第124話:帰国
カルロさんとの激戦から、数日が経つ。
アジア地区の最終予選を終えて、代表チームは帰国の飛行機の中にいた。
「なんとか最終予選を通過できたか……」
「ああ、これで8月の本戦に出場できるな……」
「開催国なの不通過とか、シャレにならんからな……」
代表の皆は機内で談笑していた。
2週間以上の長い最終予選の緊張から、解き放たれてホッとしている。
同じく機内いるオレは、そんな皆の会話に耳を傾けていた。
「それにしても最終予選を1位通過か……」
「ああ。このまま勢いで本戦にいこうぜ!」
カルロさんと戦いの後に、もう一つだけ歴史が変わったことがある。
それは日本がアジア地区の最終予選で、優勝できたこと。
前世では2位通過だったのが、少しだけ変わったのである。
「これもウチのスーパールーキーの、コータ様のお蔭だな……」
「えっ、ボクのですか?」
いきなり話を振られたので、お茶をこぼしそうになる。
せっかくの代表チームのスーツを、汚すところだった。
「あれだけ活躍して謙遜するとは、コータは本当にすごい奴だな!」
「ああ。決勝でも途中出場、逆転ゴールを演出したヤツだかなら、コータは!」
そういえば決勝戦では運よく、決勝アシストのパスを決めることができた。
オリンピック本戦の出場が確定していた試合だったから、気軽にプレイしたのが良かったのかもしれない。
「このまま本戦の方でも、頼んだぞ、コータ!」
「そうだな。たしかにコータは本戦でも大活躍してくれるな!」
「だがオレたちは、その前に、オリンピック本戦の代表メンバーに選ばれないとな……」
「ああ……そうだったな……」
談笑してメンバーは、急に神妙な顔つきになる。
彼らのそんな雰囲気になるのも、仕方がない。
何しろ8月のオリンピック本戦には、規定により18人しか選ばれない。
ここにいる24人の中から、確実に6人以上は落選してしまう。
オレたちはあくまでの予選を戦い抜くための、代表候補メンバーともいえるのだ。
(大阪オリンピックの正式メンバーの18人か……)
そんな話しを聞きながら、オレは少しだけ胸が苦しくなった。
何しろオレは前世の記憶で、選ばれる18名の名前を知っている。
もしかしたら最終予選を優勝できたことで、歴史は変わるかもしれない。
しかし大まかなメンバー選考は、大きく変わることはないであろう。
「みなさん、スケジュールによると今後も、国際試合や国際大会があります。悔いが無いように頑張っていきましょう!」
だが、オレは悲観することはしたくなかった。
最終メンバーが発表される瞬間まで、サッカーの鍛錬を積んでいきたい。
オレが落ちた時は、そこまで。
その想いを選ばれた18人の皆に託したいのだ。
「たしかにコータの言うとおりだな……」
「ああ、そうだ。オレたちも最後まで足掻いていこうぜ!」
「次の代表招集の時まで、スキルアップの毎日だな!」
代表メンバーのみんなに、また明るい笑顔が戻ってきた。
ここにいる皆は仲間同士でありながら、競い合うライバル同士。
互いに切磋琢磨しながら、日本サッカーを高めていく青年たちなのだ。
「それにしても高校1年のコータに説教されるとはな……オレたちも、もう少ししっかりしないとな」
「だがコータは本当に高校生か? たまにオッサンみたいな格言ばかり言うよな?」
「それに食べ物や私服のチョイスも、やけにオッサンっぽいよな?」
「「「たしかに!」」」
機内に大爆笑が響き渡る。
あまりの盛り上がりに、スチュワーデスさんに注意をされてしまった。
これには全員が反省。
オレたち代表メンバーの機内での談笑会は、こうして解散となる。
(次は本戦メンバーへの生き残りか……まあ、オレには関係ないから、ゆっくりとしていこう……)
今回の予選の最後の3試合で、オレは運よく結果を出せた。
だが基本的に高校生のオレは、ベンチで控え選手の扱い。
おそらく本戦の18名に選ばれることはないであろう。
(とにかく色々あったけど、本当に楽しいアジア予選だったな……)
窓の外を眺めながら感慨にふける。
こうしてオレは最高の思い出と共に、日本に帰国するのであった。
◇
それから数時間が経ち、飛行機は東京の国際空港に着陸する。
オリンピック代表メンバーの24名は、ここで一時解散。
次に正式に集まるのは、3月下旬の国際試合の時である。
オレたちは入国の手続きをして、入国ゲートに進んでいく。
(ん? なんだ、あの人だかりは?)
そんな時。
向かっているゲートを出た所に、人だかりを見つける。
かなりの人数であり、カメラを構えたマスコミ陣も多い。
(もしかしたら海外の大物俳優でも、来日しているのかな?)
TVのワイドショーでは、外国の凄い人が来日した時は、あんな感じになる。
(もしかしたら海外の大物サッカー選手がくるのかな? それならオレも出待ちしたいな!)
芸能人には興味はないが、サッカー選手ともなれば話は別である。
もしかしたら極秘で日本に来るのかもしれない。
そうだったとしたら、ひと目でもいいから見てみたい。
可能なら鞄に入っている色紙に、サインもして欲しい。
「おい、みんな。コータを守れ! 中心にして駆け抜けるぞ!」
「えっ? えっ?」
そんな時。
一緒に歩いていたチームメイトが、そんなことを口にする。
突然で何のことか分からず、オレは思わず変な声を出してしまう。
「「「了解!」」」
同時にチームメイトの皆が、オレの周りに壁を作る。
そのまま出国ゲートの先へと進んでいく。
いったい何が起きるというのだ?
「オリンピック代表のみなさん、アジア予選優勝おめでとうございます!」
「最後の3戦で大活躍だった野呂コータ君! ひとことお願いします!」
「野呂コータ君、ファンのために是非コメントを!」
なんとマスコミの狙いはオレだった。
凄い数のマイクとカメラが、オレに向けられてくる。
「コータ。とりあえず笑顔で手を振っておけ!」
「だが立ち止まるな! 出られなくなるぞ!」
チームメイトのみんなは守ってくれながら、アドバイスをくれる。
なるほど。
たしかにマスコミ陣の勢いは凄まじい。
ここは強引にでも突破しないと、大混乱が起きてしまう。
「みなさん。こんにちは! 野呂コータです! 応援ありがとうございます! 今後も頑張っていきます!」
先輩たちのアドバイス通り、オレは笑顔でカメラに向かって手を振る。
そして、そのままダッシュで空港の特別出口へとダッシュしていく。
「ふう……凄かったな……」
何とか特別出口まで逃げることに成功。
オレはひと息をついて、呼吸を整える。
ここならマスコミ陣は追ってこられない。
(でも、この後はどうやって帰ろう……)
他の代表メンバーの皆は、各クラブの迎えの車に乗り込んでいた。
だが普通の高校生であるオレに、そんな送迎車は来ていない。父親はまだ仕事中。
だから空港から電車に乗ろうものなら、さっきのマスコミ陣が追ってきそう。
今度は駅に迷惑をかけてしまうであろう。
「うーん、どうしようかな……よし、こうなったら走って帰ろうかな⁉」
この空港から東京の家までの、距離は約30キロメートル。
いつものペースでランニングしていけば、数時間で家に到着する。
かなりの長時間であるが、スタミナアップの鍛錬にはちょうどいいかもしれない。
「コータ、おかえり」
そんな時、誰かに声をかけられる。
「あれ、マヤ? どうしてこんなところに?」
声をかけてきたのは、クラスメイトのマヤだった。
でも、どうしてこんな場所に立っていたのであろうか?
「コータのお迎え。私のパパの指示。あそこに車がある」
「えっ、ボクの迎えに?」
なんとマヤはわざわざ空港まで、迎えにきてくれたという。
マヤのお父さんが事前に、マスコミ陣が空港に大挙する情報を入手。
混乱を避けるために、MAYAのマネージャーの車で迎えに来てくれたのだ。
「でも、このまま学園に戻っても大丈夫かな……?」
「私のパパが今、手を打っているから、大丈夫」
「そっか……それなら安心だね!」
マヤと学園長の好意に甘えることにした。
特に学園長はマスコミ業界に顔が広い。
また上手に情報を出して、この混乱を招集してくれるであろう。
(とにかく、これでひと安心か……)
マネージャーさんの車に、マヤと乗り込む。
帰路のめどがつき、ひと安心したらアジア予選の疲れが、どっと出てきた。
(よし……着いたから、また頑張らないとな……)
いつの間にか夢の中に落ちていた。
こうしてドタバタはあったが、オレは無事に日本に帰国することが出来たのだった。