第127話:日本サッカーの危機
オリンピック代表監督の突然の解任発表から、一夜が明ける。
次の日は朝から、日本中はその話題で持ち切りとなる。
特に新聞やTVのマスコミは、攻撃的な見出しを連発していた。
『オリンピック直前で不可解な解任⁉』
『なぜ解任をしなければいけなかったのか⁉』
『協会と監督の不協和音があったのか⁉』
『スポンサーを優先した大人の事情が⁉』
『日本サッカー協会の山口会長はどう責任を取るのか⁉』
こんな感じで大騒ぎになっていた。
特に監督を突然解任したサッカー協会に対して、批判と憶測が続出していたのだ。
(これはマズイ雰囲気だな……)
オレは基本的にTVを見ない。
だが今回ばかりは傍観して訳にいけない。
朝のTVを見ると、サッカー評論家たちが今回の事件について色々と意見していた。
また街頭インタビューでは、市民の多くが事件について批判している。
(でもオレが出来ることは何もない……とにかく学校に行くしかないな……)
オレはあくまで代表候補の24人の1人でしかない。
しかも非力な高校生で、何の決定権もない。
だからTVの前でウダウダしていても仕方がない。
オレ気持ちを切り替えて、朝練のために学校に向かうのであった。
◇
それからいつものようにオレは葵と、学校にランニングで向かう。
今日は曇り空で、何やらあまりいい感じがしない。
(ん? なんだ、あの人だかりは?)
学校前に到着。
校門の前に人だかりを発見する。
こんな早朝にいったい何事であろうか?
よく見ると、人だかりはマスコミ陣。
カメラやマイクを持った取材陣だった。
一体何ごとであろうか?
「あっ! 野呂コータ君ですね! 今回の監督解任について、ひとこと聞かせてください⁉」
「選手と監督の間にも、不協和音はあったのですか⁉」
「今回の協会の対応について、どう考えていますか⁉」
「来週の最終選考に、どんな影響があると思います⁉」
彼らのターゲットはオレだった。
今回の事件に関して、候補メンバーの意見を聞きだそうとしていたのだ。
これはマズイ状況。
囲まれたから逃げ出すことは難しい。
「葵、ダッシュで逃げ込むぞ!」
「うん、お兄ちゃん!」
マスコミ陣はやけに殺気だっていた。
いちいち答えている雰囲気ではない。
オレたちはマスコミ陣の間を、ダッシュで突破。
無事に学園の敷地に内に、逃げ込むことに成功する。
後は守衛さんがいるので、マスコミ陣も追ってはこられないであろう。
(これは予想以上にマズイことになってきたな……)
グランドに向かいながら、嫌な空気を感じていた。
今日のマスコミ陣は、異様なまで殺気だっていた。
今までのミーハーでワイドショー的なインタビューとは、まるで違う雰囲気。
明らかに攻撃的な意志が感じられたのだ。
(これは部活の皆や、クラスメイトも……色々と大変そうだな……)
多く不安を抱えながら、オレは学園の敷地内を駆けていく。
◇
その後は、予想していた通りの感じだった。
6時からの朝練では、部のみんなに色んなことを聞かれる。
「代表の新しい監督は、誰になるんだろうな……」
「コータ、大丈夫か? なんかあったら、オレたちが助けるからな!」
「オレたちに任せておけ、コータ! って言っても、たいしたことは出来ないがな! あっはっはっは……」
サッカー部のみんなは、そんな感じでオレのことを心配してくれた。
協会に対する批判はなく、前向きな姿勢。
とても有り難い反応であり、そのまま朝練に集中できた。
『ピンポンパンポ~ン♪ 2年、野呂コータ君は至急、学園長室まで来てください』
朝練の後は、また校内放送で呼び出しをくらった。
前のように学園長室に行く。
「今回も学園前のマスコミは、私の方で対応しておく」
学園長は前回の時と同じ様に、すでに手を打ってくれていた。
校門前の取材陣も、そのうちにいなくなるという。
そのお陰で他の生徒やサッカー部のみんなに、今後は迷惑がかかることはなさそうである。
この学園長は基本的に超有能な人。
オレとしてもかなり助けてもらっている。
「では授業に戻りたまえ、野呂コータ君」
「はい、ありがとうございます!」
学園長からの話が無事に終わった。
オレは礼をして学園長室を出ていく。
「それにしてもゲンジロウのヤツ……なんで、こんな時期に監督を……」
ん?
去り際に学園長が小さく、そう呟いていた。
とても小さな声だったけど、地獄耳のオレには聞こえていたのだ。
(ゲンジロウ……誰のことだろう? まっ、いっか!)
聞いたことが無い名前だった。
もしかしたら聞き間違いかもしれない。
気にせずオレは、自分のクラスに戻るのであった。
◇
クラスに戻り、遅れて1限目に参加する。
その後の休み時間は、今日の中で一番大変だった。
「コータ、大丈夫か?」
「それにしても、この時期に監督の交代だなんて、おかしい話だよな」
「ああ。サッカー協会は何を考えているんだ⁉」
「絶対に協会の内部の腐敗が問題なんじゃないか⁉」
クラスメイトのみんな、そんな感じだった。
オレのことを心配している人も多い。
だがほとんどは協会の批判が大多数。
クラスのみんなは今朝のニュースや新聞を、見てきたのであろう。
「ボクの方は大丈夫だよ。今後のことは守秘義務もあるから、何も言えないんだ。ごめんね、みんな」
とりあえずクラスの皆には、そういう感じで答えておく。
この辺の対応は、コンプライアンス講座のマニュアル通り。
オリンピック代表候補として、友達への発言も気をつけないといけないのだ。
(それにしても予想以上に、マズイ雰囲気になっているな……)
その日の授業を受けながら、学園内の雰囲気を調査していく。
サッカー部以外の生徒の多くは、協会のことを批判していた。
この分だと全国の学校で、こんなマイナーな意見が飛び交っているであろう。
◇
なんとか無事に授業が終わり、部活も終わった。
「ただいま!」
家に帰宅したオレは、家族と今日のことを話していく。
「パパの会社でも、同じような感じだったな」
「葵もクラスも、お兄ちゃんと同じだったよ」
「近所の人たちからもママは、同じように言われたわ」
他の家族3人も、今日は朝から色々と聞かれていたという。
同時に周りの人たちの多くは、サッカー協会を批判していたと。
(きっと日本中が、こんな感じになっているんだろうな……)
日本ではマスコミの影響力は大きい。
更に一部の日本人は、影響を受けやすい。
だから一般の人たちは、TVなどの情報を間に受けていたのであろう。
家族から話を聞きながら、今回の事件での世間的の印象をまとめていく。
・選手たちが可哀想
・日本サッカー協会の内部に問題があった。
・元凶は理事会と山口会長にあるのだろう。
・日本代表はバラバラになる。
・オリンピックでも惨敗が見えてきた。
・今回の事件で日本サッカーは、世界から更に20年後退した。
こんな感じのマイナーイメージばかりであった。
(想像以上にまずい状況だな。このままではドンドン雰囲気が、悪くなっていきそうだな……)
日本にサッカーが根付いて、まだ20年ちょっとしかない。その浅い分だけ、冷めるのも早い。
このままで国民のオリンピックサッカーへの興味が、ドンドン薄れていくであろう。
そして一番怖いことは、日本サッカー自体のイメージが悪くなる危険性。
(日本サッカーのイメージダウン……これはマズイな……)
前世では社会人であったオレは、社会的なイメージの怖さを知っている。
このままの雰囲気でいけばスポンサーが、サッカーから離れてしまう危険性があった。
この時代のJリーグの収益の多くを支えているのは、スポンサー収益。
つまりイメージダウンによって、日本のプロリーグに多大なダメージを受けてしまうのだ。
(プロサッカーの後退と衰退か……これはヤバイな……)
世界のサッカーの歴史の中、同じように事件を起こし、後退した国は存在していた。
一度でも衰退してしまったら、その後は大変なことになる。
10年以上かけても、信用が回復しない国もあるのだ。
(なんとかしないと……でも、今回ばかりは、どうにもできないな……)
今回の事件は歴史にない出来ごと。
前世の記憶を持つオレには、なんの解決を出来ないのだ。
(とにかくオレは今まで通りに頑張るしかないな……よし、気持ちを切り替えていこう!)
今のオレは普通の高校2年生。無理に動いても、状況は良くはならない。
だからサッカーに集中することにした。
それだけが今のオレに出来る全てなのだ。
◇
それから数日が経つ。
世間は相変わらずの雰囲気だった。
マスコミや専門家は、サッカー協会を批判。それに国民も同調していく。
『世論調査によるとオリンピックサッカーに期待なし⁉』
『日本代表、予選リーグ敗退の高確率⁉』
『日本サッカー協会の闇に密着⁉』
オリンピックサッカー代表に対する、国民の期待はどんどん薄れていっていたのだ。
「じゃあね、みんな!」
そんな中、オレは通常通りに活動していた。
今日も授業を終えて、校舎を後にする。
「あっ、そういえば、今日は部の練習が休みか? さて、どうしようかな……」
今日は都合によりサッカー部の練習は休み。
グランド補修のために使えないのだ。
サッカーしか趣味がないオレは、放課後の時間を持て余してしまう。
「真っすぐ帰宅して、自主練しようかな? それとも学校の近くで練習しようかな? さて、どうしようかな?」
部のみんなは繁華街に遊びに行っていた。
だがオレにはサッカーしか趣味はない。
練習場を考えながら、学園内をウロウロしていく。
「ん? これはサッカーボールを蹴る音?」
広大な学園の敷地内を歩いていたら、サッカーの音が聞こえてきた。
光に集まる虫のように、オレは習性的にそちらに引き寄せられていく。
「おお、サッカー場だ! こんな所にあったのか? ここは小学校かな?」
たどり着いた先は、学園の小等部の敷地。
小学生がサッカーをしている音が聞こえてきたのだ。
「部活が終わった後に、居残り練習しているのかな?」
グラウンドには大人はいなく、子供しかいなかった。
雰囲気的に部活が終わった後の、遊びのサッカーをしているのであろう。
数人の小学生が、ミニゲームで遊んでいた。
「みんな楽しそうだな……」
子どもたちはみんな、笑顔でサッカーをしていた。
学年や性別はバラバラだけど、誰もが楽しそうに遊んでいる。
「なんか懐かしいな……」
オレもリベリーロ弘前時代は、あんな感じ居残り練習で遊んでいた。
ヒョウマ君や葵、チームメイトの皆と、いつもボールを追いかけていた。
練習と遊びが混じった、楽しい時間。
観ているだけで、本当に心がポカポカする光景である。
「……おい、そこのキミ」
「ん?」
その時である。
急に自分の足元から、誰かの声がした。
なぜオレの足元から、人の声が聞こえてくるのであろうか?
幻聴かな?
でも明らかに、オレに対して声をかけてきている。
「お前、ワシの服を踏んでいるぞ!」
幻聴ではなかった。
何とオレは他人のスーツの上着を、スニーカーで踏んでいたのだ。
相手の人は、かなり怒っていた。
小学生に見惚れていたとはいえ、何たる不祥事。
「えっ? あー⁉ す、すみませんでした! 本当にごめんなさいです!」
こうしてオレに不幸が訪れる。
日本サッカーの未来の暗雲に追い打ちをかけるように、オレは泣きっ面に蜂状態となってしまったのだ。