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第122話:5年ぶりのマンマーク

 オリンピック本戦をかけた、アジア地区の最終予選のトーナメント。

 カルロ・サンチェス要する国との試合が始まっていた。

 

 現在は前半45分を終えて、休憩のハーフタイムに入ったところである。



「なぜ、相手の9番を止められないのだ⁉」


 日本のロッカールームに、監督の声が鳴り響く。


「前半はあの9番ひとりに、いいようにヤられて、悔しくはないのか、お前たち⁉」


 監督が怒るのも無理はない。

 前半を終えて日本は0対2で負けていた。


 対戦国の9番……カルロ・サンチェスに2得点も許し、押されていたのだ。


「でも監督。あの9番は事前のデータとは、段違いのスピードです!」

「たしかに……あれで、まだ20歳とは……」

「ああ、本当に反則級だよな……」


 選手たちは監督に状況を説明する。

 自分たちも最善を尽くしているが、現場では対応ができないと。


 それほどまでにカルロ・サンチェスは規格外の選手だったのだ。


「くそっ……なんで、あんな選手が、こんなアジア大会に出てくるんだ……」


 打開策の見いだせない監督は、思わず小さく愚痴を吐き出す。

 このままでいけば後半は、更に点差を広げられてしまうであろう。


 それほどまでに相手の9番は、想定外の急成長を遂げていたのだ。



(うん、うん。たしかにカルロさんは凄かったな……)


 そんな監督の愚痴を聞きながら、オレは心の中でうなずく。


 前半のオレはベンチで待機して、カルロさんのプレイを見ていた。

 ここだけの話、彼の華麗なプレイを間近に見て、かなり興奮していた。


(カルロさんは前も凄かったけど、今日は5年前よりも更に凄い選手になっていたよな!)


 さすがは後の世で、ヨーロッパリーグで大活躍するアジアの英雄である。

 今は若干20歳だが、前世の全盛期並みの鋭さを、もう身につけていた。


 オレの知っている前世の歴史よりも、何割増しかで急成長しているのだ。


(5年くらい前に何があったか知らないけど、カルロさんもずっと努力していたんだよな……きっと)


 サッカーの上達に近道はない。

 コツコツとした毎日の努力だけが、上手くなる絶対の道。

 それはどんなスーパースターでも同じ。


 前世を越えた努力をしてきたカルロさんのことを、オレは内心で最大級の賛辞を送る。


「とにかく、あの9番を抑える選手はいないのか⁉」


 後半の解決策が見いだせず、監督は思わず愚痴を吐き出す。

 かなり感情的になっているが、これも仕方がない。


 何しろアジア地区の最終予選を突破できなければ、この監督は解任されてしまう噂もあるのだ。


 よし、名乗り出るなら、このタイミングしかない。


「あのー、よかったら、ボク……抑えられるかもしれません」


 そんなタイミングを見計らって、オレは挙手で名乗り出る。


「おお、コータが出てくれるのか⁉ 背中の違和感は治ったのか?」


 実はオレは今日の試合を、ズル休みしていた。

 何しろ歴史通りなら、自分がスタメン出場しない方が、日本は出場できるからだ。

 戦略的な休養。


「はい、お蔭さまで。ベンチで休ませてもらったお蔭です! バッチリ大丈夫です!」


 だが歴史が変わり、対戦国も変わってしまった。

 日本が負けるのを、このまま指をくわえて見ている訳にいかない。


 ロッカールームで全力ジャンプして、身体の快調さをみんなにアピールする。


「たしかにコータなら、あの9番を抑えられるかもしれない……」

「だが、いきなりの出場で、あのトリッキーな9番に対応できるのか、コータ?」


 代表のみんなが心配するように、カルロさんのテクニックは凄い。

 特に彼の独特のプレイリズムのタイミングを、守備陣の誰もつかめずにいた。

 初見では絶対に対応できない、凄まじい動きをしてくるのだ。


「その辺は心配ありません。実はU-15の国際試合で、相手の9番をマンマークした経験があります」


 5年前のアジア大会で、オレはカルロさんのことを、ずっとマンマークしていた。

 かなり大変だったが、その時のイメージはまだ残っている。


「なるほど。だがスピードだけでも9番の方が上だぞ、コータ」

「どうするつもりだ、コータ?」


 みんなが心配するように、カルロさんのスピードは凄まじい。

 彼をトップスピードの乗せてしまったら、オレの庶民足では追いつけない。


「それも大丈夫です。カルロさんは駆けだす前に、一瞬だけクセを出します。その動きさえキャッチできれば、止めることは可能です」


 今日の前半の映像を流してもらいながら、カルロさんのプレイについて説明をする。


 彼は動き出す時に、独特のクセがあった。

 5年前からかなり修正されていたが、ほんの一瞬だけ出てしまう。

 それは前半を観察して確認はとれていた。


「これのどこにクセがあるんだ、コータ……?」

「だが言われてみれば、ほんの一瞬だけ、あるような……ないような?」


 代表の皆は映像に食らいついている。

 だが完璧に発見できた人は、誰もいない。


 それほどまでにカルロさんのクセは、ほぼ修正されていた。

 オレでなければ見逃している。

 敵ながらアッパレだ。


「よし、ここはコータに賭けよう! このまま手を打たなければ、負けてしまう。頼んだぞ、みんな!」

「「「はい!」」」


 意見は無事に受け入れてもらった。


 こうしてオレは後半から出場。

 相手国の絶対的なエースのカルロ・サンチェスと、対戦することになった。



 ハーフタイムが終わり、いよいよ後半がスタートする。

 オレたちは選手用通路を通って、ピッチに向かっていく。


『おや、後半から出てくるのか、コータ?』


 そんなオレに英語で話しかけてくる選手がいた。


『あっ、カルロさん。はい、そうです』


 それは相手国の9番のカルロ・サンチェスだった。


『もちろん私のマンマークは、キミが付くのだろ?』

『はい、よろしくお願いします!』


 マンマークに付く作戦を、カルロさんに読まれていた。

 この辺の洞察力は侮れない。


 だが作戦はキックオフと同時にバレるもの。

 オレは正面から挑戦するだけだ。


『そういえば今回は11番……ヒョウマ・サワムはいないのか?』

『ヒョウマ君ですか……ヒョウマ君はクラブの都合があるみたいです』


 5年前の試合ではオレとヒョウマ君が、二人でこのカルロさんにマークした。

 だが彼は所属するイタリアのユベトスFCで、ちょうど忙しく活躍中。

 そのためオリンピック代表には第二次招集されていない。


『たしかに彼はイタリアでも大ブレイク中だった。だがキミ、一人だけで大丈夫なのか?』

『はい。カルロさんを完璧に止める自信はありません……でもボクも少しは成長しました。だから頑張ります!』


 オレにはヒョウマ君ほどの才能はない。

 だが自分にしかないサッカープレイもある。

 特にドイツで培ってきた3年間は、オレに多くのモノを与えてくれていた。


『私もこの5年間は努力してきた。それまでの慢心を全て捨てて、必死で鍛錬を積んできた。それも全て前回の借りを返すため……コータ、キミとのマッチアップをね』

『ボクとの再戦を? はい! こちらこそよろしくお願いします!』


 なんか分からないけどカルロさんに、凄く認められていた。

 尊敬できる選手の言葉に、オレの心は熱くなる。


 互いに視線と闘志をぶつけて、ベストを出し切ることを誓い合う。


(カルロさんとの1対1の戦いか……)


 今回は頼りにしていたヒョウマ君はいない。

 だからオレだけの力で、このスーパースターを抑える必要がある。

 

 つまり自分一人で、二人分の働きをしなければいけないのだ。

 少し前のオレなら、確実に尻込みしていた状況。


(成長したオレの力を、カルロさんに見てもらうんだ!)


 だがオレは逆に燃え上っていた。

 今まで積み上げてきたサッカー人生を、今こそ発揮する時だと。


「よし、いくぞ!」


 こうして運命の後半がスタートするのであった。



 後半の45分は激闘であった。


 オレは作戦通りに終始に渡って、カルロさんにマンマークにつく。


 彼はマークを振り切ろうと、全ての力と技で挑んできた。

 その動きはオレの予想を超えた速さと、鋭さだった。


 だがオレは必死で食らいつく。

 今まで鍛えあげてきた洞察力を全快にして、カルロさんの動きを封じ込める。


 オレはボールを奪ったら、味方にパスを繰り出す。

 もちろんカルロさんは逆に、オレのパスを封じ込めに襲いかかる。


 攻めと守りが瞬時に交差する読み合い。

 薄氷をむが如し、緊迫した二人の対決。


『さすがだね、コータ!』

『いきます、カルロさん!』


 その一進一退の攻防は、ピッチの上で激しく舞っていくのであった。



 そんな激しい45分は、あっという間に過ぎ去った。


 試合は3対2で日本が逆転勝利。


 オレは1得点2アシストをすることができたのだ。


『コータ、ナイスプレイだった』

『カルロさんも本当に凄かったです!』


 試合後、二人でまたユニフォーム交換をする。


 正直なところ今回、日本が勝てたのは、総合力の差で上回っていたから。

 カルロ・サンチェスを抑えたことによって、大逆転することができたのだ。


『またオリンピック本戦で戦えることを祈っているよ、コータ』


 カルロさんの国は2回戦で負けたから、3位決定戦に進む。

 そこで勝つことができたなら、8月のオリンピック本戦に出場できる。


『はい、こちらこそ! 本当に楽しかったので、また是非!』


 きっとカルロさんたちは3位に這い上がってくるであろう。

 オレも本戦で再戦できるのが、本当に楽しみだ。


 7か月後の再会を誓って、カルロさんと別れる。


(ふう……本当にドキドキしたな……これで、歴史通りに戻ったか……)


 トーナメント2回戦を突破したことにより、日本は2位以内が確定した。


 こうしてオレたち代表は無事、8月の本戦に出場できることになったのだった。


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