第130話:本戦メンバー発表
大先輩とサッカーしてから数日が経つ。
オリンピックを目前にして、日本国内に2つの大きなニュースが駆け巡っていた。
一つ目は日本サッカー協会の山口ゲンジロウ会長が辞任すると、本人が記者会見の席で自らの口で発したこと。
2つ目はオリンピック日本代表の新監督に、澤村ナオト氏が選ばれたことである。
◇
「いやー、まさか会長が辞任するなんて……」
辞任の話を父親から聞いて、オレは言葉を失う。
ニュースを見ないオレは、会長がどんな顔の人か分からない。
だが騒動の責任を取って辞任するなんて、普通の人ではなかなかできない。
かなりの責任力と実行力がある人に違いない。
(でも、この決断のお蔭で、少しは風向きが変わりそうだな?)
昨日までマスコミや国民は、日本サッカーに対して批判が多かった。
むしろ国民に関しては、無関心になってしまった人も多いという。
だが今回の会長の辞任の意思で、風向きが変わりそうな感じがする。
潔い人物だと、国民の好意を集めていたのだ。
そんな勇気ある山口会長の決断に、オレは敬意を払う。
「それにしても、ヒョウマ君のお父さんが、オリンピック代表の監督になるなんて……」
オレにとって、こっちの方が大ニュースだった。
何しろ友だちの父親が、代表の監督になるなんて想像もしていなかったのだ。
「あれ、でも、ヒョウマ君のお父さんって、監督の資格があったのかな?」
ふとした疑問が浮かんできた。
日本代表の監督になるには、日本サッカー協会の公認S級コーチの監督ライセンスが必要となる。
これがかなり大変な制度。
現役時代にどんなスーパープレイヤーでも必ず、B級→A級→S級と段階を踏んでライセンスを取得していかなければいけないのだ。
ちょっと父親のパソコンのネットで、澤村ナオトのことを調べてみよう。
「おお、ちゃんと公認S級コーチの名前が載っているぞ。しかも、今まで活動もしていたんだな!」
調べて驚いたが、澤村ナオトは正式な公認S級コーチを習得していた。
そればかりか、ここ数年は国内や海外の指導者としても活躍をしていたのだ。
「ヒョウマ君のお父さんは、水面下でこんなに活動していたのか……」
澤村ナオトはどちらかといえばクールなイメージである。
引退後はサッカー協会には関わらず、ビジネスマンとして大成功。
サッカー業界はから一歩引いたイメージだった。
しかし記録によると6年前から、サッカー協会の活動に積極的に参加していたのだ。
「6年前というと……オレとヒョウマ君が小学5年生の頃か? ぜんぜん気がつかなかったな……やっぱりヒョウマ君のお父さんだけあって、凄い人だったんだ……」
ベンチャー企業の社長として仕事をしながら、同時にサッカー業界でも活躍していた。
澤村ナオトは恐るべしマルチな才能の持ち主なのであろう。
「監督の交代か……これで来週の発表に、大幅に影響あるかもな……」
来週の7月1日には、オリンピック代表18人のメンバーが発表される。
ちなみに歴史では監督交代はなかった。
つまり前世とは違う18人が、丸々と選ばれてしまう可能性があるのだ。
「でも、こんなオレに出来ることは、サッカーをすることだけ。ギリギリまで練習しておこう!」
普通の高校生であるオレに、水面下の政治工作やJリーグでのアピールは出来ない。
今まで通りに高校サッカー部で、こつこつ練習していくしかない。
「よし、そうと決まったら、身体を動かそう!」
もうすぐ寝る時間だが、身体がうずうずしていた。
オレは家の近所の空き地に、自主練に向かうのであった。
◇
それから数日が経つ。
運命の7月1日がやってきた。
「いよいよ発表の時間だな、コータ!」
「オレたちまで緊張してきたな!」
TVでの発表の時間まで、あと数分。
オレは学園の会議室にいた。
サッカー部のみんなと一緒に、発表の瞬間を迎えることになったのだ。
「学園長、会議室の準備をありがとうございます」
「礼には及ばんぞ、野呂コータ」
この企画をセッティングしてくれたのは学園長だった。
マスコミや外部の人間はシャットアウトして、関係者だけ集めてくれたのだ。
学園長も会議室に同席してくれている。
「コータ、緊張している?」
「うーん、どうかな、マヤ? ダメもとだから、そんなに緊張してないかな?」
同じく同席しているマヤに、苦笑いで答える。
何しろオリンピック代表の最終メンバーは、たったの18人しか選ばれない。
ゴールキーパーの人が2人だとしたら、オレたちフィールドプレイヤーの枠は16だけ。
普通の高校生であるオレが選ばれる可能性は、万が一つの可能性しかないのだ。
「マヤ、それは愚問だよ! だって、お兄ちゃんは絶対に選ばれるから、緊張しないの!」
「そうね、葵」
同じく同席している妹の葵が、マヤに食ってかかっていく。
この二人はいつの間にか、仲がよくなっていた。
先日の写真撮影の後日、葵からマヤに突撃していったらしい。
『野呂コータ不可侵条約』についての聞き取り調査……で突撃したと、言っていたような気がする。
女の子同士のデリケートな話題。
オレはあまり関わらないようにしていた。
そんな感じのやり取りで、葵とマヤは急接近。
年齢は1才違うが、今では友達のように接している。
「コータ、いよいよだぞ!」
「緊張してきたわ……あなた……」
父親と母親も同席していた。
ザワザワしてきた会議室に合わせて、TVの音量を大きくしている。
おっ、TVの内容に動きがあるぞ。
ついに新監督による記者会見が開かれるのだ。
『では、オリンピック代表のメンバーを発表します……』
澤村ナオトが画面の中に登場した。
新監督は軽く挨拶しただけで、すぐにメンバーの発表に移る。
その姿に一切の迷いはなく、堂々とした様子だ。
流石はヒョウマ君のパパは、クールでカッコイイ。
『まずゴールキーパーは…………』
最初にゴールキーパーの2名が発表される。
これは歴史通りの二人が選ばれていた。
次は守備のディフェンスが6人。
こちらも歴史通りだった。
中盤のミッドフィールダーが6人。
これも歴史通り。
そして最後の攻撃フォワードの順番に移る。
「あっ……」
「そんな……」
そこで会議室がざわつく。
何しろオレのポジションはミッドフィールダー。
だがミッドフィールダーのメンバーに、〝野呂コータ”の名前はなかった。
つまり集まったみんなは、オレの落選に気が付いてしまったのだ。
『……そしてフォワードは以上の3名になります』
そんなザワつきの中、FWの三人の名前の発表も終わった。
最後までオレの名前が呼ばれることなく、新監督は言葉を終える。
「コ、コータ、き、気になよ……」
「ああ……お前はまだ17歳だ……
「そうだな……次のオリンピックが本番だと思うぜ……」
部の皆は、オレにねぎらいの言葉をかけてくる。
用意してお祝い用のクラッカーと花吹雪を、申し訳なさそうに隠し出す。
かなり微妙な空気が会議室に流れていく。
落選が確定して、オレも気まずい雰囲気にのまれてしまう。
「コータ。2+6+6+3は?」
「えっ、マヤ?」
そんな重い空気の中で、マヤが何かに気が付く。
「「「えっ、2+6+6+3?」」」
彼女の言葉を聞いて、全員が指折りで計算していく。
でも突然のことで、誰もが正確に計算できない。
いったい、何の答えになるんだ?
『……最後はタマ学園高等部サッカー部所属、野呂コータ。ポジション特になし。以上の18名がオリンピック日本の正式メンバーです』
そんなタイミング見計らったように、澤村ナオトが再び口を開く。口元に小さく笑みを浮かべながら。
「……野呂……コータ……?」
「おおおおお⁉」
「コータが選ばれたぞ⁉」
「本当だ! 間違いないぞ!」
虚を衝かれていた部のみんなは、ワンテンポ遅れて声を上げる。
隠そうとしてクラッカーを鳴らし、花吹雪を撒いていく。
「「「バンザーイ! バンザー!」」」
会議室は一気に賑やかになる。
皆は万歳三唱をしながら、祝いの言葉を次々としてくる。
「コータ。よかった」
「うん、ありがとう、マヤ」
そうか……マヤだけが、一人少ないことに気が付いていたのだ。
冷静な彼女ならではの、グッジョブである。
「やったね、お兄ちゃん!」
「ちょ、ちょっと葵……そんなに抱きついてきたら、苦しいよ……」
葵はもう高校一年生だから、身体もかなり大人。
皆の前は少し恥ずかしい。
「よし、今宵はご馳走だ、ママ!」
「そうね、あなた!」
両親も大喜び。
というかオレ以外の全員が、歓喜している。
会議室は手の付けられない状況になっていた。
大人も教師、生徒も関係なく、お祭りのように大騒ぎである。
「はい、もしもし? はい、ありがとうございます!」
父親の携帯電話は、知り合いからの祝メールがひっきりなしに届く。
学園の外線電話にも、マスコミ各社からの電話が殺到していた。
部の皆の携帯にも、知り合いからのメールがひっきりなしに届いている。
それほどまでに、母国開催のオリンピック代表は、日本中の注目を浴びていたのだ。
(あははは……凄いことになってしまったな……)
そんな光景を眺めながら、オレはもう笑うしかなった。
まさかの代表選出にオレ自身が、まだ信じられないでいたのだ。
(でもオリンピック本戦か。本当に楽しみだな……どんな選手と戦えるのかな? 今からワクワクしてきたな……)
こうしてオレは日の丸をつけて、オリンピック本戦に出場することが出来るのだった。