表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/157

第136話:選手村

 8月13日。

 予選リーグを無事に突破した翌朝になる。


「ふう、今朝もいい天気だな!」


 オレは起床してから、部屋のバルコニーから朝日を眺める。

 今日はオリンピック8日目。

 見事な快晴になりそうだ。


「おい、コータ。あまり身を乗り出すと、また落ちそうになるぞ」

「あっ、ヒョウマ君、おはよう! そうだね、落ちないように気を付けないとね!」


 同室のヒョウマ君も目を覚ました。

 挨拶をして、朝の準備に取り掛かる。


「そろそろモーニングに行くぞ、コータ」

「うん、そうだね、ヒョウマ君。今朝のメニューも楽しみだね!」

「この選手村は食べ放題だからって、今日もあまり食べ過ぎするなよ、コータ」


 選手村の自室を出て、朝食の会場に向かう。


(選手村か……オリンピックって感じだね!)


 そう……オレたちは数日前から、オリンピックの選手村に滞在していた。


 ここで選手村に関して簡単に説明しておこう。



『オリンピック選手村とは』


 オリンピック大会で選手や役員などが、大会期間中に寝泊りする場所。

 宿泊する生活施設とトレーニングセンターだけでなく、娯楽施設も多い。


 銀行、レストラン、コンビニエンスストア、ファストフード店、美容室、病院、ネットカフェ、ディスコ、ゲームセンター、カラオケ、公園など、普段生活している街を再現している。


 期間中の宿泊者数は、選手と選手団役員合わせて1万人を超え。

 村というよりはちょっとした小都市の規模なのだ。


 大阪オリンピックでは埋め立て地の一角に、選手村が建設されていた。



 そんな選手村に、オレたちサッカー日本代表も滞在していたのだ。


「いただきます!」


 朝食会場のレストランに到着した。

 オレは元気よく挨拶をする。

 

 朝の食事は基本的にビュッフェスタイル。

 自分で好きな料理を、大皿にとってきて食べる方式だ。


「うん、美味しい! 今日も美味しい! さすが選手村レストラン!」


 選手村には世界各国の関係者が滞在する。

 そのためレストランには世界の料理に対応したシェフたちがいた。


 日本の権威のために、超一流のシェフたちが腕を振るっているのだ。


「よし、次はアフリカの料理を食べてみよう! 目指せ世界一周だね!」


 オレはお替りに向かう。


 選手村のレストランは全て食べ放題。

 滞在者はいくら食べても、無料。


 食いしん坊なオレにとっては、まさに夢のような世界なのだ。


「ちょっと、コータ。あなた、また食べ過ぎよ」

「あっ、エレナ! おはよう!」


 アフリカ各国の料理を食べていたら、金髪の少女がやってきた。

 ドイツサッカー代表に同行している、エレナ・ヴァスマイヤーである。


「コータ君、おはよう」

『おはよう、子猫ちゃんたち♪』


 そのすぐ後にユリアンさんとレオナルドさんの二人もやってきた。


「あっ、ユリアンさん、おはようございます!」

『レオナルドさんも、おはようございます!』


 オレは日本語とイタリア語を使い分けて、元気よく朝の挨拶をする。

 追加の料理をとって、自分の席に戻る。


「いやー、こうやって、みんなで朝食を食べるのは、本当に楽しいですね!」


 今、同じテーブルにいるのはオレとヒョウマ君の、日本代表組。


 エレナとユリアンさん兄妹のドイツ代表組。


 それにイタリア代表のレオナルドを加えた、総勢5人。

 3ヶ国の国籍なグループである。


 オリンピックの開会式の後から、選手村ではこのメンバーでいつも朝ご飯を食べていたのだ。


 ちなみに会話は日本語がベース。

 レオナルドさん以外は日本語がペラペラなので、そうなった。


 それにレオナルドさんは日本を上手く話せないが、ヒアリングはほぼ聞き取れる。

 いつの間にか日本語のヒアリングを習得していたのだ。


「こうして皆で一緒に食事していると、クリスマスパーティーの時を思い出すよね!」


 オレがドイツ留学していた時、クリスマスはいつもエレナの家のクリスマスパーティーに招待されていた。

 最後の年は、この五人でパーティーを楽しんでいたのだ。

 正確には、妹の葵も加えた6人だが。


「本当は葵もいれば、再現ができたんだけどね」

「選手村はセキュリティが厳しいから、それは無理よ、コータ」

「それはそうだだね、エレナ」


 選手村はテロ対策として、かなり厳重な警備が敷かれている。

 選手と関係者しか入場できなく、家族ですら入場できない。

 

 また関係者証を提示しないと、たとえ役員であっても入場できないほど厳重なのだ。


「でも、アオイちゃんなら4年後のオリンピックで、日本女子サッカー代表が確定だろ、コータ君?」

「葵が日本代表にですか、ユリアンさん? いやー、さすがに、それは無理だと思います!」


 まさかにユリアンさんの予言に、オレは首を横にふって答える。

 

 たしかに葵はサッカーが上手い。

 でも、オリンピックに出られるなんて、兄として想像もできない。


『あら、子猫ちゃんが思っている以上に、あの妹ちゃんは天性の才能があるわよ。男の子に生まれていたら、今すぐユベトスFCにスカウトしたいくらよ♪』

『えっ、レオナルドさんまで⁉ しかもユベトスに⁉』


 なんと、あの天下のユベトスFCの若き司令塔まで、妹のことを褒めてくれた。

 そう言われてたら、何となく考えが改まってくる。


 もしかしたらオレの妹は、それほどまでに凄いサッカー少女だったのか、と。


『ご馳走様でした。それじゃ、アタシは一足先に、イタリア代表の元に戻るわ♪』


 レオナルドさんが一人だけ、先に席を立つ。

 いつものよりも少し早い離席のような気がする。

 

 今日は試合がないはずなのに、一体どうしたのかな?


『残念だけど、選手村で仲良く朝食できるのも、今日が最後よ、子猫ちゃん。何しろ、明後日は敵同士だかね、アタシたちは♪』

『あっ……』

 

 そうか。

 そういうことか。


 イタリア代表も日本と同じく、予選リーグ突破していた。

 そして8チームによるトーナメントの初戦は、日本対イタリア。

 

 つまりオレとレオナルドさんが、いきなり対戦するのだ。


『アタシもイタリア代表の青色アズーリを背負う者として、勝たせてもらうわ、子猫ちゃん、子虎ちゃん』


 レオナルドさんの口調はいつものように、軽い感じ。

 だが、その瞳の奥には、激しい覚悟の光が放たれていた。

 

 サッカーの歴史あるイタリア代表としての、確固たる強い意志である。


『ボクも……ボクたち日本代表も、負けるつもりはありません。明後日の試合では、お互いに全力を尽くしましょう!』

『オレ様もコータと同じくだ。日本の底力を、イタリア代表に見せてやる』


 だがオレとヒョウマ君も負けてなかった。

 真っ正面からレオナルドの覇気に立ち向かう。


 例え相手が6つ年上で、ユベトスFCのエースでも関係ない。

 オレたちもサムライブルーの日の丸を背負う者として戦うのだ。


『いい目ね、二人とも。明後日を楽しみにしておくわ♪』


 そう言い残して、レオナルドさんは立ち去っていく。


「見事な宣言だったよ、コータ君」

「ありがとうございます、ユリアンさん」


「でも今回のイタリア代表は、かなりの好調だ。勝機はあるのかい?」

「勝機ですか……」


 客観的に見て、総合力ではイタリア代表が圧倒的に上。


 イタリア代表はレオナルド・リッチ以外にも、現役セリエA選手や未来のスーパースターを要している。

 はっきりといってアジアレベルの日本には、勝機は数%しかないかもしれない。


「でも最後の1秒まで、ボクは諦めずにボールを追いかけます!」


 サッカーの勝負は終わるまで分からない。

 それは長いサッカーの歴史が証明している。


 どんなに実力差があって最後まで諦めないチームには、大番狂ジャイアント・キリングわせがある世界なのだ。


「そうね、コータは、そんな大番狂わせを、何回も成し遂げてきたからね……あの、変態野郎レオナルドも、やっつけちゃってね!」

「ありがとう、エレナ。でも、変態野郎はちょっと言いすぎだよ……」


「あら、コータは私より、あの男の方が好きなの? 酷いわ……」

「そ、そんな、エレナ……」


 エレナのお蔭で、肩の固い力が抜けてリラックスできた。


 予選リーグ突破は突破できけど、オリンピックサッカーはこれからが本番。

 決勝トーナメントと勝ち進んでいかねば、三色のメダルには到達できないのだ。


「ごちそうさまでした! ボクも自主練に行ってきます!」


 レオナルドさんとの対戦を想像していたら、身体がうずうずしてきた。

 目の前の料理を一気に食べて、オレは席を立つ。


「相変わらず忙しい人ね、コータは。でも今日は試合の翌日なんだから、身体のケアを忘れないでよね」

「うん、わかった、エレナ。ほどほどにしておくね!」


 オリンピックサッカーのスケジュールは、かなりハードである。

 

 試合翌日の今日は、日本代表の練習は休みとなっていた。

 軽い自主練をしてもいいが、激しいのは禁止されている。


「じゃあ、先に行っているね、ヒョウマ君!」

「ああ。あと、選手村で迷子になるんじゃないぞ、コータ」

「うん、分かった!」


 選手村は広大な敷地の中に、色んな施設がある。

 今までも何回か迷子になっていたオレは、細心の注意で帰ることにした。



 この日は朝食のあとに、軽く自主練。

 その後は体のケアに力を注いだ。


 午後はオリンピックサッカーの録画しておいた映像を、ヒョウマ君と部屋で鑑賞。

 本当はスタジアムで生観戦したかったが、代表であるオレはスケジュールが厳しい。


 でもサッカーオタクであるオレは、録画した映像だけでも楽しめた。

 色んな選手のスーパプレーに、オレ一人で大興奮する。


 サッカー鑑賞の後は、また軽く自主練をした。

 今度はヒョウマ君と二人で、対イタリア戦の練習。

 レオナルド・リッチをいかに封じ込めるかを、二人で何度もシュミレーションした。


 そんな感じで、あっという間に時間は経つ。

 時間は夜の7時になっていた。


「いやー、今日も一日、充実したなー」


 夕ご飯も食べ放題でお腹いっぱいなオレは、幸せな気分であった。

 夕食もヒョウマ君とエレナ、ユリアンさんの4人で一緒に食べた。


「さて、軽く食後の散歩をして帰るとするか」


 オレは一人で選手村を歩いていた。

 ヒョウマ君は買い物があるので、オレは一人で部屋に戻ることにしたのだ。


 夜になり静かになった選手村の道を、一人でのんびりと歩いていく。


「コータ……」

「ん?」


 そんな時である。

 オレは女の子に声をかけられた。


「マヤ⁉ なんで、こんな所に?」


 声をかけてきたのはクラスメイトのマヤであった。

 なんでオリンピックの選手村に、マヤがいるのだろうか?


「コータに、だいじな話がある。だから来た」


 マヤは神妙な顔をしていた。

 あまり感情を表に出さない彼女の、こんな表情は初めてみる。


「ボクに大事な話を……?」


 こうしてクラスメイトのマヤ……世界の歌姫のMAYAマーヤと、静かな夜の選手村で二人きりで話をするのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ