ、ボクくは! 少し欲深いかな、ボクは?」

「ああ、そうだな、コータ。だが同感だ。オレ様ももっと上の世界にいく! オレ様たちの戦いは、これからが本番だからな!」


 涙を流しのには、まだ少し早い。

 

 何故なら決戦の時がきたのだ。

 オレはヒョウマ君と拳をぶつけ合い、互いの想いを確認しあう。


 時間は7時ちょうど。

 審判の笛が口元に運ばれる。


 ピッピー!


 審判の笛の音が響き渡る。

 同時に超満員の観客が叫ぶ。


「さあ、いこう、ヒョウマ君!」

「ああ、いくぞ、コータ!」


 こうしてオレたちのオリンピック、最後の戦いが始まるのであった。



 スペイン戦は開幕から、激しい戦いとなった。


 開始3分で、いきなりセルビオ・ガルシアが得点を決める。

 日本代表のDF3人を一瞬で置き去りにして、強烈なシュートを決めたのだ。


『まずは1点だ、コータ!』


 セルビオ君は人差し指を立てて挑発してきた。

 普段の彼は陽気なラテン系の性格をしている。


 だが試合中は野獣のような、攻撃的な性格に豹変する。

 今日の試合では特に、その闘争本能が高くなっていた。


「みんな、大丈夫だ。点を取り返すんだ!」


 だが今日のオレもひと味違う。

 セルビオ君の闘気に、怖気づいている暇はなかった。


 オレは代表のみんなを鼓舞して、反撃に移る。


「いくよ、ヒョウマ君!」

「こい! コータ!」


 今度は日本が攻撃する番であった。

 数分後、オレからのパスが、絶好の位置にいたヒョウマ君に渡る。

 そのまま豪快なシュートを決まり、日本代表は同点に追いつく。


 スペインのカウンター攻撃を恐れずに、日本代表は果敢に攻め込んだのだ。


『ほう? オレと点の取り合を挑むのか⁉ やっぱり最高に面白な、コータ! それにサワムラも!』


 同点に追いつかれても、スペイン代表……いや、セルビオ・ガルシアの勢いは止まらなかった。

 セルビオ君は更に攻撃のギアを一段上げてきた。


 選手村の公園で見せた、あの上のギア。

 彼を中心にして怒涛の攻撃で、日本ゴールに襲いかかってきたのだ。


『いくよ、コータ! ニッポン!』


 攻撃の要であるセルビオ君が叫ぶ。

 この時代のスペインサッカーは、攻撃的なサッカーをメインにしている。


 連携のとれた質の高い戦術で、高度なサッカーを展開。

 相手の弱点を見つけたら、DFでも上がって攻撃をしかけてくるのだ。


『2本目だ、コータ!』


 そんな猛攻を続けていたスペインに、得点を許してしまった。

 セルビオ君に2連続ゴールを奪われてしまったのだ。


 オレたち日本代表も必死で守備をした。

 だが絶好調のセルビオ・ガルシアを、抑えることはできなかったのだ。


「みなさん、まだ大丈夫です! 気持ちを切り替えていきましょう!」


 昔の日本代表なら、ここで意気消沈してしまっていただろう。


「ああ、そうだな、コータ……」

「よし、もっと、前にボールを集めていくぞ!」

「コータと澤村にボールを出すんだ!」

「ああ! あいつら二人なら、何かをやってくれるぞ!」


 だが今の日本代表はひと味違う。

 全員で数々の試練を、一緒に乗り越えてきた。

 精神的に大きく成長している。


 そんなチームメイトと共に、オレも前に進む。


「さあ、いくぞ、コータ!」

「うん、ヒョウマ君!」


 総合力ではスペイン代表には敵わない。

 だが点の取り合いになら、今の日本代表にも頼れる存在がいる。 


 天性のストライカーである澤村ヒョウマ。

 彼にボールを渡せれば、日本には勝機があるのだ。


 オレたちはスペインゴールに強気で攻め込んでいく。


『10番サワムラをマークしろ!』

『14番ノーロも目を離すな!』


 だが相手はさすがスペイン代表の守備陣。

 セルビオ君以外での彼らも、将来のスーパープレイヤーばかりなのだ。

 絶好調なヒョウマ君を、数人がかりでマークしてくる。


 そしてボールを持っているオレに対しても、ファールギリギリで当たってきた。

 相手DFの強烈なひじ打ちが、オレのわき腹に飛んでくる。


「いくよ!」


 だがオレは倒れない。

 厳しいマークを食らうのにも構わず、ヒョウマ君にパスを出し続ける。


 たとえ相手が何人いようともボールをキープ。

 何度でもヒョウマ君に、ラストパスを繰り出していく。


 そして、そのパスがついに実る。


「ヒョウマ君!」

「ナイスパスだ、コータ!」


 スペイン代表のDFを振り切り、無我夢中で出したオレのパスが通った。

 ダイレクトで反応したヒョウマ君の、見事な弾丸シュートが突き刺さる。


 これで2対2の同点。

 試合の残り時間は、あと5分ちょっと。


 決勝戦に引き分けはない。

 必ず勝敗の白黒がつく。


 互いに死力を尽くして、あと1点を奪い合う試合となるのだ。


 よし、あと1点だ!

 あと1点をとれたら、日本にも勝機がある。


 同点に追いつき日本代表は勢いがある。

 オレたちは更に攻撃をしかけていく。


『ヘイ、コータ! やっぱりキミを抑えて、勝つことにしたよ!』

「セルビオ君⁉」


 しかしオレの行く手をセルビオ君が遮る。

 FWのポジションなはずなのに、中盤のオレをマンマークしにきたのだ。


「まずいぞ!」

「コータが封じ込められたら、オレたちに勝機はないぞ⁉」

「コータを助けろ!」


 まさかの敵の策に、代表の仲間たちにも動揺が走る。


「大丈夫です、みなさん!」


 だが、オレは皆を制する。

 あと1点を取るためには、今のフォーメーションを崩してはいけない。


 オレ一人だけの力で、セルビオ君を抜かないといけない状況なのだ。


「だから、ここでボクが退く訳にはいかないんだ!」


 日本の勝利は、オレのこのワンプレイにかかっている。

 だからオレも負けている訳にはいかない。


「いくよ、セルビオ君!」


 目の前の天才に、オレは果敢に挑んでいく。

 相手の一瞬の隙をついて、ドリブルで振り切ろうとする。


『さすがはコータ! そんな見事なフェイントは、ヨーロッパでも見たことがないよ!』


 セルビオ君は即座に反応してきた

 更に強烈なマークを強めてくる。

 オレの行く手のコースが、全て防がれていく。


(くっ……なんてん、パワーと反射神経⁉ これで本当に17歳か⁉)


 オレはドイツ時代、大人とも戦ってきた。

 だが若干17歳のセルビオ・ガルシアは、そんな大人のプロの誰よりも手強かった。


 さすがの未来の世界のスーパープレイヤー。

 17歳にしてすでにワールドクラスの実力を身につけていたのだ。


「でも、ボクだって!」


 それでも構わず挑んでいく。


 身体能力においてセルビオ君に敵わないのは、5年前から知っていた。

 天賦てんぶの才能、身体能力、キック力、創造性、スピード、パワーにおいて負けている。


「よし、ここだ!」


 だがオレにも負けていない部分があった。

 それは瞬間的な“判断力と反射神経”と“視野の広さ”。

 幼いころから徹底的に鍛えてきた、この三つはオレの自信の源。


 セルビオ君の動きを一緒で観察して、次の動きの先を予測していく。


『はっはっは……やっぱり最高だよ、コータ!』


 だがセルビオ君も尋常ではない。

 5年間よりも圧倒的にパワーアップしていた。


 その獣のような反射神経と身体能力で、オレの先読みを追い越してくる。


 このプレイだけでオレは感じた。

 セルビオ君もこの5年間、必死で努力してきたことに。

 生まれ持った才能に加えて、地道なトレーニングを自分に課してきたのだ。


 まさに尊敬できる相手である。


「コータ、いちど戻せ!」

「やっぱりセルビオ・ガルシアと、1対1は無謀だ!」


 圧倒的に抑え込まれているオレのことを、チームメイトは心配していた。

 必死で動き回って助けようとしれくる。


(でも、ここはオレが抜くしか勝機はない!)


 だがオレはパスを出さなかった。

 相手は怪物セルビオ・ガルシア。

 一瞬でも隙を見せたら、牙を向けて襲いかかってくる。


 この場面はなんとしてでも、オレ一人の力で抜き去るしかないのだ。


『そろそろ時間だ! 遊びは終わりにしよう、コータ!』


 試合終了の時間となっていた。

 アディショナルタイムは残り1分。


 セルビオ・ガルシアは更にギアを上げてきた。

 選手村の上のギアの、更に上のギア。


 神速の瞬発力でオレのボールを奪いにくる。


(くっ⁉ まさかこのラストプレイで、ここで更に加速してくるのか⁉ どうすればいいんだ⁉)


 正直なところ想定外だった。

 詰みの状態だった。

 

 ここまで規格外の相手だと、オレに残っている武器はもうない。

 オレの未来のフェイントやドリブルも、この状況では通じない。


 必死でボールをキープしながら、逆転の策を考える。


(とにかく……ボールを大事に……ボールタッチを丁寧に、柔らかく……)


 そんな時。

 ふと昔の言葉が脳裏に浮かんできた。


 それは幼い頃から続けている、基礎の練習方法。

 幼稚園のころに初めて練習した、ボールタッチの足技である。


(ドリブルは両足で、重心をずらさないように……足元を見過ぎないように、周りを見ながら……)


 なぜこんなオリンピックの大舞台で、そんな初歩技が浮かんできたか分からない。

 だがセルビオ君を目の前にして、オレは無我夢中だった。


 そんな中でも、脳裏には何度も流れてくる。

 3歳の時、初めてサッカーボールを買ってもらったこと。

 その時の初歩技が、どんどん込み上げてきた。


(リフティングはボールの中心を感じながら……目を閉じても出来るように……ボールを感じながら……)


 それは不思議な感覚だった。

 まるで夢を見ているような感じ。


 幼い頃からのサッカーの思い出が、走馬灯そうまとうのように流れてくる。


(相手の動きを見て、でも動きに惑わされないように……自分の身体の向きは常に相手ゴールを見据えて……)


 今まで本当に長い間、サッカーボールと触れ合ってきた。

 練習の時はもちろん、私生活でもボールを蹴ってきた。


 授業中も先生に内緒で、こっそりとボールタッチの練習。

 家の中や空き地でも、常に自主練を続けてきた。


 14年間×365日×1日10時間以上……


 数えたことはないが、膨大な時間をサッカーボールと触れ合ってきた。


 全てのプライベートな時間を削ってまで、オレはサッカーボールと蹴り込んできた。


 いったい、それは何のために?


 考えたこともなかったかもしれない。


(そういえば、こんなことサッカーボールを初めて買ってもらった時にも考えたな?)


 あの時は無我夢中で基礎を練習していた。

 前世でサッカーの経験のないオレは、基礎だけを磨いてきたのだ。


「やっぱり、サッカーは難しいな……」


 ふとオレは小さくつぶやく。

 初めてサッカーボールに触れた夜の言葉を。


『最後だぁ! いくよ、コータ!』


 次の瞬間、目の前に、相手が迫ってきていた。

 セルビオ・ガルシアが必殺のタックルで、オレからボールを奪おうとしていたのだ。


『これで終わりだ、コータ!』


 セルビオ君のタックルは完璧だった。

 防戦一方だったオレのボールは、このままで間違いなく奪われてしまうであろう。


「サッカーは難しい……でもサッカーは……」


 オレは無心で動き、またつぶやく。

 

 同時に幼稚園時代から毎日練習してきた技を繰り出す。

 なぜ大舞台で、こんな地味な初歩技をだしたのか、自分でも分からない。


『そんな幼稚な技を出してくるだと⁉ コータ、もらった!』


 勝利を確信したセルビオ君が叫ぶ。

 このまま自分がボールを奪って、日本ゴールに確実に叩きこむイメージが見えていたのだ。


「サッカーは…………本当に楽しいね!!」


 オレは叫んでいた。

 そして勝負は一瞬であった。


 オレが繰り出したのはサッカーの基本技。

 何の変哲のない子ども向けの初級技。


『なん……だと⁉』


 だがセルビオ・ガルシアは反応することが出来なかった。

 読んでいても、止めることが出来なかったのだ。


雨垂あまだれ石を穿うがつ”

 ……小さな努力でも根気よく続けてやれば、最後には成功する。


 これはサッカーの世界にも通じた。

 どんな基礎技も極めれば奥義となる。


 オレの中にあった基礎の積み重ねが、セルビオ君の天賦てんぶの才を超えたのだ。


「ヒョウマ君!!」


 オレが出したのもパスも、基礎中の基礎。

 だが極まったパスの精度に、スペイン代表の誰も追いつけなかった。


「これぞコータのパス……最高のパスだぞ、コータ!」


 ただ一人……オレのことを信じて、待っていたヒョウマ君だけが追いつき、ノートラップで合わせる。


 直後、強烈な弾丸シュートが、スペインゴールを突き破る。

 

『ピッピー!』


 そのまま審判の笛の音が鳴り響く。

 試合の合図。


 電光掲示板に映し出されたのは、3対2の数字。

 日本代表は逆転に成功したのだ。


「ふう……疲れたな……」


 オレは天然芝のピッチの上に倒れ込む。

 残存スタミナ0%

 今日はあと一歩も歩けないかもしれない。


「でも、本当に……最高に楽しかったな……」


 こうして激闘を制してスペイン代表に勝つ。

 

 オレたち日本代表は金メダルを獲得できたのだった。


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[一言] 凄い…初歩技の具体性0だ…
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