第143話:決闘の挑戦状
8月17日。
イタリア戦から二日経っていた。
「朝食を食べにいこう、ヒョウマ君!」
「ああ、そうだな」
激戦の試合から二日経ち、身体の疲労はすっかり抜けていた。
目覚めの良い朝を迎えて、オレたちは朝食会場へ向かう。
「うん、今日も美味しい! しかも食べ放題だし!」
健康な朝は、ご飯も美味しい。
オレは世界各国の料理を、皿の上に乗せていく。
こんなに美味しくて、しかも食べ放題。
ここは天国のような場所。
できれば、この選手村で一生暮らしていたほどである。
「コータ君、おはよう」
『おはよう、子猫ちゃんたち♪』
「あっ、おはようございます!」
そんなオレたちのテーブルに、ユリアンさんとレオナルドさんがやってきた。
レオナルドさんとの試合は終わったので、前のように仲良く一緒に朝食を食べられるのだ。
『あら、そういえば、じゃじゃ馬ちゃんがいないわね?』
じゃじゃ馬ちゃん……エレナがいないことに、レオナルドさんは気が付く。
選手村ではいつもオレと一緒にいた。
でも、ここ数日いないことに気が付いたのだ。
『レオ。エレナはクラブの方の急用で、一度ドイツに戻っている。21日までには、選手村に戻ってくる予定だ』
『あらー、ユリアン。そういうこと。相変わらずアナタの妹は忙しいのね♪』
マヤが倒れたことは、極秘中のこと。
でも協力者エレナの兄、ユリアンさんだけには説明してあった。
特効薬を手に入れるために、エレナが駆けず回っていることも。
だからユリアンさんは上手くごまかしてくれた。
嘘がつけないオレを助けてくれたのだ。
『そういえば体調は良さそうね、子虎ちゃんたちは? アタシとの激しい運動の疲労は、すっかり抜けたのかしら?』
『はい、レオナルドさん。お蔭さまで、この通り、ピンピンしています!』
『お前と違い、オレ様たちは若い。疲労回復能力が違う』
イタリア戦は本当に激闘だった。
試合が終わった直後は、しばらく動けなくなる満身創痍だった。
だがオレとヒョウマ君は、まだ若い17歳。
2日目の今日は完璧に回復したのだ。
『あらー、若いって、いいわね♪ それなら、またアタシと1ラウンドしちゃう? もちんろん、次は夜の激しいのを♪』
『オレ様は、ノー、サンキューだ』
『ボ、ボクもしばらくは、ご遠慮お願いします』
レオナルドさんとの試合は、最高に楽しかった。
だが同時に凄まじい精神力を消費する。
何しろ試合中のレオナルド・リッチは、常に強烈なプレッシャーを放ってくるのだ。
あんな試合が連日行われたのなら、オレの身体は壊れてしまうかもしれない。
『あら、それは残念ね、お二人とも♪ まあ、そういアタシも満腹で、しばらくは幸せに暮らせそうよ♪』
イタリアは日本に敗れた。
彼らにとって大阪オリンピックは終了となる。
あとはイタリア代表は閉会式までオフだという。
レオナルドさんは選手村で、ゆっくり過ごす予定である。
『でもアタシは満腹でも、うちのユリアンは既にやる気十分みたいよ?』
レオナルドさんは悪戯な笑みを、話題を変えてくる。
静かに朝食を食べていたユリアンさんに、話をふった。
『私はドイツ代表としてベストを尽くすだけ。結果は後から付いてくる』
話を振られてもユリアンさんは冷静だった。
乱れることなく華麗にモーニングを食べている。
さすがは貴族の血を引くヴァスマイヤー家の跡取りさん。
こういった対応はいつ見ても様になる。
「だがコータ君……キミは少し迷っているね?」
「えっ、ユリアンさん……ボクがですか? いきなり、どうして……」
「いつも言うが、キミは嘘を付けない。我々ドイツ代表と戦うことに対して、少し迷いがあるね、コータ?」
オレたちがイタリアに勝ったように、ドイツ代表もトーナメント初戦を突破していた。
その結果明後日の2回戦……準決勝は日本対ドイツの組み合わせ。
つまりオレはユリアンさんたちと戦うことになったのだ。
「ボクは迷ってはいませんが、なんか不思議な感じです。だって、お世話になったF.S.V皆や、ドイツの人たちと、オリンピックで戦うことになって……」
今回のドイツ代表にはオレの知り合いばかりがいた。
3年間お世話になったユリアンさんと、F.S.Vの人たち。
あとUCLヤングリーグで激戦を繰り返した、ドイツの各クラブの人たち。
彼らには本当にお世話になった。
みんながいなければ今のオレは存在していないであろう。
ドイツ代表の人たちは、仲間でありライバル、そして同士。
そんな人たちと戦うことが、未だに信じられないのだ。
「やっぱり、そういうことか。コータ君は優しすぎる一面があるからな」
「すみません、ユリアンさん……」
明後日の試合になればオレは全力を出すであろう。
だが、あと一歩を踏み出せないでいた。
一昨日のイタリア戦のように、死力を出せないでいたのだ。
正直なところ、こんなことは初めてであった。
どうにか解決しなければいけない。
自分のことながら不甲斐ない。
「それなら、コータ君。今度は私が協力させてもらう」
「えっ?」
いきなりユリアンさんが立ち上がる。
突然のことでびっくりした。
更にユリアンさんさはポケットから白い手袋を取り出し、胸の高さに構える。
『私、ユリアン・ヴァスマイヤーは貴殿、野呂コータに決闘を挑む! 明後日の試合、私が勝ったら、キミはドイツに帰化してもらう!』
「えっ……ユリアンさん……?」
食堂の真ん中でいきなりユリアンさんに、ドイツ語で挑戦状をつきつけられた。
突然のことでオレは状況がつかめずいた。
『私は必ずコータ君と日本代表を倒す。このヴァスマイヤー家の名に賭けて!』
(あ……これは……)
その台詞を聞いて、オレは思い出した。
やり取りに覚えがある。
あれは……4年前のF.S.Vの交流戦の日。
2軍にいたオレが、1軍のユリアンさんと初めて会った日のことである。
オレはユリアンさんに向かって言った『ユリアンさん、ボクと勝負してください! ボクが勝ったら、妹さんと仲良くしてください!』そして『ボクは必ずユリアンさんと1軍を倒します!』と。
闘志を失っていたユリアンさんに火をつけるため、当時のオレは挑戦状を突き付けた。
あの日と同じことを、今度はユリアンさんがしてきたのだ。
「ユリアンさん……」
「もちろん、受けてくれるであろう、野呂コータ君?」
「はい! 喜んで決闘を受けさせていただきます、ユリアン・ヴァスマイヤー!」
ここで勝負を受けなければ男がすたる。
オレの魂に一気に火が付き、激しく燃え上がる。
ユリアンさんからヴァスマイヤー家の手袋を受け取る。
「では、明後日の戦場で会いまみえよう、コータ君!」
「はい、こちらこそ!」
ユリアンさんは一人席を立ち去る。
彼とは試合が終わるまで、顔を合わせることはないであろう。
次に相対するのは準決勝のピッチの上なのだ。
『相変わらずユリアンは不器用さんね。あのまま放っておいたら、ドイツが有利になったのにさ。でも、そのお蔭で子猫ちゃんに火が宿ったんだけどね♪』
『ありがとうございます、レオナルドさん。ボクも恩返しをするために、明後日の試合で全てを出し切ります!』
ユリアンさんは正々堂々と勝負をしたかったのであろう。
かつてのチームメイト同士が全力を出し合えるように、演技をして仕向けてくれたのだ。
「コータ、相変わらずだったな。だが、とにかくドイツ代表は強敵だ。気を引き締めていくぞ」
「うん、そうだね! 頑張っていこうね!」
サッカーは世界共通の言語である。
言葉が通じなくても戦った後には、必ず何かが生まれてきた。
(ユリアンさん……それにドイツのみんな! 互いにベストをつくそうね!)
今度はオレが成長した姿を見せることが、ドイツの皆への最大の恩返し。
こうしてオレは第二の故郷ドイツとの戦いに挑むのであった。