第123話【閑話】:ヨーロッパでプレイしているアジアの20歳の選手カルロ・サンチェスの話
《ヨーロッパでプレイしているアジアの20歳の選手カルロ・サンチェスの話》
大阪オリンピック本戦の出場をかけた、アジア最終予選が終わった。
私の祖国のチームは、3位という成績。
これにより8月の大阪オリンピックに出場する権利を獲得した。
準決勝の日本代表との戦いに勝っていれば、1位通過で本戦に出場したであろう、という関係者いた。
だが、あの日本……コータ・ノロと対戦しただけでも、私は満足していた。
◇
「やあ、カルロ。ナイスプレイだった。お疲れさま」
3位決定戦の試合後、私に話しかけてくる男がいた。
彼は私の在籍するクラブのスカウトマン。
「ナイスゲームだったな、カルロ!」
「ありがとうございます」
「出来れば1位通過してもらえたら、カルロの市場価値が更に上がって、私のボーナスも上がったのだか……はっはっは……これはジョークだ」
スカウトマンは軽いジョークで笑い声を上げる。
正直なところジョークはあまり面白くないが、5年前のU-15のアジア選手権の後から、この男に世話になっていた。
仕方がなく私も笑って合わせる。
「ここだけの話、カルロの国は世界ランキングも低い。今回の3位通過も大金星だといえる」
「そうですね。この年代になると、アジアも強国が多かったです」
サッカーの世界は国際サッカー連盟、FIFAが設けている『国別の世界ランキング』というものがある。
それによると我が祖国は、アジアの中でも低い方。
オリンピックサッカー本戦に出場することも、今回が初めてなのだ。
「これもカルロが大活躍してくれたお蔭だな! クラブの幹部連中も鼻を高くしているだろう!」
ジョークはあまり上手くないが、この男のスカウト技術はかなり高い。
眠っている未発掘のサッカー少年を見つけ出すために、今回もアジア最終予選に来ているのだ。
「それにしても、カルロ。今回も日本に苦汁をなめされられたか。それほど優れた選手がいたようには、見えなかったが?」
「日本代表は強かったです。なぜなら14番……コータ・ノロがいたから」
「日本の14番……?」
私の答えに、スカウトマンは首を傾げる。
そして自分の手帳を開き、日本代表のデータを探す。
「あの選手か……そういえば、そこそこ、いい動きをしていたな。だが個性はないなかった。もちろん私の記憶にもない……はっはっは……これはジョークだ」
私たちのクラブは、個人技や攻撃力を重視していた。
だから初めから日本代表のことを、あまり注目していなかったのであろう。
「あの14番なら、せいぜいアジアレベル止まり。カルロのように、ヨーロッパのビッグクラブでプレイするは、不可能だ」
相変わらずコータ・ノロに関する、スカウトマンの評価は低い。
この男のスカウト能力は高いが、好みに合わない選手を挺評価するのは、悪いクセだった。
「……F.S.Vというクラブを知っていますか?」
「F.S.Vだと、カルロ? もちろん、知っているさ! 隣国のドイツで……いや、ヨーロッパでも今一番の話題のクラブさ!」
スカウトマンは雄弁に、F.S.Vの素晴らしさについて語り出す。
何しろF.S.Vは奇跡を起こしてきたクラブ。
数年前まではドイツリーグで、4部降格の危機にあった。
しかし不死鳥のように復活して、たったの3年で1部リーグへ昇格を果たす。
更に今季も大好調。
ドイツリーグで長年1位を独占していた王者バイエランFC……それに続く2位を、F.S.Vはキープして戦っていたのだ。
「あそこのクラブはいい選手が揃っている。特にユリアン・ヴァスマイヤーは最高の選手。うちのヨーロッパ方面のスカウトマンも打診をしたが、本人に断られたという話だ。あと、あそこは経営陣も先進的だ。今やヨーロッパでも一番勢いがあるクラブかもしれないな!」
この男が言う通り、F.S.Vはヨーロッパでも一番勢いがある。
このままでいけば、数年後にはドイツリーグを制覇。
ヨーロッパリーグでも猛威を振るう存在になるであろう。
「なるほどです。話を戻しますが、日本の14番……コータ・ノロは、そのF.S.Vに在籍していました」
「なんだと……そんなデータはないぞ⁉」
「データがないのは仕方ありません。彼がいたのは3部から、2部時代の途中まで。しかも特別選手のアマチュア扱いで、名前のスペルまで間違っていましたから……」
コータ・ノロはデータ上、F.S.Vの記録には正確には残っていない。
そのため彼のことを知る人物。もしくは、『コータ・ノーロ』のプレイを観戦した者でなければ、彼の凄さは分からないであろう。
「はっはっは……なんだ、アマチュア登録だったのか。それは日本得意のジャパンマネーで、思い出留学でもさせただろう?」
最近の日本のサッカー青年は、留学会社を経由してヨーロッパに行く者が多い。
スカウトマンが言うように、想いで作りや経歴に箔をつける目的の者もいるという。
「“F.S.V2部優勝最短の奇跡”を知っていますか?」
「ああ、もちろんだとも、カルロ! ヨーロッパのサッカー関係者なら、誰でも知っているF.S.Vの偉業だろう!」
「その中心にいたのが日本の14番のコータ・ノロです」
「そんな……バカな……あの地味な14番が……だと?」
「はい。私もTVで観戦していたの、間違いありません」
コータ・ノロがドイツに来た噂は、偶然耳にしていた。
それからできる限り彼のプレイ映像は、手に入れるようにしていた。
何しろ私がここまでサッカーに情熱を燃やせたのは、5年前の敗戦……コータ・ノロとの戦いのお蔭なのだ。
彼と再戦するためだけに、この5年間は必死で自分のプレイを磨いてきた……そう言っても過言ではない。
「そ、そんなに凄い選手だったのか、あの14番は……ちょっと、席を外していいか、カルロ。電話してくる!」
「それならコータは『コータ・ノーロ』で調べた方が、F.S.Vの記録で見つかりやすいです」
「ありがとう、カルロ! では、また会おう!」
そう言い残し、スカウトマンは走り去っていく。
あの様子ではコータ・ノロをスカウトするために、クラブの人事責任者と電話してくるのであろう。
(だがコータがうちのクラブに来るとは思えないがな……)
何しろF.S.Vで数々の伝説を作りながらも、いきなり日本に帰国した男である。
おそらくは尋常ではない理由があるのであろう。
普通の正攻法ではスカウト出来る可能性は低い。
うちのスカウトマンが空回りする方に、今年の年棒を賭けてもいい。
「さて、私は次に対戦できるように、練習していかなればな……」
大阪オリンピック本戦まで……いや、コータ・ノロと再戦できるまで、あと数ヶ月しかない。
別ブロックになる場合もあり、再戦の可能性は率い。
自分の祖国か、日本が敗戦した場合は、彼と戦うことすら出来ないのだ。
「だが日本は必ず勝ち進んでくる。だから私も……」
日本代表は、更に進化を遂げていくであろう。
その中心にいるのは、もちろん14番。
コータ・ノロだと私は読んでいたのだ。