第132話:歓迎試合
日本代表の危機に、ヒョウマ君が駆けつけてくれた。
「おかえりなさい、ヒョウマ君!」
まさかのサプライズに、最初は自分の目を疑った。
だが間違いない。
最高の友のヒョウマ君が、本当に目の前にいるのだ。
「ヒョウマ君、いつ日本に? 日本にはいつまでいるの?」
人目をはばからずヒョウマ君に駆け寄り、疑問をぶつけていく。
今回、合流することは誰も知らずにいた。
もちろんマスコミへの発表もまだ。おそらく今日にでも発表するのであろう。
「それにさっきのヒョウマ君の自己紹介カッコよかったね! なんかボク、懐かしい感じがしたよ!」
ヒョウマ君とは小学2年の時に初めて出会った。
その時の挨拶は『オレ様は澤村ヒョウマ。2年生だ。将来の日本代表の10番。以上だ』である。
先ほど自己紹介を聞いて、オレは懐かし思い出も込み上げていた。
「落ち着け、コータ。オレ様は日本には昨日、戻ってきた。今回は一時帰国だ。オリンピックが終わったら、またイタリアに一度戻る予定だ。挨拶はオレ様流だ」
オレは興奮しすぎていたらしい。
落ち着いてヒョウマ君の話を聞いていく。
「なるほど、ヒョウマ君! そういうことだったね!」
それによると日本サッカー協会から、1年以上も前からヒョウマ君は、代表召集の連絡を受けていたという。
だが在籍するユベトスFCのスケジュールの関係で、帰国するタイミングが今になったという。
「そういえばヒョウマ君のセリエAでの活躍は、ボクもいつも見ていたよ!」
ヒョウマ君と最後に会ったのは、去年の3月。
オレがF.S.Vで優勝を決めた時に、ドイツで一緒にご飯を食べた時以来だ。
それ以降のヒョウマ君は、本当に大躍進をしていた。
在籍していたユベトスFCのU-18から、その年の6月にはトップチームのユベトスFCへ昇格を決める。
16歳の現役高校生の日本人が、イタリアの名門クラブのトップチームに昇格するのは、もちろん史上初のこと。
日本でも大ニュースになっていた。
「トップチームに昇格したばかりなのに、結果を出して凄いよ、ヒョウマ君!」
この時代の日本では、セリエAの人気はかなり高い。
衛星放送でオレも、毎週のようにヒョウマ君の活躍に釘付けになっていた。
そんな中でヒョウマ君は、セリエAで大活躍。
セリエAの今期の新人賞を受賞したのである。
「オレ様にとってセリエAも新人賞も通過点の一つだ。たいしたことない。それよりもコータ、お前のいたF.S.Vヤングと戦った、UCLヤングリーグの方がまだ大変だったぞ」
「UCLヤングリーグか……あれは本当に激しかったけど、楽しかったよね! 本当に懐かしいね!」
ヨーロッパではオレは、ヒョウマ君とはライバル関係にあった。
ヒョウマ君はユベトスU-18のエースストライカー。
オレはF.S.Vヤングのキャプテンで、何度も世代別のリーグ戦で競い合っていたのだ。
「そういえば、ヒョウマ君、なんか大きくなった?」
「オレ様の身長は少しだけ伸びた」
「なるほど、そういうことか!」
1年ぶりに再会したヒョウマ君は、身長が数センチ伸びていた。
今は183cmくらいで、日本人の中ではかなり高身長。
一方でオレは175cmくらい。
ヒョウマ君よりは小さいけど、前世の記録は更新しいていた。
これもサッカーで健康的に生きてきた結果である。
「あと、筋肉もたくましくなったかな、ヒョウマ君?」
「ああ、そうだな。最近はフィジカル強化もしているからな」
「おお、凄い、太ももの筋肉だね!」
ヒョウマ君も身長が伸びきったということもあり、フィジカル強化にも力を入れていた。
無駄なに筋肉は一切ついておらず、野生動物のようなしなやかな足をしている。
「そういうコータも一年前から、かなり逞しくなっているな?」
「エヘヘヘ……ヒョウマ君に褒められると、なんか照れるな。高校に入ってから、ボクも頑張っていたんだ!」
高校になってからオレの骨の成長も、完成期を迎えていた。
そのため中学生までは控えていた、パワー系のトレーニングもしていた。
オレの場合も無駄な筋肉はつけず、瞬発力と持久力に特化。
激しい体当たりを受けても、『絶対に倒れない体幹』を特に徹底的に鍛えていた。
「『絶対に倒れない体幹』か……なるほどな。相変わらず無茶で規格外な男だな、コータは」
「えっ、そうかな? でも、ヒョウマ君に褒められると、本当に嬉しいや!」
世界で最も尊敬できるヒョウマ君からの、1年ぶりの褒め言葉。
オレのテンションとモチベーションは一気に上がっていた。
本当に今日は素晴らしい日だな。
◇
「おい、コータ。盛り上がってところ悪いが、オレたちも話がある」
「ああ、そうだ。そいつに話がある」
その時、日本代表のメンバーの人から声をかけられる。
「あっ⁉ ボクばかり話をしていて、申し訳ありませんでした!」
オレは我にかえる。
まさかのヒョウマ君の登場に、興奮しすぎて周りが見えなくなっていたのだ。
「どうぞ、皆さんも! ヒョウマ君は本当に凄い人なんですよ!」
きっと皆もヒョウマ君と話したいのであろう。
何しろ今やヒョウマ君は、日本の中でもスーパースター。
他の代表メンバーの人たちにも、ヒョウマ君といっぱい話をして、その凄さを分かって欲しい。
「澤村ヒョウマか……まず、最初に聞きたい。お前はなんで、その10番のユニフォームを着ている⁉」
「そうだ。それは歴代代表の想いが、籠った背番号なんだぞ!」
「パッと出のヨーロッパ帰りの高校生が着ていい、背番号じゃないんだぞ!」
なんと予想外のことが起きてしまった。
代表メンバーのみんなは興奮していたのだ。
かなり好戦的にヒョウマ君に噛みついていく。
オレの場合とは違い、かなり感情を表しにしていた。
これはヤバイ雰囲気。
せっかくヒョウマ君が来てくれたのに、一触即発の状態になってしまったのだ。
「さっきも言ったが、オレ様は澤村ヒョウマ。これからずっと日本代表の10番を背負っていく男だ。以上だ」
だがヒョウマ君は動じていなかった。
十数人の代表メンバーに対して、堂々と答える。
これは昔から変わらないヒョウマ君の、天上天下唯我独尊な態度……『自分という存在はこの世に一人だけ、だから尊い』というヒョウマ君節。
絶対的な実力と、確固たる意志がなければできない、本当にかっこいい生き方だ。
「なんだと⁉ 日本代表の10番を背負ってだと⁉」
「いきなり来て、その態度はなんだ⁉」
だが代表メンバーの皆さんは、ヒョウマ君と会うのは今回が初めて。
ヒョウマ君の真意がまだ掴めずに、更に興奮してしまう。
(まずいな……オリンピック本番まで、時間がないのに……)
あと1週間ちょっとオリンピックは開幕してしまう。
このままでサッカー日本代表は、チームワークもバラバラのまま、オリンピックに突入してしまう。
なにか対応策を考えないと。
というか、こんな時に対応するには監督の仕事では?
「おしゃべりタイムは終わったか、お前たち?」
そんなオレの気持ちを読み取ったかのように、監督が口を開く。
暇そうにあくびをしながら、サッカーボールを拾い上げる。
「おしゃべりタイム終わったのなら、さっそく歓迎会をするぞ」
「歓迎会ですか、監督?」
興奮したままの代表メンバーは、監督に問いかける。
まさか『自分の息子のために職権乱用をするつもりなのか?』……代表メンバーからの、そんな強い意志の問いかけである。
「ああ、歓迎会だ。催し物は一つだけ。スタメン組とサブ組の紅白戦をする。条件は本番の試合と同じだ」
監督は説明をしていく。
11人制の紅白戦を行うと。
実力が高いレギュラー組と、控えのサブ組との練習試合。
だが、ここまではいつもの練習メニューと変わりない。
「主役の『澤村ヒョウマ君』は、サブ組に入ってもらう」
「ですが、監督。それではチームの実力のバランスが……」
代表メンバーが監督に言うとおりである。
レギュラー組とサブメンバーでは、明らかに総合力が違いすぎるのだ。
「その方が歓迎会らしくて、お前たちも分かりやすいだろう? もしもサブチーム……澤村ヒョウマが勝ったら、お前たちも納得できるだろう?」
監督は口元に笑みを浮かべながら、最後の条件を説明してきた。
圧倒的に不利な状況でも結果を出すのが、日本代表の10番。
これは歓迎会という名目の、澤村ヒョウマの実力を肌で見せてもらうガチ勝負なのだ。
「分かりました、監督。その代わり、オレたちが勝ったら、澤村ヒョウマには10番を脱いでもらいます!」
「ああ、別にいいぞ。よし、それでは歓迎会を始めるぞ。準備を急げ!」
「「「はい!」」」
代表のレギュラー組は、気合の声で返事をする。
これはかなり本気の時の声。
レギュラー組は全力を出してくるであろう。
(これは……大変なことになったぞ……)
そんな光景を見ながら、オレは慌てていた。
せっかくヒョウマ君が合流してくれたのに、やばい状況になってしまったのだ。
万が一にサブ組が負けたなら、ヒョウマ君は代表を去る危険性もある。
「あと、野呂コータ。今回だけお前はサブ組に入れ。その方が面白い」
「えっ、ボクがサブ組に? ヒョウマ君と同じチームに⁉ はい、喜んで!」
オレは今のレギュラー組だった。
だが監督からのまさかの指示に、オレは歓喜で返事をする。
急いでサブ組のビブスを、ユニフォームの上から着る。
そして試合のために、ピッチに飛び出していくのであった。
「ヒョウマ君、よろしくね! 本当に久しぶりに一緒にプレイできるね!」
「ああ、そうだな」
スキップしながらヒョウマ君の近くにいく。
何しろ前に同じチームにいたのは、小学6年生の時以来。
5年ぶりに同じヒョウマ君にパスが出来るのだ。
今日のポジションは、ヒョウマ君は攻撃のFW。
オレは中盤からパスを出すMF。
これも小学生の時と同じポジションだ。
「コータ。オレ様のプレイを直に見たのは、去年の3月くらいか? あの時よりもオレ様の、飛び出すスピードは上がっている。パスのタイミングは大丈夫そうか?」
ヒョウマ君が心配するも無理はない。
この人の飛び出すスピードは尋常ではない。
特にこの1年間で、彼は凄まじい急成長を遂げていたのだ。
「うん、大丈夫だよ、ヒョウマ君! ヒョウマ君のこの1年のセリエAでのプレイは、全部TVで観ていたよ! ヒョウマのプレイだけを、何回も観直していたよ! あとパスのタイミングも、この1年間、いつもイメージトレーニングしていたから大丈夫だよ!」
一方でオレも少しは成長していた。
特にヒョウマ君を想定したイメージトレーニングは、一日たりとも鍛錬を欠かしてことない。
オレはいつもヒョウマ君へのパスを磨いていたのだ。
「イメージトレーニングだと? 相変わらずデタラメな男だな、お前は……もちろんオレ様も信用しているぞ、コータ」
「うん、楽しんでいこうね!」
今のオレは最高に興奮して、最高なモチベーションであった。
何しろヒョウマとまた同じチームでプレイできるのだ。
しかもサムライブルーのユニフォームに、日の丸を付けて戦うことが出来る。
「よぉおし! いくよ、みんな!」
これほどモチベーションが上がる、シュチエーションは世の中にはないであろう。
……いや、絶対にない!
オレは雄たけびを上げながら、自分を抑えていく。
こうでもしないと興奮しすぎて、身体が燃えてしまいそうなのだ。
「では、はじめ!」
監督の笛が鳴り響く。
「いくよ、ヒョウマ君!」
「ああ、頼んだぞ、コータ」
こうしてヒョウマ君の最高の歓迎会がスタートするのであった。
◇
それから90分後、歓迎試合は終わる。
本当に楽しく、夢のようなひと時だった。
本当に楽しすぎて、あっという間に終わってしまった。
(もう終わっちゃったのか……またヒョウマ君と一緒にプレイしたいな……あっ、そうか! オリンピックが終わるまで、ずっと一緒にプレイできるんだった!)
歓迎試合の結果は4対2。
オレたちサブチームが勝利した。
ヒョウマ君は3得点ハットトリックで、圧倒的な力で凄まじい力を見せつけた。
「オレたちの負けだ……」
「澤村ヒョウマ……お前が新しい日本の10番だ」
「これから頼んだぞ、澤村ヒョウマ」
代表メンバーの全員が、ヒョウマ君のことを認めてくれた。
試合で全力でぶつかり合うことで、互いの力を認め合ったのだ。
たった一試合だったけど、数年間の友情のような認め合い。
これぞサッカーの素晴らしさ!
ボールと通しての意思と想いが通じあったのだ。
「よし、いよいよ、これでオリンピック本番だね!」
こうして盤石の体制でオレたち日本代表は、大阪オリンピックの開会式の当日を迎えるのであった。