第144話:準決勝、ドイツ戦
8月19日。
オリンピックサッカーの準決勝の日。
今日はついに、日本とドイツの試合が行われるのだ。
◇
「今日のドイツ代表も強敵だ。だが必ず勝機はある!」
「「「はい!」」」
日本代表のロッカールームに、澤村監督と選手たちの声が響き渡る。
オレたちがこれから対戦するのはドイツ代表。
世界ランキングの最高峰で、優勝候補の一角である。
「コータ、今日は調子が良さそうだな」
「あっ、ヒョウマ君。うん、そうだね。自分でも怖いくらいに落ち着ているよ」
ピッチに向かいながら、ヒョウマ君から声をかけられる
今日の相手は思い出深いドイツのみんな。
だが迷いは既になく、オレは闘志をみなぎらせていた。
一昨日のユリアンさんからの激励が、オレを奮い立たせていたのだ。
「その分なら大丈夫そうだな、コータ。だが気をつけていくぞ。ドイツ代表は、お前が考えている以上に強い」
「うん、そうだね、ヒョウマ君。油断大敵だね」
いつもは自信満々なヒョウマ君が、ここまで警戒するのも無理はない。
この時代のFIFA世界ランキングで、ドイツは1位に君臨している。
2年前のワールドカップでも、南米の雄アルゼンチンを下して優勝していた。
「さらにコータ。ドイツは代表チームになった時に、その真価を発揮する。オレ様のいたイタリアの連中も、いつも苦渋をなめさせられていた」
「あの、レオナルドさんたちイタリアが……たしか、そう言われてみれば……」
ヒョウマ君が警告するように、代表としてのドイツの凄さは、世界ランキング以外にも顕著に現れている。
・ワールドカップ出場回数:世界2位
・ワールドカップ優勝回数:世界2位
・勝利総数:世界2位
・総得点数:世界2位
・準優勝以上回数:世界1位
・ベスト4以上回数:世界1位
・通算得点者:トップ10に5人もランクイン:世界1位
こうして数字にすると、圧倒的な強さである。
世界最高と言われる南米のブラジルに、唯一対抗的できる記録はドイツだけ。
安定力だけなら、間違いなくドイツは世界随一だと言えるのだ。
「留学していた時にも思ったけど、ドイツはサッカーに力を入れていたからね」
「そうだな、コータ。総合的な国力だけでいえば、間違いなく世界一かもしれんな」
ドイツは国をあげてサッカーの強化に力を入れている。
ドイツ国内300箇所以上にサッカー専門のトレーニングセンターを設置。
11歳以上の若手選手レベルの底上げをしていた。
また1部と2部のチームには、必ずユースチームのアカデミー設置を義務している。
これにより世界の中でも、安定した選手を生み出す大国が完成したのだ。
「それにコータ。ドイツ代表とお前のプレイスタイルは相性が悪い。気をつけていけ」
この時代のドイツサッカーの特徴は、選手のボール離れの良さである。
スピーディーなパス回しにより、相手に何もなせないオフェンスが武器。
これは先読みをするプレイスタイルのオレやレオナルドさんにとって、天敵ともいえる。
留学時代はそんなドイツサッカーが味方であったので、有り難かった。
だが今日は敵同士。
それに今の日本のプレイスタイルでは、ユリアンさんたちに太刀打ちできる可能性は低いのだ。
「でも、ヒョウマ君。サッカーは始まってみないと、分からないスポーツ! 全力をつくしていこうね!」
「ああ、そうだな。世界中の奴らを驚かせてやろうぜ!」
何度も言うが、サッカーの世界に絶対はない。
最後まで諦めずにプレイしたチームには、サッカーの女神は何度も微笑んできたのだ。
だから格上であるドイツに、オレたちも挑戦するのであった。
◇
試合開始、2分前になる。
日本とドイツの選手は、互いのピッチに布陣していた。
『それでは、準備はいいか?』
主審から確認に行わる。
ゴールポストやピッチ上に異常がないか、最終確認がされていく。
(ユリアンさん……ドイツのみなさん。今日はよろしくお願いします)
自分のポジションについたオレは、敵陣のみんなに心の中で挨拶をする。
今日のドイツ代表は、怖いくらいに真剣な表情をしていた。
だから試合前のユリアンさんたちドイツ代表の皆とは、何も会話せずにいた。
ドイツ選手は真面目で、試合前にははしゃいだりしない。
(でも、皆さんからの熱い想いは伝わってきています。)
日本は世界ランキング的にも、明らかに格下。
本来ならば3日後の決勝戦のために、選手は温存する作戦が普通であろう。
だがドイツ代表はベストメンバーで揃えてきた。
これはドイツ代表が、日本を強敵だと認めて証拠だった。
(最高に光栄です。だからオレたちも全力を尽くします!)
日本代表も今日の試合は、ベストメンバーで臨んでいる。
何しろ相手は世界ランキングでも、最上位のドイツ代表。
出し惜しみをしている場合ではないのだ。
◇
『ピピー!』
そんな時、審判のキックオフの笛の音が鳴る。
いよいよ準決勝……ユリアンさんたちのドイツ代表との戦いが幕を開けたのだ。
ドイツ代表のボールからスタートする。
「コータ君……最初から全力でいかせもらう!」
「えっ?」
ボール持っていたユリアンさんが、いきなり叫ぶ。
いつもは冷静なユリアンさんの、突然の行動。
オレは虚をつかれてしまったのだ。
『いくぞ、ドイツの戦士たちよ!』
『『『おぉおお!』』』
キャプテンのユリアンさんの声に続き、ドイツ代表の選手たちが咆哮をあげる。
彼らは雄たけびと共に、日本陣地に総攻撃をかけてきた。
「えっ、いきなり⁉ みなさん、気を付けてください!」
これはまずい!
嫌な予感のしたオレは、日本代表のみんなに声をかける。
この時代のドイツサッカーの戦術の基礎は、確率論である。
確実に実行できる戦術プランを用意し、無駄を省いた効率的かつ冷静なプレイをしてくる。
だから日本代表も、そんなドイツの戦術に備えて練習してきた。
「くそっ、落ち着け、みんな!」
「守備ラインを整えろ!」
「マークのズレを修正するんだ!」
だが、ユリアンさんたちの攻撃は今までにない行動。
確率を無視した総攻撃だった。
それを想定していなかった日本代表の選手は、混乱に陥ってしまう。
『『『いくぞ!』』』
ドイツ代表の波状攻撃を受け続けてしまう。
そしてキックオフから5分後。
ついにドイツに先制を許してしまう。
(くそっ……まさかドイツ代表がこんな戦術を使ってくるなんて……)
先制点を取られて、オレは自分の不甲斐なさを悔やむ。
決して油断をしていた訳ではない。
だが王者ドイツがまさか奇をてらった戦術を仕掛けてくるとは、想像もしていなかった。
おそらく世界中の数億の観客の誰もが、TVの向こう側で驚いていただろう。
『コータ、驚いたか?』
『オレたちドイツ代表は、対日本用……いや、『対コータ・ノーロ用』に色んな戦術を練習してきたんだぜ!』
『普通のドイツ式だと、お前には勝てない可能性があるからな!』
ゴールを決めたドイツ代表の皆が、呆然とするオレに向かって口を開く。
なんと極秘裏に、新しいドイツ式の戦術を研究してきたのだ。
ドイツ代表の皆はかなり興奮していた。
くそっ……騙されてしまった。
彼は決して平常心ではなかったのだ。
あまりに高まる闘争心を抑えるために、試合前はクールを演じていただけなのだ。
(そんな……オレを倒すために、新しい戦術を⁉)
まさかの事実にオレは愕然とする。
何しろ日本代表が用意してきた対ドイツプライが、全て無駄になってしまう。
つまりオレたちはいきなり窮地に陥ったのだ。
「でも、すごく面白いプレイスタイルでした! 本当に凄かったです!」
先制点を取られながらも、オレも負けずに興奮していた。
何故ならこんな新たなプレイスタイルのドイツ代表は、前世でも見たことがなかった。
新たなる可能性に挑戦している相手に、オレは心が踊っていたのだ。
「その分だとショックは無さそうだな、コータ?」
「あっ、ヒョウマ君。そうだね、むしろ気合いが入ってきたよ、ボクは!」
世界王者のドイツが進化しようとしている。
その瞬間に立ち会えることは、サッカーオタクとしては至極の喜び。
これ以上のワクワクはない。
「よーし、ボクも頑張らないと! ヒョウマ君、みなさん、すぐに点を取り返していきましょう!」
日本代表の皆は、先取点を取られて落ち込んでいた。
そんなチームメイトに声をかけていく。
試合はまだ始まったばかり。
1点取られたら、2点取り返せばいい。
2点取られたなら、3点を。
そうチームメイトを激励していく。
「ドイツ代表相手に3点だと⁉ 相変わらずコータは、前向きだな……」
「だが、コータの言う通りだ。オレたちは挑戦者……」
「ああ、そうだな! オレたちもコータと澤村にボールを集めていくぞ!」
日本代表の皆は立ち直ってくれた。
チャレンジャー精神で前を向いてくれた。
よし、これなら大丈夫!
日本代表は自分たちのベストを出せそうだ。
「よし、いくぞ!」
こうして1点を追いかける形で、ドイツ戦に挑むのであった。
◇
その後のドイツとの戦いは激闘となった。
先制を許した日本代表は、攻撃に転じる。
オレを中心にパスを回していき、ドイツの守備陣をかく乱していく。
カウンターで逆襲されるのを恐れずに、何度もドイツゴールに攻め込んでいく。
『ゴォオオオーール!』
そして前半35分。
実況者の叫びが、満員のスタジアムに響き渡る。
オレからのパスを受けたヒョウマ君が、見事に弾丸シュートを決めたのだ。
これで1対1。
試合は振出しに戻った。
これで日本にも試合に流れがくる。
だが同点にされたドイツ代表も、負けてはいなかった。
『やるな、コータ!』
『だがオレたちドイツ代表の力は、こんなもんじゃないぞ!』
『個人ではお前に勝てないかもしれない。だがドイツの力は組織力だ!』
同点にされてからドイツ代表は、本領を発揮してきた。
戦術を変更して、日本に攻め込んできたのだ。
(くっ、これがドイツ式サッカーか……)
彼らは本来の戦術をチェンジしてきた。
スピーディーなパス回しによる、本来のドイツ式サッカー。
2年前のワールドカップを制した、最強の攻撃的な戦術だ。
(これは分かっていたけど、ヤバイな……)
ドイツでプレイしていたオレは、相手の攻撃に対応できたていた。
だがオレ以外のチームメイトは、相手の早いパス回しに翻弄されている。
日本代表の皆もビデオで研究はしていた。
だが実際にワンタッチの一瞬なパス回しは、実感するのとはひと味違うのだ。
「みなさん、諦めずに! 日本のサッカーを信じて……自分と仲間を信じて、守りましょう!」
オレは攻め続けられているチームメイトを鼓舞する。
総合的な力では、たしかにドイツ代表に負けている。
だが日本のサッカーも決して弱くはない。
あとは自分たちを信じて戦い抜くしかないのだと。
「言われるまでもない、コータ!」
「年下のお前ばかりに、いい恰好はさせてられないからな!」
「よし、大和魂で守り抜くぞ、みんな!」
日本代表のみんなはもち直してくれた。
互いに連携することによって、ドイツの猛攻に耐えている。
◇
全員でドイツの猛攻をしのいでいく。
いつの間にか後半35分になっていた。
「やるね、コータ君。だが、いつまで持ちこたえるかな?」
「ユリアンさん⁉」
得点は変わらず1対1のまま。
ユリアンさんが中心となりドイツ代表が、再度猛攻をしかけてきたのだ。
ユリアンさんのポジションは守備のDF。
だが、その正確なパスと広い視野で、ドイツ司令塔の役割も果たしていた。
(さすがはユリアンさん! 敵に回すと、こんなに恐ろしいのか⁉)
ユリアン・ヴァスマイヤーのプレイには、大きな派手さはない。
レオナルドさんのように、華のあるプレイヤーではない。
だが彼の持つ技術は、全てにおいて一級品。
元々はFWとMFのポジションにいたために、攻撃力がかなり高い。
またF.S.Vでは守備の要として、ドイツリーグの猛者共を抑えてきた。
攻守万能のプレイヤーであり、世界のU-23世代の中では総合力は一番高いかもしれない。
(だが、オレたちも負ける訳にはいかない!)
オレも必死になり、ユリアンさんたちドイツの猛攻を防いでいく。
ポールの保持率は圧倒的にドイツが上回って、日本は押されている。
だがサッカーはどんなに保持率で負けていても、ゴールを決められなければ負けることもない。
とにかく今は耐える時間帯。
ドイツの猛攻に対して、耐えて耐えまくるのだ。
◇
ざわざわ……
スタジアムがざわつく。
いつの間にか後半45分を過ぎていた。
延長の時間のアディショナルタイムが掲示されて、観客がざわついていたのだ。
(延長時間のアディショナルタイムは2分か……)
今は1対1で試合は拮抗したまま。
ボールは相変わらずドイツに支配されたままである。
(延長戦か……)
ドイツの猛攻に耐えながら、周りを見渡す。
日本代表の選手はかなり疲弊している。
圧倒的に格上のドイツの攻撃を受け続けて、全員のスタミナが限界に近づいているのだ。
それに比べてドイツ代表のスタミナは、日本よりは余裕がある。
(延長戦に入るのは、まずいな……)
このまま延長戦に入ったら、日本は点を取られてしまう可能性が大きい。
総合力の差で負けてしまうであろう。
「それなら……ここだ!」
タイミングを見計らって、オレは一気に駆け出す。
ドイツの素早いパスの先を読み、パスカットに成功する。
わずかな残り時間で、勝ち越しのゴールを狙うのだ。
『コータにラストパスを出させるな!』
『二人がかり取り囲め!』
同時にドイツの選手が押し寄せてきた。
巨漢でありながら、彼らのタイミングとスピードは凄まじい
巨人のようなディフェンダー二人に、目の前を塞がれる。
「でも、ボクだって!」
ドイツ時代にドイツ選手とは、嫌というほど戦ってきた。
特に目の前の二人のクセは、全て自分の脳内にある。
囲んでいた2人を一気に抜き去っていく。
『くっ、抜かれてしまったか……』
『相変わらず、ノーロ。コータは化け物か……』
苦悶の表情で叫ぶ相手を抜き去り、そのまま前方のスペースにパスを出す。
「ナイスパスだ、コータ!」
パスを出した相手はヒョウマ君。
オレの動きを信じて、彼もナイスポジションにいてくれたのだ。
『ユベトスのそいつも要注意だ!』
『囲め!』
ヒョウマ君にもドイツの選手が迫っていく。
彼がセリエAで活躍しているのは、ドイツでも名が響いていた。
そのまめヒョウマ君のプレイスタイルも研究されているであろう。
このまま同点ゴールを決めるのは、いくらヒョウマ君でも難しいかもしれない。
(よし、今だ!)
だが、その瞬間を見逃さずに、オレは駆けだす。
全選手の注意が、ヒョウマ君とボールに向かったタイミング。
ドイツゴールの死角へと駆け込んだ。
(よし、このままいけるぞ!)
ヒョウマ君を囮にしたオレの動きは、成功した。
このままヒョウマ君から逆にラストパスを受け取り、オレが逆にゴールを決める。
敵軍の誰も、オレの動きには反応していない。
絶好の逆転のチャンスだった。
「そうかいかないよ、コータ君!」
「ユリアンさん⁉」
そんな中でたった一人、反応していた相手選手がいた。
彼の名はユリアン・ヴァスマイヤー。
ドイツ代表のキャプテンで、守備の要がオレの前に立ちはだかったのだ。
(くっ⁉ まさか読まれていたのか⁉)
オレは心の中で驚愕する。
ドイツ時代でも出したことのないプレイだったのに、ユリアンさんに先読みされていたのだ。
「キミとは短くない付き合いだから、その考えも読めたのさ!」
F.S.V時代は、ユリアンさんとコンビを組むことが多かった。
そのためオレの考えが読まれてしまったのであろう。
(くそっ……そういうことか。でも!)
こうなったら仕方がない。
ユリアンさんのマークを振りほどかないと、日本に勝機はない。
オレ一人の力で、ここを突破するしかないのだ。
「さあ、三度目の勝負の決着をつけよう、コータ君!」
「三度目の……はい、ユリアンさん! こちらこそ望むところです!」
ユリアン・ヴァスマイヤーとの対決は、今まで2度あった。
最初は2軍と1軍の交流戦の時。
エレナと仲良くしてもらうために、オレから勝負を挑んでいった。
2回目は、ドイツ3部リーグでの得点王争いの勝負。
交通事故で亡くなる未来のユリアンさんを、助けるため。
彼をDFに転向させるために、またもやオレから勝負を挑んだ。
そして、今回は3回目の勝負。
公式の場では、初めての直接の対決となる。
「いきます、ユリアンさん!」
ヒョウマ君からのパスを受けるためには、オレはフリーになる必要がある。
オレは緩急をつけたフェイントで、ユリアンさんのマークを振りほどこうとする。
足の速さなどの身体能力は、この人には敵わない。
自分が勝っている可能性があるのは、技と反射神経だけなのだ。
「コータ君のその動きは、私には通じないよ! 研究してきたからね!」
だがユリアンさんのマークを外すことは、出来なかった。
オレの繰り出すフェイントの全てに、対応されていたのだ。
くっ、これはまずいぞ。
F.S.V時代で出していた技の全てが、ユリアンさんに研究しつくされていた。
このままでフリーになることは不可能だった。
「コータ、いくぞ!」
ヒョウマ君からパスが発射された。
試合終了まであと数十秒。
最後の賭けにでた、ヒョウマ君のラストパスだった。
とてもパスとは思えない、弾丸シュートのようなパスが迫ってくる。
普通の選手では、トラップすることが出来ない弾丸パスだ。
「無謀なパスだったな、コータ君! いや、これは“零式トラップ”か⁉」
ユリアンさんは叫びながら、対応の策を発動させる。
“零式トラップ”は弾丸シュートすらも受け止める、F.S.V時代に習得したオレの必殺のトラップ。
「甘いぞ、コータ君!」
特訓の末に習得したこの技のことは、チームメイトだったユリアンさんが一番知っていた。
それを封じ込める対応策も、ユリアンさんは事前に編み出し、発動してきたのだ。
「ユリアンさんなら、必ずそう動いてくれと思いました!」
だがオレは動じなかった。
ユリアンさんの凄さは、オレもよく知っている。
“零式トラップ”に対応する動きを発見して、ここで発動してくると信じていたのだ。
オレは“零式トラップ”のモーションを発動させて、すぐさま技をキャンセルする。
「何だと⁉」
オレは“零式トラップ”を発動させずに、ゴール向かって駆け出す。
虚を衝かれたユリアンさんを、そのまま置き去りにする。
「うぉおおお! 届けぇええ!」
そのまま一気にダイビングと飛び出す。
ヒョウマ君からの弾丸パスは鋭い。
それに合わせるためには、オレは身体を投げ出すしかない。
トラップしている暇はなし。
ノートラップで身体ごとダイビングヘッドだ!
「あわわわわわわ!」
その直後、オレの身体はゴールネットの中で数回転する。
勢いが余って、止まることが出来なかったのだ。
最後は金属のゴールポストに頭が激突して、無事にとまる。
目の前で星が飛んで、意識が軽く飛んでしまう。
オレは一瞬だけ気を失ってしまうのであった。
◇
「いっててててて……」
少し遅れてから意識が戻る。
同時に全身に激痛が走った。
頭にたんこぶが出来ていたが、骨には異常は無さそう。
こういった時は石頭に産んでもらったことを、両親に感謝しかない。
「あれ……ボールは?」
目の前の星が消えて、意識が回復してきた。
オレはユリアンさんのマンマークを振り切り、ダイビングヘッドしたはず。
その時のボールはどこにいったのであろう?
『……ゴ、ゴォオオオーール! 日本逆転、そして、ここで試合終了のホイッスルがぁああ!』
耳鳴りが止んで、実況者の叫びが聞こえてきた。
遅れて大歓声のスタジアムの絶叫も。
「そうか……入ったのか……?」
目の前にサッカーボールがあった。
オレがいるのはドイツゴールの中。
つまりダイビングヘッドは成功。
日本は勝利することが出来たのだ。
「大丈夫か、コータ君?」
「あっ、ユリアンさん。はい、石頭なので大丈夫でした」
倒れているオレを、ユリアンさんが起こしに来てくれた。
「そうだったな、キミは石頭だったね。でも、まさか、あそこでをキャンセルして、“零式トラップ”ダイビングヘッドとはな……完璧にやられたよ……」
「えへへへ……ボクも無我夢中だったので、運が良かったでした」
起こしてもらいながら、ユリアンさんと語り合う。
互いの健闘を称えあいながら、笑みを浮べあう。
両者の言葉の数は少ない。
だがオレは感じていた。
本当に大変だったけど、最高にエキサイティング試合だったと感じ合っているのだ。
「ふう……なんとか、勝てたか……」
ようやくユリアンさんの肩から離れられ、ボロボロになりながらも実感する。
自分たちが勝ったのだと。
こうしてオレたち日本代表は、ドイツに2対1で勝つことができたのだった。