第122話:5年ぶりのマンマーク
オリンピック本戦をかけた、アジア地区の最終予選のトーナメント。
カルロ・サンチェス要する国との試合が始まっていた。
現在は前半45分を終えて、休憩のハーフタイムに入ったところである。
◇
「なぜ、相手の9番を止められないのだ⁉」
日本のロッカールームに、監督の声が鳴り響く。
「前半はあの9番ひとりに、いいようにヤられて、悔しくはないのか、お前たち⁉」
監督が怒るのも無理はない。
前半を終えて日本は0対2で負けていた。
対戦国の9番……カルロ・サンチェスに2得点も許し、押されていたのだ。
「でも監督。あの9番は事前のデータとは、段違いのスピードです!」
「たしかに……あれで、まだ20歳とは……」
「ああ、本当に反則級だよな……」
選手たちは監督に状況を説明する。
自分たちも最善を尽くしているが、現場では対応ができないと。
それほどまでにカルロ・サンチェスは規格外の選手だったのだ。
「くそっ……なんで、あんな選手が、こんなアジア大会に出てくるんだ……」
打開策の見いだせない監督は、思わず小さく愚痴を吐き出す。
このままでいけば後半は、更に点差を広げられてしまうであろう。
それほどまでに相手の9番は、想定外の急成長を遂げていたのだ。
(うん、うん。たしかにカルロさんは凄かったな……)
そんな監督の愚痴を聞きながら、オレは心の中でうなずく。
前半のオレはベンチで待機して、カルロさんのプレイを見ていた。
ここだけの話、彼の華麗なプレイを間近に見て、かなり興奮していた。
(カルロさんは前も凄かったけど、今日は5年前よりも更に凄い選手になっていたよな!)
さすがは後の世で、ヨーロッパリーグで大活躍するアジアの英雄である。
今は若干20歳だが、前世の全盛期並みの鋭さを、もう身につけていた。
オレの知っている前世の歴史よりも、何割増しかで急成長しているのだ。
(5年くらい前に何があったか知らないけど、カルロさんもずっと努力していたんだよな……きっと)
サッカーの上達に近道はない。
コツコツとした毎日の努力だけが、上手くなる絶対の道。
それはどんなスーパースターでも同じ。
前世を越えた努力をしてきたカルロさんのことを、オレは内心で最大級の賛辞を送る。
「とにかく、あの9番を抑える選手はいないのか⁉」
後半の解決策が見いだせず、監督は思わず愚痴を吐き出す。
かなり感情的になっているが、これも仕方がない。
何しろアジア地区の最終予選を突破できなければ、この監督は解任されてしまう噂もあるのだ。
よし、名乗り出るなら、このタイミングしかない。
「あのー、よかったら、ボク……抑えられるかもしれません」
そんなタイミングを見計らって、オレは挙手で名乗り出る。
「おお、コータが出てくれるのか⁉ 背中の違和感は治ったのか?」
実はオレは今日の試合を、ズル休みしていた。
何しろ歴史通りなら、自分がスタメン出場しない方が、日本は出場できるからだ。
戦略的な休養。
「はい、お蔭さまで。ベンチで休ませてもらったお蔭です! バッチリ大丈夫です!」
だが歴史が変わり、対戦国も変わってしまった。
日本が負けるのを、このまま指をくわえて見ている訳にいかない。
ロッカールームで全力ジャンプして、身体の快調さをみんなにアピールする。
「たしかにコータなら、あの9番を抑えられるかもしれない……」
「だが、いきなりの出場で、あのトリッキーな9番に対応できるのか、コータ?」
代表のみんなが心配するように、カルロさんのテクニックは凄い。
特に彼の独特のプレイリズムのタイミングを、守備陣の誰もつかめずにいた。
初見では絶対に対応できない、凄まじい動きをしてくるのだ。
「その辺は心配ありません。実はU-15の国際試合で、相手の9番をマンマークした経験があります」
5年前のアジア大会で、オレはカルロさんのことを、ずっとマンマークしていた。
かなり大変だったが、その時のイメージはまだ残っている。
「なるほど。だがスピードだけでも9番の方が上だぞ、コータ」
「どうするつもりだ、コータ?」
みんなが心配するように、カルロさんのスピードは凄まじい。
彼をトップスピードの乗せてしまったら、オレの庶民足では追いつけない。
「それも大丈夫です。カルロさんは駆けだす前に、一瞬だけクセを出します。その動きさえキャッチできれば、止めることは可能です」
今日の前半の映像を流してもらいながら、カルロさんのプレイについて説明をする。
彼は動き出す時に、独特のクセがあった。
5年前からかなり修正されていたが、ほんの一瞬だけ出てしまう。
それは前半を観察して確認はとれていた。
「これのどこにクセがあるんだ、コータ……?」
「だが言われてみれば、ほんの一瞬だけ、あるような……ないような?」
代表の皆は映像に食らいついている。
だが完璧に発見できた人は、誰もいない。
それほどまでにカルロさんのクセは、ほぼ修正されていた。
オレでなければ見逃している。
敵ながらアッパレだ。
「よし、ここはコータに賭けよう! このまま手を打たなければ、負けてしまう。頼んだぞ、みんな!」
「「「はい!」」」
意見は無事に受け入れてもらった。
こうしてオレは後半から出場。
相手国の絶対的なエースのカルロ・サンチェスと、対戦することになった。
◇
ハーフタイムが終わり、いよいよ後半がスタートする。
オレたちは選手用通路を通って、ピッチに向かっていく。
『おや、後半から出てくるのか、コータ?』
そんなオレに英語で話しかけてくる選手がいた。
『あっ、カルロさん。はい、そうです』
それは相手国の9番のカルロ・サンチェスだった。
『もちろん私のマンマークは、キミが付くのだろ?』
『はい、よろしくお願いします!』
マンマークに付く作戦を、カルロさんに読まれていた。
この辺の洞察力は侮れない。
だが作戦はキックオフと同時にバレるもの。
オレは正面から挑戦するだけだ。
『そういえば今回は11番……ヒョウマ・サワムはいないのか?』
『ヒョウマ君ですか……ヒョウマ君はクラブの都合があるみたいです』
5年前の試合ではオレとヒョウマ君が、二人でこのカルロさんにマークした。
だが彼は所属するイタリアのユベトスFCで、ちょうど忙しく活躍中。
そのためオリンピック代表には第二次招集されていない。
『たしかに彼はイタリアでも大ブレイク中だった。だがキミ、一人だけで大丈夫なのか?』
『はい。カルロさんを完璧に止める自信はありません……でもボクも少しは成長しました。だから頑張ります!』
オレにはヒョウマ君ほどの才能はない。
だが自分にしかないサッカープレイもある。
特にドイツで培ってきた3年間は、オレに多くのモノを与えてくれていた。
『私もこの5年間は努力してきた。それまでの慢心を全て捨てて、必死で鍛錬を積んできた。それも全て前回の借りを返すため……コータ、キミとのマッチアップをね』
『ボクとの再戦を? はい! こちらこそよろしくお願いします!』
なんか分からないけどカルロさんに、凄く認められていた。
尊敬できる選手の言葉に、オレの心は熱くなる。
互いに視線と闘志をぶつけて、ベストを出し切ることを誓い合う。
(カルロさんとの1対1の戦いか……)
今回は頼りにしていたヒョウマ君はいない。
だからオレだけの力で、このスーパースターを抑える必要がある。
つまり自分一人で、二人分の働きをしなければいけないのだ。
少し前のオレなら、確実に尻込みしていた状況。
(成長したオレの力を、カルロさんに見てもらうんだ!)
だがオレは逆に燃え上っていた。
今まで積み上げてきたサッカー人生を、今こそ発揮する時だと。
「よし、いくぞ!」
こうして運命の後半がスタートするのであった。
◇
後半の45分は激闘であった。
オレは作戦通りに終始に渡って、カルロさんにマンマークにつく。
彼はマークを振り切ろうと、全ての力と技で挑んできた。
その動きはオレの予想を超えた速さと、鋭さだった。
だがオレは必死で食らいつく。
今まで鍛えあげてきた洞察力を全快にして、カルロさんの動きを封じ込める。
オレはボールを奪ったら、味方にパスを繰り出す。
もちろんカルロさんは逆に、オレのパスを封じ込めに襲いかかる。
攻めと守りが瞬時に交差する読み合い。
薄氷を履むが如し、緊迫した二人の対決。
『さすがだね、コータ!』
『いきます、カルロさん!』
その一進一退の攻防は、ピッチの上で激しく舞っていくのであった。
◇
そんな激しい45分は、あっという間に過ぎ去った。
試合は3対2で日本が逆転勝利。
オレは1得点2アシストをすることができたのだ。
『コータ、ナイスプレイだった』
『カルロさんも本当に凄かったです!』
試合後、二人でまたユニフォーム交換をする。
正直なところ今回、日本が勝てたのは、総合力の差で上回っていたから。
カルロ・サンチェスを抑えたことによって、大逆転することができたのだ。
『またオリンピック本戦で戦えることを祈っているよ、コータ』
カルロさんの国は2回戦で負けたから、3位決定戦に進む。
そこで勝つことができたなら、8月のオリンピック本戦に出場できる。
『はい、こちらこそ! 本当に楽しかったので、また是非!』
きっとカルロさんたちは3位に這い上がってくるであろう。
オレも本戦で再戦できるのが、本当に楽しみだ。
7か月後の再会を誓って、カルロさんと別れる。
(ふう……本当にドキドキしたな……これで、歴史通りに戻ったか……)
トーナメント2回戦を突破したことにより、日本は2位以内が確定した。
こうしてオレたち代表は無事、8月の本戦に出場できることになったのだった。