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第140話:電撃作戦

 選手村の中にある通信センターに、エレナとやってきた。


「……つまり、あのMAYAマーヤが、“セイレーン病”という病気にかかっていたのね、コータ」


 通信センターの個室で、エレナに事情を説明する。

 ここなら他の誰にも聞かれる心配ない。


 ちなみに病気のことを他言していい許可は、学園長からもらっていた。

 エレナは口が堅く信頼に値する人物と見込んで、全てを話したのだ。


「でも、コータ。『セイレーン病は難病指定で治療薬がない』と書いてあるわよ?」


 事情を聞きながら、エレナは個室のパソコンで調べていた。

 彼女が調べているのはドイツの国際大学の医学論文ページ。


 この時代では世界的に医療最先端のドイツでも、“セイレーン病”の治療薬は発見されていない。

 それなのにオレがここまで興奮しているのを、エレナは分からないのであろう。


「大丈夫だよ、エレナ! 実は“セイレーン病”の特効薬が製造されているんだ! 最初は美容の薬と開発されたけど、実は“セイレーン病”に凄い効果がある薬として再発見されるんだ!」


 この時代では正式には、セイレーン病の特効薬は見つかっていない。

 だがオリンピックの5年後に、なんと発見されるのだ。

 

 発見されたのは偶然だったらしい。

 何でもドイツの研究者が開発した美容薬が、実はセイレーン病に絶大な効果があると判明したのだ。


 その歴史をオレは、マヤの病室で思い出して大声をだしたのである。


(“セイレーン病”か……まさか、あの選手のかかっていた病気と同じとは……)


 オレが“セイレーン病”に聞き覚えがあったのには、実は理由があった。


 それは前世の記憶。

 世界的にも有名なプレイヤーが、“セイレーン病”を発症していたのだ。


 だが彼は一命をとりとめる。

 ドイツの研究者の特効薬が、そのプレイヤーの命を救ったのだ。


(オレに医学的な知識はない。でもサッカーの記憶だけなら、誰にも負けない! 一字一句まで思い出せる!)


 その時の選手の記事を思い出していく。


 たしか記事のよると、今はドイツの研究者だけが、特効薬を持っているはず。


 それなならば、その研究者を探しだして、電話で連絡。

 後は飛行機とかでドイツを往復すれば、ギリギリ間に合う計算。

 

 歌姫のMAYAマーヤの決勝戦ライブの前日に、特効薬が間に合うのである。


 ……凄いぞ、オレ。


 今回は完璧な計算をしている。


「コータ、大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ、エレナ!」


 オレは自分の計算に酔っていたらしい。エレナに心配されてしまった。


「事情はよく分からないけど、その治療薬はどこにあるの?」

「えっ、ドイツの研究者さんが、持っているはずだよ、エレナ」


「その研究者の名前は?」

「えっ……?」


「所属している病院や機関の名前は分かる?」

「あっ……それは……」


 しまった。

 セイレーン病の名前と、かかったサッカー選手のことは詳細に覚えている。


 だが肝心の研究者の名前を、オレは覚えていない。

 もちろん所属している病院・研究機関の名前も。


 これはまずい。

 何とかして研究者のヒントを思い出さないと。


「ほ、ほら、でも似顔絵は描けるよ、エレナ! すごく特徴のある顔の人なんだ!」


 その時のサッカー雑誌のインタビュー記事は、映像として頭の中に残っていた。

 記憶を元にして、研究者の似顔を描いてみせる。


 これなら何とかなるはず。


「ねえ、コータ。ドイツ国内に病院はいくつあると思う?」

「……け、けっこう多いの、エレナ?」


「2,000以上よ。そのうち大きな公立の病院だけでも、500カ所以上あるの」

「えっ……そんなに、たくさんも……」


 まさかの膨大な病院数であった。

 専門外のことはいえ、オレの想像していた以上の数だった。


「その中から、その似顔絵の研究者さんを探す? リミットはいつまで、コータ?」

「できれば今宵中に……」


 オリンピックサッカーの決勝戦までは日にちがない。


オレの緻密な計算によれば、

 

・出来れば今宵中での研究者にアポイントをとる。

 ↓

・同時にドイツ日本の往復の航空券を予約。

 ↓

・明日の飛行機で日本をたつ

 ↓

・決勝戦前日には特効薬が日本に到着



 こんな感じで、なんとか間に合う計算だった。


「今宵中って……コータ、あなた正気⁉ あなた明日の朝は何があるか、分かっているの⁉」

「明日は日本対イタリア戦があるけど……」


 そう。明日は決勝トーナメントの1回戦の日。

 オレたち日本代表は、強敵イタリアと戦うのだ。


「対イタリア戦、何時からか分かっているの、コータ⁉」

「明日は朝の8時半にキックオフだけど?」


 今回の大阪オリンピックは、少し変則的な時間にサッカーがある。

 真夏の8月で熱中症対策として、試合は比較的涼しい午前か夜に行われる。


 明日のイタリア戦は、朝の8時半にキックオフ。

 少し早すぎるが、これは世界放送する大手放送会社の都合……つまり大人の事情というヤツだ。


「コータはもちろん、明日のスタメンよね?」

「うん、ここだけの話、スタメンだよ! レオナルドさんとの対戦が楽しみだね!」


 イタリアは超強敵である。

 オレはヒョウマ君と協力して、明日の試合を頑張るつもりだ。


「悪いけど、コータ。この捜索は協力できないわ」

「えっ、どうしてエレナ?」

「当たり前よ! この似顔絵だけで、膨大なドイツ研究者の中から探すのよ⁉ 徹夜で電話しても見つかる可能性は低いわ! あなた一睡もしないで、イタリアと戦うつもりなの⁉ 負けるつもりなの⁉」


 緻密な作戦によると、オレは徹夜でドイツの研究者を探すつもりだった。


 そのことに対して、エレナは本気で怒っていた。

 彼女はサッカークラブの経営者としてプロフェッショナル。


 オレの捜索作戦を、無謀なだと判断を下したのだ。


「でもエレナ、聞いて。ボクは一睡もしなくても、イタリアに……レオナルドさんたちに負けない!」


 だがオレも退くわけにはいかなった。

 今日ばかりはかつての上司、エレナに逆らわせてもらう。


「だから協力して欲しいんだ。エレナの力が、どうしても必要なんだ!」

 

 それに今回の作戦には、ドイツ人であるエレナの協力が絶対不可欠。

 土下座をして懇願する。

 必ずイタリアに勝つから、捜索の協力をしてくれと。


「コータ……顔を上げて、ちょうだい。そ、そんな顔で、お願いされたら、私は……もう! 仕方がないわね! でも、これだけは約束してちょうだい! 明日の朝にメディカルチェックを受けてよね! 日本の勝ち負けよりも、コータの身体と将来だけが心配なんだから……それに合格したらイタリア戦に出てもいいわ!」

「おお、つまり、エレナ?」


「コータを徹夜で手伝ってあげるわよ!」

「ありがとう、エレナ!」


 オレは思わずエレナに抱きつく。


 彼女は尊敬できる、頼もしい存在。

 そんなエレナの力を借りることができた。

 

 これは百人力どころか、千人力を得た最高の気分なのだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと、コータ……嬉しいけど、この狭い個室で抱きしめられるのは、嬉しいけど……でも、早く探さないと……」

「あっ、そうか! ごめん、エレナ! よし、じゃあ、どうやって探そう?」


 オレはテンションが上がりすぎていたらしい。

 深呼吸をして冷静になり、聡明なエレナの指示に従う。


「まずはその似顔絵をスキャンするわ。その後は私の知人の関係者に頼んで、専門の掲示板にアップしてもらうわ。そうね、情報提供者には恩賞金も渡すと書いて。あと、その間に私とコータは、ドイツの医療機関に、片っ端から電話していくわ。同時に探しながら、別のルートでも探していくわ!」

「なるほど。さすがはエレナだね!」


 よく分からないけど、凄そうな作戦である。


 さすがは16歳にしてドイツの最難関の大学に、飛び級で入学した才女。

 F.S.Vの特別アドバイザーのエレナ・ヴァスマイヤーの名は伊達じゃない!


「そういえば、コータ。あなた門限は?」

「えっ、あっ、そういえば、そうだった⁉ ヒョウマ君に連絡しないと……」


 明日は大事なトーナメント初戦で、日本代表サッカーは消灯の門限があった。

 上手くごまかすことも出来るけど、そのためには同室の協力が不可欠。


「あなたの同室はたしか、あの澤村ヒョウマよね?」

「うん、そうだけど」


「じゃあ、彼に電話して。その後にすぐに私に代わって、コータ」

「えっ、エレナに? 別にいいけど」


 オレは嘘は苦手である。

 だからエレナが上手く説明してくれるのであろう。


 ヒョウマ君に電話する。

 今の時間なから、彼は部屋で瞑想トレーニングしているはずだ。


「あっ、ヒョウマ君? ボクたけど……」


 いつもように着信一回で、ヒョウマ君が電話に出てくれた。

 相変わらず凄まじい反射神経である。


「ちょっと、貸して、コータ。あっ、もしもし、エレナ・ヴァスマイヤーよ。そう、その〝金髪うるさい女”よ。今宵はコータは、私と一緒に夜を明かすから、門限は上手くやっておいてちょうだいね。睡眠時間はちゃんととって、明日の朝の日本の集合時間までは帰すわ。じゃやね」


 そう一方的に伝えて、エレナは電話を切った。

 もちろん話していた相手はヒョウマ君である。


「ちょ、ちょっと、エレナ……今の言い方だと、ヒョウマ君に誤解されちゃうよ。かけなおして、もう少し分かりやすく、でも上手くごまかして事情を説明しないと……」

「時間がないわ、コータ。さっそくドイツに連絡電撃作戦を開始するわよ!」


 エレナの顔は本気モードに入っていた。

 金髪の美少女エレナの顔ではない。


 屈強なF.S.Vの選手たちも恐れる、鬼の特別アドバイザー〝エレナお嬢様”の鬼気迫る顔だった。


「そ、そうだね、エレナ。頑張っていこう!」 

 

 こうなったらオレは彼女に逆らうことは不可能。


 こうしてオレたちは電撃電話作戦を開始するのであった。



 それから数時間後。


 通信センターの外でスズメが鳴き始めた。


 いつの間にか朝がやってきたのだ。


『コータのメディカルチェックは、どうだった?』

『問題ありません、エレナお嬢様』


 通信センターから移動したオレたちは、まずはドイツ代表の専属のメディカルドクターを叩き起こす。

 ちなみに言っておくが、叩き起こしたのはエレナであり、オレではない。


 そのメディカルドクターの人に、徹夜明けのオレの全身を調べてもらったのだ。


『エレナお嬢様。やはりこのコータ・ノーロは、将来的にドイツに帰化させるべきです! この肉体的な数字は、有り得ない高さです! ドイツサッカー代表の歴史を変える逸材です!』


 ドイツ人の専門家の人は、かなり興奮していた。

 早朝にたたき起こされたにも関わらず、かなり興奮した様子だった。


「その話はあとで。信じられなけど、とにかくコータの体調はOKね。これでイタリア戦に出てもいいわよ」

「ありがとう、エレナ。ボクも信じられないくらいに、調子がいいよ!」


 オレたちは昨夜は、一睡もしていない。

 だが自分の全身は羽のように軽かった。

 

 これは徹夜にありがちな、ナチュラルハイではない。

 全身の奥底から、どんどん力がみなぎっていたのだ。


「その分なら倒れる心配はないわね、コータ。じゃあ、私はドイツに行ってくるわ」

「ありがとう、エレナ。エレナも気を付けてね!」


 オレが最高な気分なのには理由があった。

 なんと特効薬の研究者、目星がついたのである。


 目星といっても候補は5人いた。

 後はエレナが現地に行ってから、一人ずつ確認して作戦である。


 時間的にはかなりギリギリになるであろう。


 だが昨夜の開始前に絶望に比べたら、数万歩は前進した奇跡だった。


「じゃあ、コータ。行ってくるわ。見事に特効薬を持ち帰ったら、貸しが一つよ! 私もコータに褒美をもらうだから!」

「よく分からないけど、ボクが出来ることは、何でもするから!」


 エレナは早朝の選手村から、ドイツ大使館までタクシーに乗っていった。

 その後は空港までの向かい、ドイツに向かうという。


 空港にはヴァスマイヤー家のプライベートジェット機が待機。

 それに乗ってドイツ中の病院を巡るのだ。


「よし、後はエレナからの定期連絡を待つだけだ。そしてオレは今日のイタリア戦で勝つだけ! よし、いくぞ!」


 今までの人生でないくらいに、スーパーハイテンションと化していた。


 こうして強豪イタリア戦に向かうのであった。


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