表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/157

第133話:オリンピック開会式

 『8月5日』がやってきた。

 

 今日は日本にとって特別な日。

 数十年ぶりに開催される日本でのオリンピック、大阪オリンピックの開催式があるのだ。


 各国の選手団は、開催式よりもずっと前に来日している。

 彼らは日本各地のキャンプ地で、事前合宿を行っていた。


 日本の夏は世界でも有数の、高温多湿の厳しい気候。

 各国の選手団はメダルを目指すために、日本の環境に適応しようとしていたのだ。


 また数日前から日本には、世界中の観光客が訪れていた。

 彼らの目的はオリンピックの観戦。

 サマーバケーションを兼ねて、前入りで来日して、日本各地を観光していた。


 まさに日本中が空前絶後のオリンピックフィーバーで盛り上がっていたのだ。



「おおお! いよいよ、ボクたちの入場の番か!」


 そんな中で、オレも最大に大フィーバーしていた。


 今は開催式が行われている真っ最中。

 日本代表であるオレも、これからスタジアムの中央部へ、入場行進をしていくのだ。


「では、日本の選手団の皆さん、よろしくお願いします!」


 スタッフの方の案内がかかった。

 いよいよオレたちが入場する番がやってきたのだ。


(おおお! 凄い観客の数だ! それに凄い華やか!)

 

 スタジアムの中に進んでいきながら、感動の声をもらす。


 でも、ここで奇声を発してはいけない。

 リハーサルの通りに、周りのみんなに合わせて行進していく。


(凄いな! 本当にオリンピックが開催されるだな……本当にオレは代表に選ばれたんだな……)


 開催式の熱気を受けて、改めて実感する。

 自分が日本を代表して、オリンピックに出場することを……。


 おっと、いけない。


 感動しても、行進はちゃんと揃えていかないと。

 いっち、に。いっち、に。


 よし、ちゃんと上手くできたぞ。

 行進も無事に終わって、リハーサル通りに整列もできた。


 まさに完璧。

 珍しく集中して頑張ったぞ。



「ふう……楽しかったけど、緊張して疲れたな……」


 選手の入場行進が終わった。

 スタジアムのバックヤードに戻ってきた。

 

 慣れない緊張から解放されて、全身の力が抜けていく。


「あっ、ヒョウマ君! 開催式は凄かったね! 行進は緊張したけど、楽しかったね!」

「ああ、そうだな。そういえばコータ、お前、手と足が一緒にして行進していたぞ」


「えっ、手と足が? もしかして……ずっと……?」

「ああ、ずっとだ。最初から最後まで、おかしな行進をしていたぞ」

「そ、そんな……」


 なんと入場公私で、オレは手と足が一緒に出ていたのだ。

 

 ちなみに開催式の様子は、全世界に生放送で配信されている。

 世界中の数十億の人に、オレは奇妙な姿を見られてしまったのだ。


 とほほほ……。

 もう過ぎてしまったこととはいえ、かなり恥ずかしい。


 オリンピックが終わってから学校に行ったら、部とクラスのみんな笑われるのが確定であろう。



「コータ!」


 そんな時である。

 バックヤードで女性に声をかけられた。

 

 この声を聞くのは1年以上ぶり、オレは後ろを振り返る。


「エレナ⁉」


 声をかけてきたのは金髪の美少女。

 オレがドイツで世話になったF.S.Vのオーナー令嬢であり、クラスメイトだったエレナ・ヴァスマイヤーだった。


「久しぶり、エレナ! でも、どうして、ここに⁉ というか、どうして日本に⁉」


 突然のことで混乱してきた。

 このバックヤードは世界各国のオリンピック代表の選手と、関係者しか入ることはできない。


 それなのにドイツにいるはずのエレナが、何故こんなところに?

 どうしてドイツの可愛い民族衣装を着ているの?


「コータ君、それは私たちドイツ代表も、オリンピックサッカーに出場するからだよ」

「ユリアンさん⁉」


 エレナの後ろから金髪の青年がやってきた。

 この人はエレナの実兄で、F.S.Vのエースであるユリアン・ヴァスマイヤー。


 オレの元チームメイトの天才プレイヤーだ。


「なるほど、そういうことでしたか!」


 ユリアンさんの登場で、状況がつかめてきた。

 ドイツはヨーロッパでもサッカー強国。オリンピック本戦も常連国。

 今回もオリンピックサッカーに参加していた。


 そしてF.S.Vは今ではドイツ1部リーグの強クラブ。

 F.S.Vの中心人物であり、ちょうど23歳のユリアンさんが代表に選ばれていたのだ。


 このことに関してはオレが、すっかりチェックし忘れていた。


 あれ? でも、なんで部外者のエレナが、ここにいるの?


「部外者とは失礼ね、コータ! 私はオリンピックサッカーのドイツチーム、特別アドバイザー兼通訳の重役で来日したのよ!」

「おお、そういうことか、エレナ! ようやく考えが追いついてきたよ!」


 エレナは若干16歳の少女だが、大人を上回る知識と頭脳の持ち主。

 特にサッカーの専門的な知識は、監督やコーチをも上回る。

 

 更に日本人とドイツ人のハーフなので、通訳の仕事もバッチリ。

 まさにドイツ代表でも特別アドバイザーとして大活躍していたのであろう。


「で、でも……本当はコータに会いたくて、無理やり来日したのよ……」


 エレナは顔を真っ赤にしながら、小声で何か言ってきた。


「ん? なんか、言った、エレナ?」

「もう! 二度は言わないだから! 本当にコータは相変わらず鈍感なんだから!」

「あっははは……ごめん、エレナ」

「まったく、コータったら……その笑顔にめんじて許してあげるわ」


 顔真っ赤にしたり、怒ったり笑ったりと、相変わらずエレナは表情が豊かである。

 一緒にいるだけでオレも楽しくなる。


『おい、コータ! 久しぶりだな!』

『オレたちもいるぜ!』

『まさか忘れたとは、言わせないぜ!』

『久しぶりだな、コータ!』


 エレナとユリアンさんに続いて、ドイツ選手団がやってきた。

 10数人の筋肉隆々の選手たちが、オレの目の前に押し寄せてきた。


『みんな? みんなも、オリンピックドイツ代表に、選ばれていたんだね⁉ 本当に、凄い! おめでたい!』


 彼らはドイツでのサッカー選手たち。

 F.S.V時代のチームメイトが2人。あとの十数人はライバルチームの選手。

 全員が顔見知りである。


『コータ、お前、なんでいきなりF.S.Vを退団したんだ?』

『そうだぜ! お前のいないF.S.Vなんて、手応えがなくて、つまらなかったぜ!』

『よく、言うぜ。お前なんて、いつもコータに抑え込まれて、年棒まで下がったくせに!』

『はっはっは! それを言われると辛いぜ! なあ、みんな!』

『『『そうだな!』』』


 オレが答える間もなく、みんなはドイツ語で次々としゃべってきた。

 彼らは全員が顔見知りであり、大事なサッカー仲間。

 

 ドイツでのかけがえのない仲間とライバルたち。

 サッカーボールを通じて心を通わせた、素晴らしい人たちである。


『ちょっと、あなたたち騒ぎすぎよ! ここは神聖なオリンピック開会式の会場なんだから、静かにしなさい! それにコータが困っているでしょう!』


『やばい、エレナお嬢さまが来たぞ!』

『おい、みんな逃げろ!』


 エレナに追いかけられて、ドイツ代表のみんなは子どものように逃げていく。


 普段はドイツ人は真面目な民族。

 だがこういったお祭りでは、このように大騒ぎである。


「あはは……なんか、こういうの、久しぶりだね」


 そんな好機を見ながら、オレは自然と笑みがこぼれる。

 バックヤードが一気に賑やかになっていた。

 オレを中心にして、まるでドイツにいた時のような楽しい雰囲気になっていたのだ。


「コータ君、すまないね。ドイツ代表のみんなが騒がしくて」

「いえ、大丈夫です、ユリアンさん。ボクも嬉しいですから」


 まさかのドイツ時代の皆のサプライズ登場に、オレは本当に楽しかった。

 まるで同窓会に来ているような、驚きと想いでの連続だったのだ。



『あら、楽しそうね。アタシも混ぜて、お二人さん♪』


 その時である。

 

 人がいなかったはずの背後から、誰かに話かけられる。

 しかも、オネエ口調のイタリア語で。


「……えっ⁉」


 突然のことで、思わず声を漏らしてしまう。


 だが、このイタリア語には聞き覚えがある。


『レオナルドさん⁉』


 声をかけてきたのは銀髪の中性的なイタリア人。

 セリエAを連覇している名門クラブのユベトスFCの、若き司令塔であるレオナルド・リッチ。


『あら、アタシの名前をちゃんと覚えていたのね、子猫ちゃん。嬉しいわ♪』

『もちろんです! 世界のユベトスFCのエースの名前と顔を忘れるはずはありませんから!』


 サッカー好きな人種で、レオナルド・リッチの名前と顔を知らない者はいない。

 もちろん、オレも大好きな選手の一人である。

 再会できて、本当にうれしい。

 

 あれ?

 でも、なんでレオナルドさんも、この場所に?


『もちろん、イタリア代表とし来たのよ、子猫ちゃん♪』

『そうか……そうでしたね、レオナルドさん!』


 ドイツと同じくイタリアも、ヨーロッパのサッカー強国。

 今回のオリンピックにも進出していた。

 

 ユリアンさんと同じ歳のレオナルドさんも、オリンピックのイタリア代表として来日したのだ。


『コータ君、こう見えてレオは親日派。半分は日本観光と、グルメが目的だぞ』

『あら、大当たりよ、ユリアン。さすがはアタシの心の中を見透かすのは上手いわね♪』


 ユリアンさんとレオナルドさんは、小さい頃からサッカー仲間でありライバル同士。

 プライベートでも仲良しで、相変わらず掛け合いの会話が面白い。


『それにグルメが目的だというのは、実は大当たり。アタシの最大の目的は、子猫ちゃんと、そこの子虎ちゃんを一緒に味わうことよ♪』


 レオナルドさんの視線は二人の日本人に向けられる。

 

 一人は子猫ちゃんと呼ばれている、オレ。

 そして、もう一人は黙ってオレの後ろにいた、野生の虎……ヒョウマ君である。


『悪いがオレ様のいる日本代表は、イタリア代表にも負けるつもりはない』


 レオナルドさんの言葉を受けて、ヒョウマ君がイタリア語で答える。

 鋭い眼光で宣言する。


『あら、凄く強気ね、子虎ちゃん? たしかに日本はいい選手がいるわ。でも、あなたもイタリアで実感したでしょう? 日本が世界で結果を出すには、あと数年……いえ、あと10年以上かかるわよ』


 ヒョウマ君の言葉に、今度はレオナルドさんが応える。

 一見するとかなり上からの発言に聞こえるが、その言葉は間違いではない。


 日本サッカーはアジアでは結果を出せるようになってきた。

 

 だが大きな世界大会では、予選リーグ敗退がほとんど。

 ヨーロッパや南米、アフリカの強豪国には、レベルの差が違うのである。


『たしかに日本のサッカーの歴史は浅い。だがサッカーの世界は、一人の選手がチームを大きく変える場合がある。それはオレ様であり、ここにいるコータだ』


 更に答えるヒョウマ君に、一切の迷いはなかった。

 世界のあのレオナルド・リッチに対して、真っ向から宣言する。


『子虎ちゃんと子猫ちゃんね……たしかに面白そうね。あなたちと決勝トーナメントで戦えるのを、楽しみにしているわ。じゃあ、またね♪』


 レオナルドさんは口元に怪しげな笑みを浮べる。

 そして投げキッスをしながら立ち去っていく。


(ふう……相変わらずレオナルドさんは、個性的な人だったな……)


 イタリアのスーパースターが立ち去って、オレは一息をつく。

 プライベートではあんな感じで不思議なオネエキャラである。


 だがピッチの上では別人のように変化する。

 圧倒的な技術と力で、対戦する相手を絶望に追い込む。


 UCLヤングリーグで二度しか対戦したことはないが、その時の恐怖は今でも忘れない。


(でも、レオナルドさんとの再戦か……本当に楽しみだな!)


 レオナルド・リッチと自分のプレイスタイルは少し似ている。

 

 互いにパスを出す攻撃的なMFのポジション。

 判断力と洞察力で、相手の先読みをするプレイスタイルも近い。


 ここだけの話、レオナルドさんの下位互換の性能かもしれない。

 だが、それだけ挑戦のし甲斐はある。


(決勝トーナメントにいきたいな! いや、絶対にいこう!)


 イタリア代表と戦うには、日本も決勝トーナメントに進む必要がある。

 オレは改めて気合を入れ直す。


 よし。開会式も終わりそうだから、そろそろ戻るとするか。


『ヘーイ、コータ』


 そんな時。

 更に誰かに声をかけられる。

 

 今度はスペイン語だった。


『えっ?』


 声をかけてきたのは、スペイン代表のユニフォームを着た青年。

 その顔に覚えがあった。


『セルビオ君⁉』


 声をかけてきたのはスペイン人のセルビオ君。


『オレを覚えていてくれたか、コータ!』


 将来のスペイン代表とスペインリーグを、背負っていく未来のスーパースター。


 前世ではヨーロッパチャンピオンズリーグを6度制覇。


 スペインリーグで5度のチーム優勝。


 世界最高峰の選手に贈られるバロンドールを6度も受賞。


『オレはお前と再会するのを楽しみしていたぞ!』


 そんな“無敵王子”セルビオ・ガルシアと、オレは5年ぶりに再会するのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ