第133話:オリンピック開会式
『8月5日』がやってきた。
今日は日本にとって特別な日。
数十年ぶりに開催される日本でのオリンピック、大阪オリンピックの開催式があるのだ。
各国の選手団は、開催式よりもずっと前に来日している。
彼らは日本各地のキャンプ地で、事前合宿を行っていた。
日本の夏は世界でも有数の、高温多湿の厳しい気候。
各国の選手団はメダルを目指すために、日本の環境に適応しようとしていたのだ。
また数日前から日本には、世界中の観光客が訪れていた。
彼らの目的はオリンピックの観戦。
サマーバケーションを兼ねて、前入りで来日して、日本各地を観光していた。
まさに日本中が空前絶後のオリンピックフィーバーで盛り上がっていたのだ。
◇
「おおお! いよいよ、ボクたちの入場の番か!」
そんな中で、オレも最大に大フィーバーしていた。
今は開催式が行われている真っ最中。
日本代表であるオレも、これからスタジアムの中央部へ、入場行進をしていくのだ。
「では、日本の選手団の皆さん、よろしくお願いします!」
スタッフの方の案内がかかった。
いよいよオレたちが入場する番がやってきたのだ。
(おおお! 凄い観客の数だ! それに凄い華やか!)
スタジアムの中に進んでいきながら、感動の声をもらす。
でも、ここで奇声を発してはいけない。
リハーサルの通りに、周りのみんなに合わせて行進していく。
(凄いな! 本当にオリンピックが開催されるだな……本当にオレは代表に選ばれたんだな……)
開催式の熱気を受けて、改めて実感する。
自分が日本を代表して、オリンピックに出場することを……。
おっと、いけない。
感動しても、行進はちゃんと揃えていかないと。
いっち、に。いっち、に。
よし、ちゃんと上手くできたぞ。
行進も無事に終わって、リハーサル通りに整列もできた。
まさに完璧。
珍しく集中して頑張ったぞ。
◇
「ふう……楽しかったけど、緊張して疲れたな……」
選手の入場行進が終わった。
スタジアムのバックヤードに戻ってきた。
慣れない緊張から解放されて、全身の力が抜けていく。
「あっ、ヒョウマ君! 開催式は凄かったね! 行進は緊張したけど、楽しかったね!」
「ああ、そうだな。そういえばコータ、お前、手と足が一緒にして行進していたぞ」
「えっ、手と足が? もしかして……ずっと……?」
「ああ、ずっとだ。最初から最後まで、おかしな行進をしていたぞ」
「そ、そんな……」
なんと入場公私で、オレは手と足が一緒に出ていたのだ。
ちなみに開催式の様子は、全世界に生放送で配信されている。
世界中の数十億の人に、オレは奇妙な姿を見られてしまったのだ。
とほほほ……。
もう過ぎてしまったこととはいえ、かなり恥ずかしい。
オリンピックが終わってから学校に行ったら、部とクラスのみんな笑われるのが確定であろう。
◇
「コータ!」
そんな時である。
バックヤードで女性に声をかけられた。
この声を聞くのは1年以上ぶり、オレは後ろを振り返る。
「エレナ⁉」
声をかけてきたのは金髪の美少女。
オレがドイツで世話になったF.S.Vのオーナー令嬢であり、クラスメイトだったエレナ・ヴァスマイヤーだった。
「久しぶり、エレナ! でも、どうして、ここに⁉ というか、どうして日本に⁉」
突然のことで混乱してきた。
このバックヤードは世界各国のオリンピック代表の選手と、関係者しか入ることはできない。
それなのにドイツにいるはずのエレナが、何故こんなところに?
どうしてドイツの可愛い民族衣装を着ているの?
「コータ君、それは私たちドイツ代表も、オリンピックサッカーに出場するからだよ」
「ユリアンさん⁉」
エレナの後ろから金髪の青年がやってきた。
この人はエレナの実兄で、F.S.Vのエースであるユリアン・ヴァスマイヤー。
オレの元チームメイトの天才プレイヤーだ。
「なるほど、そういうことでしたか!」
ユリアンさんの登場で、状況がつかめてきた。
ドイツはヨーロッパでもサッカー強国。オリンピック本戦も常連国。
今回もオリンピックサッカーに参加していた。
そしてF.S.Vは今ではドイツ1部リーグの強クラブ。
F.S.Vの中心人物であり、ちょうど23歳のユリアンさんが代表に選ばれていたのだ。
このことに関してはオレが、すっかりチェックし忘れていた。
あれ? でも、なんで部外者のエレナが、ここにいるの?
「部外者とは失礼ね、コータ! 私はオリンピックサッカーのドイツチーム、特別アドバイザー兼通訳の重役で来日したのよ!」
「おお、そういうことか、エレナ! ようやく考えが追いついてきたよ!」
エレナは若干16歳の少女だが、大人を上回る知識と頭脳の持ち主。
特にサッカーの専門的な知識は、監督やコーチをも上回る。
更に日本人とドイツ人のハーフなので、通訳の仕事もバッチリ。
まさにドイツ代表でも特別アドバイザーとして大活躍していたのであろう。
「で、でも……本当はコータに会いたくて、無理やり来日したのよ……」
エレナは顔を真っ赤にしながら、小声で何か言ってきた。
「ん? なんか、言った、エレナ?」
「もう! 二度は言わないだから! 本当にコータは相変わらず鈍感なんだから!」
「あっははは……ごめん、エレナ」
「まったく、コータったら……その笑顔にめんじて許してあげるわ」
顔真っ赤にしたり、怒ったり笑ったりと、相変わらずエレナは表情が豊かである。
一緒にいるだけでオレも楽しくなる。
『おい、コータ! 久しぶりだな!』
『オレたちもいるぜ!』
『まさか忘れたとは、言わせないぜ!』
『久しぶりだな、コータ!』
エレナとユリアンさんに続いて、ドイツ選手団がやってきた。
10数人の筋肉隆々の選手たちが、オレの目の前に押し寄せてきた。
『みんな? みんなも、オリンピックドイツ代表に、選ばれていたんだね⁉ 本当に、凄い! おめでたい!』
彼らはドイツでのサッカー選手たち。
F.S.V時代のチームメイトが2人。あとの十数人はライバルチームの選手。
全員が顔見知りである。
『コータ、お前、なんでいきなりF.S.Vを退団したんだ?』
『そうだぜ! お前のいないF.S.Vなんて、手応えがなくて、つまらなかったぜ!』
『よく、言うぜ。お前なんて、いつもコータに抑え込まれて、年棒まで下がったくせに!』
『はっはっは! それを言われると辛いぜ! なあ、みんな!』
『『『そうだな!』』』
オレが答える間もなく、みんなはドイツ語で次々としゃべってきた。
彼らは全員が顔見知りであり、大事なサッカー仲間。
ドイツでのかけがえのない仲間とライバルたち。
サッカーボールを通じて心を通わせた、素晴らしい人たちである。
『ちょっと、あなたたち騒ぎすぎよ! ここは神聖なオリンピック開会式の会場なんだから、静かにしなさい! それにコータが困っているでしょう!』
『やばい、エレナお嬢さまが来たぞ!』
『おい、みんな逃げろ!』
エレナに追いかけられて、ドイツ代表のみんなは子どものように逃げていく。
普段はドイツ人は真面目な民族。
だがこういったお祭りでは、このように大騒ぎである。
「あはは……なんか、こういうの、久しぶりだね」
そんな好機を見ながら、オレは自然と笑みがこぼれる。
バックヤードが一気に賑やかになっていた。
オレを中心にして、まるでドイツにいた時のような楽しい雰囲気になっていたのだ。
「コータ君、すまないね。ドイツ代表のみんなが騒がしくて」
「いえ、大丈夫です、ユリアンさん。ボクも嬉しいですから」
まさかのドイツ時代の皆のサプライズ登場に、オレは本当に楽しかった。
まるで同窓会に来ているような、驚きと想いでの連続だったのだ。
◇
『あら、楽しそうね。アタシも混ぜて、お二人さん♪』
その時である。
人がいなかったはずの背後から、誰かに話かけられる。
しかも、オネエ口調のイタリア語で。
「……えっ⁉」
突然のことで、思わず声を漏らしてしまう。
だが、このイタリア語には聞き覚えがある。
『レオナルドさん⁉』
声をかけてきたのは銀髪の中性的なイタリア人。
セリエAを連覇している名門クラブのユベトスFCの、若き司令塔であるレオナルド・リッチ。
『あら、アタシの名前をちゃんと覚えていたのね、子猫ちゃん。嬉しいわ♪』
『もちろんです! 世界のユベトスFCのエースの名前と顔を忘れるはずはありませんから!』
サッカー好きな人種で、レオナルド・リッチの名前と顔を知らない者はいない。
もちろん、オレも大好きな選手の一人である。
再会できて、本当にうれしい。
あれ?
でも、なんでレオナルドさんも、この場所に?
『もちろん、イタリア代表とし来たのよ、子猫ちゃん♪』
『そうか……そうでしたね、レオナルドさん!』
ドイツと同じくイタリアも、ヨーロッパのサッカー強国。
今回のオリンピックにも進出していた。
ユリアンさんと同じ歳のレオナルドさんも、オリンピックのイタリア代表として来日したのだ。
『コータ君、こう見えてレオは親日派。半分は日本観光と、グルメが目的だぞ』
『あら、大当たりよ、ユリアン。さすがはアタシの心の中を見透かすのは上手いわね♪』
ユリアンさんとレオナルドさんは、小さい頃からサッカー仲間でありライバル同士。
プライベートでも仲良しで、相変わらず掛け合いの会話が面白い。
『それにグルメが目的だというのは、実は大当たり。アタシの最大の目的は、子猫ちゃんと、そこの子虎ちゃんを一緒に味わうことよ♪』
レオナルドさんの視線は二人の日本人に向けられる。
一人は子猫ちゃんと呼ばれている、オレ。
そして、もう一人は黙ってオレの後ろにいた、野生の虎……ヒョウマ君である。
『悪いがオレ様のいる日本代表は、イタリア代表にも負けるつもりはない』
レオナルドさんの言葉を受けて、ヒョウマ君がイタリア語で答える。
鋭い眼光で宣言する。
『あら、凄く強気ね、子虎ちゃん? たしかに日本はいい選手がいるわ。でも、あなたもイタリアで実感したでしょう? 日本が世界で結果を出すには、あと数年……いえ、あと10年以上かかるわよ』
ヒョウマ君の言葉に、今度はレオナルドさんが応える。
一見するとかなり上からの発言に聞こえるが、その言葉は間違いではない。
日本サッカーはアジアでは結果を出せるようになってきた。
だが大きな世界大会では、予選リーグ敗退がほとんど。
ヨーロッパや南米、アフリカの強豪国には、レベルの差が違うのである。
『たしかに日本のサッカーの歴史は浅い。だがサッカーの世界は、一人の選手がチームを大きく変える場合がある。それはオレ様であり、ここにいるコータだ』
更に答えるヒョウマ君に、一切の迷いはなかった。
世界のあのレオナルド・リッチに対して、真っ向から宣言する。
『子虎ちゃんと子猫ちゃんね……たしかに面白そうね。あなたちと決勝トーナメントで戦えるのを、楽しみにしているわ。じゃあ、またね♪』
レオナルドさんは口元に怪しげな笑みを浮べる。
そして投げキッスをしながら立ち去っていく。
(ふう……相変わらずレオナルドさんは、個性的な人だったな……)
イタリアのスーパースターが立ち去って、オレは一息をつく。
プライベートではあんな感じで不思議なオネエキャラである。
だがピッチの上では別人のように変化する。
圧倒的な技術と力で、対戦する相手を絶望に追い込む。
UCLヤングリーグで二度しか対戦したことはないが、その時の恐怖は今でも忘れない。
(でも、レオナルドさんとの再戦か……本当に楽しみだな!)
レオナルド・リッチと自分のプレイスタイルは少し似ている。
互いにパスを出す攻撃的なMFのポジション。
判断力と洞察力で、相手の先読みをするプレイスタイルも近い。
ここだけの話、レオナルドさんの下位互換の性能かもしれない。
だが、それだけ挑戦のし甲斐はある。
(決勝トーナメントにいきたいな! いや、絶対にいこう!)
イタリア代表と戦うには、日本も決勝トーナメントに進む必要がある。
オレは改めて気合を入れ直す。
よし。開会式も終わりそうだから、そろそろ戻るとするか。
『ヘーイ、コータ』
そんな時。
更に誰かに声をかけられる。
今度はスペイン語だった。
『えっ?』
声をかけてきたのは、スペイン代表のユニフォームを着た青年。
その顔に覚えがあった。
『セルビオ君⁉』
声をかけてきたのはスペイン人のセルビオ君。
『オレを覚えていてくれたか、コータ!』
将来のスペイン代表とスペインリーグを、背負っていく未来のスーパースター。
前世ではヨーロッパチャンピオンズリーグを6度制覇。
スペインリーグで5度のチーム優勝。
世界最高峰の選手に贈られるバロンドールを6度も受賞。
『オレはお前と再会するのを楽しみしていたぞ!』
そんな“無敵王子”セルビオ・ガルシアと、オレは5年ぶりに再会するのであった。