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第142話【閑話】:レオナルドとユリアン

《レオナルドとユリアンの話》


 日本対イタリアの試合、翌日の夜の話である。

 ここは選手村の中にあるレストランの一つ。


『やあ、レオ』

『あら、ユリアン? なんで、この店に?』


 一人で静かに食事しようとしていたレオナルドは、ユリアンの強襲を受けた。


『私にもレオと同じ料理を。あとイタリア産のワインも』


 質問には答えずにユリアンは、ウエイターに注文。

 そのままレオナルドの向かいの席に座る。


『いきなり座るとは、今宵は少し強引ね、ユリアン? アタシは一人で静かに食事していたのよ。もしかしたら、誰からと待ち合わせしていた可能性もあるのよ?』

『レオの性格を考えたら、その可能性はゼロ等しい。とにかく、乾杯しよう、レオ』


 苦笑いするレオナルドに構わず、ユリアンはワインで乾杯を促す。


『今宵はいつもと違って、かなり強引ね。乾杯、ユリアン♪』


 この二人の関係では、いつもはレオナルドの方が強引に話を進めていく。

 だが今宵だけ逆の立場。

 

 それも悪くないわね……レオナルドはそう笑みを浮べて乾杯をする。


『そういえば、ユリアン。なんでこの店に、アタシが一人でいると思ったの?』


 2万人を収容する広大な選手村には、数多くのレストランが存在する。

 そんな中、たった一人でいたレオナルドを、いきなり見つけ出すことは奇跡に近い。


『選手村の中で、イタリア料理を出す店は6カ所。その中でレオがトリノで通っていた店に雰囲気が似ているのは、ここだけ。そして負けた試合の翌日の夜は、レオはいつも一人でディナーをする。ここにたどり着いたのは簡単な推理だ』


 ユリアンは選手村のガイドマップを開きながら、種明かしをする。

 一見すると理にかなっているが、実際にはユリアンにしか分からない理由。

 

 レオナルドのことをよく知る人物でなければ、探し当てることは不可能なことだった。


『負け試合の翌日とは……随分と厳しい一言ね、ユリアン。アタシは敗軍の司令塔だったんだから、もう少しいたわってちょうだい♪』


 昨日、レオナルドのイタリア代表は、日本代表に3対2で負けた。

 これによりイタリアサッカーのオリンピックは終了となる。


 日本はFAFA世界ランキングでも、圧倒的に下の相手。

 イタリアメディアは番狂わせだと、悲痛な報道を繰り返していた。


『労わるも何も。その割にレオは、満足そうな顔をしているからな』

『あら、乙女は嘘をつく生き物なのよ、ユリアン? アタシは笑顔の下で、すごく落ち込んでいるかもよ?』


 レオナルドは小悪魔的な笑みを浮べる。

 顔のつくりは整っているので、この中性的な表情も様になっていた。


『キミとは付き合いは短くはない。昨日の試合の後の、レオの表情を見たら分かる。後悔はないんだろう? コータ君や澤村ヒョウマ君との戦いに?』

『あら、嬉しい言葉ね、ユリアン♪ そうね……昨日のことを思い出すだけで、今でも胸がジンジンするわ……』


 レオナルドは両手を胸に当てながら、思い出していた。


 昨日の日本との90分のことを。

 若き二人の青年との、骨を削るほどの激しいボールを奪い合いを。


『そうね、ユリアンの言う通り、アタシには後悔は一つもないわ。むしろサッカー人生の中で、2番目くらいに満足しているの。この気持ち、分かる、ユリアン?』

『ああ、スタジアムで観戦していた、私にも分かる。昨日の試合中のレオナルドは、最高にいい笑顔でパフォーマンスを発揮していた。それに対するコータ君たちもね』


 若きサッカー選手は試合中に、いきなり成長する場合がある。

 何かをひらめいて、突然上手くなることがあるのだ。


『ユリアンの言う通り、子猫ちゃんは特に素晴らしかったわ……2年前の時の青い果実とは違って、成熟した芳醇な薫りさえ醸し出していたの。それも試合中にドンドン香ばしくなっていったのよ!』


 2年前の対戦した時の野呂コータは、まだ成長期の途中。

 それでも15歳とは思えない圧倒的なパフォーマンスを、ヨーロッパでも有していた。


『たしかにレオの言う通りだ。コータ君は2年前とは比べものにならないくらいに完成されていた。それでいて、更に進化の途中ですらある。一体何があったのか、予想もできないよ』


 野呂コータの情報を、ユリアンは妹エレナから定期的に聞いていた。

 エレナはコータの妹の葵と、メールで毎日のようにやり取りをしていたのだ。


『ちなみにレオ。コータ君は、この2年間、オリンピック予選関係を除いて、プロの試合には一回も出場していない』

『それは、どういう意味かしら、ユリアン?』


『日本に帰国した彼は、高等部の“ブカツ”でサッカーをしていたらしい』

『“ブカツ”? それは、どういうサッカークラブかしら?』


 ヨーロッパのサッカーには、部活という概念がない。

 ヨーロッパの子供たちはクラブやスクールで、専門的なサッカーを学んでいるのだ。


『ブカツは学校の放課後の延長線上にある。基本的には専門的なライセンスを持った指導者はいない。コータ君のブカツにもいないと聞いている。もちろん専用のクラブハウスやトレーニング設備はなく、3年の周期で選手は全員居なくなってしまうシステムだ』

『専門的な指導者がいない? 3年周期で選手が入れ替え? そんな非合理的で酷いシステムで、子猫ちゃんは2年間もいたの⁉』


 ユリアンの口から出た、ブカツの説明は酷いものだった。

 レオナルドは思わず感情的な声を上げる。


『今すぐ、子猫ちゃんをブカツから切り離すべきよ、ユリアン。すぐにでもヨーロッパの最先端のクラブに移籍させるべき! あなたなら分かるでしょ、ユリアン。あの子はサッカー界の原石よ!』


 プライベートのレオナルドが、ここまで興奮したのをユリアンは初めてみた。

 特に他人のために、ここまでエキサイトしたことは一度もない。


『落ち着こう、レオ。ワインでも飲んで、よく考えてくれ。コータ君はそんな劣悪な環境でも、あそこまで成長していた。つまり彼には環境は関係ないのかもしれない。我々の選手育成という枠の概念すらも、コータ君には通じないのかもしれない』

『そうね、ユリアン……あの子はとんでもないトレーニングを思いついて、実行しちゃうんだったわ』


 ワインを飲み干して、レオナルドはいつもの冷静さと取り戻す。


 その脳裏で思い出していたのは、2年前にコータがトラップ特訓をした話。

 命の危険さえある特訓を、コータは自ら考案して成し遂げていたのだ。


 のちにユリアンから聞いて、対戦したレオナルドが誰よりも驚いた話である。


『本当に、あの子猫ちゃんのことになると、アタシもペースが乱れちゃうわ♪』


 冷静さ取り戻したレオナルドは、いつもの怪しげな口調に戻る。

 それでいて嬉しそうな笑みで、料理を口に運んでいく。


『ああ、そうだな、レオナルド。コータ君の成長とプレイを見ていると、私も自分のように心が踊る』


 ユリアンにとってコータは、最初は弟のような存在であった。

 だが同時にF.S.Vの最高のチームメイトであり、頼もしい相棒であった。


『じゃあ、ユリアン。次の準決勝で、そんな可愛い子猫ちゃん相手に、手を抜いちゃったりするの?』


 レオナルドは悪戯な笑みを浮べて、友に尋ねる。


 ドイツ代表は昨日のトーナメント1回戦を、圧倒的な点差で突破していた。


 3日後の準決勝のカードは『ドイツ代表 対 日本代表』


 つまりユリアンはコータと直接対決するのだ。


『冗談はよしてくれ、レオ。私はドイツ国民を代表して、キャプテンマークを付けている。誇りあるF.S.Vとヴァスマイヤー家の名にかけて、日本代表に負けるわけにいかないのだ』

 

 この時代のドイツは世界ランキングでもトップクラスに君臨していた。

 そのため国民がオリンピックサッカー望むのは、黄金のメダルだけ。


 8千万人のドイツ国民の想いを叶えるために、ユリアン・ヴァスマイヤーはオリンピックに参加していたのだ。


『あら、アタシのユリアンに、そんな激しい表情させるなんて、今度は子猫ちゃんの方に焼いちゃうわ♪』


 こんな表情の時のユリアンが手強いのを、レオナルドは知っていた。

 特にレオナルドのプレイスタイルに対して、ドイツサッカーは相性が悪い。


『今度は子猫ちゃんも危ういかもね♪』


 野呂コータはレオナルド・リッチとプレイスタイルが似ている。


 つまりユリアン率いるドイツ代表は、野呂コータにとっても最悪に相性が悪い。

 更に彼ら以外の日本代表の選手のレベルは、世界の中では高くはない。


『コータ君にはF.S.V時代の沢山の借りがあるからな。それを我がドイツ代表の勝利で、彼に倍返しで返そう』


 ユリアンは本気であった。

 野呂コータには返しきれないほどの恩がある。


 F.S.Vを救ってくれたこと。

 妹エレナと自分の関係を修復してくれたこと。


 そして自分の負なる運命を、彼が変えてくれた。

 証拠はないが、確信がある。


 だからこそ、全ドイツ代表の力をもって、彼に挑むのだ。


『ユリアン 対 子猫ちゃんか……最高のカードね! ああ、アタシも参加したかったわ♪ こっそり変装して、ドイツ代表に紛れ込もうかしら?』

『いや、さすがにそれは問題になるだろう、レオ』


『やっぱり?』

『当たり前だ、レオ』


 二人の青年の笑い声が共鳴する。


 こうしてコータは世界最強クラスのドイツと対戦するのであった。

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